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新たな生
作:高居空


「おやおや、このような人里離れた場所に何のご用ですかなご客人?もっとも、この地には街も含めて真っ当な人間などほとんどおりませんがの」
  暗く深い森の入口近くに立つ一軒の館。背後に広がる不気味な森の闇とは不釣り合いなほどに小綺麗な館に住むその主は、訪れた俺に対し皮肉混じりの声をあげた。
  品の良い装飾で彩られた室内。しかしその窓には赤いカーテンがかかっており、日中だというのに明かりは暖炉にくべられた薪の火しかない。その薄暗い部屋の真ん中に据えられた安楽椅子に腰掛けた館の主は、厚着の上にローブを纏い、フードを深く被っていることもあって、表情はおろか、年齢や性別さえも外見からは伺うことができない。その口調はかなり齢を重ねた老人のようであったが、声音は高く張りがあり、少女か声変わり前の子供のようにも聞こえた。
「いやいや、気分を害されたのなら失礼。何やらここのところこの館への来客者が急に増えおってのう。今日もお主の前に十数人も相手をしとったもんだから、ついつい疲れから本音が漏れてしまったわい」
  そう言ってひっひと笑う館の主。謝罪の言葉は含まれているものの、その口調や態度は逆に俺を小馬鹿にしているようにしか見えなかった。
  が、元商売人である俺の直感は告げていた。この主は来訪者に対して、誰に対しても同じような態度を取っていると。あえて挑発的な言葉を投げかけ、こちらがどう出るのかを見定めているのか。
  となれば、ここは安易に感情に流され軽率な行動をとるわけにはいかない。それに、これだけ挑発的な行動を取るからには、主はこちらの行動に対するなんらかの対応策も考えていると見て然るべきだ。来訪者の中には、主の言動に対する不快感から、感情を抑えられずに暴力的な行為に出た者もいただろう。にもかかわらずこうして主が俺の前にいて毒を吐いているということは、主はそうした不届き者を誅するだけの“力”を隠し持っているに違いない。そもそも、そうした“力”の持ち主でもなければ『導き手』の職務などは務まらないだろう。
  感情のさざ波を抑え、いえ、お気になさらずと慇懃な態度を崩さずに返した俺に、主は一つ「ふむ」と頷くとやれやれといった口調で言葉を続ける。そしてその内容は、主が俺の求める人物であることを示すものでもあった。
「しっかし、これだけ立て続けに来客者があるということは、よっほど大陸ではあの病が流行っているようじゃのう。まったく、世も末じゃわい」
  そう、俺の住んでいた大陸では今、ある恐ろしい病が蔓延していた。どんな優れた医師や奇跡を起こす僧侶であっても癒すことのできない呪いにも似た病。人々はそれを『不死病』と呼んでいた。
「で、お主もまた、あの病に冒され、『新たな生』を得るための試練を受けるため、このような辺境へとやってきたというわけじゃな」
  続けて主から放たれたその問いに、俺は小さく首を縦に振って肯定の意を示す。
「その通りです、『不死者の導き手』よ。どうか私に、『新たな生』を得るための方法をお示し下さい……」




  俺があの病、『不死病』を発症したのは今から一年ほど前のことだった。
  不死病を患った者には、例外なくその右胸に黒いリング状の紋章が浮かび上がる。そしてそれは、ある夜何の前触れもなく突然俺の胸へと現れたのだった。
  当時、行商のキャラバンの一員として生計を立てていた俺は、情報が命ともいえる職業柄、不死病についても一般の人よりも多くの知識を持っていた。
  街中の者が知っているのは、不死病を発症した者は、不死の肉体を持つ「不死者」へと変貌すること、しかしながら「不死者」は遅かれ早かれ人間としての理性を無くし、いずれは見境無く人間を襲う「亡者」と化してしまうこと、そして、「亡者」の被害を最小限に抑えるため、不死病にかかったと分かった者はすぐさま国によって捕らえられ、牢獄に永遠に投獄されるということぐらいだろう。
  だが俺は、商人特有のルートから漏れ聞こえる情報や、個人的に懇意になった不死病を患っている事を隠し活動している傭兵から商談中に雑談として聞いた話から、そうした一般に知られた情報のうちのいくつかが誤りであることを知っていた。
