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ラストマン・スタンディング
作:高居空


「そりゃ! 死ねやぁ!!」
  ビルの建ち並ぶ大通りの真ん中で怒号と共に放たれた大男の拳がヤサ男の鳩尾を直撃する。
  周りの通行人を巻き込みながらまるで格闘漫画の中で必殺技を食らったヤラレ役のように吹っ飛んでいくヤサ男。その姿を、俺は通りに面したビルの一角にあるオープンカフェの一席から眺めていた。
「これでまた1人脱落だな。あと生き残ってる能力者は俺を入れて3人、そして戦いの終了刻限まではあと10分か。さて、ここで残りの1人がどう動くかだが……」
  小声でそう独りごちながらコーヒーカップを口に運んだその時、今度はビルの窓が割れるのではないかというような衝撃とともに大男の立っていた場所で大爆発が起こる。
  ……なるほど、残りの1人は狙撃系の能力者、特殊効果は着弾時広域爆散か。確かに強力な組み合わせではあるが、少し焦りすぎだな。残りタイムや相性の事を考えれば仕掛けたくなるのも分かるが、その攻撃、こんな大通りでなくうまく逃げ場のない狭い袋小路にでも誘い込んでから撃てば勝てたかもしれなかっただろうに。
  そう考えながら爆発の起こった地点を見やる俺の視線の先では、案の定爆心地から瞬時に安全な場所まで移動していた大男が獣を思わせるような獰猛な笑みを浮かべていた。いや、今の奴は獣と言うよりもさしずめ狩りの獲物を見つけたハンターといったところか。
  この世界では能力者がその力を使ったとき、同じく能力を持つ者ならば使用者の方向及び距離をどこにいても感知できる。それと携帯で呼び出した周辺地図とを重ね合わせて他の能力者の居場所を割り出すというのがこの戦いの主な索敵手段なのだが、今回大男を狙撃した能力者はそのような事をしなくともすぐそこに目視することができた。俺のいるビルの向かいに立っている雑居ビルの非常階段。そこで見るからにオタク風の格好をした小太りの男が棒立ちのまま陸に釣り上げられた魚のように口をぱくぱくさせている。
  大男はその男に視線を向け口元をニヤリと歪ませたかと思うと、次の瞬間には笑みを浮かべたまま凄まじい速さで男目がけて突進していた。そのスピードはどう見ても人間の限界というものを遙かに凌駕している。先ほどの爆発を一瞬で避けた動きといい、大男が肉体強化系、しかも特殊効果として超加速を付与した能力を使用しているのは明らかだった。となると、あの狙撃能力者の勝利は限りなくゼロに近い。
  狙撃系の能力は一度力を使ってから次に使用するまでに最低3分間のパワーチャージが必要となる。小太りの男はそれまで何とか逃げ切ろうという腹づもりなのか必死に屋上に向かって階段を駆け上っているが、いかんせん大男のあのスピードではチャージが完了する前に追いつかれ、先ほどのヤサ男よろしく吹き飛ばされるであろうことは火を見るより明らかだ。
  だが、それは俺からしてみればまさに願ったりかなったりの展開であった。小太りの男があそこに陣取っていてくれていたお陰で、俺は大男に対して実に有利な態勢で能力を使用することができる。
  俺は向かいのビルで数十秒後には発生するであろう戦いの結末を思い浮かべながら、この戦い、「ラストマン・スタンディング」の勝者となるべく席を立つと目的の場所に移動しながら力を練り始めた……。



  ラストマン・スタンディング、それは“最後まで立っていた男”という名の示す通り、最強の男を決定するために開催される大会の名前である。数多の男達が頂点を目指し熾烈な戦いを繰り広げ、その勝者は名誉と共にその名を世界に轟かせる事になる。戦いを見届ける者の数は億を超えるとまでいわれる一大イベント、それがラストマン・スタンディングなのだ。
