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百命水
作:高居空
水! 水をくれ!
それが、風呂から上がり脱衣場から外に出た俺が最初に思ったことだった。
山の中腹に建つ、天然温泉が売りの宿屋。
到着してからすぐに浴場へと向かった俺は、十分に湯を満喫したのだが、少しばかり長湯をしすぎたらしい。
元々、保温効果の高い温泉だけあって、脱衣場の扇風機の前に陣取り休憩したにも関わらず、まだ体の内には熱が籠もり、汗が噴き出してくる。
ここは冷たい水をごくっといきたいところだが……。
「くそ、なんで男湯の側には飲水所がないんだよ!」
隣では、一緒に来たダチが文句を垂れている。
ダチの言う通り、男湯の周りには冷水器のような水が飲めるような設備は置かれていなかった。
一方、女湯の入口の脇には、オブジェ風の岩が置かれ、そちらの方から水がちょろちょろと流れる音がする。近くには水受けらしき物も見え、どうやら飲水もできるようだ。
ようだというのは、今の俺はコンタクトをしておらず、遠くがぼんやりとしか見えないからだった。
今日は元々泊まりのうえ、ダチも近くにいることから、部屋でコンタクトを外してから、予備の眼鏡も持たずにこの風呂へときていたのだ。
だが、ダチの「男湯側には飲水所がない」という言葉からして、あそこが飲水所なのはまず間違いないだろう。
水が湧きだしていると思われる岩の脇には、木の看板が立てられている。書かれているのは………「百命水」、だろうか。
何となく意味は分かる。
山にある宿では、湧き水や沢の水などの飲水可能な天然水を、「名水」として売りとしている場所もある。
あそこにあるのも、おそらくはその類のものなのだろう。名前の由来は、長寿を連想させる「百命」と「百名水」を掛けたものだろうか。
だが、それがなぜ女湯の脇にだけあるのかは謎だ。あそこから本当に水が湧き出しているはずもなし。どこかから水を引いてきているのならば、男湯の方にも同じ物を作っても良さそうなものだが……。
「なあ、女湯の脇とはいえ、廊下にあるんだから、あの水誰が飲んだって良いんだよな? 飲みに行こうぜ!」
もう我慢ならないとばかりに、俺に小声で訴えてくるダチ。
確かにダチの言う通り、女湯の脱衣場の中にあるならともかく、廊下に設置してある以上、あの水は誰が飲んでも問題ないはずだ。
さらにいえば、今女湯の周りには人の気配はなく、男湯の脱衣場にも俺達以外の人間はいなかった。もし問題があったとしても、見咎められるおそれは少ないに違いない。
俺は一つ頷くと、ダチと共に水受けの前まで移動する。
思った通り、水受けの脇にはひしゃくと紙コップが置かれており、水をすくって飲めるようになっていた。
さっそく、ひしゃくで水を汲み、紙コップに入れてくいっと一気飲みする俺とダチ。
美味い!
その水は、水道水はもちろん、自動販売機で売られている天然水とは文字通り別格の美味さだった。
表現するのは難しいが、体が火照っているのを差し引いても、何杯でも飲みたくなるような魅力がある。ついついあと一杯、あと一杯とお代わりしてしまう。
二人で水を飲みまくり、気が付くと体の熱はだいぶ落ち着いていた。
「ふう、ようやく落ち着いてきたかな」
ダチが額の汗を指ですうっと拭う。
不随意に、俺はその仕草にドキッとしてしまった。
あいつって、こんなに色っぽかったっけ?
そう意識してしまったからか、ダチのこちらを見る目にもなにか艶やかな光が宿っているように感じてしまう。
「さて、さっぱりしたし部屋に戻ろっか。……もっとも、またすぐに汗を流しにくる羽目になるかもだけど」
そう付け加えてニヤリと笑うダチの顔に、わたしは顔が上気するのを感じていた……。
「百合水」
※効能が独特のため、女性二名以上でご利用のお客様及び男性のお客様の多量の飲用はお控え下さい。
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