  まず、不死病の罹患者は不死の肉体を持つという話だが、実際の不死者の肉体は、言葉を聞いて一般の人間が思い浮かべるであろう不死身の戦士というようなイメージとは大きく異なっている。確かに不死病にかかった者は歳を取ることがなくなり、頭部以外はどんな外傷を受けても死ななくはなるが、それはあくまで「死なない」というだけで、人と比べ傷の治りが早まったりということは一切無い。
  一応、体に欠損した部分が無ければ、首を刎ねられたり頭部が破壊されない限りは致命的な外傷であってもいつかは再生するらしいが、そうした傷を受けた場合、再生するまでの間はそれこそ「死んだように」その場を動けなくなる。つまり、不死であることを武器に傷つくことを恐れず戦場で戦うような真似はできないのだ。
  また、何らかの原因で首を刎ねられたり頭部を破壊された不死者は、理性の喪失をまたずしてその場で『亡者』と化してしまう。亡者もまた「死なない」という特性を持っているが、不死者と比べその特性は格段に上昇しており、例えば腕を切り落とせば切り落とした腕が一個の生命体として活動を開始し、本体へと戻ろうとする動きを見せるらしい。さらには、肉体全てを焼き尽くしてもやがてはその灰から再生してしまうほどの再生能力まで持ちあわせているということだ。これこそまさに「不死の肉体」である。そうした特性を持つ「亡者」を完全に消滅させる術はない。国ではそのための研究を最重要課題として進めてはいるものの、現在のところその糸口さえつかめていないということだ。
  そのため、国は不死者が亡者と化す前に収監することで被害の拡大を防ごうとしている。ある街で役人に裏金を手渡した際にこっそり聞かされた話では、収監された不死者は実際には四肢を切断された上で首を刎ねられ、分かたれた体は部位ごとにそれぞれ別の監獄に納められるという。亡者の本能は人間を襲うよりも自らの体を再生することを優先する。こうして満足に動きがとれぬよう部位ごとに切断し、さらにそれらを遠く離れた場所に別々に収監しておけば、仮にどこか一つの監獄が破られたとしても亡者があふれ出し人間を襲うといった事態は避けられる。
  だが、それらの部位が納められた特殊監獄では、切断された部位が他の部位を求めて蠢く、それこそ地獄でもこのような光景にはならないだろうというような身の毛もよだつ光景が広がっているということだ。
  そのような話を知っていた俺は、不死病にかかったことなどおくびにも出さずにいつもの生活を続けながら、裏ではこの世界で不死者ということを隠しながら生きていく術を探り始めた。
  幸い不死者は胸の紋章と歳を取らないということ以外は外観は普通の人間と変わらない。歳を取らないという部分は行商で各地を転々としていればその土地の人間にはまず気付かれないだろう。が、同じキャラバンの仲間となれば別だ。長く旅を続けていればいずれは外見が変わらぬ事を不審がられるだろうし、そもそも、それより前に体を拭いているところを見られるなどして、胸に浮かんだ紋章に気付かれてしまうかもしれない。俺はキャラバンの仲間を家族同然に思っているが、同時に彼らは商人でもある。利のために俺の身柄を国に売る、もしくは口止め料として法外な対価を要求してくることは十分考えられた。
  そのため、俺はキャラバンの長にこれからは独立した商人として活動することを伝え、キャラバンから離れることにした。元々独立の意志があった俺はこれまで独り立ちするための資金を貯め込んでいた。長もその事には気付いていたようで、俺がキャラバンを離れることはあっさりと承認された。キャラバンに相応の脱退料を払ってもなお、俺の手元には多くの資金が残っていた。
  キャラバンを離れ、一人で活動する事による懸念といえば、一般的には街道での野盗の襲撃だろうが、俺はそうした野盗から商隊を守る自警隊の長を任されていたこともあり、荒事にも少しは自信があった。それに、今の俺の体は良くも悪くも死ぬことはない。俺が不死者だと察すれば、野盗も自ずと手を引くだろう。
  こうして俺は独立した行商人として活動をしていくこととなった。たとえ不死病を患っていても、この形でなら市井に紛れて生きていくことができる。その時の俺はそう思っていた。   が、そんな俺のもくろみは早くも数ヶ月で瓦解した。商売をしながら旅を続けていくうちに、俺は様々な幻覚や怪異に苛まれるようになっていたのだ。
