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即売会の妖精
〜○○○編〜
作:高居空


  わたしは即売会の妖精! この会場にそびえる建物から生まれた逆ピラミッドパワーと集まった沢山の人達の思いが合わさって生まれた存在なの! そんなわたしのお仕事は、即売会にやって来た皆さんのモヤモヤを解決してあげる事♪ 海辺の同人誌即売会は今回も大賑わい。スタッフの皆さんも頑張ってるけど、さすがに全てには手を回せないご様子。そこでわたしが影からお手伝いしちゃうってわけ! どんなモヤモヤもわたしの逆ピラミッドパワーがあれば即座に解決! さ〜てと、次はどこにお手伝いしにいこうかな〜♪



  うう……まだかよ……
  万単位の客が集まることで知られる日本最大級の同人誌即売会。その会場の片隅にできた列の中、俺は天を仰ぎながら心の中でうめき声を上げていた。
  まったく動かないということはないが、なかなか前へと進もうとしない行列。その進みの遅さに俺は内心焦りを覚えながら額に浮かんだ汗をぬぐう。
  くそっ、なんでよりにもよってこのフロアはこんな配置になってるんだよ……
  思わずその場で地団駄を踏みたくなるような衝動をこらえながら、俺は列が進むのをただひたすらに待ち続ける。しかし、列はまるで昔テレビで見た国会の牛歩戦術のように、本当に、本当にちょっとずつしか動かない。さすがに我慢も限界に達しようとした、まさにそのときだった。
「お兄ちゃん、大丈夫? 何だか顔色が悪いみたいだけど?」
  突然横から飛んできた子供特有の甲高い声。耳に残るその声音に瞬間的にイラッとしたものを感じながらも……これがテンパっている時でなければ可愛らしい声だと思ったのかもしれないが……俺は極力気持ちが顔に出ないよう気をつけながら声のした方へと視線を向けた。
「ホントに具合悪そうだよお兄ちゃん。救護室なら知ってるから案内しようか?」
  そこにいた声の主は、小学校低学年ぐらいに見える小さな女の子だった。俺が列に並んでいるうちに体調を崩したとでも思ったのか、こちらを見上げるそいつの顔には「心配だー」といった感情がありありと浮かんでいる。
  ったく、うっとうしいなあ。
  俺はその表情、そしてこんなガキに心配されている今の状況に再度イラッとしたものを感じながらも、努めて明るい声音でそいつに向かって言葉を返す。
「あ〜、大丈夫大丈夫。別になんともないから気にしないで」
「え〜? とてもそうには見えないけどなあ……」
  くそっ、めんどくさいガキだな……。
  俺は内心舌打ちをしながら、やせ我慢をしてるんじゃないかとでも思っているのか相変わらず心配そうな表情を浮かべているそいつに向かってしっしと手を振った。
  おそらく俺の顔色はこいつの言っている通りあまり良くはないのだろう。何せ、額に脂汗が浮かんでいるのを自覚できるくらいだ。自分がヤバい状況だというのは俺が一番良く分かっている。
  だが、残念なことに俺のそれは救護室に行ったからといって治るような性質のモノではない。むしろ、救護室へと歩いて移動するというその行為の方が、今の俺にとってはよっぽど危険なのだ。
「なあお前、この列がどこに続いているのか、そっちを見れば分かるだろ? そういうことだから、俺の事は気にすんな」
  俺のその声に従って視線を列の先へと走らせたそいつは、そこでようやく納得したとばかりにポンと手を叩いた。
「そっか、お兄ちゃんトイレを待ってるんだ!」
  んなこと大声で言うことかよ、ホントにガキだな……。
  思わずゲンナリする俺の前でウンウンと頷いているガキ。だが、何か引っかかるものでもあったのか、そいつは突然眉根を寄せると、人差し指を頬にあて小首を傾げる。
「あれ? でも男の人って女の人よりもトイレって早いよね? なのになんでこんなに動かないの?」
「……動かないモノは動かないんだよ」
  その問いに対し説明するのも馬鹿馬鹿しくなった俺は、ただ目の前の現実だけを口にする。
  まったく、女ってのはどいつも男はトイレで小便しかしない生き物だと思っているみたいだな。確かに男の小便専用の便器は独特の形をしてるし用を足すスピードも早いが、大を催した場合に使うのは女と一緒だってのに。いや、むしろ男の場合、個室がほぼ大専用ということで数が少なめに作られてる上に、するのもやはり大だけなんで用が済むのに時間がかかる。その分、個室目当てのヤツが一定数以上集中した場合の待ち時間は、小便だけのヤツが混じっている女のそれよりもずっと長いはずだ。ただでさえそうだというのに……
