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可変機構
作:高居空
「ほう、これが君達が開発したという試作機かね」
俺の案内の元、格納庫へとやってきた査察官がそこに格納されている一つの機体に鋭い視線を向ける。
俺達第6開発局が制作した試作機、それを難しい顔をしながら値踏みするような目で検分する査察官。その様子に強心臓には定評のある俺もさすがに背筋が冷たくなってくる。
国家プロジェクトや軍の機密に関わるような主要な開発は全て第5までのエリート開発局に任せ、「これまでの型にはまらぬ自由な発想での開発」という局の理念を隠れ蓑に普段は皆が好き勝手な開発を行っている俺達第6開発局だが、幕僚本部直属の査察官による査察となれば、さすがに襟を正さざるを得ない。
なんと言っても査察の結果は今後の予算の配分にも直結してくる。自由に遊べる金……ではなくて新技術の開発に必要不可欠な資金を確保するためにも、俺達は査察官に開発の成果を見せつけなければならないのだ。そこでいつもはバラバラに活動しているメンバーが一堂に会し作り上げたのが、この格納庫に鎮座する黒く塗装された試作機だった。
その試作機は、一見すると航空機にもヘリコプターにもカテゴライズされるような独特な形状をしていた。左右に伸びる固定翼は航空機を思わせる風貌をしているが、両翼の先にはそれぞれヘリコプターを連想させるプロペラが設置されている。そう、俺達の試作機は見た目上、現在各地に配備が進んでいる新機軸の航空輸送機の外見とほとんど変わらなかった。というよりほぼ同一と言って良いだろう。そりゃそうだ。そもそもあの機体こそがこの試作機の原型機なのだから。
原型機にこちらで手を加えたのは、表面上は操縦席部分にはめ込まれたガラスを原型機よりも一回り大きくし、透過性を高め外からでも中の様子がはっきりと分かるようにしたことぐらい。他はまったくの同一基準である。
なぜそれしかしなかったのかといえばまあ、有り体に言ってしまえば開発期間のほとんどない中、そんなに色々と改造している時間などなかったということだ。新型機を一から開発するなど夢のまた夢。他の開発局では年間プロジェクトとして年度当初から局をあげて査察向けの機体の開発に取りかかるらしいが、そんなものは知らん。
そんな俺達の試作機のコックピットには今、航空部局から借りてきたブロンド髪の若い操縦士と、昔の軍隊物のテレビドラマに出てくる鬼軍曹そのものといった風貌をした褐色肌の筋骨隆々とした副操縦士が搭乗していた。実のところ、彼らがこの機体を操縦することはないのだが……そもそも飛行するつもりなら、機体は最初から格納庫から外の滑走路へと移動していて然るべきだろう……この後の査察官に対するデモストレーションでは彼らがそこにいることが重要になってくる。もっとも、そのことは……というか、これからここで何が起こるのかは、搭乗している彼らには全く伝えてはいないのだが。
「……それで、この『オスプレイ』の内蔵機関のどこに君達の開発した新技術が組み込まれているのかね?」
さすがの眼力というべきか、原型機が何であるかはもちろんのこと、外装がほとんどその原型機と変わらぬことを見抜いた上で質問をしてくる査察官。その問いに対し、俺は外面上平静を装いながら、あらかじめ用意しておいた想定問答の答えを口にする。
「いえ、この試作機は一見すると外装にはほぼ手を加えていないように見えると思われますが、実は装甲の表面に特殊な加工を施しております。それを含め、査察官には私どもが開発した機体がどのような物かをこれからご覧になっていただきたいと存じます」
ほう? と声をあげ、やってみろと目で促してくる査察官に「では」と一礼し、俺は懐からレトロアニメに出てくる自爆ボタンのような形状をしたスイッチボックスを取り出した。
「それでは、これより私どもの開発した機構を稼働します。試作機の方をご覧下さい」
デモストレーションの開始を宣言し、俺はスイッチのボタンを押し込む。
そのアクションと同時に、試作機に誰が見ても分かるくらい急激な変化が起こる。黒一色だった機体色、そこに別の色が現れ、急速に拡がっていったのだ。その色は軍用機にはイメージ的にも実用的にも決して使用しないであろうカラー……蛍光色のショッキングピンクだった。