  とはいっても、現実にはこのラストマン・スタンディングという大会は異種格闘技世界一決定戦のように本当の意味での最強の男を決める大会ではない。いや、むしろ実際にはまったく格闘技などやったことのない者でも勝つことのできる、一種現実離れした特殊な戦いだといえるだろう。というのも、この戦いは近年急激に発達した仮想現実技術を応用し、とあるゲームメーカーとテレビ局とが共同で企画・開発した仮想空間内で繰り広げられるバトルロワイアル形式のサバイバルゲームなのだ。毎週仮想空間の中では参加希望者の中から無作為に選ばれた12人の男達が戦いを繰り広げ、その模様がテレビやネットを通じて世界に配信される。つまりは視聴者参加型のテレビ番組である。最強の男を決めるというのは実際には主催者であるテレビ局の作ったキャッチコピーに過ぎない。もっとも、テレビの視聴率やネットの再生件数を計算すると視聴者が億を超えるというのは確かであり、謳い文句の勝者が世界にその名を轟かすという部分についてはあながち間違いではないのだが。
  もちろん、それだけの視聴者を掴んでいるだけあって、このラストマン・スタンディングはただのサバイバルゲームではない。現実世界では決してあり得ないような現象を設定できる仮想空間であることを活用し、このバトルに参加する男達には戦いの前に仮想空間内でのみ使用可能な「超能力」が授けられる。そして参加者達は自らが選んだ超能力を駆使して生き残りを賭けた戦いを繰り広げるのだ。また、戦場となる舞台もサバイバルゲームでありがちな山中ではなく、某大型電気街を模したフィールドが設定されている。現実世界では絶対にありえない、繁華街での超能力者同士のぶつかり合い……それがこのラストマン・スタンディングのウリなのである。
  なお、付け加えるとこのゲームのルールでは、超能力以外の攻撃で相手をダウンさせたとしても相手を脱落させることはできない仕様となっている。例えばビルの屋上から突き落とされて行動不能状態に陥ったとしても、他のプレイヤーから超能力による攻撃で止めを刺されない限りはゲーム上は生存と見なされるのだ。また、このゲームの最終勝利条件は、制限時間の3時間以内に他の参加者を全て脱落させ最後の1人となることとされている。つまり、このゲームに勝利するためには最低でも1回は他の参加者と超能力で戦わなければならないのだ。
  このゲームの参加者は、戦いの前にあらかじめ主催者から用意された3種類の超能力の中から自分の使用する能力を1つ選択することとなる。ただし、用意された超能力にはそれぞれに長所と短所が存在し、自分や他の参加者がどの能力を選択したかによって戦略は大きく異なってくる。
  用意された一つ目の超能力は肉体強化による近接攻撃型。オーラを纏うことによって肉体の様々な部分を強化し、主に強化した部位による打撃によって相手にダメージを与えていく。長所としてはプレイヤー自身の格闘技術が生かせる点や能力の発動に一切のペナルティーがない点等があげられるが、離れた相手には近づかない限り一切攻撃ができないという弱点がある。
  二つ目の超能力はオーラを弾丸として打ち出す狙撃型。純粋な攻撃力では3つの超能力の中でも最強を誇り、直撃さえすればどんな相手でも確実に倒すことができる。また、その射程も直線距離で約300メートルと長く、その名の通り遠距離からの狙撃に適した能力となっている。ただし、一発の攻撃力が高い反面、この能力は一度力を発動すると次弾を放てるまでに最低3分間のチャージ時間が必要となっている。つまり、攻撃を外してしまうと体勢を立て直すのが非常に難しいのだ。また、仮に対象を倒せたとしても、他のプレイヤーがすぐ側にいた場合はやはり圧倒的に不利となる。そのため、この能力ではいかに他の者が近づきづらい場所から距離をとって攻撃できるかが鍵となってくる。その性格上、近づかなければ攻撃することができない近接攻撃型には非常に相性が良い。もっとも、近接攻撃型でもあの大男のように一気に距離を詰めることができる力を持った例外は存在するのだが。
