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即売会の妖精リターンズ
作:高居空
わたしは即売会の妖精! この会場にそびえる建物から生まれた逆ピラミッドパワーと集まった沢山の人達の思いが合わさって生まれた存在なの! そんなわたしのお仕事は、即売会にやって来た皆さんのモヤモヤを解決してあげる事♪ 海辺の同人誌即売会は今回も大賑わい。スタッフの皆さんも頑張ってるけど、さすがに全てには手を回せないご様子。そこでわたしが影からお手伝いしちゃうってわけ! どんなモヤモヤもわたしの逆ピラミッドパワーがあれば即座に解決! さ〜てと、どこからお手伝いしにいこうかな〜♪
「どうすんだよ、これ……」
焼けるような日差しが降り注ぐ海辺の展示場。その屋外広場の一角で、俺は目の前に現出した混沌とした光景に思わず頭を抱えこんでいた。
ここは年に2回の同人業界の一大イベント、海辺の同人誌即売会の会場内にあるコスプレ広場。コスプレといえばこのイベントの華ともいえる存在だが、今、俺の周囲に広がるのは、日曜朝の戦隊ヒロイン物のヒロインのコスチュームを身に着けたカラフルな髪をした野郎どもが大声をあげたり走り回ったり唖然としたりというまさに阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
この混乱のそもそもの原因は、コスプレイヤーを観ようと集まっていた俺達の前に現れた一人の女の子にあった。『魔法少女ミラクル☆カラン』を名乗るその女の子は、そのコスプレの出来の良さに集まってきた俺達ギャラリーに向かって、突然“時代は男の娘なんだから、女装しているコスプレイヤーにもっとキャーキャー言ってあげないとダメ”みたいな良く分からない事を口走ったかとおもうと、“女装コスプレイヤー達と同じ立場になってみればキャーキャー言われたい気持ちが分かるはず”とか言って、手にしたステッキを振るうと、俺達ギャラリーの着ていた衣服を文字通り魔法のようなもので戦隊ヒロインのコスチュームへと変えてしまったのだ。その後、女の子はまばゆい光とともに姿を消し、残されたのがこの混沌とした状況というわけだ。
俺は改めて自分の周囲にいる強制的に女装コスプレイヤーにされてしまった面々を見渡してみる。女の子が魔法か何かで姿を変えさせたのは俺達の髪の色と長さ、そして身につけていた衣服のみ。服の下の中身は基本的にまったく変わっていない。つまり、強制的にコスプレイヤーにされた野郎どもは、ヒゲやむだ毛の処理などをまったくしないまま女物のコスチュームに身を包んでしまっているのだ。中にはそれだけはなく、それはないだろというくらいみっともなく腹が突き出てしまっている奴らも存在する。その光景は文字通り目の毒、犯罪行為として取り締まられてもおかしくないような惨状だ。もっとも、俺もその中の一人としてヒロインのうちの一人の服装である黄色いコスチュームを着せられてしまっているのだが……
そしてこの状況がさらにやっかいなのは、いきなり女装コスプレイヤーにされてしまった面々は、当然ながら着替えなどを全く用意してきていないというところにあった。
当たり前の事だが、普通のコスプレイヤーは家を出たところからコスプレ衣装を纏っているわけではない。あくまで会場までは普通の服で移動し、会場内の更衣スペースで初めてコスプレ衣装に着替えるのだ。しかし、今回強制的にコスプレさせられてしまった奴らは俺も含めて元々がコスプレイヤーを観るために集まってきていたギャラリー達。当然この広場には普段着で来ていたし、着替えなんて持ってきていない。つまり、俺達はどこかで着替えを用意しない限り、この服装のまま家路につかなければならないのだ。もしこの格好のまま電車に乗ったり街を歩こうものなら……。正直、警察のお世話にならずに家までたどり着ける自信はない。いや、そもそもそれ以前に財布自体が服が変わったときにどこかへと消え去ってしまっているのだ。これでは電車に乗るのはもちろんのこと、会場内でキャラクターTシャツみたいなのを買って何とかするといった行動を取る事もできない。まさに八方塞がりとはこの事だ。まったく、どうしたらいいんだこいつは……。
「どうしたのお兄ちゃん、そんなに難しい顔をして?」
「……うん?」
そんな俺の耳に飛び込んでくる女の子の声。
思考に没頭していた俺は、その時初めて自分の横で俺の事を見上げるようにして立っている女の子がいることに気がついた。
小学校低学年くらいに見えるその女の子は、俺が何を考えているのか気になるのか、不思議そうな顔をしながら小首を傾げ俺の事を見上げてきている。
……なんだ、この子は? 一体いつからここにいた?
その少女のきらきらと輝く大きな瞳に軽いデジャブのようなものを感じ、一気に警戒心を強める俺。
この女の子は一見すると普通の女の子のように見える。着ている服も現実離れしたコスプレチックなものではなく、ごくありふれた白いワンピースだ。が、本当にこの子はただの女の子なのか? 常識的に考えるなら馬鹿馬鹿しい話だが、こうした場では何が起こるか分からないっていうのはついさっき体感したばかりだ。見た目が普通だからといって、この子が普通の人間だなんて保証はどこにもない!
