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  私の名前はミラクル☆カラン! 世の中の弱者の声を感じ取り、その子に代わって悪事を止めるために頑張ってる正義の魔法少女なの! とはいっても、どこかの魔法少女みたいに悪い人に力ずくでお話を聞いてもらう訳じゃないよ。どんな攻撃魔法で相手を倒したって、その人が自分が悪いことをしているんだって事を理解してなかったら、また同じ事を繰り返すかもしれないもんね。逆に、自分がどんなに酷いことをしているのかが分かれば、痛い思いをしなくたってその人は絶対に改心すると思うんだ。
  だから私は魔法を悪い人を懲らしめるためじゃなくて、自分が過ちを犯してるんだって気付いてもらうために使っているの。この力で私は世界中のみんなの顔を笑顔に変えていきたいんだ!


魔法少女ミラクル☆カラン
コスプレ広場と男の娘?
作:高居空


「うわっ、まじかよ。暑っくるしい……」
  これでもかというくらいに照りつける真夏の太陽。その殺人的な日の光の下、海に面したイベント会場の一角にある屋外広場へと汗だくでやってきた俺は、人だかりの中カメラを向けられポーズを取る面々の中に一際異様な連中が混じっているのを目にし、思わずげんなりとした声をあげていた。
  今日は年に2回の同人業界のビッグイベント、海辺の同人誌即売会の開催日だ。相変わらずの殺人的な熱気と人混みの中、海辺のイベント会場を踏破し目的の同人誌をゲットした俺は、同人誌販売と並んでこのイベントの華ともいえるコスプレの競演を鑑賞するために撮影会場にも指定されているこの広場へとやってきたのだが、会場に入って早々に目にしてしまったのが、この何とも暑苦しいというか、ある意味犯罪だと表現してしまってもいいくらいにヤバい格好をしたコスプレイヤーの一団だった。
  そのコスプレイヤーの一団は、それぞれがいかにもアニメキャラのコスチュームといった感じのピンク、オレンジ、黄色、緑、水色を基調とした衣装をまとっていた。胸の大きなリボンやデザイン性の高いスカートが可愛らしさを演出しつつ、二の腕や太ももなど露出するところは露出し、子供だけでなく大きなお友達にも人気がでそうなコスチューム。それに合わせるようにそのコスプレイヤー達は服の色に合わせた同系色のカツラを被っている。その衣装からして、そのコスプレが日曜の朝に放送されている戦隊ヒロインアニメのヒロイン達のものであることはまず間違いないだろう。
  だが、目の前のコスプレイヤーの一団にはアニメのヒロイン達とは決定的に異なる部分が一つ存在していた。コスプレイヤー達が大きくポーズを取るたびに丈の短いスカートの下から見え隠れするスパッツ……その中心部分が、もっこりと大きく盛り上がっているのだ!
  そう、そのコスプレイヤー達は、女の格好をした野郎ども……女装コスプレイヤーの集団だったのだ。
  まあ、それでもそのコスプレイヤー達のコスプレがまだ“見られたモノ”だったならば話は別だっただろう。が、残念ながらそいつらのコスプレの出来は正直とてつもなく酷いレベルのモノだった。
  いや、正確に言うなら奴らの着ているコスプレの衣装については合格点である。なにせ、むさい男が着てもちゃんとそれっぽく形を保っているのだから。問題はその中身。そのコスプレをするには、お前等どう見ても太りすぎ! 無精ヒゲそり残しすぎ! ムダ毛処理しなさすぎ! これじゃあ正直言ってただの変質者と大差ない。いくら本人達は気持ち良くても、これじゃ周りはドン引き状態だ。そいつらの前をそそくさと通り抜けようとしている連中も俺と同じ事を思っているに違いない。
「これじゃなんともかんともだな……」
  げんなりした気分で再度そう呟いた時だった。
「そこのお兄さん達、ちょ〜っと待った〜!」
  コスプレ広場の一角に響き渡る、女の子の高い声。
  何事かと声の聞こえた方へと視線を向けると、そこでは魔法少女風のコスチュームを身に纏った女の子が、ステッキをビシリと正面に突きつけポーズを取っていた。
  へえ、この子は結構雰囲気出てるじゃん。
  先程までとんでもないゲテモノを目にしていた反動もあるのだろうが、その女の子のコスプレを素直に可愛いと感じる俺。元ネタは分からないが、白を基調としたフリフリのワンピース風のコスチュームが小学三、四年生くらいに見える可愛らしい女の子に実にフィットしている。この出来ならここに集まったカメラ小僧達も彼女を放っとかないだろう。
  そんな俺の読み通り、女の子の周囲にはすぐに人垣ができあがる。
  そうして視線が自分に集中したところで、女の子はバトルアニメの主人公が敵の前にさっそうと登場したときのように、周囲に向かって高らかと名乗りを上げた。
