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魔法少女ミラクル☆カラン3
コミックマーケットで因果応報? 後編!
作:高居空


  遮るもののない強烈な夏の日差しが海に面した建物の屋上に容赦なく降り注ぐ。
「もう、あっついわねえ……」
  4本のガラス張りの柱に支えられた逆ピラミッド型ブロックの集合体という何を考えて作られたのかまったく分からない外観の建物の上に立ったあたしは、したたり落ちる汗を拭いながら大きく息を吐いた。
  手でぱたぱたしながら眼下を見下ろすと、そこにはまるで蟻の大群のような人々の列が遠く向こうの駅の方まで伸びている。この炎天下で行列とかあたしからしてみたら正気の沙汰ではないけれど、何でもあのヒトタチにとっては命よりも大切なお祭りが今日この建物では行われているらしい。同人誌即売会とか言ったっけ? まあ、そんなのどうでも良いんだけど。
「まったくカランのアホタレ、こんのクッソ暑い場所のど〜こに潜んでるんだか…………」
  あたしは魔術学校時代からの腐れ縁であるド阿呆の名を呟きながら、床に探索用の魔法陣を展開する。
  私の名前はミンシア。こことはちょっと違う世界からやってきた魔術士協会所属の魔術士、俗に言う魔法少女という奴だ。まあ、魔術士だ魔法少女だとかと名乗ったところで実際のところあたしの世界でも魔術は世間の目に触れぬよう秘匿されてるから、目の前で魔術を披露でもしない限りは世間一般の皆様から見たらあたし達はタダのアタマのいっちゃった可哀想な人でしかないんだけどね。何でも魔術というのは一般人に見つからないよう密かに行使するのが伝統的な魔術士の流儀というものらしい。まあ、そんなのあたしからしたらどうでも良いんだけど。
  ただ、そんなあたしでも組織に属している以上、協会が定めるルールは一応守らなくてはならない。例えば、よほどの理由が無い限り一般人の前で相手に認識されるような魔術を用いてはならないとか、協会の許可なく他の世界に行ってはならないとか。そして今、あたしはそのルールを破って勝手に異世界へと渡ったバカ魔術士の首根っこをひっつかまえて元の世界へと連れ帰るために、協会の命を受けてこの世界へとやってきたのだった。
「ったくあのアホ、手間ばっかかけさせるんだから……」
  あたしはターゲットであるバカ魔術士、カランの顔を思い浮かべながら魔法陣に力を注ぎ込む。転移魔術の魔力残滓からあいつがこのだだっ広い会場のどこかに転移したことは既に分かっていた。気配遮断並びに隠密行動の魔術はカランの十八番だけれども、魔術学校時代あいつのルームメイト兼お守り役だったあたしはあいつの魔力波長や術式を知り尽くしている。それこそわずかでも痕跡があれば、それを追ってあいつを捕捉することができるのだ。まあ、そのせいもあっていつも協会の奴らにカランの後始末やら何やらを依頼される羽目になっている訳なんだけど。
「まったく協会もあたしにばっか頼らないで、たまには自分達で何とかして欲しいわよね……」
  とは言っても、あのカランに対してなまじっかな魔術士がいくら束になってかかっても勝てないのもまた確か。カランの奴はその思いこみの激しい性格といいカッとなった時のイカレ具合といい精神面では凄まじく欠陥のあるバカだが、こと魔術の腕に関しては天才という言葉が生ぬるいくらいの力量を有している。しかもその体に蓄えられた魔力は魔術士協会に所属する他の魔術師達の魔力のトータル量さえも上回っているのだ。そんなカランを抑え込むには数十人単位の魔術士の動員が必要だろう。色々問題を起こしてばかりのカランを協会が半ば野放しにしているのもその為だ。その点、あたしは学生時代あいつのお守りをしていたこともあって、あいつをおとなしくさせる術というものを心得ている。いや、実際にはカランの方が学生時代の色々なトラウマからあたしの剣幕を恐れているというのが正しいのかもしれない。ともかく、カランという猛獣に正面切って文句を言い、おとなしくさせる事ができるのはあたしだけというのは紛れもない事実なのだ。