  最初の怪異は、キャラバンから独立して一ヶ月ほどたった頃から現れた。街道や街中を移動しているとき、その場所で非業の死を遂げた者の死に際の姿が、なぜか幻影として俺の目に入ってくるようになったのだ。泥酔し水路へと転落した者、街道で野盗に襲われ命乞いも叶わず首を刎ねられた者……当たり前の事だが、そうした光景を頻繁に見せられれば、陰気な表情厳禁の商人とはいえさすがに気分が滅入ってくる。そうして幻影が生活に影響を及ぼし始めた頃、次の怪異が俺に襲いかかってきた。
  それは街道を馬車で移動していた時だった。突然辺りの空気が変わったかと思うと、どこからともなく現れた赤く輝く霊体が剣を片手に襲いかかってきたのだ。
  その場は何とか撃退することに成功した俺だったが、その後も赤い霊体は街道、街中関わらず俺が一人で移動しているときに突然襲いかかってきた。しかも、その霊体は複数で現れることもある。救いは同じくどこからともなく現れる青色の霊体が赤色の霊体と闘ってくれることだが、正体不明のそれらを信頼することもできない。
  かつて不死病を患う前に不死者の傭兵と話をしたとき、傭兵は一人になったときに時々霊体に襲われることがあるということを言っていた。俺は戦場で沢山人を殺してるし恨みも買っているからなとガハハと笑う傭兵に、当時はそういうものかとしか思っていなかったが、どうやらそれは不死者であることが原因であったらしい。
  そんないつ襲撃されるか分からない極度の緊張の中で生活を続けていくうちに、俺は更なる怪異を体験した。
  その夜、気が付くと俺は霊体となっていた。先程まで俺は確かに街の宿屋で横になっていたはずだ。が、今の俺はどこかの砦の中にいた。そして視線の向こうには見知った男の顔があった。
  そこにいたのは、以前俺が話を聞いた不死者の傭兵だった。その傭兵は、大剣を手に残忍な笑みを浮かべながら赤い霊体と激しい戦いを繰り広げている。その状況を見て俺は悟った。俺の前に現れた霊体、それは皆、俺と同じ不死者のものだったのだと。
  なぜ赤色の霊体が同じ境遇の不死者を襲うのかは不明だが、ともかく分かったのは、不死者は睡眠時にも安息の時はないということだ。霊体となった俺の体の色が不死者にどのように見えているかは分からないが、不死者が自衛のために俺に斬りかかってくることは十分考えられる。それに、他の霊体が俺に襲いかかってこないとも限らない。あの赤い霊体は、目に入る者全てを敵と見なし見境なしに襲いかかっているようにも見えた。もしかしたら、赤い霊体は半ば理性を無くし亡者になりかけている不死者のものなのかもしれなかった。
  その一件以降、俺は市井の中で人間として生活を続けることよりも、この身を蝕む病から逃れる術を探すようになった。このような生活が続いていけば、遠からぬうちに自分の心が壊れてしまうことは明白だった。不死者が理性を無くしてしまうのも当然だろう。こんな状況が続いてずっと人の心を保つことができるような人間などそうはいない。中にはあの傭兵のように正気を保っているように見える者もいるが、それは人を殺めることに罪悪感を抱かなかったり、殺し合いに快感を覚えるなど、元から人としての倫理感が一部欠如している者だったからに違いない。
  そうして病から逃れるための情報を集めはじめた俺は、すぐに大陸から東に船で一ヶ月ほど行った先にあるという未開の地に、不死者が『新たな生』を得ることができる秘術があるという噂を耳にした。
  噂では、その地に伝わる試練を乗り越え秘術を得た不死者は、不死病から解放され人間としての生を再び歩むことができるという。そして東の港町ではそうした不死病から逃れようとする不死者達を彼の地へと送る定期船も就航しており、国もそれを黙認しているというのだ。
  俺はその噂に眉唾めいたものを感じながらも……そうやって集まってきた不死者達を逃げ場のない海上で一網打尽にするための国の策謀ということは大いに考えられる……最終的にはその話に賭けてみることにした。その時点で既に俺の心は限界をむかえつつあり、理性を保てるのは持ってあと一年くらいだということを自覚していた。この運命から逃れる術があるというのなら、どんな対価を支払っても構わない。
  そうして俺はこの地へとやってきた。
