言霊使い

言霊使い

作：高居空

　まいったな……。
　路地裏で明らかに真っ当ではない風貌の男達に囲まれ、俺は内心ため息をついた。
　俺はこの界隈ではそれなりに名の知れた喧嘩屋だ。骨のある奴とはタイマンで。女子供には手を出さず、弱者にたかる蝿どもは一匹残らずぶっ潰す。それが俺のポリシーなのだが、当然それを良く思わない連中も中にはいる。そんな奴らに待ち伏せされ、今、俺はこのような事態に陥っているというわけだ。
　正直状況はあまり芳しくなかった。俺を取り囲んでいるのは６人。その半数が鉄パイプやら何やらの凶器を持っている。この調子だと、素手の奴らも懐にナイフを忍ばせていたとしても不思議ではない。一方の俺は徒手空拳。分の悪さは言うまでもないだろう。
　さらに、奴らの仲間が道を塞いでいるのか、通りには奴ら以外に人の気配はなく、声を上げても誰の耳にも届きそうにない。
　この圧倒的不利な状況に、俺はもう一度心の中でため息をついた後、覚悟を決める。
　しゃあない。使いたくはなかったが、ここは奥の手を出すしかないか。
　そう、俺にはこの盤面をひっくり返せるだけの切り札があった。奴らは俺が己の体一つで勝負する喧嘩屋と考えているようだが、その認識は誤りだ。俺には喧嘩屋としての顔の他に、もう一つの顔があった。はるか昔から、歴史の裏で脈々と受け継がれてきた呪術士の血族としての顔が。
　俺の一族は、言霊を操る呪術を秘術とする一派だった。古くから、口から発せられる言葉には言霊が宿っており、意識せずとも言葉は周囲に様々な影響を与えると言われている。その言霊を呪術に組み込み、口にした言葉を現実のものとして顕現させるのが、俺達の一族の呪術である。特に本家の呪術は凄まじく、「潰れろ」と口にすれば相手は車に轢かれた蛙のように潰れ、「爆ぜろ」と言えば体内に爆弾を仕込んでいたかのように対象は爆散してしまう。
　だが、分家である俺の家系には、本家と違い様々な欠点が存在していた。
　まず、俺の家系の呪術には指向性がない。本家が狙った相手だけを術の対象にできるのに対し、俺の家の呪術は術者の声を聞いた者全てに作用してしまう。つまり、術を使えるのは、基本的に自分以外の周りが敵しかいない状況に限られるということだ。
　さらに厄介なのは、俺の家の人間は、呪に乗せられる言霊が一人一つに限られており、加えてその言霊が何かは産まれたときに決まってしまっているということだ。
　何でも俺の先祖が怨霊を調伏した際にかけられた子々孫々まで続く呪いが影響してるとのことだが、そのせいで俺の家系の呪術はすこぶる使いづらいものとなってしまっている。さらにこれも呪いの影響なのか、産まれながらに決められた一つの言霊も、大抵ろくでもないものなのだ。大体にして、現当主の親父が使える言霊からして、『脱糞しろ』ときている。当の本人は、この言霊のお陰で人間相手の喧嘩では負けたことがないと豪語してるんだが、正直コメントに困る代物だ。
　そして、ご多分に漏れず、俺が使える言霊もまた、ろくでもないものだった。だが、馬鹿とハサミは何とやら。親父の言霊と同じく、俺の言霊も上手く使えばこうした窮地を切り抜ける文字通りの切り札となるのだ。
　俺は呪力を舌に集中させ、言霊を発する。

『生理になれ』

　瞬間、ビクンと体を震わせる男達。
　俺の言霊は、声を聞いた相手を生理にさせるというものだった。対象が女ならば、そのまま生理が始まる。だが、男だった場合はどうなるか。
　俺を取り囲んでいた男達の姿が変わっていく。肩幅が狭まり、胸が膨らんでいく。足が内股になると、履いていたズボンがスカートになり、むだ毛のない素足が露わになる。腕が細くなり、髪が伸びて女の髪型を形作る。
　そう、俺の言霊を聞いた相手が男だったとき、対象は生理になる肉体へとその存在を書き換えられる。ついさっきまで、俺を取り囲んでいたのは６人の男だった。今、俺の周りにいるのは６人の女だ。
　そして、女達の体で生理が始まる。
　肉体の急激な変化からか、これまで体験したことのない生理の痛みからか、女の声音でうめき声をあげながらその場にうずくまる女達。
　ふう、何とかなったな。
　そんな彼女達を見下ろしながら、俺は安堵のため息をつく。
　今のこいつらは体を満足に動かすことができない。やろうと思えば好きなように殴り飛ばすことも、さらには陵辱することだって可能だろう。
　が、俺は一つ肩をすくませると、奴らを尻目に大通りに向かって歩き始める。
　なぜ放っておくのかだって？　最初に言っただろ。女子供には手を出さない、それが俺のポリシーだってな。

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