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顔認証
作:高居空


「こちらが、我々が開発した新システムになります」
  広間に集まった面々を前に、俺は自ら作り上げたシステムの売り込みにかかる。
  俺にとって、今日の商談はとてつもないビッグチャンスだった。滅多に姿を見せることはないと言われる相手方のトップが顔を出してのプレゼンテーション。ワンマンなことで知られるこのトップに気に入られれば、もう商談は成立したようなものだ。だが一方で、トップは自分が気に入らないものに対しては冷酷かつ苛烈な扱いをすることでも有名である。このプレゼンでもしも相手の不興を買うようなことがあれば、文字通り俺の首は飛ぶことになるだろう。
  そんなハイリスクハイリターンな真剣勝負の場で、俺はあらかじめ頭にたたきこんだセールストークを口にしながら、ちらりと横目で今回のプレゼンの鍵ともいえる存在であるアシスタントを見やる。
  そのアシスタントは、俺の隣でプレゼンの邪魔にならないように存在感を消し静かに出番を待っていた。それはまるで俺に付き従う影のようでもある。いや、ある意味では彼は俺の影そのものであるといってしまっても良いかもしれない。なぜなら、彼は影のように、もしくは鏡に映る自分自身のように、俺の姿に細部までうり二つだったからだ。輪郭はもちろんのこと、背丈やなにかも全く同じ。顔の造りもまるで石膏で型をとったかのように唇の形や鼻の高さ、眉の濃さにいたるまで同一であり、着ている服も着こなし方まで含めて一緒ときている。
  普通なら、その姿が気になってプレゼンに集中できないといった者が何人かいそうなものだが、アシスタントの気配を消す術が優れているのか、それとも海千山千な面々なだけに、この程度の事など驚くほどのものでもないということなのか、今のところ相手方は全員が俺の方へと視線を向けている。
「と、これがこの“顔認証システム”の概要となります」
  そんな面子の前で製品の説明を行う俺。
  今回俺が売り込もうとしているのは、独自に開発を行った顔認証システムだった。レンズに映った顔を解析し、本人か否かを判別するシステム……セキュリティの向上に大きく貢献するこの商品に興味を示したのが先方のトップだった。今回のプレゼンもその流れで決まったものである。ここでトップの求めるだけのものを示せればもはや勝ったも同然。そのために俺は大枚をはたいて、商品の性能を最大にアピールできるだけの力を持ったアシスタントを雇い、このプレゼンへと臨んだのだった。
「それでは、実際にこのシステムの性能を皆様にご覧いただきましょう」
  皆の視線が集中する中、俺は目で合図を送り、アシスタントをレンズの前に立たせる。
「まずは彼の顔をシステムに登録します」
  パシャリという音が広間に響いた後に、俺はアシスタントと立ち位置を入れ替える。
「さて、これで彼の顔はシステムに登録されたわけですが、ここでシステムに私の顔を認証させたらどうなるでしょうか? 見ての通り、私と彼の姿は細部に渡るまでまさにうり二つ。果たしてシステムはどのような判定を行うか……」
  そう口にした後に視線をレンズへと向ける俺。
  間髪入れずに、広間には“ブー”というエラー音が響き渡った。
  ふう、正しく認識したか。
  これまで何度もテストを行いミスは起こらないと確信していたものの、それでも正しくシステムが作動したことに内心安堵する俺。もちろんその心情を悟られないように、外面ではさも当然とばかりの表情を作ってみせる。
「このように、私共のシステムは対象の僅かな気配の違い等も読み取り、正しい判別を行うことができます」
  そして再度アシスタントをレンズの前に立たせ認識させると、今度は“ピンポーン”と高い音が響く。
  よし、ここまでは順調だな。とはいえ、この結果は相手方も当然想定内というところだろう。さて、これを受けて向こうがどう出てくるかだが……。
  案の定、納得したという表情を浮かべる者もいる中で、一人が口を開き、低く広間に響き渡る声で疑問を呈してくる。