  海を渡るのには噂の定期船ではなく別の港からの密航船を使った。需要あるところに供給あり。それが商売というものだ。当然それなりの物はかかったが、背に腹は代えられない。商売仲間の情報で比較的信頼できると思われる闇貿易商人へと金を支払い、俺は無事に海を渡ることができた。
  船が着岸した港町は、辺境の地にも関わらず想像していたよりもはるかに栄えていた。港に面した所には船乗り達用と思われる酒場や宿があり、通りには武具や魔道具の商店が建ち並び、商人が威勢の良い声をあげている。が、通りを行き交う通行人の顔の多くは暗くせっぱ詰まっており、この街がこの地を訪れた不死者の拠点となっていることを感じさせた。道を歩くと、そこかしこで亡者や霊体に襲われ絶命または亡者と化した者のビジョンが見て取れる。その数は大陸で見た断末魔の光景の比ではなかった。この様子では、霊体に襲われる頻度も大陸にいた頃よりも格段に上昇しているに違いない。
  この地に長く身を置くことの危険を察した俺は、さっそく情報収集を開始した。
  新たな生を得るための秘術の情報は容易に入手することができた。それはそうだ。この地に集まったほとんどの者はそれを目当てに集まっているのだ。当然、それにまつわる情報もまた、この街へと集まってくる。
  情報によると、新たな生を得るための秘術を手にするには、この地にある古の遺跡で七つの試練を乗り越えなければならないという。だが、肝心の試練の内容については、丸一日情報を収集しても明らかにはならなかった。何でも、秘術を得るための試練を受けるための条件には、試練の内容を他人にもらしてはならないというものがあるらしい。これを破った者は以後試練を受ける資格を失い、また、秘術を得た者であってもこの禁を破ると不死者へと逆戻りしてしまうということだ。
  だが、それよりも俺を悩ませたのは、その試練が行われるという遺跡までの道のりだった。遺跡に至るにはまず、昼でも日の光が地に届くことのないという樹海を抜け、向こう岸が見えないほどの大河を渡り、果て無き荒野を越えた先にある高峰を越えていかなければならないという。話を聞いた限りでは、その行程は文字通り道なき道を往くこととなるため、そこに馬を使うことはできそうになかった。だが、これを徒歩で行くとなると、どんなに少なく見積もっても数ヶ月はかかるだろう。剣の達人といった域には到底達していない俺の腕では、亡者や未知の獣が跋扈するという危険地帯を数ヶ月もかけて進むことはあまりに無謀に見えた。ただでさえそれなのに、さらにいつ来るか分からない霊体の襲撃もあるのだ。仮にそれらを切り抜けられたとしても、果たして俺の心の方が保ってくれるのか……。
  その行程に暗澹たるものを感じながらも、俺は樹海の入り口に立つ館に住むという『不死者の導き手』の元を訪れることにした。話では、不死者の導き手は不死者に対して新たな生を得るための道を示すという。その内容については実のところ街中で集められる情報を超えるものではないが、その導き手の導きを受けなければ、たとえ遺跡にたどり着いても不死者は試練を受けることができないということだった。ならばその館へと向かうしかない。それに、話ではそのようになってはいるが、聞き方によっては導き手から街に伝わっていない情報を得ることができるかもしれなかった。
  導き手が住む館は街から徒歩で一日ほどの距離にあるという。そこへ向かうまでの道は整備されているものの、道の途中に民家などは一軒も存在しないとのことだった。つまり、館に徒歩で向かうとすると、野宿が必須ということになる。
  取りようによっては今後の予行練習と捉えることもできるが、俺はこのようなところで危険を冒すつもりはなかった。俺はその日の内に馬を一頭調達すると宿屋で一泊し……幸いにもその日の俺は霊体に襲われることも、霊体となることもなかった……翌日の早朝に街を出て馬を飛ばしてこの館へとやってきたのだった。



「ふむ、新たな生を得るための方法、のう……」
  俺の願いを聞いた『導き手』は、手袋をした手で自らのあごをしゃくるような仕草を見せると、淡々と新たな生を得るための術を手に入れるための試練について語り始めた。
  が、その内容は噂通り全て街で得た情報の範囲内に収まる程度のものでしかなかった。これならば、試練を受ける資格を得る以外に得る物はないという街の情報は正しいと言えるだろう。
  だが俺は、この館の様子から導き手に対してある確信を持っていた。この感じならば、まず間違いなく主にはこの手が有効なはずだ……。
