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変化の果てに……
作:高居空


  どうしてこうなった?
  俺は正面に構えられたカメラに視線を向けながら、今の自分の境遇について無駄なこととは思いながらもそう自問せざるを得なかった。
  俺の左右では小悪魔的な笑みを浮かべた美少女達が腕をからませ俺の肩へとしなだれかかってきている。少女達の身につけている衣装は男を誘っているとしか思えないような覆う面積の極端に少ないビキニ水着。ブラにショーツといった下着姿の方がまだ露出度が低いと思われるような代物だ。遮る物もなく露わとなっている体型は、出るところは出、くびれるところはくびれたグラビアアイドル級のラインを描いている。正直、男ならばこんなことをされて興奮しない奴はいないだろう。
  実際、俺もご多分に漏れずこの状況には興奮を覚えている。だが、俺の身体は持ち主の意志に反して股間の威容を誇る事はなく、代わりに股の間の湿り気を増してきていた。それは仕方のない事だ。今、俺の胸には隆起した二つの大きな塊とその間に出来た谷間があり、股間には本来あるはずの物が存在しないのだから。
  そう、今の俺は左右の美少女と同じくエロビキニを身につけたグラビアアイドルになっていた。
  どうしてこうなった?
  カメラのフラッシュを浴び、自分の意志とは関係なく口元に笑みを浮かべながら、俺はそもそもの事の発端を思い返していた……。





「お待たせしました。白木優太君、松浦宏君、梅沢俊樹君」
  カメラスタジオを思わせる部屋の中に、女の声が響く。
  今、この部屋にいるのは俺達3人だけ。受付の社員にここに通されてから5分以上、この部屋には誰も入ってきていない。その扱いにどことなく不安を感じながらも、俺は天井のスピーカーから聞こえてくる女の声に耳を傾けた。
  俺がこの場所に来ることになったのは、求人広告の片隅に掲載されていた仕事に応募したのがきっかけだった。
『フリーター急募! 18歳から22歳までの方優遇』
  見出しに大きな字でそう記された求人情報には、ある会社が製作した商品の試作品のモニター役を募集していること、仕事の期間は1週間だが、本人が希望すればさらに継続して仕事を続ける事も可能な事、そして、俺がこれまで経験した仕事とは桁一つ違う日額報酬が示されていた。
  俺の歳は22歳。ギリギリ優遇範囲の年齢だ。前の仕事も辞め、文字通りフリーになっていた俺は、あまりの条件の良さに少々きな臭さも感じながらも、その報酬額に惹かれ求人に応募する事にしたのだった。
  やがて先方から連絡があり、会社へと向かった俺を待っていたのは、俺と同じくらいの歳に見える女性社員による面接試験だった。
  こんな歳でもう面接を任されてるのかと、自分の身と照らし合わせ少々複雑なものを内心抱きながらも、俺は相手に好印象を持たれるように丁寧な回答に徹した。その結果見事合格を勝ち取った俺は、こうして仕事初日にこの部屋へと通された、というわけだ。
  ちなみに、俺の左右に立っている男達は今日が初顔合わせだ。見るからに俺と同じ年代で、なおかつ同じ境遇であるということが分かるオーラを発している。誰か社員が見てるかもしれない勤務時間中、しかも初日に私語をするわけにはいかないと特に話もしていないが、おそらくは志望動機も俺と似たり寄ったりなんだろう。
「それでは、皆さんにモニターしてもらう製品について説明します。製品名は『フィールド変換器』。実はこのカメラスタジオ自体が製品となっています」
  部屋の中に女の声……その声には聞き覚えがある。先日の面接試験で面接官だった女性社員の声だ……が響く。このカメラスタジオ自体が製品? そんな俺の疑問に答えるように女の声は続く。
「この『フィールド変換器』は、室内の空間を指定したフィールド……つまり、特定の性質を持った場へと擬似的に変換し、同時にそこにいる人間もその場にいるのに最も相応しい姿へと変換します。ただ、私共が製作した試作品は、基本理論の提供元が作った製品とは違い、中にいる人間はその場に何らかの関係性がない限り、姿は変わりません」
  ? 何を言っているのかさっぱり分からない。そんな心の声が聞こえたわけではないだろうが、天井から苦笑混じりの声が降ってくる。
「例えば、この部屋を国会議事堂内に変えたとしても、貴方達は国会議員にはならないということです。貴方達と国会議員とは将来的にも何ら関係性はないでしょうから」
  ……何か失礼な事を言われたような気がするが、俺は黙って女の説明に耳を傾ける。報酬を貰う前に不満を顔に出したりして解雇されてはたまらない。あくまで平静を装いながら横目で左右を見ると、隣の奴らも同じように平然とした顔をしていた。まあ、それぐらいは非正規で雇われる側の処世術としてできるのは当然なのかもしれないが。
「では、さっそくモニターテストを始めさせて頂きます」
  って、もう説明終わりなのか? 何をしろという指示さえ出ない状況にさすがに戸惑う俺。だが、それに構わず室内には女の声が響く。
「それでは、まず最初は『高校の教室』でいきましょう」
  瞬間、ブラックアウトする視界。
  再び視力が戻ると、目の前には信じられない光景が広がっていた。
  正面に見える黒板。その前に置かれた教壇に、机の列。それは、いかにもといった感じの学校の教室内の風景だった。
「……!?」
  さらに驚いたのが、隣にいる奴らの服装だ。先程まで背広ワイシャツ姿だった奴らの服が、いつの間にか黒い詰襟学ランに替わっている。しかも、顔立ちも少し若返り、10代後半、ちょうど高校生のように……って、まさか?
