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女体化本
作:高居空


  しまった…………。
  海辺の展示場の屋外にずらっとできた大行列。その中で俺は独りスマホ片手に歯がみしていた。
  今俺が並んでいるのは年に2回開催される大規模同人誌即売会でも指折りの人気を誇る超大手サークルの購入列。毎回、本の購入スペースまで1時間でたどり着ければラッキーといわれるほどの大行列ができることで有名で、そのあまりにも長い行列故に列は会場の外に作られている。
  その列の中で、俺は順番が進むのを待つ傍らスマホを弄って情報収集を行っていた。
  昔は本を読むか携帯ゲーム機で遊ぶかぐらいしか時間つぶしの手段がなかった行列だが、今はスマホという文明の利器とSNSがある。これがあれば、SNSのつぶやきを見て他のチェックしているサークルの売れ行き状況を確認することも可能なのだ。中には、サークルそのものがSNSで売れ行きを逐一つぶやいているようなところもある。俺が今見ているのも、そうしたサークルのうちの一つだった。

“女体化本、残り20部切りました!”

  うぬぬ、まさかそこまで売れてるとは……。
  俺好みのイラストと“女体化本”というキーワードが気になってチェックはしてたものの、同時に“初参加です!”と書かれていたため、そうは売れんだろと購入を後回しにしていたサークルのつぶやきに、自分の見込み違いを今更ながら後悔する俺。
  う〜む、ここは向こうを先に買いに行っておくべきだったか……。
  大手サークルは毎回確実に行列はするものの、その分サークル側でも部数を多く用意してきているため、午前中に列に並べれば結構購入できる場合が多い。
  逆に、そうした行列ができないような中小サークルの場合、基本それほど売れるようなことはないため、午後になっても普通に本を買える場合も多いのだが、身の丈を弁えているサークルは、自分達の売り上げを見越してそもそもの持ち込み部数を絞り、完売できるように調整しているようなところもある。そういったサークルだと、大手を廻った後にいざブースに行くと売り切れなんてこともままあるのだ。
  また、サークル自体は無名でもそのジャンルの人気が何らかの原因で突発的に高くなり、その恩恵を受けて予想以上に本が売れるなんてこともある。
  う〜ぬ、しかしTSジャンルは一時期に比べて大分人気は落ち着いてきたと思ったんだがなあ……。
  とはいえ、つぶやきを見る限りそのサークルの本が売れているのは事実のようだし、かといって、こうして列に並んでそこそこの所まで進んできている以上、今さら列を抜けて買いに行くという選択肢もない。つまりはこうしてスマホを見ながらうぬうぬしているしかないというわけだ。

“女体化する本、残部僅かです!”

  そうこうしているうちに、画面上にはサークルの新たなつぶやきが表示される。
  ああ……こりゃもうこのサークルの本はあきらめだな。
  無念だが致し方無しと気持ちの整理をつけたところで、画面に再びサークルのつぶやきがアップされる。

“読むと女体化する本、ただいま完売しました! スペースに来られた今はエッチな腐女子の皆さん、本当にありがとうございました!”

  ……………………読むと女体化する本? 女体化……本?
  その文面を見た俺の頬に不随意に一筋の汗が垂れる。
  こいつは…………買いに行けなくて逆にラッキーだった……のか?



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