「……というわけじゃ。さて、それでお主もこの試練を受ける資格を得たいのかの? こんなもの、欲しけりゃすぐにでもくれてやるが……」
  一通り説明が終わり、最後にそう口にする導き手。が、すぐにくれてやると言いながらも導き手は面倒くさげな様子を隠そうともしない。そんな導き手に対し、俺は腰に下げていた布袋の一つをおもむろに差し出した。
「いえ、色々とご教授いただきありがとうございました。まずはお礼として、こちらをお納め下さい」
  差し出した布袋を「ふむ」とつぶやきながら受け取った導き手は、中に入っている物を確認し、何とも言えぬ笑い声を上げる。
「ひょっひょっひょっ! そうかそうか、そういうことか! なかなかお主も世の中というものが分かっておるようじゃのう?」
「いえ、これはあくまで先程も申したとおり、ここまでいただいた情報に対するお礼でございますので、遠慮無くお受け取り下さい」
「ほう、『ここまでの』情報の礼とな?」
「はい……」
  俺は導き手に向かって頭を下げながら、相手にも見えるように口元に笑みを浮かべる。対する導き手も俺の意図はとうに悟っているはずだ。魚心あれば水心。つまりはそういうことだ。
  導き手の館は、街から遠く離れ樹海に面した危険な立地にもかかわらず、細かいところまで造りこみのされた手の込んだ建物となっている。室内の装飾品も、品が良いだけでなく、かなり繊細な手作業が必要な業物ばかりだ。
  つまりどういうことかというと、この館の主の趣向はとにかく金がかかるものばかりということだ。この館を造ったときもそうであっただろうし、維持するのにも相当の費用がかかっているに違いない。
  一方、懐への入りの方はどうかというと、今までの流れを見る限り、導き手は不死者から金を取ったりはしていないようだ。別に収入の手段があるのか、それともこれまでの蓄えが相当あるのか。いずれにしろ、臨時収入はあるに越したことはないと考えているに違いない。ならば、その足しとなるものを渡してやればよい。
  俺が渡した布袋の中には、俺の財産である宝石が袋いっぱいに入っていた。
  この地に来る前、俺は自分の財産を全て宝石へと変えていた。大陸では統一された通貨が存在しているが、それが辺境の地で使えるかどうかは分からない。そこの住民にしてみれば、俺達の通貨など見た目通りの紙切れや円形の金属としての価値しかないかもしれないのだ。その点、宝石は古来からあらゆる人間を魅了してきた魔力を持っている。そこで俺は財産を宝石へと変えて、この地へとやってきたのだ。実際にはこちらの港町でも通貨は使えたのだが、それはそれだ。袖の下として使うなら、やはり宝石の方が見栄えが良い。現に導き手に対する効果は抜群だったようだ。そして、俺の腰には渡した布袋と同じ袋がまだいくつも下がっている。
「ひょっひょっひょっ、そういえばたった今思い出したんじゃがな……」
  さっきまでの淡々とした口調での説明は何だったのか、導き手は含み笑いを交えながら先程とは全く別の内容を語り始めた………。





「ここか……」
  樹海に入って一時間ほど進んだ後、俺は導き手の示した地点らしきところに辿り着いた。
  導き手の話の通り、ここに来るまでの間、亡者や野獣の巣窟となっているであろうこの樹海の中で、俺はそうした危険な存在と一度も出会うことはなかった。どうやら、導き手の館からこの地までの間には何らかの守護の力が働いているようだ。この事実からしても、この場が導き手の示した場所であることは間違いないのだが……。
“実はの、ただ不死の病から逃れ、新たな生を得るだけでよいのなら、この近くで簡単に済ますことができるんじゃ。まあ、搦め手であることは確かじゃがな。お主に新たな生を受け止める覚悟があれば、これから示す地に行ってみれば良いじゃろう。その地に安置されている物の中に入れば、お主はこれまでの生を捨て、新たに美しき生を得ることができるじゃろうて……”
  脳裏に含み笑いを交えながら語る導き手の声が蘇る。その含み笑いの意味はこの地へ来て何となく分かった。樹海を流れる川のほとりに安置された、一目で古代の遺物と分かる人一人が入れるくらいの大きさをした箱状の物体。しかしそれは、俺が見た限りでは石でできた棺にしか見えなかった。この中に入れ……というのか?