  そして残った最後の超能力は範囲攻撃型と呼ばれるもの。自身を中心に半径150メートルほどの円柱型のダメージ空間を形成し、範囲内に存在する敵全てに継続的にダメージを与え続けるものだ。ただし、その攻撃力は3つのタイプ中最弱であり、ダメージにより相手を倒すには最低1分以上攻撃を与え続けなければならない。また、能力を使用している間は一切体を動かすことができないという欠点も存在する。そのため、ただ使っただけでは近接攻撃型には簡単に距離を詰められ、狙撃型には文字通り標的とされてしまうという非常に扱いが難しい能力となっている。戦い方としては、上下に攻撃限界がない点を生かして、狙撃のためビルの屋上等にいる狙撃型相手にビルの1階や地下等直接狙撃できない場所から攻撃して相手がこちらに移動してくるまでに倒し切る作戦や、逆に屋上付近から使用することで近接攻撃型相手に有利なポジショニングを取るといった戦法が有効だが、いずれも能力発動時に標的以外の敵が近くにいた場合はその時点で負けは確定だ。いかに周囲の建物等を利用し相手に有利なポジションで、なおかつどのタイミングで能力を使うかが勝敗を分ける戦略眼の問われる能力と言えるだろう。
  これら3つの能力の中から参加者は自分の戦略や他の参加者がどのような能力を選ぶかを予想して能力を決定する訳だが、その際、参加者は追加要素として自らが選んだ能力を強化する特殊効果というものを独自に設定することができる。代表的なものとしては、近接攻撃型で脚力や心肺能力を重点的に強化することにより弱点である距離が離れた相手への対応を容易にする「超加速」や、狙撃型で仮に弾丸が外れた場合でも着弾時に爆発で広範囲にダメージを与える「広域爆散」等がこれまでの優勝者が使用した特殊効果ということもあって知られているが、基本的に特殊効果は「当たれば必ず相手を倒す」や「撃てば必ず当たる」等ゲームバランスを著しく損ねる物でなければ参加者の考えた効果をそのまま使用できる自由度の高いものとなっている。これもまた、勝負を分ける重要な要素といえるだろう。
  これらの能力を設定した参加者はいよいよ仮想空間に移動し……実際には仮想空間内に作成された自分の分身に意識をシンクロさせるというものだが……ゲームが開始される。だが、実際にはそのまますぐに戦いが勃発するわけではない。このゲームの参加者には他の参加者のデータは一切知らされておらず、また、戦場となる仮想空間は有名な大型電気街の休日の様子を元に作成されているため、参加者以外にもNPCと呼ばれる人間を模したデータが大勢通りを行き来している。つまり、その人混みの中から参加者は他の参加者を捜し出し、倒していかなければならないのだ。
  参加者が他の参加者がどこにいるのかを知る方法は2つ。一つは通りを行き来する人間に手当たり次第攻撃を仕掛ける事。仮想空間内の人型データは参加者とは違い超能力でダメージを負わない。つまり、攻撃を受けた相手が痛がったり、または防御しようとしたりした場合は、その行為自体が参加者である何よりの証拠となるのだ。そしてもう一つが誰かが超能力を使用するのを待つ方法。自分が目視できるところに相手がいればそれで良し、そうでない場合でも参加者は他の参加者が能力を使ったとき、その方向と距離とを感覚的に感じ取る事ができる。その性質を利用した、他の参加者が戦闘を開始したときに周囲に人知れず近づき、決着がついた直後に勝者に不意打ちをかけ漁夫の利を狙うという戦法は、このゲームでは一つのセオリーとなっていた。また、それを逆手に取りわざと能力を使用して他の参加者をおびき寄せるという作戦も存在する。その参加者の周囲であえて攻撃を仕掛けずに待機し、他の参加達が脱落していくのを静観しながら勝ち残った相手の能力を分析していくというのもありだ。そこに駆け引きが生じる訳だが、このゲームでは永遠に様子見が続かぬよう制限時間が設けられている。3時間以内に複数の参加者が生存し決着が付かなかった場合、そのゲームは勝者無しと見なされ、全員が脱落扱いとなるのだ。そのため、このゲームでは制限時間が迫ってくると待ちきれずに能力を解放した参加者達による戦術無視の混沌とした戦いが勃発しやすくなっている。
  そうした面で言えば、俺は今回かなりの幸運に恵まれていた。開始早々近くで超能力を発動した参加者を偶然目撃した俺は、あえて不意打ちなどはせずにそのままつかず離れずの距離を保ちながら男の様子を見守っていた。ここですぐに能力を使ってしまうとこの場で能力者が戦っていることが他の参加者に知られてしまい、仮に男に勝てたとしても他の参加者に襲撃されてしまうおそれがある。また、他の参加者が集まる前に男を倒し能力を止める事で姿を隠す事ができたとしても、集まってきた参加者はこの周辺に俺が潜んでいることを警戒し、容易に隙を見せようとはしないだろう。ならば、能力を発動しあえて敵を呼び込もうとしているこの男の周りで他の参加者達が集まってくるのを待ち、彼らの顔と戦い方を観察した方が賢明であると判断したのだ。そして、俺の取った行動が間違いでなかったことはそれからすぐに明らかとなった。
