トップページに戻る
小説ページに戻る
私の名前はミラクル☆カラン! 世の中の弱者の声を感じ取り、その子に代わって悪事を止めるために頑張ってる正義の魔法少女なの! とはいっても、どこかの魔法少女みたいに悪い人に力ずくでお話を聞いてもらう訳じゃないよ。どんな攻撃魔法で相手を倒したって、その人が自分が悪いことをしているんだって事を理解してなかったら、また同じ事を繰り返すかもしれないもんね。逆に、自分がどんなに酷いことをしているのかが分かれば、痛い思いをしなくたってその人は絶対に改心すると思うんだ。
だから私は魔法を悪い人を懲らしめるためじゃなくて、自分が過ちを犯してるんだって気付いてもらうために使っているの。この力で私は世界中のみんなの顔を笑顔に変えていきたいんだ!
魔法少女ミラクル☆カラン年末SP
干支と年賀と女の子?
作:高居空
「ふう、こんなもんか……」
自室でパソコンに向かっていた俺は、ようやく形になった作品を前にペンタブを置くと一つ大きく伸びをした。
目の前のモニターにはピンクの髪にお団子ツインテールという個性的な髪型をしたバニーガールのイラストが映しだされている。あとはこの脇に“卯年”とでもでっかく行書体か何かで打ち込んでやれば年賀メール用のイラストは完成だ。メールならハガキと違って当日送れば良いからとついつい作業を先延ばしにしてきた結果、こうして同人誌即売会から帰ってきた後だというのにろくに買ってきた本に目も通せないままパソコンに向かう羽目に陥ったわけだが、どうにかこれで予定通りに年賀メールを送信することができそうだ。超特急で描いた割には結構出来も良いし、これなら手抜きには見えないだろう。
そんな事を考えながら俺は再びバニーガールのイラストへと目を向ける。その格好はもちろん来年の干支であるウサギにちなんだものだ。更に言えばその髪型も某ウサギに縁のある美少女戦士のものだし、髪の色がピンクなのはその戦士の娘の髪がピンク色だったのに加え、やはりウサギに関係のある某アニメショップのマスコットキャラの髪の色がその色だったからだ。当然、一般人、それも目上の人に送れるような代物ではないが、いつもメールをやりとりしている友人達にはこのくらいアクの強いイラストの方がちょうど良い。ちなみに前回のイラストは寅年にちなんだ虎縞ビキニの宇宙人と凶暴手乗虎少女を足して二で割ったような水着少女で、友人達からの評判も上々だった。今度の奴もあいつらにならウケるに違いない……。
正月にこのメールを受け取った友人達からの反響を思い浮かべながら、俺は最後の仕上げへと取りかかる。
「ちょっと待ったぁ!!」
だがその作業は、突如背後から飛んできた女の子の声によって数秒も経たない間に中断させられた。
「!?」
声のした方向に向かって反射的に振り返る俺。今俺が暮らしているのは単身者向けのアパートで、俺以外にこの部屋で生活をしている者はいない。更に今日同人誌即売会から帰宅した際には戸締まりを全て確認した上でドアにはチェーンまでかけたはずだ。なのにこの部屋で俺以外の声が聞こえてくるとはどういうことなんだ?
だが、後ろを振り向いた俺の目には、二本の足で床に散らばった同人誌を踏みつけながら屹立する一人の少女の姿がはっきりと映っていた。
「全世界の弱者の味方、魔法少女ミラクル☆カラン! 悪事の現場にただ今参上です!」
見た目小学生くらいの過剰なほどにフリルの付いたワンピースを着込んだその少女は、俺が振り返るのを待っていたかのようにビシリと手にした棒をこちらに向けると、片手を腰に添えて堂々と名乗りを上げる。
「…………」
そんな彼女に対しどうリアクションをしたら良いのか分からずに沈黙する俺。当然ながら俺は少女とは一切面識はない。加えて言えば、彼女の名乗った名前の方にも俺はまったく心当たりがなかった。おそらく少女が名乗った名前は本名ではなく、彼女のコスプレの元になった漫画かアニメのキャラクター名なのだろうが、そのような魔法少女が登場する作品があるなどというのは正直初耳である。その筋にはかなり詳しいと自負している俺が知らないのだから、おそらくそれはかなりマイナーな作品なのだろう。もしも元ネタが判っていれば、彼女が口にした決め台詞らしきものに相の手を入れることもできたのだろうが……。もっともそれ以前に、どう見ても不審人物である彼女に話を合わせる必要があるのかという根本的な問題も存在するのだが。
少女はそんな俺の態度が気に入らなかったのか、手にした棒……魔法少女だけにステッキなのだろう、きっと……をこちらに向けたまま、怒ったような顔をしてじりじりと詰め寄ってくる。
「お兄さん、どうしてそんな悪いことをしようとするんですか!」
なに? 少女の口にした“悪いこと”という想定外の言葉に思わず困惑する俺。悪いことって何だ? 少なくとも俺には少女にいきなり問いつめられるような悪事をしたような覚えはない。少女の顔を見る限り彼女は本気で俺が悪事に手を染めていると思っているようだが、それはまったくの濡れ衣だ。というか、彼女の勝手に人の部屋に入り込むという行為は別に悪いことじゃないのか?
