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  私の名前はミラクル☆カラン! 世の中の弱者の声を感じ取り、その子に代わって悪事を止めるために頑張ってる正義の魔法少女なの! とはいっても、どこかの魔法少女みたいに悪い人に力ずくでお話を聞いてもらう訳じゃないよ。どんな攻撃魔法で相手を倒したって、その人が自分が悪いことをしているんだって事を理解してなかったら、また同じ事を繰り返すかもしれないもんね。逆に、自分がどんなに酷いことをしているのかが分かれば、痛い思いをしなくたってその人は絶対に改心すると思うんだ。
  だから私は魔法を悪い人を懲らしめるためじゃなくて、自分が過ちを犯してるんだって気付いてもらうために使っているの。この力で私は世界中のみんなの顔を笑顔に変えていきたいんだ!


魔法少女ミラクル☆カラン3
コミックマーケットで因果応報? 前編!
作:高居空


「急げ、急げ……」
  見渡す限り人、人、人で埋め尽くされた国際展示場。その中で僕は流れる汗を拭う余裕も無いまま目的の場所に向かってただひたすらに突き進んでいた。
「うわ、これじゃ新刊売れ切れちゃってるかも……」
  夏の日差しと参加者の熱気とで蒸し風呂状態となった会場内を、僕は焦燥に身を焦がしながらお目当てのサークル目指して人の波をかき分けていく。
  今日は同人誌の祭典コミックマーケットの3日目、成人男性向けを中心とした同人誌がずらりと揃う日だ。それらを買い求める人の数は数万人にも達し、開場してから展示場内に入るまでに1時間以上かかるなんてことはざら。当然、時間が経てば経つほどお目当ての新刊が売り切れてしまう可能性は高くなるわけで、12時近くにようやく会場内へと入れた僕は事前にカタログでチェックしていたサークルに向かって大急ぎで向かっているのだった。
  同じく新刊を求める人々で溢れる通路をもみくちゃにされながら進んでいるうちに、ようやくお目当てのサークルの先生が描いたイラストのポップが見えてくる。その前には本の購入を待つ人による長蛇の列が作られていた。
  それを見て僕は内心ほっと胸をなで下ろす。行列ができているということはまだまだ新刊の在庫が残っているということだ。新刊が売り切れたサークルに長蛇の列ができることはまずない。これから更に並んで待たなくてはならないというのはちょっと億劫だけど、期待の新刊を手に入れられるのであればこのくらい我慢できる。もっとも、自分の番が来る前に完売とかってなったらさすがに泣くに泣けないけど。
  そんなことを考えながら列の最後尾へと並んだその時だった。
「そこのお兄さん達、ちょ〜っと待った!」
『!?』
  突如ホール内に響き渡る女の子の声。ざわめきが起こる中、周囲の視線がある一点へと集中する。
「全世界の弱者の味方、魔法少女ミラクル☆カラン! 悪事の現場にただ今参上です!」
  そこには白を基調としたフリフリのワンピースを身に付け、きれいな宝石の付いたステッキを手に持った十歳前後の女の子が、片手を腰に当てて決めポーズのようなものを作っていた。
『おお〜!!』
  その姿に感嘆の声をあげる人々。
『うお〜、カランたんだ〜!』
『すげえ、まじソックリ!』
『写メ写メ……と』
『萌え〜!!』
『でも、確かコミケって長物NGなんじゃなかったっけ?』
  そう、そこにいたのは現在深夜帯で絶賛放映中の美少女アニメ『魔法少女ミラクル☆カラン』の主人公、カランのコスプレをした女の子だった。
「お兄さん達、どうしてそんな悪いことをしようとするんですか!」
  お決まりの台詞を発する女の子に再び歓声を上げるギャラリー。海千山千のマニア達が思わず声をあげてしまうほど、その少女のコスプレは完璧だった。そのコスチュームといい顔立ちといい、まるでアニメの世界から本人がやってきたかのようだ。しかも声までよく似てるときている。たちまちギャラリーの取り出したデジカメや携帯電話のシャッター音が女の子を取り囲む。
「もう、ちゃんと話を聞いてよお兄さん達!」
  浴びせられるフラッシュ光に目をパチパチとしながら顔を上気させて憮然とした表情を浮かべる女の子。どうやらこの女の子は外見だけでなく中身まで完全にカランになりきってしまっているみたいだ。それを察したギャラリーの一人から女の子に向かって声が飛ぶ。
「悪いことってどんなこと?」
  その言葉を待ってましたとばかりにキラリと目を輝かせ、ステッキをこちらに突きつけてくる女の子。
「もしかしてお兄さん達、自分が悪いことをしようとしているって自覚がないんですか? 知ってますよ。お兄さん達、その本を買ったらお家で今夜のオカズにしちゃうんでしょ?」
「そりゃまあ、当然だよな」
  その答えに少女の目がくわっと見開かれる。
「なんて酷い!! そのほとばしる熱いパトスだかもてあました情熱の後始末だか知らないですけど! そんなことのために色々ヤラレちゃう女の子達の気持ちになった事はないんですか!!」
『おお〜、そう来たか〜』
『直球と言えば直球だな』
  少女のその言葉に小声で感想を漏らすマニア達。『魔法少女ミラクル☆カラン』は主人公カランがピントのずれた正義感を振りかざし、彼女が“悪”と断定した対象を酷い目に遭わせて一人満足するというコメディータッチのストーリーになっている。しかも、カランが罰する“悪人”は男がほとんどで、逆に彼女が言うところの“護ろうとしている弱者”は女の子であることが圧倒的に多い。確かにこの場に本当にカランがいたならばこの子と同じような事を言っても不思議ではない。
「いや、そもそも漫画ってフィクションだろ? そこで女の子が何されようが別にどうでも良い事じゃないか。お前、頭大丈夫か?」
  そんなカランの事をよく“分かっている”ギャラリーから、カランに出てくる悪人さながらの声が上がる。
  その声を聞いた少女は次の瞬間体をわなわなと震わせたかと思うと、顔を真っ赤に染め上げながら僕達に向かって再度ビシッとステッキを突きつけてきた。
「な、何という非道! お話の中なら女の子はどうなっても良いって言うんですか!? しかもここの漫画って触手物なんですよ触手! 私、触手とかイカとかタコとかって全然ダメなんです! もう、全然噛み切れないし、飲み込もうとすると喉に詰まりそうになるし!!」
「いや、言ってることの前半部分は分からないでもないが、後半は私情が入りまくって完全に破綻しているような…………」
「にゅ……!! 分かりました。お兄さん達には自分がやっていることに加えて触手の恐怖というものを体で味わって貰う必要があるみたいですね!」
  そう言うと女の子は本物のカランよろしくステッキをくるくると回転し始める。
「悪因悪果、因果応報! 目には目を目を歯には歯を! 超魔法スーパーハムラビスパーク!!」
  少女がそう呪文を唱え終わったとき、ステッキの先からまるでカメラのフラッシュのような白くまばゆい光が放たれる。
「!?」
  その光を目にした瞬間、僕の意識は眠りに落ちるかのように急速に遠のいていった……。