  俺のマークした男……今も生き残っているあの大男は、驚くほどに強かった。格闘技に精通している事が伺える体捌きはもちろんのこと、とにかく自らの身に迫る危険を察知する能力がずば抜けている。遠距離からの狙撃を易々と避け、通行人を装った奇襲もまるで予期していたかのように対応するその動きは、ただ単に勘が良いというだけでは説明のつかないものだった。推測するに大男は戦場となるこの場所の地形を開始後僅か数分間のうちに把握し、狙撃に適した場所や人通りが特に多い不意打ちに適した箇所の見当をつけ、その上であえて相手が攻撃を仕掛けたくなるような場所にその身を置いて他の参加者の攻撃を誘っていたのだろう。もちろん、相手の攻撃が来ることが予測できるとはいえ、危険な場所にその身を置く度胸といい、実際に攻撃に対応できる力といい、男の戦闘能力がずば抜けているのは言うまでもない。もしかしたら、現実世界でも男はこうした戦地での活動を生業としているのかもしれなかった。
  だが、奴がそうした道のプロであるかもしれないからといって、こちらも勝負を投げるようなつもりはさらさらない。偶然が重なったとはいえ、今の俺は自らの能力を使用するのに最も適した地点を確保できていた。奴の能力からして、それでも万全とは言えないかもしれないが、ここまで来た以上は腹をくくるしかない。後は俺の設定した特殊効果がどのあたりで奴に“効いてくる”かだが……こればかりはやってみなければ分からない。
  目的の場所に辿り着いた俺が窓の向こう側に目を向けると、そこではちょうど小太りの男が格闘ゲームで対空必殺技を食らったキャラクターのように空に向かって打ち上げられたところだった。ビルの屋上で男を吹き飛ばした拳を天高く突き上げたまま、余裕の笑みを浮かべる大男。その顔が俺のいるビルへと向けられている事に気付いた俺は、同時に背中に冷たい物が走るのを感じる。ひょっとして、奴は自分を観察する俺という存在が近くにいた事にも気付いていた? しかも俺の能力さえもあらかた見当をつけていたとでもいうのか? だが、もしその通りであったとしても、ここまできたら俺のやることは一つしかない。
  俺は意を決すると意識を集中し、これまで練り込んできた力を一気に解放する。俺の体から放たれた力は水面に広がる波紋のように広がると、俺のいるビルを中心として大男のいるビルまでをも包み込む巨大な力場を形作った。俺が選択した超能力は範囲攻撃型。そして今の俺と奴との立ち位置ならば、この能力の強みを最大まで活かすことができる。俺がいるのは様々なテナントの入った複合ビルの最上階。対する大男は道を挟んだ向かいのビルの屋上にいる。つまり、大男が俺を倒すためには、1分以内に向かいのビルから駆け下りて一度地上へと戻り、大勢の車や人の行き交う道路を横切った上で更にこのビルの最上階まで登ってこなければならないのだ。しかも、休日の有名電気街をモチーフにしているだけあって、ビルの中は外の通りと同じように大勢の人々でごった返している。もしもエスカレーターを駆け上がろうとしても、そこが人で埋まっていればそれだけで大きな時間のロスとなる。運が良ければエレベーターに飛び乗れるかもしれないが、これだけの人がいてはどの階にも止まらずに最上階に到着するということはまずないだろう。もしもここでゲームの残り時間に余裕があり、なおかつ他の参加者が生存しているような状況であれば、大男も無理にこちらに付き合わずに一旦退却して他の参加者に俺の相手をさせるといった戦法も取れただろうが、既に他の参加者が全員リタイアし、しかも制限時間も尽きようとしている今、向こうには不利を承知でこちらに突っ込んでくるしか勝利するための方法は残されていないはずだ。