先程の経験から言葉を返さず油断無く少女を見やる俺に対し、さらに不思議そうに首を傾ける女の子。
「ほんとにどうしたのお兄ちゃん? ひょっとして何か困ってたりする?」
「……………………」
女の子の問いかけに対し無視を決め込む俺。確かに困っているのはやまやまだが、ここで下手に反応してさっきの二の舞になるのだけはご免だ。
女の子はそんな俺の態度に首を傾けたまま自分の頬に指を立て「う〜ん」と何やら考え込んでいたが、突然両の手をポンと叩き合わせると、「分かった!」とその顔を輝かせる。
「お兄ちゃん、そのコスプレって誰かにむりやりやらされてるんでしょ! 知り合いかなにかに“今、業界の旬は男の娘! ってことで海辺の即売会の日はみんなで日曜朝の戦隊ヒロイン物のコスプレやることになったからちょっと手伝ってよ。当日はギャラリーからキャーキャー言われる事間違いなしだからさあ”とか頼まれて、断り切れずにしょうがなく付き合ってはみたものの、いざやってみるとやっぱり女装は恥ずかしいし、ギャラリーからのウケもサッパリ。だけど知り合いはそんなの関係無しにノリノリでポーズを取ってるから帰ろうにも帰れない……って、そんな感じだったり?」
「む…………」
その当たらずとも遠からずな女の子の推察に思わず声を漏らす俺。コスプレをむりやりやらされているのは事実だし、理由は如何にせよ帰るに帰れない状況なのも当たっている。さらにいえば、そもそもの発端となった女装した際のケアなどまるで考えていないような元からの女装コスプレイヤーの一団は、ほとんど誰にも目を向けられていないような状況にも関わらず、今でも悦に入った表情で嬉々として周囲に向かってポーズを取り続けている。
そんな俺の反応に「やっぱりそうなんだ!」と顔に満面の笑みを浮かべる女の子。
「それは大変だねお兄ちゃん。でも、せっかくのお祭りの日に、そんなつまんない思いをしてちゃもったいないよ。だから、わたしがお兄ちゃんのそのモヤモヤ、今からササッと解決してあげる!」
「!?」
その言葉に凄まじく不吉な物を感じ取った俺だったが、その時には既に女の子は俺の目の前で戦隊ヒロイン物の必殺技の決めポーズのように両手で自分の胸の前に逆三角形を形作っていた。
「それじゃあいくよ〜♪ 逆ピラミッドパワー、発射〜♪」
女の子がそう口にすると同時に、形作られた逆三角形の中心からカランのステッキから放たれた光と同種のピンクの輝きが溢れ出す。
一瞬でその光に全身を包まれた俺は、今度は服ではなく自分の身体が変わっていくのを何故か自分の事だというのに第三者的な感覚で感じ取っていた。
目線がぐぐっと床に片膝立ちしたくらいの高さにまで落ちていく。それに合わせるように細く、華奢になっていく体のパーツ。露出した肌は白くきめ細かくなり、むだ毛もなくなり柔らかそうな見た目へと変わっていく。体の変化に合わせるようにコスチュームも縮んでいくが、とりわけ腰の部分がくびれるように細くなり、逆に胸の部分は慎ましやかながらも隆起してくる。同時にさっきまで強烈な締め付けを感じていた股間がすーっと楽になると、次の瞬間ピッチリと股間に何かが張り付いてくるような感触が伝わってきた。
その感覚になんとなく恥ずかしさを覚え頬が赤くなるのを感じながら反射的に左右を見渡した“わたし”は、そこで初めて周囲の状況が大きく変わっていることに気が付いた。
さっきまでそこにいたはずの女の子の姿がどこにも見あたらない。さらに、むさ苦しい女装コスプレイヤーの集団も最初の一団を除いて全てどこかにまとめて消え失せていた。その代わり、わたしの周囲には先程までとはうって変わって戦隊ヒロインのコスチュームがよく似合う可愛い女の子達の集団で埋め尽くされている。
ええっ!? これっていったいどうなって……
ちょっとパニクリながらも何が起こったのかを考えようとしたわたしだったが、それより早く横から男の人の声が飛んでくる。
「すいませ〜ん、こっち視線いいですか〜」
声をした方を見ると、そこにはカメラを構えた何人かの男の人が立っていた。
それを意識した瞬間、何かを考えるよりさきにわたしは両手でピースサインを作りながら笑顔でカメラに向かってウインクしていた。“おお〜”という感嘆の声と同時に一斉に鳴り響くシャッター音。
あれ、よく分かんないけど、これってなんかキモチイイかも……。
さ〜て、これでめでたくモヤモヤ解決〜♪ やっぱり男の人が女の子の格好をするのって、ノーマルの人だったら恥ずかしいよね。だったらいっそのこと中身も女の子になっちゃえば問題は一気に解決! しかもコスチュームがよく似合う原作そっくりのお姉ちゃんになっちゃえば、ギャラリーのお兄さんだって放っておかないし、そうやって写真を撮られれば撮られるほどお姉ちゃんの方もコスプレの楽しさが分かってくる。まさに良い事ずくめだね♪
それにしても、何だかお姉ちゃんの周りって同じようなモヤモヤを抱えてる人がいっぱいいたけど、あれって一体何だったのかな? まあ、お姉ちゃんと合わせて一気にモヤモヤを大量解決できたから、わたし的にはすごくラッキーだったけどね♪
さ〜てと、会場は相変わらず混雑してるし、まだまだわたしのお手伝いが必要なご様子♪ よ〜し、まだまだ頑張っちゃうぞ〜♪
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