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結界領域

作:高居空



「さあ、覚悟はいいか?」
  俺は両手をポケットに入れたまま、地面に倒れ伏した男に告げる。
  男は仰向けの状態で、顔に恐怖の表情を浮かべながら硬直していた。口をぱくぱくさせてはいるものの、体はまるで彫像のようにぴくりとも動かない。それは、俺が展開した結界領域の影響によるものだった。
  昼間だというのに、俺の周囲は闇の壁に囲まれている。これこそが俺が研鑽の果てに辿り着いた呪術の深奥、俺だけが扱える特殊結界領域だった。
  俺は、呪いにより人を殺めることを生業としている呪術師の家系に産まれた。本家筋ではなかったため、一子相伝とされている奥義の継承権はなかったものの、呪術師としての才能に恵まれた俺は、独力で本家を超えるべく修練を重ね、遂にこの究極の術式を編み出したのだ。
  俺は男を見下ろしながら、奴にあえて見えるような形で口角をつり上げる。
「これからお前は俺に殺される。だが、このまま一切の反撃も許さぬまま殺してしまっては面白くない。余興だ。ここでひとつ、お前が生き残ることができるかもしれぬ唯一の方法を教えてやろう。この結界を用いる代償として、俺には一つの枷がかかっている。術の対象が自ら望む死因を口にしたとき、俺はその死因に繋がる手段以外では対象を殺すことができないというものだ。他の手段を用いた場合、俺は代償としてその場で命を落とすことになる。そして、この結界はどちらかが命を落とさない限り解除されない。つまり、お前が俺が到底実現できないような死因さえ思いつければ、お前は生きてここから出ることができ、今後俺に狙われることもないということだ。どうだ、少しは希望が沸いてきただろう?」
「な、なぜそんな自分に不利になるようなことをわざわざ俺に教える……?」
  絞り出すように声を上げる相手に、俺は肩をすくませ答える。
「これを相手に教えるのもまた、枷の一つだからな。強大な術を使うには、それなりの代償が必要ということだ」
  そう、俺の呪術師としての特徴は、自分が不利となる枷を己に課すことと引き替えに、本来自分の持っている呪力では扱えぬ高位呪術を行使することができるという点にあった。そしてこの結界領域は、自らの命を代償とする枷があって初めて展開できる超高等術式なのである。
「さあ、助かりたいなら言ってみろ。俺が到底辿り着くことのできないような死因をな。まあ、お前では無理だろうが」
  男に対し、鼻で笑うかのように挑発的な言葉を浴びせる俺。
  こうして俺が余裕の態度を取れるのには理由がある。この結界領域内では、俺は奴の口にした死因に繋がる手段でないと奴を殺せず、それ以外の手段を取ったときには俺が死ぬことになる。それは事実だ。だが、実際には俺は奴がどんな死因を選んだとしても、必ず奴を殺すことができる。なぜなら、それこそがこの術式の真の力であるからだ。
  相手を金縛り状態にするのは、あくまで結界の副次的効果に過ぎない。その程度であれば、結界など展開せずとも基本の呪術で同じ事ができる。この術式の正体、それは、この結界領域内で対象が死因を口にしたとき、それを相手にもたらすことのできる力と知識を、因果を無視して術者に身に付けさせるという、一種の自己強化呪術だった。
  例えば、対象が「焼死」と口にすれば、俺には相手を焼き尽くすだけの炎の呪術と術を扱う知識とが術式を通じてもたらされる。事前にそれらの呪術に対する知識が皆無であってもだ。同様に、感電死ならば雷の呪術、老衰死ならば相手を急速に老化させる術、病死ならば病を与え進行させる術が身に付くことになる。また、相手が素手による撲殺を望めば、俺の筋力がそれができるまで向上することとなる。
  さらに、手に入れたそれらの力と知識は、対象を殺し結界を解いた後も俺の中に残される。そしてそれこそが俺が殺しにこの術を用いる真の狙いであった。こうして仕事の殺しを続けているだけで、俺はあらゆる呪術に精通し、肉体的にも常人を超越した最強の呪術師へと近づいていく。宿願である本家超えもこれならばたやすく手が届くだろう。
「……死」
  そんなことを考えているうちに、俺の足下に転がる男の唇が動く。
「何だ、良く聞こえなかったぞ。もう一度言ってみろ」
  促す俺に、男は目に様々な感情の入り交じった光をたたえながら再度口を動かした。
「……腹上死」
  ……なんだって?
  聞き返す間もなく、結界領域に施された術式が発動する。
  俺の胸がむくむくと膨らんでいく。手が小さく、指が細くなっていく。襟元に髪の毛がかかる感触がある。足がぐぐっと内股になっていく。
  俺の頭に、男の精気を絞り尽くすための技の知識が流れ込んでくる。
  体が熱く火照ってくる。
  気が付くと俺は一糸まとわぬ姿となっていた。
  足下では、男が目を見開いて俺のことを見上げていた。その股間は大きく屹立している。おそらく、今の俺は男の思い描く理想の女そのものの容姿をしているのだろう。
  俺の体が男を腹上死させるための活動を開始する。
「……しかたないな。これしか結界を解除する方法はないのだから」
  体から沸き上がる衝動に突き動かされた俺は、自分の物とは思えぬ声で言い訳のような言葉をつぶやくと、髪をかきあげ、男のズボンへと手をかけた……。



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