  だが、これだけ地形的に有利な状況であっても、それだけでは勝利には辿り着けないかもしれないという事を俺は同時に理解していた。何といっても大男の能力の特殊効果は超加速。奴と俺との間には常人なら数分はかかるであろう距離があるが、奴の能力なら1分以内にこちらに辿り着くことは不可能ではないはずだ。通りやビル内を行き来する人々が少しは障害になってくれるだろうが、実際には彼らは人ではなく人間らしく動くようにプログラムされたデータにすぎない。その事に気付いてしまえば障害となる物を文字通り蹴散らして進んでもその行為に良心の呵責を覚えることはないだろう。いや、そもそも大男が現実世界でも戦地で活動しているような者であるならば、仮に行く手を阻む者が本物の人間であったとしても、目的のためならそれらを排除する事に躊躇はしないに違いない。
  そんな俺の予測を裏付けるように、外では7、8階はあるであろうビルの非常階段を僅か数秒で駆け下りた奴が、信じられないようなスピードでこちらのビルへと迫りつつあった。まさに疾風の如き速さで道路を一気に横断する大男。だが、その姿は先ほどまでの印象とは微妙に異なっているようにも見えた。
  間違いなく他の人間よりも頭一つ以上大きかった奴の背丈、それが今は通りを行き交う人々より少しだけ高いくらいにしか感じられない。凄まじい勢いで走る奴の背中では、そのスピードを強調するかのように黒い後ろ髪がたなびいていた。筋骨隆々とした体格も、今はどこか全体的にほっそりとした感じがする。
  と、そこまで観察したところで奴は通りを渡りきり、俺のいるビルへと飛び込んでくる。
  俺は心臓の鼓動が早くなるのを感じながらも、場所を移動したりはせずに引き続き力を使い続ける。ここからが勝負。奴がここに到着するまであともう少しだけ時間があるはずだ。遠目では俺の“仕掛け”は上手くいっているようにも見えたが、それが本当に“効いている”のかは実際に奴が現れるまでは分からない。とにかく、それまで少しでも長くこの力を使い続けなければ……。
  だが、そう考えた僅か数秒後には早くも奴は俺の前へとその姿を現していた。エスカレーターを強引に駆け上ってきたのか、それとも俺の知らない階段がどこかにあったのか、ともかく俺が予想していたよりも恐ろしく早い到着だ。
「よう、追いつめたぜ兄ちゃん」
  範囲系の能力者は能力使用中は身動きできないことを知っているからか、奴は不敵な笑みを浮かべながら指を鳴らしてゆっくりとこちらに近づいてくる。確かにここまで距離を詰められてしまった以上、こちらが奴を倒せるだけのダメージを与える前に奴の攻撃が決まるのは確実だ。将棋で言うならばまさに詰み状態。だが……。
  俺は余裕の表情を見せる奴に向かってまったく同じ表情で答える。
「なるほど、予想以上に早かったな。だが、残念ながらアンタは既にゲームオーバーだ」
「?」
  俺の言葉に何を言っているんだというような表情を浮かべる奴。どうやら奴自身はまだその事に気付いてはいないようだ。
「アンタ、ちょっと自分の体を確認してみな」
「!?」
  怪訝な顔をしながらも俺の言うとおり自らの体へと視線を向けた奴は、次の瞬間文字通りそのままの体勢で固まってしまう。それもそうだろう。奴の肉体は今、元の姿が分からないほどに大きく変容してしまっているのだ。
  奴の着た迷彩色のTシャツ、そこには疑うべくもないブラジャーの線が浮かび上がり、奴の胸に存在する2つの大きな膨らみを強調していた。ジーパンから変化し下半身の形をはっきりと示すホットパンツの股間部分には、本来そこにあるべき男性の証はどこにも見受けられない。露出した腰回りはくっきりとくびれ、長く伸びた黒髪と整った顔立ちの中で一際目を引く切れ長の目は、豹を思わせる危険な色気を醸し出す。
  先ほどまで筋骨隆々とした大男であった奴は、グラマラスな肉体を持った長身の美女へと変貌していた。
  その姿に俺は自分の選択が間違いでなかったことを確信する。
  奴の肉体の変化、それは全て俺が考えた超能力の特殊効果である「俺の攻撃範囲に入った対象を女に、それも美女へと変える」という力により引き起こされたものだった。ゲームのバランス上、相手を瞬時に女性へと変貌させる事は認められなかったため、奴がこちらに現れるまでに「変化」が終了するのかは一か八かな部分ではあったが、どうやらこの賭けは俺の勝ちのようだった。
