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おはよ〜! きょうはなにしてあそぶ〜?
え〜、またそれなの〜。それなら、きょうはいつものカードじゃなくてこれであそぼ〜? どう、おもしろそうでしょ〜?
それじゃいくよ〜。せ〜の、はっじめ〜!
ペア・オブ・カード
作:高居空
「次の男子の体育は先生に急な不幸があったため教室で自習になりまーす」
『え〜!?』
学級委員のその言葉にクラスメイト達から一斉に不満の声が上がる。
外は快晴、絶好の運動日和だ。今日の体育はサッカーの試合だということでみんなテンションが上がっていただけに、突然の中止、しかも教室で自習だなんていったらブーイングの一つもあげたくなるだろう。さらに窓の外では本当だったら体育館を使うはずだった女子が我が物顔でグラウンドを走り回っているのだ。これじゃ誰だって面白いはずはない。
「なんだよ、せっかくみんな体育着に着替えて待ってたってのに、これじゃまったく無駄じゃねえかよ」
僕の前の席に座る田中君もやってられないとばかりに机に脚を乗せて文句を言っている。
まあ、学級委員も職員室で次の授業がどうなってるのかを聞いてきただけなのだから可哀相と言えば可哀相なのだけれども、気合いが入っていた分、誰かにあたらないと気が済まないという田中君の気持ちも良く分かる。
あ〜あ、良いよな女子は。どうせなら女子の体育の先生が一緒に僕達の事も見てくれればよかったのに。
そんな事を思いながら誰もいない女子が座る机の列へと目を移した時だった。
突然、カメラのフラッシュライトを直視してしまった時のような強烈な光が僕の視界を埋め尽くす。
「うっ、うわっ!?」
「なんだこりゃっ!?」
反射的に僕は目をつむる。周りからも声が上がっているという事は、他のみんなも僕と同じ光を見たんだろう。目をぎゅっと閉じていても、先程の一瞬で眼球に焼き付けられた光の残滓がまぶたの後ろでチカチカしている。
何が起こったのか分からないまま目を閉じ続けるしかない僕。
そんな状態が数秒間続いただろうか。
ようやく光の残像が落ち着いてきたところで、僕はまぶたの向こうの状況を確かめるため、ゆっくりと薄目を開けてみる。
……よし、どうやらあの光は止んでいるみたいだな……
とりあえず安全を確認した僕は小さく息をつく。何だったんだろう、さっきの光は……。そんな事を考えながらゆっくりとまぶたを開いた時だった。
……?
最初に目に入ってきた映像に、僕の頭の中で疑問符が飛び交いはじめる。
あれ? 何で僕の前に女の子が座ってるんだ?
そう、僕の席の前にはいつのまにか体育着姿の女子が腰掛けていた。後ろ姿なので顔は見えないけれど、肩まで伸びた髪、そして体育着から透けて見えるブラジャーの肩紐が、目の前の子が女の子である事を如実に物語っている。
どうなってるんだ? 僕の前に座っているのは田中君のはずなのに?
訳の分からぬまま、考え込むときのクセで眉間に手をあてようとする僕。
だがそこで、僕はさらなる違和感に襲われた。
えっ? これって僕の腕……!?
今、僕の目に映っているのはいかにも柔らかそうな感じのほっそりとした腕だった。記憶の中にある僕の腕は、筋骨隆々とまではいかないけれどもう少し太くて筋肉がついていたはずだ。どうなってるんだ、これ……?
困惑しながら視線を下へと落とした僕は、さらに頭を金槌で叩かれたかのような衝撃を受ける。
そこには体育着の胸の部分を押し上げる、柔らかそうな膨らみが二つ存在していたのだ。
な、な、な、なんなんだこれ!?
あまりにも想像を越えた光景に、ただ口をぱくぱくさせるしかない僕。
こっ、これってどうみても女の子の……いや、そんなはずあるわけないじゃないか……!?
半ばパニック状態になりながら、僕は胸の物体を見慣れぬ手のひらで包み込む。
「あ……」
喉から出たのは可愛らしい女の子の声だった。
手のひらには柔らかな物体とそれを包み込む布地の感触があり、胸からは何かに触られたという感覚が脳に伝わってくる。
「そ、そんな……」
胸がある……って、まさかこれって下も……!?