「悪いことって何のことだ? 俺はやましいことなんてこれっぽっちもしてないぞ。むしろ」
「なっ! まさかお兄さん、自分が悪いことをしようとしている自覚すらないんですか!?」
彼女を問いつめようと声を上げた俺だが、俺がしゃべり終わるよりも早く少女は大声を上げると、目をつりあげて怒気を倍増させる。その子供とは思えない迫力に一瞬ながら気圧されてしまった俺は、口にしようとしていた彼女への詰問の言葉をつい飲み込んでしまっていた。
「いいでしょう、ならばお兄さんがどんな悪いことをしようとしていたのかを、私がこれからきっちり説明してあげます!」
そう言うと少女はポケットをごそごそと漁りはじめ、やがてそこから一枚の紙を引っ張り出してくる。ポケットにしまう時に適当に突っ込んだりでもしたのか、やけにしわくちゃになったその紙。だが、それを目にした俺は、そこに書かれていた想定外の内容に思わず目を丸くした。
「おい、これって俺の……」
「そう、これはお兄さんが今年皆さんに送った年賀メールです!」
少女の言うとおり、そこには確かに今年の正月に俺が友人達に一斉に送った年賀メールの内容が打ち出されていた。しかし、何でこの子が俺の年賀メールのデータを持っているんだ? ひょっとしてこの子は俺がメールを送った友人の妹か何かだったりするのだろうか?
困惑する俺を前に、ステッキで紙のある部分を指し示す少女。
「そしてこの子!」
そこには、前回の年賀メールのイラストとして添付した、茶髪で虎柄ビキニ姿の少女のイラストがフルカラーで印刷されていた。
何だ? このイラストが彼女の言う悪事とやらに関係しているっていうのか? 少なくとも俺が見た限りではまったくやましいところはないのだが……。
イラストのどこが彼女の言う“悪いこと”と繋がっているのか皆目見当のつかない俺に対し、少女はこちらを射るような目つきで口を開く。
「ひどいじゃないですか! この子を年の初めに華々しくデビューさせたのはお兄さんでしょ? なのにその後は一年間まったく出番を与えず、さらに次の年賀イラストでは他の女の子を起用してお役ご免だなんて、この子が可哀想とは思わないんですか! これじゃ文字通りの使い捨てです! 少しでもこの子に情というものがあるのなら、安易に新人を投入するんじゃなくて、来年のイラストもこの子に任せてあげるべきなんじゃないですか!」
「……………………」
その言葉に思わず絶句する俺。何を言っているんだこの子は? イラストの子が可哀想? どこをどう取ったらそんな風に考えられるんだ? 全くもって理解不能だ。だが、この子がそれを冗談で口にしているわけではないという事はその表情から見ても明らかである。
となると、こちらとしても彼女の意見を無下に否定するわけにもいかないだろう。理由もなく否定しては彼女の怒りの炎に油を注ぐだけで、余計に話がこじれてしまいかねない。今更イラストを変更するつもりはないが、ここは少女が納得するだけの理由と落としどころを考えて話をまとめた方が良さそうだ。
頭の中で即座に考えをまとめた俺は、小さく息を吐くと少女に向かって言い聞かせるようにゆっくりとした口調で語りかけた。
「確かに君の言うことも分かるけど、このキャラクターは今年の干支である寅にちなんだものなんだ。その干支が来年はウサギに変わってしまう以上、寅をモチーフにしたこの子を使う訳にはいかないだろ? 次に寅年がやって来た時にはまたこのキャラクターを使わせてもらうから、それで納得して貰えないかな?」
だが、そんな俺の説明に少女はその場でわなわなと体を震わせたかと思うと、次の瞬間ビンっと眉を跳ね上げた。
「つつつ、次の寅年って、お兄さんこの子を十二年も飼い殺しにするつもりですか!? なんて酷い!! それだけの年月が経っちゃったら、この子モデルのお仕事ができなくなっちゃってるかもしれないじゃないですか! この子の歳じゃ十二年後といったら結婚してママさんになっててもおかしくありませんよ!!」
「は?」
そのあまりにもな少女の怒りに思わず間の抜けた声を発してしまう俺。対する少女はその反応が更に気に食わなかったのか、顔を真っ赤に染めると再度ステッキをこちらに突きつけてくる。
「分かりました。お兄さんには自分がやろうとしているのがどのような事なのかを体で知って貰う必要があるみたいですね!」
そう言うやいなやこちらに向けたステッキをくるくると回転させ始める少女。
「悪因悪果、因果応報! 目には目を目を歯には歯を! 超魔法スーパーハムラビスパーク!!」
少女が呪文のような物を唱え終わったその瞬間、彼女の手にしたステッキの先から強烈な光が放たれる。