「このフロアは女の客が多そうだってことで、男子トイレの一部が臨時的に女性用にされちまってるからな……」
  そう、この大型即売会ではフロアに配置されたジャンルによって客層的に女性が明らかに多いと見込まれる場合、あらかじめ男性用トイレの一部を臨時的に女性用として振り分ける事がある。まあ、おそらくその判断は間違っちゃいないんだろうが、そのフロアを利用してるのが女だけかといえばそうではない。女性向けの同人サークルだからといって男がメンバーに入っちゃいけないなんてことはないし、彼氏を売り子として連れてきてるヤツもいる。それに、そうした女性向けの本であっても二次創作物ならば、元の作品が好きということで内容問わず買っていく男性客もいるのだ。さらに言うなら、フロアに配置されるジャンルについても全てが女性向けというわけではない。ちょっとマイナーなジャンルなんかが人気ジャンルの間の緩衝材や穴埋めのような形で配置される……なんてのが、この即売会では結構ある。そうしたマイナージャンルでイレギュラー的な要素が発生した場合……例えば、サークルの申込締め切り時点ではあまり知られてなかった漫画や小説がその後アニメ化と同時に大ヒットしたりだとか、執筆メンバーがキャラデザを担当したアニメやゲームが大当たりしたりだとか……、フロアの男女比がひっくり返るまではいかないが、相当数の男性客がやってくることだってある。今回がまさにそれで、お陰様で数の少ない男子トイレに野郎が集中、ご覧の有様ってわけだ。逆に隣にある女子トイレの方はというと、事前に見込んでたほど人が来ていないのか、今の所まったく列ができていない。
「なるほど、男子トイレが女子トイレの数より少ないから、これだけ列ができちゃってるんだ……」
  俺のこぼしたその言葉にそいつはしばし考え込むようなそぶりを見せると、やがて一つ小さく頷くとともに、こちらに向かって笑顔を見せる。
「大丈夫だよお兄ちゃん。そのモヤモヤ、わたしがキッチリ解決してあげるから!」
  はあ? 何を言ってんだこいつは?
  その意味不明な物言いに脳裏に疑問符が飛び交う俺の目の前で、自分の胸の前に指で逆三角形を形作るそいつ。
「それじゃあいくよ〜♪ 逆ピラミッドパワー発射〜♪」
  なんだそりゃ? 電波としか表現しようのない言動に思わず肩をすくめようとしたその瞬間、頭皮が何かで引っ張られるような感覚とともに、何かがバサリという音とともに頭の上から背中の方へと垂れ下がってくる。
  へっ?
  指でその垂れ下がってきたものの一部ををつかみ視界へと持ってくると、その正体は茶色く染め上げられた長い髪の毛だった。
  何? いや、それよりも……
  その髪をつかんでいる自分の指、それはまるで自分の物とは思えないほど細く、さらに爪にはテラテラとしたマニキュアが塗られている。
  その信じがたい視覚情報に困惑しながら不随意に視線を下ろすと、その先に待っていたのは隆起した二つの大きな胸のふくらみだった。
  その存在を強調するかのようにシャツの胸元は大きく開き、大胆なまでに外気に露出している胸の谷間。その肌とシャツとの間にチラリと見える黒い布地は……ひょっとしてブラジャー!?
  こ、これってどういうこと!? 思わず反射的に声をあげようとしたあたしだったが、その瞬間、下腹部から尋常ならざる緊張感が走る!
「〜〜〜〜〜〜!!」
  その感覚に、あたしは堪らず下腹部を刺激しないよう小走りで、男子トイレの脇にある列のできていないトイレ、女子トイレへと駆け込むのだった……。


  さ〜て、これでまたまたお一人様モヤモヤ解決〜♪ 男子トイレが混んでたって、お姉ちゃんになっちゃえば空いてる隣の女子トイレが使えるもんね♪ 最初は臨時的に女子トイレになっちゃってる男子トイレを元に戻せばとも考えたけど、お姉ちゃんの並んでいる場所からそのトイレまでは結構距離があったからね。お姉ちゃんのあの状態じゃ、あそこまで行くっていうのはちょっと無理っぽかったし、これがやっぱり最良の解決法だよね♪
  さ〜てと、そろそろ今回の海辺の即売会も無事に終了みたいだね。ちょっと寂しくなるけど、また少ししたらすぐに次の即売会が始まるもんね。私は即売会の妖精。よ〜し、次回も今回以上に頑張っちゃうぞ〜♪



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