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アダルト妄想小説現実化装置
作:高居空
「ふう、もうすぐ完成しそうだな」
俺はパソコンのモニターを眺めながらふうと一つ息を吐いた。
目の前のモニターには今度の海辺の同人誌即売会で発売予定の同人誌の原稿が映し出されている。即売会の開催日は来週。本自体は自作のコピー本とはいえ、それでも製本の事を考えると原稿をあげるのにはギリギリのラインだ。
「まったく、好きでやっていることとはいえ、面倒なんだよな、文章を打ち変えるのは……」
俺は画面に表示された文章を眺めながら独りごちる。
こうした同人誌を作ったことがなければ知ることもないことだろうが、本の原稿というのはただ文を書いていけば完成するわけではない。本というのは紙を二つ折りにし、それが重なってできている。つまり、1枚の紙には山谷両面にそれぞれ2ページ、計4ページ印刷する部分があるってことだ。
そして、本の原稿を作る際にはこの「4ページ」というのを常に頭に入れておかなくてはならない。要は、原稿が「4の倍数」で終わるようにしないと、本に白紙のページができてしまうのだ。当然、それで終わないようなら、中身を修正して本の方に原稿を合わせなければならない。
が、俺にはその4ページルールとは別に、原稿を修正しなければならない理由があった。俺のサークルの作品は、全て全年齢向けとなっている。それは普段俺が活動の拠点としているネット上でも変わらない。だが、俺の目の前に表示されている原稿は明らかにアダルト……十八禁の内容になっていた。
「ったく、これさえなければこいつは便利極まりないんだがなあ」
ぼやきつつも、画面上の過激なアダルト表記を訂正し、全年齢向けの内容へと打ち変えていく。
こうして見ると、まるで俺がゴーストライターが書いた原稿を直して自分の物として発表しているみたいだが、それは違う。この十八禁の原稿もまた、間違いなく俺が作った物なのだ。
「もっとも、俺が『書いた』訳でもないんだがな」
そう、この文章は俺の妄想……もとい、アイデアの結晶ではあるが、俺が直接書いた物ではない。この文章は、今俺が修正のために叩いている外付けのパソコンキーボード、こいつが文字通り『自動筆記』したものなのだ。
俺のキーボードはただのパソコンのキーボードではない。悪魔が運営するとある裏サイトで手に入れた特殊な品なのだ。その名も『アダルト妄想小説現実化装置』。俺がアダルトな妄想をすると、それを自動的に文章にして打ち出してくれるという物書きには便利極まりない夢のようなアイテムなのだ。
まあ、欲を言うなら妄想を文章ではなく漫画にして打ち出してくれるのならもっと助かるし、同人誌即売会でも売上アップ間違いなしなんだが、タダで手に入れた物に対してこれ以上望むのはおこがましいというものだろう。
俺がこいつを手に入れたのは本当にただの偶然だった。興味本位で悪魔が運営しているという噂のサイトを覗いたところ、試作品の一日モニターの募集があり、それに冗談半分で申し込んだところ突然現れた悪魔が手に持っていたのがこの装置だったのだ。モニターテストそのものは欠陥が発覚してなんやらかんやらな感じになってしまったのだが、思い浮かべた事を勝手に文章にしてくれるという機能は当時から趣味で物書きをしていた俺にとっては非常に魅力的であり、また、モニターテスト終了後に向こうさんがこの装置を置いていってくれたこともあって、今でもこうやって便利に利用させてもらってるのだ。
「しかし、こいつでできた小説はそのまま人に見せる訳にはいかないからなあ……」
そう、この装置で作製した俺の小説には一つ大きな問題があった。この装置の名前は『アダルト妄想小説現実化装置』。実はこの名称には二つの意味が込められている。一つはアダルト小説家の『妄想』を『小説として現実化させる』というもの。そしてもう一つが、そうして作られた『アダルト妄想小説』を読んだ読者の『妄想』を『現実化』させるというものだ。
この装置によって作られた『アダルト妄想小説』を読んだ読者がその際に脳裏に思い浮かべた妄想、それをこの装置は更に現実として具現化する。もちろん、こうした小説を読んでいる読者が妄想することといったらいわゆる“濡れ場”以外にない。つまり、読者は小説を読み終わった後、いつの間にか目の前に現れた女と、主人公と同じ濡れ場を体感することとなるのだ。そして事が終わった後に具現化は解除され、女は消え去り狐につままれたような顔をした読者が残される……。それがこの装置に備え付けられた本来の機能だった。
しかし、この機能は俺の妄想を具現化した小説では正常に動作しなかった。いや、ある意味では正常に動作したともいえるのかもしれない。問題は、俺が思い浮かべた妄想により作成された小説が、いわゆる性転換系……つまりはTS物だったということだ。
この装置は小説を読んだ読者の妄想を具現化させる。では、TS小説の愛読者が妄想し興奮する場面というのは果たしてどこなのか。
俺は装置によって作られた小説を当時存在していたネット小説系の掲示板にアップしたのだが、後にこの装置のモニターテストの担当であった悪魔から聞いた話では、小説を読んだ読者達の前にはほとんど女が現れなかったらしい。その代わり、大半の読者の前には『男』が姿を現した。そしてその時、読者の体は『女』へとその姿を変えていたという。そしてそのまま……。
その後、事が全て終わると男の姿は装置の具現化解除により消え去った。が、一方の読者の女性化は解かれることはなかったらしい。悪魔が言うには、さすがにこのような具現化がなされるとは思いもしなかったとのことで、向こうにとってもこれは完全にイレギュラーな事態だったようだ。が、幸か不幸か被害者は皆小説の内容通りに『男』に抱かれたことによってか『女』にどっぷりと嵌ってしまい、元に戻りたいと思っている者は皆無だったらしい。また、装置の思わぬ副作用なのか、被害者の関係者も全員が被害者を最初から女だと認識しており、被害者の持ち物も女物へと変化を遂げていたという。まあ、悪魔の言う事なので、どこまでが本当なのかは分かったもんじゃないが。
ともかくそれ以降、俺は悪魔が置いていったこの装置を使って作成した小説を、全年齢向けへと修正したうえで発表してきた。この装置の名前はアダルト妄想小説現実化装置。装置により作成されたアダルト小説を読んで読者が妄想したものを現実化させる装置だ。だったら、その小説を『十八禁物』から『全年齢向け』へと打ち直してしまえばいい。そうすれば装置の機能も発動することはない……。
が、最近俺はこの修正に対していささか迷いを感じるようになってきていた。理由は即売会で俺の小説を買いに来る読者の傾向だ。直接聞いてみたわけではないのでなんなのだが、どうも俺のスペースに来る男性客には多かれ少なかれ「そうなると分かっていても、いや、むしろあえてそうなってみたい」という願望があるように思えてならないのだ。もしそうならば、このまま十八禁版を発表したって良いんだが……。
実際どうなんでしょ?
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