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品種改良
作:高居空


  むかしむかし、あるところに領土は小さいながらも強固な守りで知られる王国がありました。
  他国の侵攻を幾度も籠城戦で退けてきた王様は、今では名将として遠い異国にまで名前が知れ渡っています。ですが、そんな戦では無敵のように見える王様にも、実は大きな悩みがありました。
「ええい、なぜ我が国の兵は猪武者ばかりなのだ!」
  今日も王様は誰もいない執務室で、独り苦虫を噛みつぶしたような顔をしています。
  そう、王様の率いる王国の兵士達は、敵をみると何も考えずに突撃してしまう、猪のような者ばかりでした。王様がどんなに良い作戦を立てても、兵士が命令を無視して突っ込んでしまっては意味がありません。敵に攻められたとき王様が籠城戦にこだわっていたのも、野戦では兵士が勝手に突っ込んだあげく敵の伏兵によりさんざんに蹴散らされることが目に見えていたからでした。
「まったく、誰かあの猪共に賢者の知恵を授けることができるような者はおらんのか!」
  先日も無事敵を退けることができたものの、一部の兵士達が持ち場を離れ城門から打って出たことでいらぬ損害を被ったことに、今でも怒りを抑えられぬ王様。そんな王様の後ろに、音もなくすうっと現れる一つの影がありました。
「あら、それなら私が何とかいたしましょうか?」
  可愛らしい声に王様が振り向くと、そこには、年の頃15、6歳くらいの白いドレスを着た金髪の少女が立っていました。まるで絵画の中から出てきたような美しさの少女は、くるりとその場で一回転すると、スカートの両裾をつまんで可愛らしく王様にあいさつをします。
「…………姫君か、いつからここに?」
「ついさっきですわ。ちょうど退屈していたところに、何やら王様の困ったような声が聞こえてきたので、こうしてやってまいりましたの」
  王様に姫君と呼ばれた少女はそう言って微笑みます。もちろん、普通のお姫様が扉も開けずに、音もなく王様の執務室に忍び込むことなどできるはずがありません。そう、少女はただのお姫様ではありませんでした。彼女は、この世界とは違う世界にある妖精の国のお姫様だったのです。
  よく見ると、お姫様の腰まで伸びた金色の髪の間からは、トンボのような透明な4枚の羽根が見え隠れしています。
  王様のお城が難攻不落なのには、実は彼女達妖精の存在が大きく関わっていました。
  王様をはじめとする一部の王族しか知らないことですが、王様のお城は異世界にある妖精の国と繋がっていました。お城の敷地全体が、この世界と異世界とを繋ぐ『門』となっていて、彼女達妖精は城の中であればいつでも自分達の国から好きなところへと現れることができるのです。
  もっとも、彼女達がこちらの世界にやってくるときには姿隠しの魔法を使っているので、普通の人には見ることはできません。魔法を使った彼女達を見ることができる人間は、この国では人間と妖精との間に生まれた初代国王の血を引く王族だけなのでした。
  そして、この国の初代国王と妖精の国の王様との間には、この国の国王が他の事情を知らない人間達から妖精の存在とこの世界と妖精の国とを繋ぐ門であるこの城を守る代わりに、必要なときは妖精達の魔法の力を借りうけることができるという盟約が結ばれていました。その盟約は現在も生きており、今の王様も戦の際に秘密裏に彼女達の魔法の力を借りることで、押し寄せる難敵を退けてきたのでした。
「それでさっそくなのですけれども、先ほど聞こえた王様のお悩み、兵士の皆さんを賢者にということですけれども、私なら解決することができるかもしれませんわ。ここは私に任せていただけませんか?」
  そう言って可愛らしい笑みを浮かべながら上目遣いでお願いしてくるお姫様。ですが王様はなぜか難しい顔をしています。
  彼女達妖精が使う魔法が本物で、大抵のことはそれで解決できることは王様も理解しています。ですが、同時に王様は妖精の常識が人間のそれとは大きく異なっていることを知っていました。彼女達に全てを任せたとしたら、どんな非常識なことをやらかすか分かりません。さらにいえば、妖精は、総じて悪戯が大好きなのです。王様が心配になるのも当然のことでしょう。ただ、これでお姫様の機嫌を損ねた結果、盟約が破棄でもされたらたまりません。
  しばらく悩んだ末に、王様はふうと一つ小さく息を吐くとお姫様に告げました。
「…………いいだろう、ここは姫君にお任せするとしよう」
  そう、王様はお姫様にこの件を任せることにしました。この国の兵士はこの城を守ることで結果的に彼女達を護る役割も担っています。いくら妖精が悪戯好きだとはいえ、自分達が後々困ることになるようなことまではさすがにしないだろうと王様は考えたのす。
「わかりましたわ♪ ただ一つ、王様にお願いなのですが、兵士の皆さんに賢者になっていただくには、私の国の者達にも手伝ってもらう必要があります。それなりの数になりますが、こちらに呼んでしまって構いませんか?」
「ああ、別に構わんが、妖精族の存在は兵士達には秘密となっている。大きな騒ぎにならないように頼むぞ」
「ご心配なく♪ その辺は私達の魔法で何とかいたしますわ♪」
  そういってお姫様はもう一度くるりとその場で一回転すると王様に一礼します。
「それでは、私は兵士の皆さんに賢者になっていただくために兵舎に向かわせていただきますわ。全て終わりましたら王様にお声掛けしますので、そしたら兵舎にいらして下さいな♪」
  最後にニコリと微笑んだ後に、お姫様は靴でトンと床を鳴らします。
  次の瞬間、お姫様の姿はまるで夢か幻であったかのように、王様の執務室から跡形もなく消え去っていたのでした。




