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即売会の妖精
〜会場編〜
作:高居空


  わたしは即売会の妖精! この会場にそびえる建物から生まれた逆ピラミッドパワーと集まった沢山の人達の思いが合わさって生まれた存在なの! そんなわたしのお仕事は、即売会にやって来た皆さんのモヤモヤを解決してあげる事♪ 海辺の同人誌即売会は今回も大賑わい。スタッフの皆さんも頑張ってるけど、さすがに全てには手を回せないご様子。そこでわたしが影からお手伝いしちゃうってわけ! どんなモヤモヤもわたしの逆ピラミッドパワーがあれば即座に解決! さ〜てと、次はどこにお手伝いしにいこうかな〜♪



  う〜ん、どうしよう……。
  僕は会場内にズラリと並んだ同人誌サークルの机と机との間に作られた通路をいったりきたりしながら、さっきからずっと考え込んでいた。
  今日は年に2回行われる、同人誌の祭典とも呼ばれる大規模即売会の開催日だ。日本最大級というだけあって、人気のある漫画なんかの二次創作では数十、場合によっては百を超えるような数のサークルが参加してたりする。会場では基本的に同ジャンルのサークルは購入に長蛇の列ができるような超大手サークル以外は同じ箇所に固まって配置されるようになっていて、僕がいったりきたりしている場所もまた、サッカーを題材にした人気アニメの二次創作漫画が左右に配置された通りとなっていた。
  う〜、迷うなあ……。
  僕は通りを歩きながら、横目でとあるサークルの机に置かれた本へと視線を向ける。
  その本の表紙には、元になった人気アニメの中でも僕が特に大好きなキャラクターがこの本の主人公ですとばかりに大きく、しかもスタイリッシュに描かれていた。
  僕の好きなキャラクターというのは原作では主人公の仲間ではあるけど準主役というよりは脇役的な役回りになっていて、そのせいか僕の地元で行われるような小規模な即売会では彼を主人公にした本というのはほとんど見かけない。けれどもそこは超大型即売会。全国からサークルが集まってくるだけあって、そうした正直ちょっとマイナー系なキャラを主人公にした本もそこそこ売られてたりする。そして僕は、そのお気に入りのキャラが主人公になっている本を一気に買い集めるために、遠くからはるばるこの会場へとやってきたのだった。
  既に参加サークルの一覧が掲載されたカタログのサークルカットにお目当てのキャラクターが描かれていた所については全て回り終わっている。そして他に彼が主人公になっている本はないかと通りを歩きながら左右のサークルをチェックしていたところ、問題の本が目に留まったのだ。
  見たところ、その表紙に描かれたキャラは少々描き手によるオリジナル的な要素が加わってはいるものの、僕的には十分満足できるクオリティーのものだった。ただ、表紙にお目当てのキャラクターが上手に描かれているからといって、中身まで保証されているわけではないのが同人誌の怖いところ。
  僕達買い手側が同人誌を購入するにあたって何を判断基準にしているかといったら、やっぱり最初に挙げられるのは表紙の出来だろう。表紙の絵が上手でインパクトのあるものだったら、元になった作品をそれほど知らなくても買ってみようかなって気になることもあるし、逆に少々微妙な出来の場合はカタログで事前にチェックしていたサークルだったとしてもちょっと二の足を踏んでしまう。同人作家の人達もその事をよく分かっているから、表紙にはかなり力を入れてくる。そのクオリティーが中身でも存分に発揮されていれば問題はないのだけれど、残念な事に同人誌の中には表紙の作画レベルと中身のそれとが明らかに異なるという物が結構な数存在するのだ。
  その本を描いた作家さんが表紙だけで燃え尽きてしまったのか、それとも一枚絵を描くのは得意だけど漫画は同じようにいかないということなのか、ともかく理由は良く分からないけど表紙に比べて中の漫画はさほど上手く感じられないという本はこうした同人誌即売会に参加したことがある人ならば一度は目にした事があるはずだ。さらにヒドいものになると、表紙と中身の数ページだけゲストと称した知り合いの人気同人作家さんに描いてもらったりとか、表紙だけ豪華で中身はしっかりした線さえ引いていないラフスケッチなんていう確信犯的に表紙以外は手を抜いた本まで売られてたりする。同人誌業界でいうところのいわゆる「衣本」、外側だけ豪華で中身がほとんどないところがまるで衣だけ大きなエビの天ぷらみたいなことから名付けられた、買い手サイドからするとほとんど詐欺のような代物である。