「う、うう〜ん……」
  あれ…………僕はここでなにをやっているんだろう…………
  何か夢と現実の間を行ったり来たりしているような浮遊感を感じながら、僕はぼんやりとした意識のまままどろんでいた。
  僕は確か…………コミケの会場で列に並んでいて…………そこにカランのコスプレをしている女の子がやってきて…………それを見ているうちに急に意識が遠くなっちゃって…………
  ってひょっとしてここってコミケの救護室!?
  その事に思い至った僕の意識はうとうととした状態から一気に覚醒する。
  なんて事だ、せっかくのイベントだというのにいきなり倒れちゃうなんて!
  こみ上げる恥ずかしさに慌てて立ち上がろうとする僕。
「う、あ、あれ?」
  だが、その時初めて僕は自分の両手両足が動かせないことに気が付いた。なにかぬめっとした物が手首と足首とにからみついて、僕を床だかベッドだか分からない場所に大の字に固定している。
「な、何……」
  その異常な事態に動転しつつも何が起こっているのか確認するために首を左右に動かした僕は、そこに信じられない物を見た。僕の体から伸びたどうみても自分の物だとは思えないような白く細い腕。その手首に赤黒い色をした何か……そう、まるで触手のような物体が巻き付き、動きを押さえつけている。
「うそ、これってどういう……」
  そう声を上げた所でようやく僕は自分の腕だけでなく声までがおかしくなっていることに気が付いた。自分本来の声とは似ても似つかない柔らかい女の子のような声。
「え……?」
  嫌な予感を覚えつつ、僕は視線を体へと向ける。
  そこにはオレンジ色を基調にしたワンピースを纏った小さな体と、スカートから剥き出しになった白くきれいな太股があった。その先の足首には手首と同じく赤黒い触手が巻き付き、動きを制限している。そして、その触手が伸びている方向へと目をやった僕は、次の瞬間自分の行いを激しく後悔した。
  そこには手足に巻き付いている触手のようなものを何十本も生やした名状しがたい物が、今にも僕に襲いかかろうとするかのごとくその触手をくねらせていたのだ。
「ひ、ひいいいっ!?」
  想像すらしなかった事態に思わず叫び声を上げる僕。ど、どうしてこんなことに!? ぼ、僕が女の子になってて触手の化け物に襲われてるだなんて……って、まさか、まさかあの子、本物のミラクル☆カランだったの!?
  そうこうしているうちにも怪物は触手をうねらせながらゆっくりと近づいてくる。見ると触手の先からは何か粘着質のような液体が吐き出され、触手がうねるたびに糸を引きながら床へとしたたり落ちている。
「い、いやあああああっ!!」
  体の自由を奪われた僕は、女の子のような金切り声を上げることしかできなかったのだった……。



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