  見下ろすと、予感したとおり俺の着ている服も他の奴らと同じく学ランに替わっていた。
「なるほど、やはり学生さんに変わりましたか。高校生といえば今は大体の皆さんが社会に出る前に通る道、関連性がありますからね。もしも社会人の方が入ってらっしゃったなら、『社会人』という関連性も加味されて『教師』になっていたかもしれませんが、やはりここは募集を学生に近い年齢のフリーターに限定しておいて正解でしたね」
  再び失礼な言葉が耳を叩くが、今の俺はそれどころではなかった。どういうことだ?  まさか本当に俺の身体が高校生の頃に戻ったとでもいうのか!?
「では、次にいきましょうか。今度は『高校生』繋がりで……ふふっ、『女子高の教室』っていうのはどうでしょう」
  再び目の前が一瞬暗くなる。
  すぐに元に戻った視線の先の光景は、一見すると特段変わったようには見えなかった。
  だが、大きな変化は風景ではなく、俺達の身に起こっていた。
  隣に立つ奴らの服が再び変化している。黒い色なのは変わらない。しかし、履いていたはずのズボンはスカートに替わり、詰襟は特徴的な大きな襟となりその下に赤いスカーフが現れていた。いや、それだけではない。スカーフの下の部分はなだらかに盛り上がり、スカートの裾から顔をみせる足にはむだ毛の一つもない。髪も伸び、顔も可愛らしい女の子の顔になっている。
  奴らは、一瞬にしてセーラー服のよく似合う女子高生になってしまっていた。
  その事実に、俺はゆっくりと、おそるおそる自分の胸へと手を伸ばす。
  そこには、確かに柔らかな膨らみが存在していた。
  スカートの股間の部分に手を触れても、触り慣れた物の存在が感じられない。
「うそ……」
  思わず呟いた声も可愛らしい女の子の声だ。
「ふふ、やっぱり皆さん女子高の教室という場に相応しい、セーラー服のよく似合う可愛らしい女子高生に変わられましたね。では次に行きましょうか。高校生には部活が付き物。体を動かして気持ちよく青春の汗を流すのは良い事です。ということで……『陸上部の部室』というのはどうでしょう」
  再びブラックアウト。
  視界が戻ると、辺りはロッカーの立ち並ぶどこかの部屋の中になっていた。そして俺達の姿も案の定、それに合わせるかのように変わっていた。
  服はセーラー服から胸の部分に横に1本ラインの走ったタンクトップに短パンというスポーティーなスタイルへと替わっている。体もそれに合わせるように、露出した腕や太ももには無駄な肉はなく、髪型もショートで顔つきも中性的な、全体的にスレンダーなものになっていた。だが、ほんの僅かばかり盛り上がった胸と、タンクトップの下に透けて見えるブラのラインが、俺達の体がいまだ女である事を証明している。
「あら、これは少し失敗でしたか。体を動かして青春の汗を流しても、『女らしさ』が消えてしまっては女子高生としての魅力が損なわれますからね。というわけで……同じ運動部でも、やはりここは『チアリーディング部』にしておきましょうか」
  次の瞬間、再び俺達の体に変化が起こる。
「あっ……」
  目に飛び込んできた光景に思わず言葉をこぼしてしまった。
  栗色に染められた髪をポニーテールに結わいた美少女達。タンクトップは変わらないものの、下に履いているものは短パンからミニスカートへとその姿を変えていた。二の腕や太ももには先程とはうって変わって見るからに柔らかそうな肉が付き、胸は大きく膨らみ、腰はくびれ、臀部は丸く張り出している。女が男にアピールする『女』の部分がその肉体には全て揃っていた。服のせいもあるだろうが、セーラー服姿の時は見た感じ体のラインはそれほどでもなかったはずだ。だが、今の俺達は見るからに『女』だった。『女』以外の何者でもなかった。
  俺が……女……?