「なんだこれは……」
  扉の前で、思わず固まってしまっている王様。
『終わりましたわ。王様、兵舎にお越しくださいな♪』
  お姫様が部屋から姿を消してから数刻後。耳に響いたお姫様の声に兵舎へと向かった王様が目にしたものは、王様が予想していたのものとは全く異なる光景でした。
  扉から続く兵舎の広間は、倦怠的な空気に包まれていました。その中で、何とも言えない表情を浮かべ佇む裸の兵士達。その傍らには、背中に透明な羽根を持つ美少女達がやはり裸で満足そうな顔をして床に横たわっています。周囲に漂う臭いからも、そこで何が行われていたのかは明らかでした。
「お待ちしておりましたわ、王様♪」
「……なんだね、この有様は?」
  いつの間にか音もなく隣に立っていたお姫様に王様は問いかけます。
  その問いに、顔に悪戯っぽい笑みを浮かべて答えるお姫様。
「何といわれましても、これが王様の望まれていたことでしょう? この広間にいる兵士の皆さんは今、間違いなく賢者になっていますわ。確か殿方の間ではこういうのですよね。『賢者タイム』って♪」
「……………………」
  王様は、自分が妖精の悪戯にはめられたことを理解しました。王様を驚かせる、そのためだけに同族の女の子を男にあてがうなど人間の常識では到底考えられないことですが、悪戯のためならどんな事でもやってしまうのが妖精です。王様はその事を改めて実感したのでした。
  ですが、王様も負け無しの名将として世に知られた人物です。一方的に悪戯されて終わるのは面白くないと思ったのでしょう。少し考えてからお姫様に向かってこう切り返します。
「ふむ、確かに兵達は賢者になったようだが、このやり方には少し問題があるな」
「? なにがです?」
「姫君は女性なので分からないとは思うが、男にとって、行為の後というのはどうしても無防備になってしまう時間帯なのだ。男の暗殺に女の暗殺者が用いる場所として閨というのは有名な話だが、それは行為中に毒を仕込むといった手段の他に、行為後無防備になったところを狙うというのもある。そのような状態の時にもし敵に攻められては、いくら兵が賢者になったとしてもひとたまりもないだろう」
「…………なるほど」
  この返しは想定していなかったのか、お姫様は珍しく顔から笑みを消し、あごに手をあて目を瞑ります。
  が、すぐに良い考えが浮かんだのか、お姫様はぱあっと表情を輝かせると、王様に向かって提案します。
「では、兵士さんをこのように改良してみましょうか?」
「うむ?」
  王様がその内容を聞くより早く、お姫様の指にはめられた指輪から虹色の光があふれ出します。
  瞬く間に広間はきらびやかな光に包まれ、視界が効かなくなります。
  しばらくして輝きが収まったとき、目の前にある広間の様子は一変していました。
  床に横になる妖精の少女達。その脇には、顔を上気させた人間の女達が一糸まとわぬ姿で佇んでいました。胸にある立派な二つの乳房を隠そうともせず、乱れた呼吸で甘い息を吐いている女達。その顔はとても艶やかで、いずれも美女といっても過言ではない容姿をしていました。そして彼女達は、光に包まれる前に兵士がいたところに現れていたのです。代わりに兵士の姿は広間のどこにも見あたりません。
「これはどういうことだ?」
  問いかける王様に、お姫様は得意げに答えます。
「殿方が行為の後に無防備になってしまうというのであれば、行為が終わって賢者タイムに突入した所で兵士さんには女性になってもらえば良いんですわ♪ そのように魔法で兵士さんの体を改良しましたの♪」
  お姫様の言葉に改めてよく見てみると、女達の顔には兵士達の面影がどことなく残っていました。しかしながら、その体は完全に女に変わっています。大きく膨らんだ胸はもちろんのこと、その股間には男の突起物はなく、淡い茂みに包まれています。
「……うん?」
  そこで王様は気付きました。女達のほとんどが、片手をその茂みにあてがっていることに。彼女達は股間をまさぐりながら甘い息を吐き、そして、潤んだ目で王様を見つめています。
「姫君、どうなっているのだ、これは?」
  女達の視線によからぬものを感じながらも、王の矜持というべきか、動じた様子は全く見せずに隣に立つお姫様に尋ねる王様。
  それに対してお姫様はきらきらした笑顔で返します。
「ああ、それは兵士さん達の感じていたでしょう殿方特有の倦怠感が、女の人が感じる快感の余韻へと切り替わったからですわ。ですが、ある意味では兵士さん達は生殺しといえるかもしれませんわね。彼女達は行為の余韻はあれど、女として行為そのものを味わったわけではないのですから。例えるなら、フルコースでいきなりデザートだけ出されたようなものでしょう。これではとても満足できませんし、満腹にもなりません」
  そこまで言うと、お姫様はすうと目を細め、口の端を小悪魔のように可愛らしくつり上げます。
「そしてこの場に、彼女達を満足させることができる殿方は一人しかおりませんわね♪」
  その言葉が合図であったかのように、女達はゆらりと立ち上がると、大きな乳房を揺らし、片手で下腹部を刺激しながら王様ににじり寄ってきます。その異様な光景に思わず動きの止まった王様を取り囲むと、一斉に飛びかかってくる女達。
『王様〜♪ どうか、どうか私めにお情けを〜♪』
  女達に押し倒された王様は堪らず叫びます。
「や、やめんか! こ、この、雌ブタ共がぁぁっ!!」





  ……と、この昔話を子供の頃によく聞いていた科学者が大人になって、猪が品種改良されてブタになったことを科学的に証明したのでした。めでたしめでたし。
「いや、絶対嘘だろ、それ」





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