その事に思いいたって慌てて下半身へと手を伸ばそうとする僕。
だが、その手は目的地にたどり着く前に止まってしまう。
僕の下半身……そこには剥き出しになった太ももと、股間の部分を頂点に臀部を覆う臙脂色の物体が存在していたのだ。
こっ、これって、ブルマー!?
臙脂色をした布きれは股間にぴっちりと張り付いていて、そこには何の膨らみも見られない。そこに僕が期待していた物が無い事は見ただけで明らかだった。
「うっ、うわああああっ!?」
思わず叫び声を上げる僕。ほぼ同時に周囲からも女の子の悲鳴が上がりはじめる。
「なっ、なんなんだよ、これぇ!?」
前の席の女の子が半ば泣き顔になりながらこちらに体を捻ってくる。その胸にはマジックで大きく“村山”と書かれていた。僕のクラスには村山という名字の男子はいるけれど、女子はいない。ということは、ひょっとしてこの娘は村山君……なのか? でも、僕の前の席は田中君だったはずじゃ……!?
と、そこで僕はさらなる異変に気がついた。僕達が今座っている机の列、その左右に見覚えのある男子生徒達がまるで彫像のように身動きひとつせず座っていたのだ。
もう、どうなってるんだ、これ!!
まったく訳の分からないまま周囲を見渡していた僕だが、ちょうど右斜め後ろを向いたところで、今度は僕自身がまるで石像のように固まってしまう。
僕の視線の先には、机の上に足を乗せて不満そうな顔をしている田中君の姿があった。そしてその後ろには、僕達の座る列を見つめる僕自身の姿があったのだ。
僕の頭の中は一気に真っ白になった。
再び視線を下ろした先にある体育着のふくらんだ胸には、確かに僕の名前である“田村”という文字が書かれている。だけど、あそこにはいつも鏡で見ていた僕の顔がある。あれが僕だとしたら……“僕”はいったい誰なんだ? 僕は“僕”? “僕”は僕であそこにいる僕も“僕”……
理解不能な出来事に脳を掻き回されてクラクラと視界が揺れる中、僕はふらふらと席を立とうとする。と、そこではじめて僕は下半身の自由がきかない事に気がついた。腰から上は自由に動かせるのだけれども、足はちっとも言う事を聞こうとしない。
もはや僕の思考回路は限界に達していた。意識が細切れになり、なぜだか知らないけれど心の奥から可笑しさがこみ上げてくる。
ああ……僕、なんか壊れかけてるみたいだ……
ぼんやりとそんな言葉が心に浮かんだ時だった。
何の前触れもなしに視線の先にいた田中君が弾かれたかのように椅子から立ち上がる。
「ああっ、俺の体が!?」
その姿を見て悲鳴をあげる窓際の席に座った茶髪の女の子。
「うっ、うわあっ!?」
次の悲鳴は僕のすぐ後ろから聞こえてきた。
後ろを向いていた体を元に戻すと、前の席の村山“さん”がいつの間にか気を付けの姿勢で直立している。それが自分の意志ではないからなのか、臙脂色のブルマーに包まれた可愛らしいお尻が僕の目の前でぷるぷると小刻みに震えていた。
そのまま二人はしばらくの間じっと立ち続けていたが、やがて何事もなかったかのように全く同じタイミングで自分の席へと着席する。
ああ……もう何が何だか分からないや……。でもさっきの村山さんのお尻、柔らかそうだったなあ……
ぼおっとする頭でそんな事を考えているうちに、僕の斜め後ろでは再び田中君が椅子から立ち上がる。
「うおっ! か、体が勝手に!?」
次に立ち上がったのは先程悲鳴を上げていた茶髪の女の子だった。勢いよく席を離れた反動で豊かな胸が大きく揺れる。そしてそこにはマジックで“田中”の二文字が書かれていた。
クラスの女の子達の視線が、立ち上がった同じ名字の男女へと集中する。
そんな中、動き始めたのは田中“君”の方だった。
まるでゼンマイで動く二足歩行のおもちゃのように不自然な動きを見せながら、田中“君”は田中“さん”へと近づいていく。
「お、おい、何を……」
それを見る田中さんの表情には怯えの表情がありありと浮かんでいた。さっきの村山さんと同じで自分では体を自由に動かす事ができないのだろう。体を震わせながらも、田中さんは直立の姿勢を崩せないでいる。