「しっかしあいつ、今回はなにをやらかすつもりなんだか」
  眼下に蠢く人々の姿を眺めつつ会場全体を魔力でサーチしながら、あたしはカランのこれまでの行動を思い浮かべる。
  カランは基本的に“弱者を助け、悪人を懲らしめる”事を行動理念として活動をしている。ただ、困ったことにあいつの考える“弱者”は世間一般で言うところのそれとはかなりかけ離れており、例えば人形だったりゲームのキャラクターだったりと、ともかくあり得ないようなものばかりが救済対象になっているのだ。さらに、あいつが“悪人”を懲らしめる方法は対象を弱者と同じ目に遭わせるということで一貫している。相手を人形と同じ格好にして衆目に晒したり、ゲームのキャラクターにして操ったり……酷い例では“食卓に並ぶお肉にされる豚さんが可哀想だと思わないんですか”とか言って街の人間を丸ごと豚に変えてしまったことだってある。とにかくあいつの“勧善懲悪”は常識的に見てとてつもなくタチの悪いものなのだ。ちなみにカラン曰く協会で禁止されている人前で魔術を使用する行為については“弱者を一刻も早く救済するための緊急的な措置だからセーフ”なんだそうだ。それを認める協会の弱腰も何なんだか……って、この魔法陣の反応は……!
「……見つけたわよ!」
  足下から開場全体に展開した不可視の魔法陣、そこに引っかかったあいつの魔力の残滓に、あたしはペロリと舌なめずりしてから早速行動に取りかかる。あたしが捉えた魔力は本体ではなくあくまでカランが通った後に残った残り香のようなもの。それでも場所と向きさえ分かっていれば、あいつがどこに向かっているのかを推測することができる。
「これは……東ホールとかってところに向かう通路ね……」
  場所を特定したあたしは床に展開した魔法陣を探索魔法から転移魔法の陣へと組み替える。カランほどじゃないがあたしも魔術学校を従来なら首席クラスの成績で卒業した身。この程度の術式の組み替えなど朝飯前だ。さあ、いくわよ……!
  あたしが全身から魔力を放出した瞬間、周囲の風景がぐらりと揺れたかと思うと、瞬く間にその様子が一変する。炎天下のビルの屋上にいたあたしは、一瞬のうちに狭苦しい密閉された空間へと転移していた。目の前に鎮座するのは小ぎれいな洋式便座。そう、あたしはこの建物の東ホールの入口付近にある女子トイレへと転移魔法で移動したのだった。魔術士協会では一般人の前で魔術を披露することを原則として禁じている。そうでなくても突然女の子がどこからともなく出現したとあっては周囲がパニックになること必然だ。その為に、あたしは周りから絶対に見られることのない女子トイレの個室へとこうして転移したのだ。ちなみに、この会場の主要な女子トイレはいつ何時どこからでも転移できるよう、事前に一室ずつ水が流れないように魔術で破壊……もとい、細工をした上で“使用禁止”の張り紙を貼りつけてある。外の行列が動き出す前に下見を兼ねて建物に忍び込んだ際仕込んでおいたものが役にたった形だ。さっすがあたし、準備周到! まっ、その分トイレを利用する人は不便するかもしれないけど、カランが起こすだろう被害に比べたらこんなのどうでも良い事よね。
  あたしはトイレの個室から勢いよく飛び出すと、驚くトイレ待ちの人々の顔を尻目にホールに向かって駆け出していく。おそらく先ほどの魔力反応からして、カランはホールの中へと入ったか入らないかといった所だろう。あたしなら探索用魔法陣がなくても近づきさえすればあいつがどんな隠密魔術を使っていたとしても魔力を感じ取ることができる。後はあいつが2つある東ホールのどちらに向かったかだが、ここはあたしの女の勘を信じるしかない。
『あ、ミンシアだ!』
『うお〜、スゲー似てる〜!』
