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異界の宴
作:高居空
「ふふふっ、今回も我の勝ちだな」
カードを手に勝ち誇る魔王を前に、敗れた太田が呆然と立ちつくす。
午後一の体育の授業のため、昼休みのうちに体育館へと移動していた俺達男子生徒は今、謎の異空間へと飲み込まれていた。
体育館の中については変化はないものの、出入口の先には暗黒空間が広がっており、その先に何があるのかを見通すことはおろか、目に見えない障壁でも張られているのか、外に出ようとしても途中で何かにぶつかってしまいそれ以上進むこともできない。
俺達は体育館の中に完全に閉じこめられていた。
この異空間が何なのか、そして俺達に何が起こっているのか、クラスメイトで分かっている奴は皆無だろう。しかし、俺は自分が置かれているこの状況を実は完全に理解していた。
この空間は仮想空間だ。外はもちろんのこと、一見現実の物と変わらないこの体育館内のフロアも全てがプログラムによって作られた仮初めのもの。そう、俺達は今、仮想空間を疑似体験できる特殊なプログラムによって作成された、とあるゲームの世界にいるのだ。
俺達が入り込んだゲームは、クラスで流行しているカードゲームをモチーフにしたものだった。フロアの前でカードデッキを手に悠然と佇む『魔王』は、そのゲームの敵役……つまりはラスボスだ。こいつは仮想空間に閉じこめられた者に、1対1のカードバトルを仕掛けてくる。奴との勝負に勝てばゲームクリアとなり、この空間に囚われた者達は全員が現実世界に戻ることができる。だが負けた場合は……
「それでは、お前も変わるがいい」
ニヤリと魔王が口元に笑みを浮かべると同時に、太田の姿が変わり始める。
半袖の体操着の首元や裾に施された青いラインが紫色へと染まり、さらに赤みが増していく。それに合わせるように太田の髪が伸びていき、胸が膨らみ、腰が細くくびれていく。ズボンの裾がすすっと上がるとその形状を変え、太田の大きく膨らんだ尻を強調するかのような昔の女性用の体操着、ブルマーとなる。そんな太田の顔つきも、いつの間にか誰もが美少女と認めるような童顔気味の女顔へと変貌していた。幼さと色気とが同居したブルマー姿の美少女と化した太田。『彼女』は変化が終わるとまるで力が抜けたかのように、ぺたんとその場に足をM字に曲げた女の子座りの体勢で座り込む。
「ふむ、貴様もなかなかに良い娘になったではないか」
呆然とした表情を浮かべながら、自らに新たに備わった胸の膨らみと逆に膨らみを失った股間へと指を伸ばす美少女を前に、嘲り混じりの笑みを見せる魔王。
当たり前の事だが、現実世界で男が突然女へと変わるなんてことはまずありえない。こいつはここが仮想空間だからこその現象だ。種明かしをしてしまえば、一見本物のように感じられる俺達の体もまた、実際にはこの仮想空間内で活動するために設計された仮初めの存在……つまりはアバターなのである。もっとも、俺達のアバターは本物の肉体情報をスキャニングして作成されている上に感覚も脳と100%リンクしているため、ここが仮想空間だということを認識できていなければ、誰も自分の今の体が仮初めの肉体だなんて気づかないだろうが。
「さて、これで残りはお前一人だな」
せせら笑うような魔王の声に、館内にいる美少女達の視線が俺へと集中する。
魔王の言葉通り、体育館にいた生徒で魔王との対戦を残しているのは俺だけとなっていた。それ以外の奴らは俺達が現実世界へと戻れていないことからも分かるように、全員がブルマー姿の美少女と化している。
文字通り最後の希望である俺を見つめる少女達の瞳には、俺に対する期待とともに、俺が敗れた場合に自らに降りかかるであろう災いに対する怯えがありありと浮かんでいた。
そんな少女達の顔をフロアを見渡し一瞥した俺は、ゆっくりと魔王へと向き直る。
「確かに俺が最後の一人だ。だが、俺は強いぜ? 負けたときの言い訳を今から考えておいた方が良いんじゃないか?」
魔王に対し挑発的に宣戦布告を行う俺。それに対して魔王は……さて、どうするか。せせら笑うのはさっきも使ったばっかりだし、同じようなアクションを続けてというのも芸がないよな。ここは余裕を見せつつもバトルを楽しみにしているようなそぶりでも見せるか……。
「面白い。これまでの輩は今の姿がふさわしい、とても男とは呼べぬ骨のない者ばかりだったからな。せいぜいあがいて、少しはこの我を楽しませてみせよ」
ふっと好戦的な笑みを浮かべながら、俺が頭に思い描いた台詞通りの言葉を発する魔王。
そりゃそうだ。なんといってもこの『魔王』は、実際には俺が動かしてるんだからな。
そもそも、なぜ俺が一見現実の体育館内と全く変わらないこの空間を仮想空間と認識できているのか。答えは簡単。実はこの仮想空間、というかこのゲームそのものが、全て俺が作った物なのである。