やがて田中さんの前までやってきた田中君は数秒間彼女の事を見つめた後、突然彼女の背中と膝の後ろへと手を回し、そのまま抱え上げた。
「うわあっ! おっ、降ろせぇっ!!」
童話の本で王子様に抱きかかえられるお姫様の挿絵のように抱え上げられた田中さんは顔を真っ赤にしながら泣きわめくが、田中君はまったく無表情のままクラスの後ろにある黒板の前まで移動すると彼女を抱きかかえたままこちらに向き直る。
「み、見るなあ!!」
クラスの女子生徒みんなの視線を浴びて、耳まで赤くなりながら絶叫する田中さん。
その声に反応したのか、可愛らしい悲鳴とともに後ろでゴトンと椅子を動かす音がする。
音がした方に向き直ると、僕の座る列の二つ向こうの列で三つ編みを左右に垂らした女の子が先程の村山さんや田中さんと同じように気を付けをしているのが見えた。続いて今度はその右隣に腰掛けていた男子生徒が立ち上がる。
ん……あれは、村山“君”か……。
立ち上がった二人は最初の田中君と村山さんと同じように何の動きも見せないまま、数秒後には着席する。
そして、次に立ち上がったのは目の前に座った村山さんだった。
「ああっ!?」
村山さんが席から離れるやいなや、間髪を入れずに村山君が立ち上がる。
そのまま村山君は僕の席の前まで移動してくると、先程の田中君のように村山さんの事を抱きかかえる。
「いやああああっ!」
村山さんが悲鳴をあげる中、村山君は田中君とは逆に前の黒板の方へと移動する。村山君の胸に顔を埋めるようにしてみんなの視線から逃れようとする村山さん。
その後もクラスの生徒達は男女交互に一人ずつ立ち上がっては腰掛けるといった動きを繰り返した。時たま男女でペアが成立すると、男子生徒は女の子の剥き出しになった足の後ろへと手を回し、前か後ろ、どちらかの黒板の前へと抱きかかえながらエスコートしていく。
その光景を僕はもやのかかったような頭でぼんやりと眺めていたが、やがてその動きに一定のルールがある事に気がついた。
まず、立ち上がるのは男子と女子で一人ずつ。三人以上になることはないし、男子や女子が続く事もない。立ち上がった二人が違う名字だった場合はその二人は再び椅子へと腰掛け、同じだった時にはペアが成立し、女子生徒は男子生徒に抱きかかえられて前か後ろの黒板の前へと移動する。
次にペアの成立する割合だけど、立ち上がった二人がどちらもこれまで一度も席から立った事がない場合、ペアが成立する事はほとんどない。逆に、同じ名字を持った男女のどちらかが一度立ち上がっていて、残ったもう一方が最初に立ち上がった場合、ほぼ確実にその回でペアが誕生している。これが何を意味しているか……。
その答えに思いいたった僕はこみ上げてくる笑いを堪えるのに必死になっていた。ああ、なんだ、そういうことだったんだ。
つまり今、この教室では大がかりなトランプの“神経衰弱”が行われてるんだ。
もちろん遊んでいるのは僕じゃない。僕達は“カード”。同じ“文字”が書かれた者同士がペアになると場から取り除かれ、教室の前と後ろいずれかのプレイヤーの点数になるのだ。そうか、そういうことだったんだ……。
堪えきれずに思わず笑いだしてしまう僕。その前には、じっと僕の事を見つめる僕の顔があった。僕の膝の後ろに僕の腕が回される。素肌同士が触れ合う感覚に、僕の心臓の鼓動が早くなる。そのまま僕の胸へと抱え上げられる僕。笑いが止まらなくなった僕は、たくましいとは言えないけれど何だか安心感のある僕の胸へとしなだれかかる。ああ、なんだかすっごくおかしいや……。
やった〜! わたしのかっち〜! ね〜、おもしろかったでしょ〜!
え〜、またやるの〜? もういいじゃ〜ん、もっとべつのものであそぼうよ〜。
かたづけ〜? そんなのあとあと〜! じゃ、いくよ〜!
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