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ホムンクルス育成計画
作:高居空


「おい、なんだよこれは!?」
  どこか時代を感じさせる雰囲気が漂う石造りの部屋。天井から吊された球体から発せられる電気とはまた違った趣の光が照らしだすその室内には、羽根ペンの置かれた木製の机や専門書らしき分厚い本の並んだ本棚の他に、それらの調度品とは明らかに毛色の異なる大人の肩くらいの高さの円柱状のガラスケースが設置されていた。
  魔法陣のような物の描かれた床の上に置かれたそのケースの中には、十歳前後に見える人間の姿をした男の子が入っている。これといった特徴がなく、容姿を表現するのに『普通』という言葉がぴったりなその子は、ガラスの向こう側から俺の事を睨み付けながら、小さな手でドンドンと自らの入ったケースを叩いている。
「なんだよって、君だって分かってるだろ? ここはゲームの世界だよ、ゲームの。大体、この世界に来てみたいって俺に迫ってきたのは君じゃないか」
  そう、俺達は今、ゲームの世界にいる。現代の仮想現実技術の進歩は、ついにゲームを自分の五感で感じられるレベルにまで達していた。しかしながら、まだその機材は一般家庭に設置できるくらいの大きさまでには小型化されていない。仮想現実技術に対応したゲームソフトは結構出ているのだが、今のところそれらを楽しむためには専用の機器の置かれたアミューズメント施設に行かなくてはならず、しかもそれらの施設はいつ行っても数時間待ちがざらという状況だった。
  その他には、学校施設などで体験学習と将来の仮想現実技術者を育てるためという名目で同様の装置を置いていたりするが、当然といえば当然だがそれらの機器には市販のゲームソフトをブロックする機能が組み込まれており、文部省指定のソフトか『仮想現実プログラミング部』の部員のようなプログラミングが得意な奴の作った同人ソフトしか楽しむことしかできない。
  だが、俺の家ではその『ゲームの世界』を特殊な手段で思う存分体験することができた。
  その事実は実際に家に遊びに来たことのある親しい友人くらいしか知らないはずなのだが、なぜかそういった話はすぐにどこからか漏れて、噂として学校中に拡がってしまうものだ。
  目の前のガラスケースに入ったこいつもまた、その噂を聞きつけ俺の家へと押しかけてきた“自称”友人の一人だった。別に学校ではそんなに親しくもない、というよりむしろ積極的に接触を避けてきた不良グループの一員なんだが……。
「って、これは俺がやりたかったゲームじゃねーぞ、コラ! 一体何のゲームなんだよ、こりゃ!」
  その小さな体で精一杯凄む男の子に対し、俺は身に着けたローブの裾からこの世界観にはあまりに不似合いなスマートフォンを取り出した。
「なにって、スマホのこのゲームアプリさ。中世ファンタジー世界を舞台にしたいわゆる育成系のゲーム。錬金術師が自分の造りだしたホムンクルスを10歳から18歳まで育てあげ、最後はその能力値によってエンディングが変わるっていう、まあこのジャンルでは王道ともいえる内容のゲームだね」
  そう、今俺達がいるゲーム世界は、育成系ゲームの元祖とも言える子供育成ゲームの流れをくむゲームアプリの世界だった。
  こうした子供育成系ゲームは今から二十数年前にパソコンゲームとして誕生し、当時は一世を風靡したものの、育成系ゲームの進化系ともいえる学園恋愛物が出ると一気に下火となり、やがてゲームの複雑化・多様化、そしてオンライン化の流れの中で、一人でこつこつ箱庭系という時代に逆行したゲーム内容ということもあって一旦は表舞台から姿を消した。だが、ゲームのプラットホームの主流がスマホに移ると、短時間の暇つぶしというスマホゲームならではの需要が、ひとつの区切りが短時間で次の起動時まで覚えておかなくてはいけないストーリーもないというこの系統のゲーム特性と合致し、少数ながらも再び作品が発表されるようになってきたのだ。
「ちなみに、ホムンクルス役が君で、君を作った錬金術師役が俺ね」
「って、なんで俺がお前に育成されなきゃなんねーんだよ!」
  続いてこの世界でのお互いの『役割』を告げたとたん、男の子は予想通り再度不満の声を上げる。ガラスケースをドンドンと叩き罵詈雑言を並び立てる男の子に対し、わざとらしく肩をすくませる俺。
「おっと、いいのかな、そんな態度で? このゲームって実はとにかく自由度が高くてさ。やろうと思えば君を『男の娘』になるように育成することだってできるんだぜ? それともこの錬金術の秘薬を使って、姿をモンスターに変えて魔獣育成に切り替えようかな? まあその場合、君の頭の中身も外見相応になっちゃうけどね」
「…………」
  俺がそう告げたとたん、さっきまでの勢いはどこへやら、すっと黙り込む男の子。不満ではあるが、さすがにそんなのに育成されたんじゃたまらないということなんだろう。
  ちなみに言うと、普通に仮想現実化装置を使った場合、プレイヤーがこのようなホムンクルスの立場に置かれることはまずありえない。当たり前のことだが、どんなゲームにおいても、プレイヤーの役割は自らが行動することによりゲームそのものを進めていくところにある。だが、このゲームのホムンクルスはプレイヤーが選んだ選択肢により姿や能力が変わっていく、いわば『プレイヤーの行動の結果』ともいえる存在だ。そんなキャラクターにプレイヤーが据えられるなんてことは普通ならまずありえない。つまりそれは、俺達が今いるこの『ゲーム世界』が、仮想現実化装置の『それ』とは違うということを意味しているのだが。
  詳しくは様々な制約があって口にすることができないが、とりあえず、世の中に存在する技術は科学技術だけじゃないってことは知っておいても良いかもしれない。
「まっ、ともかくちゃんとゲームクリアの所まで行けば元の世界に戻れるからさ。ちょっとばかり君もつきあってよ」
「…………ふん」
  俺の言葉に、視線を横にそらして鼻を鳴らす男の子。
  こうして俺のホムンクルス育成計画は始まったのだった……。




