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兼用トイレ
作:高居空


「なるほど、お宅様の製品のお話はよく分かりました。ですが、なにぶん私どももこれまでの業者との付き合いがありますから……」
「それでは見積もりだけでも出させて頂けませんでしょうか」
「う〜ん……」
  部屋の中を何とも言えない気まずい雰囲気が支配する。
  俺は様々な会社に飛び込みで営業をかける営業マンだった。アポ無しでの営業はその場で門前払いをされる事も多く、正直効率はよくないのかも知れないが、ウチみたいな弱小企業は真っ当な営業をしているだけでは販路は広がらない。そこで俺はダメ元でウチの製品を使ってくれそうな会社や工場を1軒1軒しらみつぶしに回っているのだ。
  そして今俺がいるこの工場もそんな飛び込みの営業先の一つだった。事前約束もなしにやってきた俺に対し、別室まで案内してくれた上にお茶まで出してくれた時点で今回は脈ありかと思ったのだが、どうにも雲行きが怪しくなってきた。俺の額からは冷たい汗が滴り落ちる。
  いや、正確には冷や汗が浮かんでいるのは営業の調子が思わしくないからだけではない。この部屋で担当者という30代前半の目の前の社員と話し始めてから数分たった頃から、俺は強烈な便意に襲われ続けているのだ。昼飯があたったのか、それともここで出されたお茶が口に合わなかったのか、ともかく俺の我慢は限界に達しようとしていた。
「あの……すいませんが、お手洗いを貸してもらってよろしいでしょうか?」
「ああ、それならこの部屋から出てちょうどつきあたりにありますよ。ただ……」
  こらえきれず声を出した俺に対し、担当社員はそこまでいった所でなにやら自嘲めいた笑みを浮かべる。
「ご覧の通り、うちの工場は建物も古い上に男手ばかりでして、実はトイレが男女兼用なんですよ。なので少し気をつけて下さいね」
  男女兼用……つまり小便をしているときにいきなり女性が入ってくる可能性があるってことか。だが、俺が用があるのは個室の方。その点は問題ない。
「それじゃ、すいませんが」
  そう言って席を立った俺は、急ぎトイレへと向かったのだった。





「…………」
  微妙な匂いが漂うトイレの中。そこで俺は一人絶句していた。
  そのトイレは、表札こそ男性用と女性用の両方が張り出されているが、中は男性用そのものの構造になっていた。入ってすぐの所に小便用の便器が3台。その奥に個室が2つ用意されている。そしてその一番どんつきの部屋の場所に女性用を示す赤い人物マークが描かれていた。つまり、女性がこのトイレに入った場合はいやでも男性の小便器の前を通らなくてはならないということだ。これは女性に対しずいぶん無配慮のように思える。
  だが、俺を絶句させたのはそのことではない。
  小便器の奥に設置された2つの個室、その女性マークのない方に、でかでかと『故障中』の張り紙が貼られていたのだ。
  既に便意は阻止限界点を越えようとしている。
  しかたない。
  多少後ろめたい気持ちを感じながらも俺は女性マークの描かれた個室へと足を踏み入れた。



  そこにあったのは、小ぎれいな洋式の便座だった。脇には洗浄用のボタンがついており、足下には汚物入れが備えつけられている。
  なるほど、一応こういった所は考えてある訳か。
  頭の片隅でそんな事を考えながらも、俺は猛烈な便意に押されるように便座へと腰掛ける。
  次の瞬間、大量の水が流れる音が部屋中に響き渡った。
  思わず反射的に飛び上がる俺。
  何だこれは…………!
  だが、水音は俺が便座から離れると同時に何事もなかったかのようにピタッとその音を止める。
  ああ、これはあれか。女性が排泄音をごまかす為に使う擬音装置という奴か。やっぱり何だかんだいって女性には配慮してるんだな。しかしそれならいっそのこと女性用のトイレを作ってやればいいのに……。
  そんな事を考えながら俺は再び便座へと腰掛ける。
  今の衝撃にも肛門は奇跡的に保ってくれていたが、さすがにもう限界だった。力を入れずとも自然に奥の物が外へと排泄されていく。それと同時に広がる恍惚感。一瞬頭が真っ白になる。
  用を済ませた俺は洗浄水でしっかりと尻を洗浄すると丁寧にトイレットペーパーで滴を拭き取り、しっかりと身支度をしてから個室を後にした。



「さ、て、と……」
  個室から出た俺は小便器の向かいに備え付けられた洗面台へと向かう。時間に追われている時には省略してしまう事もある手洗いだが、今日はなんとなく手を洗わないと気持ちが悪いような気分になっていた。蛇口をひねり、流れ出た水に両手を浸す。
「…………?」
  その時、俺は何ともいえない違和感を感じた。何だ……なんか前と比べて手がやけに白くなっているような……しかも指もなんだか長くなったような気も……というか、俺は爪にピンクのマニキュアなんかしていたか……??
  はっと、洗面台から顔を上に向ける俺。そこに備え付けられた鏡に映し出された姿に、俺は思わず言葉を失っていた。
  誰だ、こいつは……。
  俺は30代半ばの営業マンだったはず。だが、その鏡に映っていたのはどう見ても20歳を過ぎたばかりくらいの初々しいOLの姿だった。スーツを押し上げる大きな2つの膨らみが特徴的な美女が、惚けたように口を開いてそこに立っている。
  何なんだ…………
  俺は呆然としながらも、右手を自分の顔へと添えてみる。それに合わせるように鏡の中の女も口をポカンと開けたまま頬にその手を添えていた。
  胸に手を回してみる。確かな重量感が手から伝わってくるとともに、鏡の中の女は戸惑ったような顔をしながら自分の豊かな双丘を鷲掴みにする。
  そのままもみしだく。
「あん♪」
  可愛らしい声とともに鏡の中で女が色っぽく身をよじらせた。



  どうなってるんだ……俺の……体は…………
  俺は見知らぬ快感に翻弄されながらも戸惑いに体を震わせる。
“あら、何言ってるの。その体はあなたの営業の大きな武器だったじゃない”
「!!」
  突然脳裏に響く女の声。
「それって……どういう……」
  愛らしい女の声で喘ぐように声を上げる俺に対し、脳裏の女はやれやれといったような感じで語りかけてくる。
“あらあら、忘れちゃったの? あなたはその立派な『オンナの武器』を使ってこれまで困難な契約をもぎ取ってきたんじゃない”
「そんな……おれ……わたしは……」
“うふふ。認めなさい。貴女ははエッチでサービス精神旺盛な営業レディー。契約の為ならどんな事でもサービスしちゃうイケナイ娘でしょ”
  そうだ……わたしはエッチな営業レディー……これまでもこの恵まれた体を使って色んな契約をしてきたんだった……そうだ……そうだったよね…………。





「すいません。お待たせしました」
  わたしが部屋に戻ると、向こうの担当さんは待ちわびていたかのように席を勧めてきた。机の向かいにではなく、自分の椅子の真ん前に、だ。いかにも好色そうな担当さんの行動に私は思わず内心でほくそ笑む。ふふ、ちょろいちょろい。これで思いっきりサービスしてあげれば契約はもらったも同然ね♪


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