「!!」
その強すぎる光から逃れるように俺は反射的に瞼を閉じる。だが次の瞬間、体に電流でも流されたかのような強烈な刺激が走ったかと思うと、俺は自分の体をまったく身動きさせることができなくなってしまっていた。手足はおろか、指一つ、瞼一つでさえぴくりとも動かすことができない。そうこうしているうちに体中の感覚も徐々に麻痺していき、俺は自分がどのような状態にあるのかさえ皆目見当のつかない無感覚の闇の中へと閉じこめられてしまう。
いったい何が起こっているんだ!? 確認しようにも体の自由が完全に奪われているため、俺は文字通り何もすることができない。
そのままどれくらいの時間が経ったのか、自分の置かれた状況にいよいよ精神が限界に達しようとしたその時、突如俺の体に再び電流のようなものが走った。そしてそれが合図であったかのように全身の感覚が急速に回復をはじめると、指先の方から少しずつ体の自由も戻ってくる。
ようやく感覚の戻ってきた俺がまず最初に感じたもの、それは全身を襲う鳥肌が立つような肌寒さだった。まるで服を全て脱ぎ捨ててしまったかのような寒さに、俺は何とか動くようになった腕を本能的に体に巻き付け、少しでも暖を取ろうとする。
だがその瞬間、俺は何とも言えない違和感を腕から感じ取った。
何だ? 俺の胸、やけに柔らかくなっているような……?
その違和感を確かめようと、俺はまだ痺れの残る瞼を何とか開いて胸へと視線を向ける。その先にあったのは、両腕によって締め付けられている二つの柔らかそうな膨らみだった。
「!?」
その信じられない光景に反射的に腕を広げると、拘束から解放された胸がぷるりと揺れる。その先には二つの膨らみを包み込むようにして黄色地に黒線が所々入った三角形の布地が張り付いていた。まさかと思いつつ視線を下げたその先では蜂のようにくびれた腰が外気に触れ、その下では胸を包み込む布と同じ模様をした逆三角形の布地が股間を包み隠している。そこに本来あるはずの男性の象徴らしき膨らみは何故かどこにも見あたらなかった。つい先ほどまで着ていたはずの厚手の服もどこかへと消え失せ、布地が包みこむ胸と下腹部以外の部分は白く滑らかな肌が露わになっている。確認のために体を見下ろす形となった俺の視界の左右には、長く茶色い髪の毛が映りこんでいた。
「な、なななななっ!?」
堪らずあげてしまった戸惑いの声も甲高いソプラノ声だ。
「どうですか? イラストの女の子と同じ姿になった感想は?」
思わず固まってしまった俺の耳に、少女の勝ち誇ったような声が響く。
「それじゃ、お兄さんには十二年も待たされるというのがどれだけ辛いことなのかを身をもって体験して貰いますね! お兄さんには今から次の寅年が来るまでそのままの格好で過ごして貰います。もしも次の寅年が来たときにお兄さんが反省しているようだったら、元に戻してあげますね!」
そう言い放つやいなや、頭上にステッキを掲げるとくるくると回転させ始める少女。
「それじゃあこれにて一件落着! ミラクル☆カランはまた一つ悪事を食い止めることができたのでした……ってそれはまだ分からないか。でもでも、とりあえず反省の気持ちがあるならばこの子を次の年賀メールにも使うはずだよね、うんうん。それじゃとりあえずハッピーエンドってことでまた来週! と、お兄さんは次の寅年にね!」
そう少女がしゃべり終わった次の瞬間、彼女の手にしたステッキから凄まじい光があふれ出す。反射的に目をそらした俺が再び前を向いたときには、既に女の子の姿はどこにも見あたらなかった。
「……って、ちょっとこれからどうなるのよあたしー!!」
思わず、しかも何故か女言葉で叫んでしまった俺の声に答える者は部屋のどこにもいなかった……。
ふう、こうして今日もまたミラクル☆カランは悪事を食い止めることができたのでした! 結果を見ていないからあれだけど、お兄さんもきっと反省してくれてるだろうし、まあ大丈夫だよね! うんうん、良かった良かった。
あ、そういえば、次の寅年が来た時はお兄さんの所に会いに行かなきゃいけないんだっけ。だけど……う〜ん、何か忘れちゃいそうだなあ。どっかにメモしておけば良いんだろうけど、メモをしたって事を忘れちゃったり、メモした物がどこにしまってあるか分からなくなっちゃったりすることって結構あるんだよね。
ま、いっか。やっぱりメモなんかに頼るより自分の記憶力をもっと信じないとね! さて、この件についてはこの辺にしておいて、そろそろ次の弱者の所へ向かおうかな。私の名前はミラクル☆カラン。みんなが笑顔になれるその日まで、私は頑張り続けるの!
トップページに戻る
小説ページに戻る
|