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即売会の妖精2013
作:高居空


  わたしは即売会の妖精! この会場にそびえる建物から生まれた逆ピラミッドパワーと集まった沢山の人達の思いが合わさって生まれた存在なの! そんなわたしのお仕事は、即売会にやって来た皆さんのモヤモヤを解決してあげる事♪ 海辺の同人誌即売会は今回も大賑わい。スタッフの皆さんも頑張ってるけど、さすがに全てには手を回せないご様子。そこでわたしが影からお手伝いしちゃおうってわけ! どんなモヤモヤもわたしの逆ピラミッドパワーがあれば即座に解決! さ〜てと、まずはどこからお手伝いしにいこうかな〜♪



  くそ、やっぱり納得いか〜ん!
  同人漫画好きなら誰もが知ってる年に二回の大規模同人誌即売会イベント。そのメイン会場の一つである東館から外へと伸びる行列の中、俺は心の中で不満の声を上げていた。
  目の前には、一見するといつもの即売会と変わらないような光景が広がっている。夏の風物詩ともいえるうだるような暑さに、建物のシャッター前に配置された有名サークル、そこで販売される成人向け同人誌を購入するために屋外へと並ばされた野郎どもの列。しかし、今開催されている2013年夏の同人誌即売会では、これまで開催されてきた即売会の歴史を揺るがすような大きな変更があったのだ。カタログを事前にチェックしないで来るようなベテラン勢の中には、正直面食らった者もいるだろう。まあ、本格的な悲劇は明日起こるんだろうが……。
  しかしホント、これは無いよなー。成人向けの配置日を最終日から移動させるなんてさー。
  そう、今回の即売会は、いつもは最終日に配置されるのが慣例となっていた成人向け同人誌のサークルスペースが、3日間の開催日の中日である2日目に配置されていたのだ。
  まあ、主催者側の考えも分からんわけではない。今回の夏の即売会は会場のスペース取りの抽選に漏れたんだかどうだかは知らないが、いつもなら金曜日から日曜日の間の開催となるところが土曜日から月曜日の間の開催になっている。最終日の月曜は平日。カレンダーを見れば会社関係も大体夏休みになっているように思えるが、それでもサークル・一般とも参加できない社会人が一定数いると考えたんだろう。確かに、成人向け同人誌のために会社に休みを出すのは良心がとがめるなんて奴もいるかもしれないし、サボって同人誌を買いに来てそれが会社にバレたら目も当てられない。が……
  少なくともここに並んでいる連中は、間違いなく仕事よりも同人優先だよな。
  東1ホールと呼ばれる建物のフロアへと続く長蛇の列を見渡しながら、俺は心の中で独りごちる。
  なんせ、ここにいるのは一般人からは苦行とも称される真夏の屋外長時間待機を当たり前のようにこなす連中だ。そこに待っているお宝のためならば、例え平日にサークルが配置されていたとしても奴らは万難を排してこの場所へとやってきたに違いない。まあ、かく言う俺もその中の一人であるわけなんだが。
「そうだよね。ここにいるみんなって、ある意味同人に命賭けてる人ばっかりだもんね。だから体調悪いのに無理をして、結局救護室に運ばれるっていう人の数が減らないっていうのもあるんだけど」
「!?」
  突如その声は俺の横から飛んできた。
  何だ? 何で俺の心の中の声に相の手なんかが入るんだ?
  訳の分からぬ事態にパニくる俺。
  読心術? それとも超能力!? いやいや、さすがにそういうのはこのイベントで売られているような本の中だけの話、現実世界であるわけないだろ……って自分にツッコミしてどうすんだ俺。他にもっと現実的な線で考えられる事があんだろ。例えば……暑さのあまり朦朧としてて、無意識のうちに思った事を口ばしってた……とか?
  その可能性に思い至り、慌てて弁明しようと横を向いた俺は、先程相の手を入れた声の主の姿を見て思わず目を丸くした。
  おいおい、なんでこんな子が列に並んでるんだよ? さすがにまずいだろ……。
  そこには、この場にはどう見ても場違い……というか存在していてはならないはずの、小学校低学年くらいにしか見えない女の子が立っていた。
  いかにも夏物といった感じのスカート丈の短い袖無しの白いワンピースを着たその子は、腕組みをし、何やら難しい顔をしながら首をひねっている。
  何だこの子は? さっきまでこんな子俺の周りにはいなかったよな? いつの間にこの場所に来たんだ? というか、周りの奴らこの子に列に割り込まれて何も言わなかったのかよ?
  あまりにも不自然なその少女に対して俺の脳裏ではいくつもの疑問符が飛び交う。だが、少女の方はそんな俺の疑念に気付いていないのか、やや上目遣い気味に俺のことを見上げながら、先程まで俺が内心考えていた事を確認するかのように尋ねてきた。
「う〜ん、何だか今回の即売会って、お兄ちゃんと同じようなモヤモヤを抱えている人が物凄く多いんだよね。ねえお兄ちゃん、やっぱり成人向け同人誌の配置日は、どんな理由があっても最終日の方が良いのかな?」
「……え、まあそうだな。成人向け同人誌の配置は最終日。これがこの即売会の伝統なんだから、それを簡単に変えちまうっていうのはいかんだろ」
  色々と聞きたい事はあったが、ついさっきまで考えていた事でもあり、とりあえず女の子の質問に答える俺。
  そう、今回の変更が特に気にくわないのは、これまで築かれてきた即売会の伝統、それを主催者側が自分達の思惑だけでいとも簡単に変えてしまったところにある。伝統というのは一朝一夕で作られる物でも、主催者だけで作れる物でもない。サークル参加者や一般参加者も含めた、即売会に関わる全ての人達が一回一回積み重ねてきたもの、それが歴史となり伝統となってきたのだ。その“俺達”が作り上げてきた伝統を、一部の立場の人間が勝手に変更して良いはずがない!
「そっか……。確かにそうかもしれないね。う〜ん、じゃ、サークル配置、前と同じに戻しちゃった方が良いのかなあ……」
  もちろん。まあ、実際には次回から配置が元に戻ったとしても、今回の行いは悪しき前例の一つとして残ってしまうわけなんだが。
  そう心の中でつぶやいた次の瞬間、女の子は何か意を決したような表情で大きく一つ頷くと、続いて自分の胸の前に両指で逆三角形を形作った。
「そうだね。確か随分前に同じようなケースがあったような気もするけど、とにかく悪い前例を作っちゃうのは後々の即売会のためにも良くないよね。それじゃ、みんなのモヤモヤ解消と即売会の伝統を守るため、いつも以上に全力全開、逆ピラミッドパワーリミットブレイク!」
  その声と同時に、俺の視界はピンク色の輝きに包まれる。
  な、何だ!?   理解不能な事態に驚きのあまり身動きできなくなった俺の目の前で、輝きの中黒いシルエットと化したの周囲の連中の輪郭が変化していく。
  背丈が一様にググッと縮み、それに合わせるように横幅が細くなっていく。身体のラインが丸みを帯び、胴には蜂のようなくびれが形成されていく。太ももの上部を腰布のような物が包み込み、露わになっていたうなじのラインが髪の毛で隠れていく。
  やがて光が消え去ったとき、そこにはミニスカート姿の若い女の子の行列ができていた。
  うだるような暑さの中、珠のような汗を浮かべながら列が動くのを待つ娘達。そんな彼女達に容赦なく襲いかかる真夏の太陽光。当然ながらその光はこちらにも降り注いでいる訳で、あたしは日傘を用意してこなかった事を後悔しながらハンカチで額の汗を拭う。
  もう、なんなのよ今回の即売会は! 前回はここまでボーイズラブサークルに長い行列はできてなかったはずよ!
  暑さに耐えきれずに胸の谷間が露わになるのも構わず服の胸元をパタパタさせながら、あたしはこれまでにないほど長く伸びたお宝までの道のりをただ眺める事しかできないのだった……。