「……なるほど、その商品の識別精度は分かった。だが、顔というのは様々な条件によって変わることもある。大体にして、人は歳を重ねるだけでも顔つきが変わっていくではないか。そうなったとき、そのシステムはそれを登録された本人と認識できるのか? その識別精度の高さが徒となり、異なる答えを導き出すということもあるのではないか?」
  その声を発したのは、広間の最奥、他の面々より一段高いところに置かれた豪奢な椅子に腰掛けたトップだった。肘掛けに片肘をつき、さあどう答えるとばかりに楽しげな笑みを浮かべるトップ。
  う、この表情、こいつは試されてるな……。
  その仕草に秘められた言外のメッセージを察した俺はごくりと唾を飲みこむ。
  トップの発した問いは、こちらでも事前に想定していたものだ。もちろん、答えだって用意してある。だが、あちらは普通の答えでは決して良しとはしないだろう。トップの態度から見るに、その意図はこうだ。“ただの答えでは飽きたらぬ。その答えで自分を楽しませてみせろ”……と。
  トップも、こちらがどのような答えを用意しているかは想定済みのことだろう。それはそうだ。トップの質問した内容に対応できないような商品では、顔認証システムとしては欠陥品と言わざるを得ない。つまり、その答えは当然として、それ以外に何か余興を付け加えてみせろとトップは言っているのだ。
  何とも無茶な話だが、トップが気まぐれでそのようなことを言い出す性格であることは、こちらも事前に調べて情報を掴んでいた。そして、そのような不測の事態が起こった時の切り札という意味でも、俺はこのアシスタントを雇ったのだ。
  ふっと息を吐くと、俺はトップを含めた面々に向き直る。
「もちろん、その点の対策は万全です。論より証拠、これから皆様にそのあたりを実際にご覧いただきましょう」
  俺がそう言い終わるとともに広間にざわめきが起こった。そのざわめきは俺の言葉に対してのものではない。広間の面々の視線は俺ではなくアシスタントに向けられていた。そう、俺がしゃべり終わると同時に、レンズの前に立つアシスタントの容姿が一気に老け始めたのだ。
  アシスタントの髪に白髪が現れ、その面積を増していく。額にしわが刻まれ、姿勢が猫背気味になる。体格は一回り恰幅が良くなり、着ていた衣服がその体格に合わせたサイズへと変化する。
  アシスタントは、あっという間にその身を初老の男性へと変えていた。
  その姿を捉えたレンズが、“ピンポーン”と高い音を立てる。
「このように、対象が齢を重ねたとしても、システムは問題なく本人と認識します」
  面々にそうアピールした俺は、さらに言葉を続ける。
「また、逆の場合であってもシステムは正しく識別を行います」
  その声とともに、今度はアシスタントの姿が急激に若返っていく。それはプレゼン開始時の見た目さえも通り越し、十代後半ぐらいというところでようやく変化が収まる。
  同時に広間に響く“ピンポーン”という音。
  “ほう”という声が漏れ聞こえる中、俺はだめ押しとばかりに攻勢をかける。
「さらにこのシステムは、対象が何らかの理由で元の姿とは似ても似つかぬモノに変わり果てていても、正しく認証することができます」
  それと同時に再びアシスタントの姿が変化しはじめ、広間にどよめきが起こる。
  アシスタントの背がぐぐっと縮んでいき、それに合わせるように肩幅も狭くなり、さらになで肩へと変わっていく。髪がすすっと伸び、見事な長髪を形作っていく。顔の部品一つ一つが柔らかみを帯び、眼が一回り大きくなると、唇は見るからにぷるんとした形へと変わっていく。服の胸の部分がぐぐっと盛り上がってくると同時に、腰回りは引き締まっていき、胸といつの間にか膨らんできていた臀部とのコントラストが浮かび上がってくる。ベルトはいつの間にか消失し、ズボンの二つの筒が飴細工のように伸びてくっつきあい、一つの筒へと変わっていく。同時にすすっと丈を縮めていたそれは、まったく別の衣服……スカートの姿になっていく。上半身に身に着けた衣服も、柔らかい生地の女物へとその姿を変化させていた。
  そう、アシスタントは十代後半ぐらいの男から女性へとその姿を変えていたのだ。やがて変化が終わると、そこに立っていたのは可愛らしさと色気を併せ持った美少女だった。
  その姿をレンズがジジッと読み取る。
  待つこと数秒。皆が見つめる中、システムは“ピンポーン”という音を響かせた。
  よし、ちゃんと認識した……!