  ホールの中に入るとそこは表で見たのと同じように人、人、人であふれかえっていた。思わずげんなりするあたしに向かって人の群れの中から歓声とカメラのフラッシュの光が飛んでくる。どうやらここにいる連中はあたしが何者なのかを知っているみたいだ。もしくは、あたしを“ミンシアの格好を真似した女の子”と捉えているのか。協会によると、何でもこの世界ではあたし達の活躍がテレビアニメになって放映されているらしい。潜在的に魔術の才能を有しているクリエーターが他の世界で起きた出来事を何らかの影響で感じ取り、それをインスピレーションとして作品を作り上げることがあるというのはあたし達魔術士の中ではよく知られている話だ。おそらくこの世界でも誰かがあたし達の事を夢だか何だかで感じ取って、それをアニメ作品として世に発表しているんだろう。となると、その作品であたしがどのように描かれているのかが非常に気になるところだけど……今はカランを探し出すことの方が先決よね。
  そう思いながら再び行動を開始しようとしたその時、あたしの耳に聞き間違えようのない女の声が飛び込んでくる。
『そこのお兄さん達、ちょ〜っと待った!』
  声のした方向に向き直ると、ごった返す人々の群れの中に隠れて姿を見ることはできないものの確かにあいつの気配を感じる。
「見つけた!」
  あたしはそう叫んで気配の方向に向かって走り出そうとするが、行く手を塞ぐ人の壁が邪魔をしてなかなか先に進むことができない。もう、通路だっていうのになんでこいつらちゃっちゃか動こうとしないのよ! そうこうしているうちに進行方向では真っ白い強烈な光が放たれる。
  やっば、遅かった……!
  内心ほぞをかみながら人の波を押し分け辿り着いたその先にあたしが見たものは、人々でごった返す会場の中、まるで穴でも空いたかのようにぽっかりと人の姿が見えなくなったスペースと、その前で杖を片手にポーズを取る白いワンピース状の魔道服を身につけた少女の姿だった。
「カ・ラ・ン〜!」
「げ、み、ミンシア!? な、なんでこんな所にいるのかな〜?」
  あたしの上げた声に悦に入った表情から一変して引きつった笑みを浮かべるバカ少女。
「何でこんな所に、じゃない! アンタこそ、何でこんな所にまできて派手に魔法ぶっ放してるのよ!!」
  詰め寄るあたしにカランは汗をたらりと流しながらじりじりと後ずさりする。
「えっ、そ、それはこの会場で販売されている漫画でヒドい目に遭っている女の子達を助けるために……」
「はあ? 何それ、そんなのどうでも良い事じゃない! 大体、何でそれをするために異世界まで来る必要があんのよ! あたし達の世界にだって話の中で同じように酷い目にあってる子なんてごまんといるんじゃないの!?」
  あたしの怒りの声にカランはぶんぶんと首を横に振る。
「どうでも良くなんてないよ! ほら! これ見て!!」
  そう言って人の気配が消えた机の一角から一冊の本を持ってくるカラン。その表紙にはどこかで見たような可愛らしい女の子が半裸の状態で描かれており、その上にポップな字体で書かれたタイトルが踊っている。その本の名は……

“魔法少女ミンシア☆触手陵辱地獄変♪”

  …………なるほど、そういえばこの世界ってあたし達の話がアニメで放送されてるんだったっけ。うんうん、分かった。そういうことね…………
「……まったく、しょうがないわね。とりあえずあんまりこっちの世界にいると協会のお偉方がうるさいからとっとと帰るわよ。と、その前にこのフロアにいる人達、あんたの魔法でまとめてお仕置きしちゃっといて」
「うん、分かった! ようし、いっくよ〜!!」
  そう言うとカランは目を輝かせながら、にっこりと微笑むあたしの前でステッキを天高く振り上げたのだった。



  ふう、こうして今日もまたミラクル☆カランは悪事を食い止めることができたのでした! ミンシアが来たときにはどうなることかと思ったけど、最後には私の事を分かってくれたしほんと良かった良かった。
  さて、異世界での一大事も片づいた事だし、そろそろ私は次の弱者の所に向かおうかな。私の名前はミラクル☆カラン。みんなが笑顔になれるその日まで、私は頑張り続けるの!



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