  その事実に頭を金槌か何かで殴られたような錯覚を覚える俺の耳に、女の楽しそうな声が響く。
「ふふっ、やっぱりチアリーダーといったら学園のアイドル。それに相応しい容姿をしていなければ務まりませんからね。さて、そろそろ学校関連は終わりにして、次は別の関連性をテストしてみましょうか。そうですね、今度は趣向を変えて屋外ということで……繋がりは、『チアリーダー』の本分である『応援』繋がり。場所は『サーキットのパドック前』ということで」
  再度視界が暗くなり、そして明るくなった先には、青く澄んだ空とアスファルトのコース、そしてレース開催中は多くの観客を飲み込むであろうメインスタンドがあった。
  後ろからはオイル特有の匂いが漂ってくる。人の姿はないものの、ここがレースサーキットのパドック、ガレージの前であることは容易に想像できた。
  そして、それに合わせるように俺達の姿も変わっていた。
  蛍光オレンジ色のマイクロミニスカート。スカートと同色の大きな胸を強調するビキニトップ。胸の谷間もへそも全て外気に晒され、スカートから伸びる長い足の先にはやはり同色のハイヒールが履かされている。手にはオレンジと白とが交互にあしらわれたパラソル。
  俺達は、色気漂うレースクイーンと化していた。
「おやおや、これはまた皆さん色っぽいレースクイーンに変わりましたね。ふふっ、これは記録に残しておく必要がありそうです。ということで、記録班、用意は出来ていますか?」
  コースに備え付けられたスピーカーからそう女の声が響くと同時に、突如瞬間移動してきたかのように俺達の前に姿を現す男達。その手には見るからにプロ使用のカメラが握られている。
  まさか……そのカメラで俺達を撮影しようっていうのか……?
  向けられたレンズに反射的に背筋にゾクッと冷たい物が走る。
  だが次の瞬間、俺の身に再び信じられない事が起きた。
  明らかに目の前のカメラに対して嫌悪感を覚えている俺の意志。にもかかわらず、体が勝手にカメラに向かってポーズを取りだしたのだ!
  レンズを前に次々と男が喜ぶようなポーズを取っていく俺。顔を横に向けるような姿勢を取ったときに目に飛び込んできたのは、同じようにカメラに向かってセクシーポーズを決めている半裸に近い格好をした美少女達の姿だった。
「さて、そろそろここでモニターとしての感想を一回聞いておきましょうか。どうです? セクシーな美少女になってカメラにその肢体を撮影される気分は?」
「ふ、ふざけないで! 早く元に戻しなさいよ!」
  人を小馬鹿にしていることがありありと分かる女の口調に、思わず声を荒げる俺。だが、実際に口から出た言葉は声音も口調も女の物へと変換されてしまっていた。
「そうですか。では、お望み通り一旦場を元のカメラスタジオへと戻しましょう。ふふっ、ただその場合、皆さんには『際どい格好で写真を撮られる被写体』という関連性が生じてしまっているわけですが……」
  次の瞬間、俺達はエロビキニを身につけたグラビアアイドルへと姿を変えていた……。





  目の前のカメラからフラッシュの光が放たれる。
  それに対し、ポーズを取りながら笑顔で応える俺。
  今の俺は男ではなく、男を性的に悦ばせるために存在する女だった。
  撮影はかなりの長時間にわたり続いている。俺は既にあきらめの境地に達していた。どうせこの身体は俺の意志では動かないのだ。それならば無駄な抵抗は止め、体が動きたいように動かせておくのが自らの精神を何とか保っていくためにも上策だろう。そんな事を考えてしまっている時点で既に心のどこかが壊れてしまっているのかもしれないが。
  だが、本当は今、ここで心が完全に壊れてしまっていた方が幸せなのかもしれない。他の2人が気付いているかは知らないが、俺はこの非常識な現象の中で、ある法則を見いだしてしまっていた。最初の変身から順を追って、俺達の着ている衣装は、段々とその露出度を上げてきているのだ!
  今俺達が身につけているのは『女』の大事な部分だけをかろうじて隠しているだけのエロビキニ。これ以上の露出度の上昇は無いと言えるかもしれない。だが、今俺が自分の身に感じている『男を性的に悦ばせるために存在する女』という関連性で、スピーカーから響く女の声が『ベッドルーム』を指定してきたら……
  その光景を想像し、俺は不随意に股間を湿らせるのだった……。




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