  そうした本にひっかからないためには、販売するサークルが実績のあるサークルなのかどうか調べるだとか、そのサークルがホームページを運営しているようならそこで傾向を確認するなど、コミケ当日までに事前に色々調査しておくのが有効だけど、会場で偶然見つけたようなサークルの本については、売り子さんに頼んで中身を確認させてもらうしかない。つまりは立ち読みをさせてもらうってことだ。
  だけど、売り子さんの期待を込めた視線を受けながら立ち読みをし、結果購買意欲が沸かなかった時、売り子さんに向かってすみませんというのは正直かなり気まずかったりする。しかも、今僕が中身を確認したいと思っている本を売っているサークルの前には、短いながらもさっきからずっと行列ができている。そうした列に並んでいる人達というのは基本的にそこの本を購入すると決めている人達だ。そんな人達の中に紛れて自分の番が来たときに中身を確認させて下さいと売り子さんにお願いし、しかも「やっぱりいりません」と言うのはさすがにちょっと無理なような……。いや、でも面白い本を作るサークルさんだからこそ行列ができてるんだろうから、中身は保証されていると言えなくもないし……。う〜ん、どうしよう……
「お兄ちゃん、どうしたの? さっきからずっと同じところをいったりきたりして?」
「えっ?」
  思案に暮れる僕を現実へと引き戻したのは、どこからか飛んできた可愛らしい女の子の声だった。
  あ、まずい。さすがに同じ所をうろちょろしすぎて怪しい人と思われちゃったかな?
  少々ばつの悪いものを感じながらも声のした方へと振り向くと、そこには小学校低学年くらいの女の子が立っていた。
「ねえねえお兄ちゃん、何かこの辺りに気になる物でもあるの?」
「え? ああ、ちょっとね……」
  その子の質問に、こんな小さな子に自分が迷っていることを知られるのは何だか恥ずかしいと思った僕は、曖昧な返事で何とかやり過ごそうとする。だが、その女の子は、僕が答えながら一瞬問題のサークルへと視線を向けたことに気付いたのか、そのサークルの方向へと目を向けると、何か納得したかのようにうんうんとその首を縦に振った。
「なるほど、お兄ちゃん、あのサークルの本が気になるんだね?」
「え、まあ、気になるっていえば気になるかな……」
「でも、列に並ぶのにはちょっと勇気がいるからどうしようか迷っていると」
「うっ、たっ、確かにそう……だけど……」
  物の見事に内心を見透かされ思わず口ごもる僕に対し、女の子はニッコリとその顔に笑みを浮かべた。
「大丈夫! お兄ちゃんのそのモヤモヤ、わたしが解決してあげるね! わたしの逆ピラミッドパワーがあれば、お兄ちゃんだってあの列に並んでも全然恥ずかしくなんかなくなるから!」
「えっ?」
  恥ずかしくなくなるってどういうこと? そう聞き返そうとしたときには女の子は自分の胸の前に指で逆三角形を形作っていた。その中心部分から突然まばゆい光が放たれる!
「!?」
  反射的に目を閉じる僕。そして何が起こったのかと瞼を開けたそのときには、確かに僕の前にいたはずの女の子の姿はどこにも見あたらなかった。
  え? どうなってるの?
  頭の中で疑問符が飛び交いかけた次の瞬間、突然僕の胸の辺りからビリッとこれまでに感じた事のないような刺激が走る。
  その刺激に視線を自分の胸へと向けた僕は、そこに信じられない物を見た。
  僕の胸が……膨らんでいく!?
  視線の先で僕の胸がゆっくりと、だけど着実に服の下からその生地を持ち上げていく。
  な、何がどうなって……
  戸惑いながらも服を下から持ち上げている「モノ」を確かめようとする僕。だが、指がそれへと触れるよりも早く、何かが僕の胸をギュッと締め付けた!
「あっ……!」
  同時にまるで風船で一カ所を抑えつけると別の箇所が膨らむかのように、ズボンの二つの筒がパンッと張りつめるとそのまま破裂し、腰周りに残った生地が一つに合わさってズボンとは異なる別の着衣を形作っていく。
「やっ、やぁ……」
  十数秒後、ボクの姿はどこから見ても同世代の女の子のものへと変わってしまっていた……。



  さ〜て、またまたお一人様モヤモヤ解決〜♪ いやあ、あそこのサークルさんって、いっつもその時の流行の漫画を元にしたハードなボーイズラブの本を描く事で有名な作家さんがやってる所なんだよね〜♪ 顔立ちさえよければどんなキャラでもOKみたいな感じでマイナーキャラのカップリングなんかで本を出しちゃったりするからなかなか大手にはなれないけど、その描写力で固定ファンをがっちり掴んでる優良サークルさんなんだ。
  まあ、でも確かにあの内容で男の人が列に並ぶのはちょっと恥ずかしいもんね。だったらいっそのこと、お姉ちゃんになっちゃえば問題は全て解決って訳♪
  さ〜てと、相変わらず会場は混雑してるし、まだまだわたしのお手伝いが必要みたいだね。よ〜し、もっともっと頑張っちゃうぞ〜♪



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