「全世界の弱者の味方、魔法少女ミラクル☆カラン! 悪事の現場にただ今参上です!」
  女の子の堂々とした声とポージングに、ギャラリーの間から“おお〜!”と感嘆の声が上がる。元ネタの魔法少女ミラクル☆カランというのは聞いた事がないが、この女の子がそのカランというキャラクターをセリフを含めて忠実に再現しようとしているのは、その立ち振る舞いからしてまず間違いないところだろう。
「お兄さん達、どうしてそんな悪い事をしているんですか!」
  名乗りに続いて再び劇中のセリフらしきモノを口にする女の子。
  それに対し、彼女を取り囲むギャラリーのうちの何人かはカメラを構えながらも少し困ったような表情を浮かべた。
  まあ、そうなるのは分からなくもない。おそらく女の子が口にしたのはカランというキャラクターのお決まりのセリフなんだろうが、原作を知らない者からすれば、いきなりそんなセリフをふられてもどうリアクションしていいのかさっぱり分からない。ついでに言うなら、ミラクル☆カランというのはこうした魔法少女物には結構詳しい俺でさえ一度も聞いた事のない作品だ。ここで表情を変えなかった奴らも、大半がカランというのがどんなキャラなのか分かってないに違いない。
  だが、そんなギャラリーの中から、作品を知っていたのかそれともノリでなのかは知らないが、女の子に向かって声が飛ぶ。
「悪い事ってどんなこと?」
  その声を聞いたとたん、女の子は元々大きな目をくわっと見開くと、眉をつり上げ肩をわなわなと震わせはじめた。
「そんな……お兄さん達、自分達が悪い事をしてるってことに気付いてないんですか!?」
  そう言うやいなや手にしたステッキでビシッととある方向を指し示す女の子。その先へと視線を向けると、そこでは先程の見苦しい格好をしたコスプレイヤーの一団が、周囲を行き交う人達にはほとんどスカンされているにも関わらず、相変わらず楽しそうにポーズを取り続けていた。
「ほら、あそこのコスプレイヤーの人達!」
  うん? あのコスプレイヤー達がどうしたって? ひょっとしてあいつらがこの子の言ってる悪い事に関係してるっていうのか? 確かにあれは目の毒というか、もはや犯罪級だといえるが、しかしこの子が悪い事をしてるって言ってるのは俺達のはずだ……っていうかそもそも、女の子が口にしてたのはこの子のコスプレの元ネタである漫画のキャラクターのセリフじゃなかったのか?
  周囲を見渡すと、女の子を取り囲む他の奴らも大多数が俺と同じ気持ちなのか、一様にその顔に困惑したような表情を浮かべている。そんな俺達に構わず勢いよく言葉を続ける女の子。
「この国で女装イコールHENTAIさんという認識が根付いて幾星霜! 自分の趣味を秘め続けなければ生きてこれなかったような人達が、ようやくおネエブームやら男の娘ブームやらのお陰で日の当たる場所に出てこれるようになったのに、皆さん、そうした人達に対して反応が冷たすぎじゃないですか! あの人達だって普通のコスプレイヤーさんと同じようにみんなからキャーキャー言われたいんですよ? お兄さん達もイベントに参加している人達なら、中身で差別区別しないで同士として一緒にイベントを盛り上げてあげないとダメじゃないですか!!」
「……いや、差別区別というより、ホントにキャーキャー言われたいんだったら、あいつらはもっと色々と気をつけなきゃいけないところがあるんじゃないかなあ……」
  そのあまりに強引過ぎる女の子の主張に、ギャラリーのうちの一人からもっともな意見が飛ぶ。その言葉に申し合わせたかのように同時に首を縦に振るギャラリー。
「な、なななななっ!」
  その反応が予想外だったのか、女の子はこれでもかというくらいに驚愕の表情を浮かべ、ずずっと半歩ほど後ずさる。が、そこでぐぐっと踏みとどまった女の子は、顔をやや俯き加減にすると、瞳をギラッと光らせ口元に三日月型の何とも怪しげな笑みを浮かべた。その異様な“コロす笑ミ”とでも表現するのがふさわしいような表情を前に、蛇に睨まれた蛙のごとく一斉に静まりかえるギャラリー。
「ふ、ふふふ……。そうですかそうですか。どうやらお兄さん達にはあのコスプレイヤーさん達の気持ちを身をもって知ってもらう必要があるみたいですねえ……」
  不気味な声で女の子は俺達に向かってそう告げると、手にしたステッキをグルグルと回転させ始める。
「それじゃあいくよー! 悪因悪果、因果応報! 目には目を目を歯には歯を! 超魔法スーパーハムラビスパーク!!」
  その声と共にステッキの先から放たれる眩い光。
  その突然の閃光から逃れるように反射的に視線を下へと逸らした俺は、そこで驚くべき光景を目撃した。
  俺の服が……変わっていく!?