もちろん、その反応からも分かるとおり、俺はこの事をクラスメイトには知らせていない。クラスの奴らはみんな、自分達が突然異世界か何かに飲み込まれてしまったとでも思っているだろう。端から見れば実に中二病的な発想だが、実際に体育館の出入口の先には暗黒空間、目の前には魔王が存在し、しかも自分の肉体にも感覚が通っていて夢ではないとなれば、さすがにそう考えざるを得ないに違いない。まあ、本当のあいつらの肉体は、俺が仕込んだ催眠ガスの効果で着替え用の更衣室でぐっすりなんだけどな。
ついでにいえば仮想空間内での時の進みも細工してあるから、既にこの空間に閉じこめられてからかなりの時間が経っているように感じるが、実際の現実世界の時刻はまだ昼休み中のはず。更衣室で生徒がバタバタと倒れているという光景はかなりシュールだが、そもそも休み時間中に更衣室に入ってくるのは基本的に次の時間体育の生徒か前の時間に体育だった生徒のみ。今回の場合、前の時間とは昼食を挟んでいるから、まず更衣室に入ってくるような奴はいない。つまり、俺のこの『ゲーム』は誰にも邪魔されないってわけだ。
今の自分の体が仮初めの物とも知らず、戸惑い、羞恥に頬を染める美少女達。
期待通りのその姿に内心興奮と達成感とを覚えながら、俺は自分の操る『魔王』と対峙し、愛用のカードデッキを場へとセットした。
「頼む……勝ってくれ……」
そんな俺に対し、もはや元が誰だったのか分からないくらい変わってしまった美少女から可愛らしい声音で懇願の声が上がる。
が、俺はその少女が恥ずかしそうに自らの大きな胸を腕で隠すようなそぶりを見せながら、その実もう片方の手を腕の後ろからこっそりとその乳房にあてがっていることに気付いていた。
当然の事ながら、女の肉体へと変化した奴らのアバターにも、その肉体の感覚はしっかりと通っている。それどころか、彼女達のアバターの元となったのは、俺が違法なルートから入手した、感じまくりイキまくりな娼婦用アバターなのだ。男の好奇心も相まって、事を始めてしまえば最後、止めることなどできないだろう。それでも表だって事を始めたり淫らな声を上げたりするような奴がいないのは、今がそれどころじゃない切羽詰まった状況だからといったところだろうか。
「任せとけ。負けはしねえよ」
俺は片手を上げて少女の声に応えると、場に置かれた山札から最初の手札を引く。
そう、俺がこのカードゲームで負けることはない。このカードもまた仮想空間のプログラム。そして俺はこの仮想空間の真の支配者だ。有り体に言ってしまえば、俺には相手の手札どころか山札の中まで全てのカードがお見通しの上、任意に山札の中のカードの順番を入れ替えることだってできるのである。そもそも、対戦相手の魔王自体が俺の操り人形なのだ。これで負けることなど意図的に負けようとしない限りあるはずがない。
「それじゃあいくぜ!」
俺は魔王に向かって大きく見栄を切り、手にしたカードを翻した。
「あっ、あああああっ!」
体育館の中に少女の声が響く。
皆の視線が集中する中、『俺の体』はみるみる女性化していった。
大きく膨らんだ胸を厚い体操着の生地の下で何かがぎゅっと押さえつけてくる。むっちりとした太ももから続く下半身にぴっちりと張り付いたブルマーは、股間に既に男のシンボルが存在しないことをこれ以上ないくらいに証明していた。
「ふっ、これでお前達は全て我に屈したことになるな」
崩れ落ちる俺のことを見下ろしながらくつくつと喉を鳴らす魔王。
そう、俺はカードバトルで魔王に敗北を喫していた。
「くくっ、だが貴様はこれまでの者と違い、なかなかに我を楽しませてくれた。褒美としてこれよりの宴、貴様は最後に存分に愛でてやろう」
俺に向かってそう言うと、魔王は踵を返し、その先にいた少女へと視線を向ける。
「さて、まずはお前からだな。この我の宴の最初の肴として、精一杯我を楽しませるがよい」
そう口にするやいなや、これまでの尊大さを感じさせるゆったりとした動きから一転、音もなく少女の背後へと一瞬で移動した魔王は、少女を背中から抱き止めるとその手で彼女の胸を揉み上げる。
「えっ、ひゃ、あぁん!」
驚きの声を上げる間もなく、淫らな喘ぎを漏らしはじめる少女。
続く魔王の愛撫に乱れていくその姿に、俺は興奮で体が熱くなってくるのを感じていた。
これでいい。さっきの魔王との勝負、俺が勝つのはたやすいことだった。が、もしも俺が勝ったとなると、俺達はゲームをクリアしたこととなり、現実世界へと戻されてしまう。それではこいつらを女にした意味がない。ここはやっぱり、バッドエンドの魔王酒池肉林エンドで締めなきゃ嘘だろう。
それに、魔王に勝とうが勝つまいが、現実世界に戻れば、その場でクラスメイトによって今回の件の犯人捜しが始まるのは火を見るよりも明らかだしな。その際、俺も『被害者』になっておけば、言い逃れをするのにも何かと楽だろう。
そんなことを頭の片隅で考えながらも、俺の目は魔王に巧みに服を脱がされた少女が四つんばいになりながら何かを待ちわびるかのように尻を突き上げる様に釘付けになっていた。
俺の手がその痴態に煽られたかのように自らの胸と股間へと伸びていく……。
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