  再びどよめきが起こる中、相手に分からぬように小さく安堵の息を吐く俺。その耳に、トップのあげた高らかな笑い声が飛び込んでくる。
「フハハハハっ! なかなかに面白い答えだったぞ。良いだろう、気に入った。その商品、仕様についてもう少し細かく聞かせてもらおうか」
  トップのその言葉に、俺は無事試練を切り抜けたことを察し、心の中で“よしっ!”とガッツポーズを取ったのだった……。



「ふふっ、商談、無事に契約が決まって良かったですね」
「いや、全ては君のお陰だよ。本当に助かった」
  商談からの帰り道、俺は話しかけてきたアシスタントに対し感謝の言葉を贈る。
  アシスタントは今もあの時変化した少女の姿のままだった。なぜ元の姿に戻らないのか? そう尋ねようとした俺だったが、喉まででかかったところでその言葉を飲み込む。そもそも、俺は本当の“彼女”の姿を知らない。文字通り、今回のプレゼンのためだけに俺は“彼女”を雇ったのだ。“彼女”の姿で知っているのは他には“彼女”が面接に訪れた時の姿しかないが、それが本当の姿だという保証はない。ひょっとしたら、今の姿が“彼女”の本当の姿なのかもしれないが、尋ねても“彼女”は適当に笑ってごまかして本当のことは教えてくれない気がした。
「それにしても皆さん、かなり商品に興味津々でしたね。てっきり私の“芸”しか見てないのかと思いましたけど」
  仕事が終わったからか、それとも今の外見に影響されているのか、これまでの寡黙さが嘘のように饒舌になる“彼女”。その口調もどことなく外見に見合ったものとなっている。そんな“彼女”に俺は肩をすくめて答えた。
「それはそうだろうな。彼らにとって相手が本物か否かを見分けることのできるセキュリティシステムはそれこそ喉から手が出るくらい欲しいだろうさ。なんせ、誰が命を狙っているか分からない“魔王とその側近”だからな」
  そう、俺の商談相手はこの地域の魔族を統べる魔国の王とその側近達だった。
  力が全ての魔族の世界では下克上は世の常。その支配階級にあるということは、常に命を狙われているということでもある。もちろん、その命は“勇者”をはじめとする人間達もつけ狙っている。逆に言えば、それらを退けるだけの力を持っているからこそ、彼らは頂点に君臨しているのだろうが、“敵”は必ず正面からやってくるとは限らない。中には隙をついて暗殺しようと企む輩もいるはずだ。そう、例えば姿を他の者に変えて近づくなどして。
  言葉にすると荒唐無稽にも感じられるが、この世には姿を変える魔法が存在している。また、魔族の中には他の者に擬態する能力を持った種族もいるということだ。そもそも、そうした力を持った者ならば今目の前にいるではないか。というより、そうした力を持っている事を条件に、俺はアシスタントを募集したんだが。
  また、それとは逆に、世の中には相手を別のモノへと変える呪いが存在している。万が一、誰かにそうした呪いをかけられたとしても、俺の顔認証システムならば間違いなく本人と認識できる。まあ、そもそもそれが“顔認証”という名称で本当に良いのかというのはあるのだが。
  ともかく、そうした特性から間違いなく彼らには俺のシステムの需要があると踏んで、俺はあえて魔国に対し営業をかけていたのだった。
「それにしても、あなたは相手が“魔王”だというのにあまり物怖じしてませんでしたね。正直感心しました」
「なに、相手が誰であろうと、商談となれば相手は商売相手の一人だからな。商売相手に上も下もないさ」
  “彼女”の賛辞に飄々と答える俺。
  まあ、実際にはそんなこともなく、相手が魔王だということを意識しないよう自己暗示のようなものをかけて凌いでいたというのが本当のところなんだが、その事は言わないでおく。商談の時、魔王のことを“トップ”と心の中で呼び続けていたのもその一環だ。というより、物怖じしないといったら明らかに“彼女”の方が上だろう。“彼女”は俺よりもはるかに彼らの視線に晒されながらも、臆したといったところがまったくなく、常に平然と振る舞っていた。
  俺の募集に応募してきた“彼女”が普段どのような仕事を生業としているのかを俺は知らない。だが、この胆力、おそらくただ者ではないだろう。どうやらこの話題、あまり深入りしない方がよさそうだ……。
  そんなことを考えながら、話を報酬へと切り替える俺。
「しかし、報酬は本当にあの額で良いのかい? 思ったよりも高く買ってくれたし、もう少しだけなら上乗せもできるが……」
  その俺の申し出に対し、“彼女”はいやいやと手を振りながら照れ笑いのようなものを浮かべる。
「いえ、本当に当初示していただいた報酬だけで結構ですよ。というより、今回向こうの要人の顔を覚えられただけでも十分にこちらに見返りはありましたし」
  要人の顔を覚えて、それを後で何に使うのか…………おそらくそれは聞かぬが仏だろう。
「ただ……」
  だが、そこで“彼女”は少し困ったように小首を傾げる。
「もしも向こうにこの商品が全面配置されるとなると、さすがにちょっと仕事がやりづらくなる気がしますね。ねえ、この商品、納品する際に、特別に私だけはスルーする仕掛け、こっそり入れておいてもらえませんか?」
  そう冗談めかしてお願いしてくる“彼女”に、俺は苦笑いで答える。
「いや、それは駄目だな。そんなことをしたら、後で俺の顔が潰れて顔認証できなくなりそうだ」




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