やがて完全に新たな色へと染め上げられた機体は、もはや軍用機というよりも、テーマパークか何かのアトラクション用に作られた特別機のような装いとなっていた。
だが、機体に起こった変化はそれだけではない。機体の前方、遠目でも操縦席の中を覗き込めるくらいに大きく透明度の高いガラスの向こう側には、いつの間にか先程まで搭乗していた操縦士とは全く別の姿をした者が乗り込んでいた。
そこにいたのは、迷彩柄のズボンに黒いタンクトップ姿という二人のセクシー美女だった。一人はグラビア雑誌に出てもおかしくないくらいの色気を醸し出しているブロンド美女。もう一人はテレビ通販の健康器具コーナーに出てきてシェイプアップ運動をやっているような健康美溢れる褐色肌の美女である。二人の離れた場所からでもはっきりと判別できるくらいに大きな胸の膨らみが、否応にも男の視線を釘付けにする。機体のピンク色の外装も相まって、格納庫の中は何とも言えないいかがわしい雰囲気に包まれていた。
その中で、査察官に自分達の開発した機構がどのようなものかを解説する俺。
「いかがでしょうか、私どもの開発した『搭乗者可変機構』は? この機構は、機体に搭乗する者の性別を逆転し、さらに肉体的特徴や身に着けた装備もその性別を際だたせる物へと変える力があります。付け加えるなら、肉体年齢もそのパフォーマンスを最大限に発揮できる年齢へと変化させることができるのです。いかにも軍人といった雰囲気を醸し出しているいかつい男が美女へと変わり、同時に機体色も男性的な色である黒からピンクへと変化する……。これを例えば航空ショーなどのイベントで披露すれば、そのインパクトは絶大でしょう。このようなパフォーマンスを随所で披露していけば、現在民間人が原型機に対して持っている墜落などのマイナスイメージも払拭できるのではないでしょうか」
そう、今試作機の操縦席にいる二人の美女は、どこか途中で前の搭乗員と乗り代わったわけではない。元から乗っていた二人の軍人が変化したものなのだ。これこそが、“機体に可変機構が付いているのなら、ついでに搭乗者も可変させたら面白い”という宴会の席での思いつき……ではなく、局内会議で発案された意見を元に俺達が完成させた、『搭乗者可変機構』なのである。
だが、そんな画期的な発明を披露したにもかかわらず、査察官はどこか渋い表情を浮かべている。
「……………何か気になることでもございましたか?」
その様子に不安を覚え発した俺の問いに、視線を試作機へと向けたまま査察官は答える。
「ふむ、まず一つ、君達の開発能力については認めよう。常人では考えもつかぬようなその発想力も、上に立つ者が上手く使えば役に立つことだろう」
「ありがとうございます」
「しかし…………君はこの開発物をイベントで使用すると言っていたな」
「はい、その通りですが?」
「その試み自体は面白い。だが…………」
そこまで口にした後、あごでクイッと試作機の方を見るように促してくる査察官。
「君は本当に“あれ”を衆目に晒すつもりなのか?」
査察官の視線、それは試作機の操縦席へと向けられていた。その視線を追った俺の眼に入ってきたのは、ガラス越しに先程の美女二人が体を絡ませあっている姿だった。
こちらからの視線に気付いているのかいないのか、見方によってはこちらに見せつけるかのようにディープキスを繰り返している二人。
やがて二人は体を絡ませあったまま、褐色美女がブロンド美女を押し倒すような形で倒れ込んで窓から姿を消す。
「…………………………」
格納庫内に流れる気まずい空気。
それを誤魔化すように俺は一つ咳払いをすると、極めて真面目な口調で弁明を始める。
「この行為は致し方のないものでございます。これは私どもに問題があるというよりも、原型機の方の構造的欠陥が問題なのですから」
「原型機の構造的欠陥?」
その弁明の内容が想定したものと違っていたのか、オウム返しに問い直してくる査察官に対し、俺は軽く首肯しながら答える。
「ええ。この試作機の原型機である『オスプレイ』。もしも、それが女に変化したというのであれば……」
そこまで口にしてから今一度咳払いをする俺。
「……その名前は当然、『牝(メス)プレイ』でしょう」
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