  しばし逡巡した俺だったが、意を決して棺の蓋をずらし、体を中へと潜り込ませる。
  導き手は、この中に入ればこれまでの生を捨て、新たな生を得ると言っていた。これまでの生を捨てるということは、おそらくそれは死と同等の意味だろう。不死病に冒され死ぬことのない不死者となった者が一度死を迎えることで生まれ変わり、新たな生を得る。そのための呪術的な儀式と考えれば、棺の中に入るという行為も納得できる。もちろん、この棺自体にも何らかの『力』が存在しているのだろうが。
  そんなことを考えながら棺の中に体を納めた時だった。突然音もなく石棺の蓋がふわりと浮かび上がると、棺の位置に合わさるように宙を移動し、そのままゆっくりと下降してくる。棺に『力』が宿っているという読みが当たったことを感じながら、俺の視界は闇に包まれた……。





「と、わたしが知ってるその男の話はここまで」
「おいおい、ずいぶん中途半端なところで終わるじゃないか。結局、その男はその後どうなったんだ?」
  女の尻切れトンボな話の終わり方に俺は思わず声を上げる。ベッドの上で俺に組み敷かれた女は、人差し指を唇に当てるとそんな俺に対し意味深な笑みを見せた。
  その女は港町の盛り場で全裸同然の姿で淫らな舞を披露している踊り子の一人だった。自らの若く美しい肢体を売り物として稼ぎを得ている彼女達は、チップさえはずめば喜んで夜の相手もしてくれる。が、俺が彼女を買ったのは、それ以外にも理由があった。
“お兄さん、不死病のことを調べているの? なら、今夜わたしの踊りを見に来てよ。そしたら、この場所では決して得られないような情報を教えてあ・げ・る♪”
  昼間、街の蔵書庫でこの地に伝わる不死病の伝承について調べていた俺の前に、乳首と股間をかろうじて隠すだけといった際どい踊り子の衣装で現れたその女は、机に向かっていた俺に対しその形の良い大きな乳房を見せつけるように前かがみの姿勢を取ると、上目遣いで話しかけてきた。
  蔵書庫という場にあまりにも不似合いな格好をした女に、俺は内心女の頭の中を疑ったが、口にしたその内容には興味があった。今、女と同じく全裸となった俺の胸には黒いリングの紋章が浮かび上がっている。俺は不死病に冒されていた。その病から逃れる術を得るため、俺はこの地へとやってきたのだった。不死病に関する情報はどんなものであれ、できるだけ集めておきたい。そうして俺は女の言っていた店へと向かい、そのまま彼女を買うと宿屋へと連れ込んだのだった。
「ふふっ、ごめんなさい。ホントにわたし、“男の話”はそこまでしか知らないの。でも〜、もっとわたしに“イイモノ”をくれるなら、もうちょっとだけ役に立つかも知れないこと、お兄さんに教えてあげられるかもしれないな♪」
  はあ、そういうことかよ。俺は心の中で大きくため息をつくと、ベッドから離れ、荷物の中から金を取り出すと女に向かって放り投げた。まったく、『魚心あれば水心』、か。
  そんな俺に対し、女はベッドの上で悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「あれ、良いの? くれるっていうなら貰っとくけど、わたしが欲しかった“イイモノ”ってホントはそっちだったんだけどな〜」
  そう言ってニコリと微笑むと、俺の股間へと視線を向けてくる女。
  おいおい、そんなの分かるかよ。大体、これまでの話の流れからして、“イイモノ”といったら金以外思いつかないじゃないか。
「ふふっ、言葉って面白いよね♪ 同じ言葉とか、同じ発音であっても、話した人、聞いた人の立場によって想像するモノがまったく違ってきちゃうんだから。例えば〜、わたしがここで“キン”が欲しいなあって言ったとして、お兄さんは黄金の“金”とお兄さんの“それ”、どっちが欲しいと言ってると思う?」
  なんだよ、言葉遊びのつもりか? まったく、なんでいきなりこんな話になったんだか分からんが……。真面目に考えるならば、普通このような女が欲しがるのは前者の方だ。彼女らのほとんどは財産もなく、稼ぎを得る手段となるものが文字通り自分の体しかないためこのような行為に及んでいる。よほどの淫女でもないかぎり、早くまとまった金を得てこうした生活から脱したいと考えていると見るのが普通だろう。が……
「お前の欲しいのは“これ”だろ? さっき自分で言ってたじゃないか」
「きゃん♪」
  再びベッドの上に押し倒した俺に向かって悦びの声を上げる女。そのまま女は俺の体に抱きつくと、俺の耳に嬌声混じりの声でささやきかけてくる。
「あん♪ あたしの欲しいものをくれたお礼に、もう一つ良いことを教えてあげる……ん♪ お兄さん、どうやらお金を肌身離さず持ち歩いてるみたいだけど、少しはどこかに遺しておいたほうが良いかもね……うん♪ だってほら、“お金はあの世まで持っていけない”っていうでしょ♪ いくら棺桶まで持ってったってそこでおしまい。新たに生まれたときにはみんな素っ裸なんだから♪」



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