  さ〜てと、これで大量のモヤモヤ、一気に解決っと♪ サークルの配置日を変えたのが問題で、前例として残っちゃうのもダメだとなったら、ここは配置を前回までと同じに戻しちゃうしか手はないよね。この即売会に参加予定のサークルの人達の三日間の予定やら何やらを全て作り替えなきゃならなかったから、使ったパワーは半端じゃなかったんだけど。
  それに今回はその他にも色々サービスで力を使っちゃってるしね。前回の冬、そしてその前の夏とも2日目の東1ホール壁側に配置されていたのはボーイズラブサークル。サークルの配置日だけを変えたんじゃ、成人向け同人誌を目的に来た今日の一般参加者からは見向きもされない事は火を見るより明らか。だから、配置を入れ替える前に成人向けサークルに並んでた人達をみーんなボーイズラブ好きの女の子に変えちゃったりとかね。
  あ、もちろん女の子になった人達にも配慮はしてるよ。スペシャルサービスで元がどんなルックスだったとしても誰がみても美少女だって思うような女の子に変えてるし、暑さ対策として蒸れるズボンから開放感溢れるミニスカートに履き替えさせたりとかね。日傘は行列の中で差すと周りの迷惑になるし、最悪傘の先でケガをする子がでるかもしれないからNGにしちゃったけど。
  さ〜てと、海辺の即売会はまだまだ続くけど、今回はパワーを使い過ぎちゃったからちょっぴり疲れちゃったな。みんなをお手伝いする立場のわたしが倒れちゃったら本末転倒だし、後はスタッフの皆さんにお任せしてわたしは残りはお休みさせてもらおっと。わたしは即売会の妖精。次の即売会は今回お休みした分まで頑張っちゃうんだから♪



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