  俺の目の前で、黒かったTシャツが急速に白く染まっていく。同時に肩の部分に浮かび上がってくる羽毛を思わせるようなふさふさの素材。ジーンズの筒がぐぐぐとせり上がってくると、下腹部から太ももの上部にぴったりとフィット……というよりも股間を不自然なくらいに締め付けるくらいキツキツのスパッツへとその姿を変えていく。腰の脇にポシェットのような何かが吊り下がると、素材の変化したTシャツが中心部分を残して今度は黄色く染まっていき、同時に腰から下に向けて同じ色の一枚の布が垂れ下がってくる。その布は太ももの付け根の少し先のあたりまで伸びると、その先には白くフリフリした飾りのようなものが出現する。続けて頭に不自然な重さを感じたかと思うと、バサリと何かが肩や背中に垂れ下がってくる。肩のあたりに垂れ下がってきたそれをつまんで前へと持ってきてみると、それは服と同じように黄色く染め上げられた長い髪の毛だった。そうこうしている間にも俺の胸元には大きな黄色いリボンが浮かび上がってくる。
「…………!」
  もはや間違いない。俺の服はさっき女の子が指し示したコスプレイヤー達と同じ、日曜朝の戦隊ヒロインのコスチュームへと変えられてしまったのだ!
  周囲を見渡すと、女の子の側にいた他の連中も、全員が同じように戦隊ヒロインの服装に身を包んだカラフルな髪の毛をした女装コスプレイヤーになってしまっていた。ただし、変わったのはあくまで服と髪だけ。つまり……。女の子の周囲は今、ある意味見るに堪えない地獄絵図と化していた。
「どうです? あのコスプレイヤーさん達と同じコスプレをしてみた感想は? やっぱり“みんなからキャーキャー言われたい〜♪”って気持ちになりますよね?」
  が、そんな周りの惨状が目に入っていないのか、女の子は俺達に向かってなんともとぼけた質問をする。それに対し思わず反射的にツッコミの声をあげる俺。
「って、んな訳あるか! こんな格好人様になんか絶対見せたくないし、こんなの見たってギャラリーから出る声は“キャー!”じゃなくて“ギャー!”だろが!」
  しかし、女の子はそんな俺のツッコミに対してなぜか頬に人差し指を立てるとウインクしながらニッコリと笑みを浮かべる。
「うん、何だかまだ分かってもらえてないお兄さんもいるみたいだけど、きっとそのお兄さんはコスプレ未体験者だね! でも大丈夫。これから色んな人にその姿を見てもらえば、そうした人だってじきにその見られるって快感……じゃなくて、キャーキャー言われたいっていう気持ちが分かってくるはずだから!」
「いや、だからそんな風になる訳ないって!」
  だが、そんな俺の声などもはや耳に入っていないのか、女の子は一人でうんうん何かに納得したかのように頷くと、手にしたステッキを空へと向ける。
「それじゃあこれにて一件落着! ミラクル☆カランはまた一つ悪事を食い止めることができたのでした! それじゃ、とりあえずハッピーエンドってことでまた来週!」
  そう言い終わるやいなや、再びステッキの先から溢れ出すまばゆい光。
  思わず目を逸らした俺が再び視線を戻したときには、先程までそこにいたはずの女の子の姿は影も形もなくなっていた。残されたのは、女の子のいた場所の周辺にたたずむ女装コスプレイヤー……もとい、女物のコスプレ衣装に服を変えられてしまった野郎ども。
「どうすんだよ、これ……」
  その地獄絵図を前に、同じく戦隊ヒロインのコスチュームに身を包んだ俺は、ただ頭を抱えることしかできなかったのだった……。



  ふう、こうして今日もまたミラクル☆カランは悪事を食い止めることができたのでした! 中にはいまいち意味がわかってなさそうなお兄さんもいたけど、きっとあそこでみんなに観られてれば、そのうち絶対に自分の間違いに気付くはずだよね。うんうん。
  さて、それじゃ今回の件についてはこの辺にしておいて、私はそろそろ次の弱者の所へ向かおうかな。私の名前はミラクル☆カラン。みんなが笑顔になれるその日まで、私は頑張り続けるの!



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