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○眠アプリ
作:高居空


「催眠アプリ、ねえ……」
  夕飯を食い終わった後、俺は自室で寝っ転がりながらスマホの画面をオンにした。
  催眠アプリ、それは利用者を催眠状態にすることにより精神へと働きかけ、心の安定や能力の向上など様々な効果をもたらすといわれている、今SNSで話題のスマホ用アプリのことだ。
  これまでに俺は使ったことはないが、実際に愛用しているという知人に聞くと、ストレスの軽減や記憶力の向上という効果は確かに実感できるとのことだった。
  さらにSNS上では、催眠アプリの中には精神だけでなく肉体にも作用する物が存在するといった噂がまことしやかに流れていた。特に今ネット民に注目されているのが、肉体の免疫力を向上するというアプリだ。このご時世、確かにそれは欲しい。
  ということで、皆の話やSNSの書き込みを見て催眠アプリに少しばかり興味を持った俺は、物は試しとまずは適当な無料アプリをダウンロードしようとしていたのだった。
  だが、話題というだけあって、ダウンロードストアに並ぶ催眠アプリは無料の物でも山ほどあった。当然、素人の俺ではどれが良い物なのかなんてさっぱりわからない。さらに怖いのは、悪意ある催眠アプリだ。
  催眠アプリには、その危険性についてネットの一部で警鐘を鳴らす声があがっている。その危険性の最たる物が、悪意を持って制作されたアプリによる使用者の精神改変……つまりは洗脳だ。確かに催眠を用いて働きかけるという仕様上、その危険性は否めない。
  さらにネット上では、一部のアプリでは使用者の精神だけではなく肉体、そして周囲の認識さえ改変されてしまうおそれがあるという書き込みもあったが……まあ、その辺は眉唾物だろう。
  ともあれ、金を取らない無料アプリとなると、そうした悪意あるアプリが紛れ込んでいる可能性は有料の物より高いに違いない。
  だが、今の時代にはそうした困ったときの強い味方、音声入力AIアシスタントがある!
「OK、無料で、ダウンロード数が多くて、ユーザー評価の高い催眠アプリを探して」
  俺がスマホに向かってそうオーダーすると、スマホに組み込まれたAIはすぐに一つのアプリをピックアップしてきた。
  俺がAIにそのようなオーダーをした理由、それは、ダウンロード数とユーザー評価が、アプリの信頼性の一つの指針になると考えたからだ。ネットでのユーザー評価は、人それぞれの感覚だったりサクラもいるからあてにはならないという意見もあるが、相当のダウンロード実績のあるアプリでかつ高い評価を得ているものには、少なくとも悪意のある奴は含まれてはいないはずだ。
  AIの選んだアプリのダウンロード実績と評価を確認すると、確かにダウンロード数は1万を超え、なおかつユーザー評価もかなり高い点数がついている。ダウンロード数は基本無料の有名ゲームなんかのそれと比べれば雲泥の差だが、催眠というジャンルが普通は一般受けしづらいことを考えれば、これくらいの数でもダウンロード数は高い方なんだろう、多分。
  ともかく、1万人以上のユーザーのうち、全員が回答したわけではないだろうがそのほとんどが高評価ということは、少なくとも信頼できるアプリであることは確かなようだ。
  俺はさっそく、そのアプリをダウンロードすることにする。
  ほとんど待たされることもなく、俺のスマホの画面にアプリのアイコンが一つ追加される。
「……あ、そういえば、このアプリなんの催眠効果があるのか確認し忘れてたな」
  ダウンロード数と評価ばかりに目がいっていた俺は、そこではじめて、アプリ自体の内容を確認していなかったことに気が付いた。
  ……まあ、いいか。おかしなアプリではないみたいだし、立ち上げれば設定かヘルプにそこら辺も書いてあるだろ。もし書いてなかったとしても、どんな催眠効果があるのか試してみないと分からないっていうのはそれはそれで面白そうだ。
  そう考えた俺は、ダウンロードされたアプリのアイコンをタップし…………




  ………………はっ!
  気が付くと、俺は自室で横になっていた。
  なんだ? 俺、意識が飛んでたのか? なんで……?
  ちょっと靄のかかったような意識の中、頭を振りながら上体を起こした俺の目に、窓から漏れた太陽の光が差し込んでくる。
  え、ちょっ、おい、今何時だよ!?
  その光で、一気に意識が覚醒した俺は、慌ててスマホを手に取る。
  朝7時……マジかよ……。
  どうやら俺は不覚にも寝オチをしてしまったらしい。
  確か、昨日は夕飯の後、このスマホに催眠アプリをダウンロードして、それから……。
  そこでようやく俺はアプリのアイコンをタッチしてからの記憶がないことに気付く。
  まさか、この睡眠アプリのせいで……?
  そう思い、スマホ画面を確認した俺は、そのアプリのアイコンに思わず固まってしまった。
「……“快眠”……?」
  そう、そのアイコンには確かに『快眠』と書かれていた。快眠? 快眠……。
「……って、『さいみん』じゃなくて『かいみん』かーい!!」
  その答えに思い至った俺は、思わずスマホに組み込まれたAIに対しツッコミを入れていた。
  俺の発音が悪かったのか、それともAIの頭が悪いのか。ともかく俺がダウンロードしたのは催眠アプリではなく快眠アプリだったのだ!
「ああ……アホらし……」
  その事実に脱力した俺は、その場で大きくはあっと息を吐く。なんというか、今ので一気に疲れが出た感じだ。というか、布団も掛けずに寝たせいか、体がずーんと重い上、なんか腹の下の方がズキズキするし……。
「はあ……便所いこ……」
  なんとなくブルーな気分になりながら、俺はゆっくりと体を起こすのだった……。



【このアプリについて】
  『快眠アプリ』は、生理の痛みで熟睡できない女性のために制作された催眠アプリです。アプリの催眠効果で、重い生理中でも貴女を快眠へと誘います。

【注意】
  このアプリは、生理中の女性専用に制作された催眠アプリです。それ以外の方が使用されますと、使用者の状態にかかわらず、催眠効果により生理中の女性になりますので、対象以外の方は絶対に使用しないでください。



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