トップページに戻る
小説ページに戻る
××ノート
作:高居空
俺がそのノートを見つけたのは、朝練の後、片付け当番として用具を倉庫にしまい、一人部室に戻ろうとした時のことだった。
いつからそこにあったのか、ピンク色のノートは倉庫のドアのすぐ前に落ちていた。普通なら倉庫に出入りしようとするなら嫌でも目に入るはずだが、ここに来たとき俺はまったく気が付かなかった。
倉庫に入っている間に、誰か落としていったのか? いや、そもそもこの倉庫は校舎から離れた場所にあるし、通学路からも外れている。こんな場所を通る奴なんてそうはいないはず……。
腑に落ちないながらも、持ち主の名前でも書いてないかと、ノートへと手を伸ばす俺。
そして指先がノートに触れた瞬間、
『ヒヒヒ、待ってたぜぇ!』
その声は、突然俺の耳に飛び込んできた。
人気のない倉庫に前触れもなく響いた声に、俺は肩をビクリと震わせながら周囲に視線を向けるが、声の主らしき姿はどこにも見あたらない。
まさか、心霊現象……?
嫌な想像が頭によぎったところで、再び声が響く。
『ヒャハハっ、心霊現象か! まあ、オレは霊じゃないが、当たらずも遠からずって所かな!』
なっ、心を読まれた!? それにこの声、どこから聞こえてるんだ!?
異様な事態に、俺の頭はこの場から離れろと命令するが、体はまるで彫刻にでもなったかのようにまったく動かない。
そんな俺に向かって、“そいつ”はどこか茶化すような声音で語りかけてくる。
『ああ、ワリいワリい! 勝手に心を読んじまった。しっかしお前、オレの姿が見えねえんだな。マンガじゃノートに触ると姿が見えるって設定だったと思ったが、まあ、現実はマンガみたいにゃいかないってこった!』
無駄に陽気な男のものとおぼしき声。だが、俺はその声が発した内容にピンとくるものがあった。
俺の頭に浮かんだのは、昔大ヒットした名作と呼ばれる漫画の一つ、アニメ化や実写映画化までされた、死神のノートを巡る心理戦を描いた少年漫画だった。
『ヒヒッ、そうか、チョイと昔のマンガだが、知ってるなら話が早い。俺はそのノートの本来の持ち主。まあ、死神じゃねえが、それに近い超常的なナントカって奴さ!』
まさか! じゃあ、このノートは……
それが意味することを悟り、俺は手にしたノートへと視線を向ける。あの漫画に出てくるノートは、人の名前を書き込むと、その人間を殺すことができるという、まさに死のノートだった。漫画のタイトルもそのノートにちなんだ“デス……
『ヒャハハっ、残念だが、オレのノートには相手を殺す力なんてないぜぇ。なんと言ってもオレのノートは……』
なぜかその時、俺は姿が見えないのに、声の主がニヤリと口の端をつり上げたように感じた。
『“死のノート”じゃなくて、“レズノート”だからなあ!』
…………レズノート?
『ああ、そうさあ! オレのノートは、名前を書かれた人間をレズにするノートなのさ!』
……………………いや、ちょっと予想外の展開についていけないんだが…………。
俺は冗談じゃなく目の前がくらっとするのを感じる。
レズノート? それって、何か役に立つのか? 少なくとも俺はレズじゃないと興奮しないっていう性癖はないぞ。
『いやいや、物は考えようだぜキョーダイ! レズっていうのは、オンナがオンナを愛するって行為だ。つまり、相手をレズにするってことは、名前を書かれた奴はみんな“オンナ”になるってことさ! そうじゃなきゃ成り立たないからな! なあ、面白そうだろ? お前、近くにオンナにしたい奴とかいないのかよ?』
その声に誘導されたかのように、俺の脳裏には一人の男の顔が浮かんでいた。
それは、部活で最近特に俺に親しく接してくる先輩の顔だった。いや、あれを親しくと言っていいのかどうか。とにかくあの先輩は、毎朝俺の背後に忍び寄り、「おはよう!」といいながら、俺の股間をぺろんとなで上げていくのだ。
それとなく他の先輩に聞いてみたところ、その先輩はガチでホの気があるとのことだった。そして朝の行為は特に気に入った相手にしかやらないとも。ちなみに俺にはその気はまったくない。
俺の貞操のためにも、あの先輩を“レズ”にしちまえば…………
『イーじゃん、イーじゃん! ヤッちまえよ!』
その声に煽られるかのように、俺はなぜかノートと同じ場所に転がっていたペンで、先輩の名をノートに書き込んでいた……。
ノートの力は本物だった。
先輩は女になった。それも美人といって過言のない容姿の女の子にだ。そしてそれを周囲はおろか本人も、まるで最初から女であったかのように、当たり前に受け入れていた。
だが、同時に想定外の事態も起こっていた。先輩の性的趣向は変わったが、それを向ける相手は変わらなかったのだ。レズとは女が女を愛する行為。それを成立させるには……
「おっはよ♪」
次の瞬間、音もなく背後に忍び寄っていた先輩に胸を揉みしだかれ、“あたし”は不随意に嬌声をあげ身をよじらせるのだった。
トップページに戻る
小説ページに戻る
|
|