  この特殊効果は一見しただけではただのお遊び的な効果にしか見えないかもしれない。実際、勝負をつけるのに相手を「美女」にする必要性はどこにもないのだ。しかしながら、相手を「女」に変えるという行為には意味がある。何故なら……
「この戦いはラストマン・スタンディング、最強の男を決める戦いだ。当然参加できるのは男性のみ。女にはどれだけ強くても参戦資格はない。そして今のアンタはどこからどうみても『女』だ。つまり、この時点でアンタはこのゲームから除外されるって訳だ」
  その俺の説明にはっと息を飲む目の前の美女。同時に俺の言葉を証明するかのように、ゲームの終了、それも勝者が決定したことを告げる盛大なファンファーレが仮想空間内に響き渡る。会心の勝利をあげた俺は、眼前の美女、そしてディスプレイの向こうの視聴者達に見せつけるように、大きく右手を天に突き上げたのだった。



「うわあああっ!」
  頑強そうな男のパンチを食らった小男が通行人を巻き込みながら凄い勢いで吹っ飛ばされる。その様子を、俺は通りに面したオープンカフェの一席から苦笑混じりで見守っていた。
  あれから約1年。ラストマン・スタンディングでは相変わらず男達の熱い戦いが繰り広げられている。だが、今週からその演出面が一部マイナーチェンジされ、その栄えあるリニューアル後最初の戦いの特別ゲストとして、俺は仮想空間内に再び足を踏み入れていた。
  既に俺は優勝者の1人として多くの者に顔が知られているため、参加者を特定することから始まるこのゲームに参加することはできない。だが、今回はマイナーチェンジの「遠因」を作った者として、特別に主催者から通行人の扱いでこの場へと招かれたのである。
  俺の座っている席の正面では、先ほど吹き飛ばされた小男が轢き潰されたカエルのような格好で仰向けになって伸びている。この感じではまず間違いなくこの男はゲームオーバーだろう。そう思って眺めていた俺の目の前で、倒れた男の姿が変わり始める。顔つきが柔らかくなるとともに髪が伸び、胸がなだらかに盛り上がってきたかと思うとズボンがプリーツの入ったスカートへと姿を変える。Tシャツは清潔感溢れる白いシャツへと変わり、その襟元には可愛らしいリボンが浮かび上がってくる。僅か十数秒の間に制服姿の美少女へと変貌してしまう小男。その姿に俺は堪らず失笑してしまう。
  この男はかつて俺が使ったような超能力でこのような姿にされたわけではない。にも関わらず姿が女へと変わってしまったのには理由がある。そう、これこそが今週から始まったというラストマン・スタンディングの新たな演出なのだ。
  1年前、俺が勝利を上げたあの戦いは、テレビやネットで放送されるやいなや視聴者からかなりの反響があったらしい。中でも「むさ苦しい男が美女へとその姿を変えられていく」というビジュアル的なインパクトは凄まじかったらしく、俺の出た回が放送されて以降は毎回のように勝負よりも相手を女に変えることを目的とした参加者が登場するようになり、対戦相手を様々な姿の女へと変貌させては視聴者達から喝采を浴びるようになっていた。その現象に目を付けたテレビ局が新たに打ち出したマイナーチェンジ……それが「敗者は女性にされてしまう」というこの演出なのである。しかも、敗者がどのような女性に変えられるかは完全にランダムときている。テレビ局側は「戦いに勝ち残るのは男のみ。それ以外は男に非ず」などといったキャッチコピーを謳っているが、その目的が視聴者の獲得にあるのは明白だ。俺が対戦相手を女に変えたのはあくまで勝者となるためであって、このような事態に発展しようとは夢にも思っていなかったのだが……。
  俺の視線の先では、先ほど小男を吹き飛ばした男が狙撃型の能力者に打ち抜かれ、一瞬にしてブルマー姿の美少女へとその姿を変えられていた。
  まあ、これはこれで確かに面白いか。あくまで観る方としては、だけどな。
  再び苦笑した俺は、それを隠すようにコーヒーの入ったカップを口へと運ぶのだった。



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