「おい、そろそろバイトの時間じゃないのか? 用意をしなくて良いのかい?」
「え〜、かったるいなあ〜。おいら、結構疲れてるんだけど〜」
  今週の予定のバイトに行くようせかす俺に、部屋の中央でファッション雑誌片手に寝っ転がった少年が、その言葉どおりかったるそうな仕草を見せながら返事をよこす。
  俺達がこの世界へとやって来てから早6年。ホムンクルスの姿は当初の男の子から少年体へと変化していた。その中身も、育成に伴うパラメーターの変動により大きく変わっている。
  ふむ、親愛度マックスの俺に対してこういう態度をとるってことは、こいつは少々疲労が溜まりぎみかな?
  そのリアクションに少年の状態を察した俺は、すぐに対策を講じる。
「まあ、そう言うなって。来月にはまたバカンスの予定を入れておくからさ」
「ほんと!?」
  “バカンス”という言葉を聞くやいなや、さっきまでの態度はどこへやら、目を輝かせてぴょんとその場に飛び起きる少年。
「ったく、しょうがないなあ。それならちょっと、気合い入れてやってくるか」
  うきうきしながらバイトの準備を始める少年に、俺は思わず苦笑する。
  まったく、本当に単純な奴だなあ。まあ、そのように育てたのは俺だけどね。
  目の前の少年が計画通りに育っていることに内心満足する俺。
  少年は今の自分の行動や口調が、本来の自分の物とはまったく別物になっていることに気が付いているだろうか? いや、それはないだろう。なんせ、そんなことに気が付かないような少年になるように育成を進めてきたんだからな。
「行ってきます」と言ってバイト先の酒場へと駆けだしていく少年を見送りながら、俺はこれまでの少年の育成の経過を思い返した。

  このゲームにおける育成は、アルバイト、学業、休養という3つの要素を組み合わせることによって進められる。
  アルバイトは、バイト先の職業に関わる特定の能力値が上昇し、さらにバイト代として活動資金が手に入るが、必ず何かしらの別の能力値が下がるようになっている。
  学業は、受講した課目に関する能力値が上昇するうえに、アルバイトと違って他の能力値が下がることもないが、受講するにはお金がかかる。具体的に言うと、アルバイトなどで活動資金を貯めないと受講ができないという仕組みだ。
  また、アルバイト・学業ともに、それらを実施するとホムンクルスには疲労が溜まっていく。疲労度が一定以上高くなると、ホムンクルスの態度が反抗的になり、さらに疲労度が上昇すると病気や不良化等の大きなデメリットが生じることになる。その疲労度を解消するのが休養だ。
  休養には費用のかからない自宅と、少額の費用がかかる街、そして多額の費用がかかるバカンスがある。費用がかかる休養ほどその分多くの疲労度を減らせる上、バカンスでは隠しパラメータの親愛度を向上させることができるという寸法だ。ただし、当たり前のことだが、休養をしている期間中はホムンクルスの能力値は一切上昇しない。
  これら一長一短の要素を組み合わせ、いかに高い能力値を目指していくかが、このゲームの育成の妙といえるだろう。
  なお、アルバイトと学業は、ホムンクルスの年齢が上がるにつれ、上級職及び上級課目が選択できるようになっている。上級職や上級課目は能力値のアップ幅が大きくなる、バイト代の上昇等のメリットがあるが、他の能力値の低下値増加、受講料の上昇、疲労度の倍増等デメリットも大きい。これもまた頭の悩ましどころである。
  通常、こうした育成ゲームの場合、育成方針は大きく3つのタイプに分けられる。1つはアルバイトでの能力値の低下を何らかの方法で補完し、能力値全てを上昇させて上位エンディングを目指していく方針、2つ目が、いずれか1つの能力値のみを突出して上昇させ、その能力値に係る専用エンディングを目指していく方針、そして3つ目がエンディングコンプリート等のため、あえて能力値を抑制・調整して低レベル等の特定のエンディングを目指す方針だ。
  そんななか、俺の育成計画がこれら3つのどれに当てはまるかといえば、どちらかといえば3番目ということになるだろう。
  俺の育成方針、それは、ホムンクルスにバイトのみを続けさせ、学業は一切行わないというものだった。稼いだバイト代はバカンスや誕生日のプレゼントの費用等に充て、隠しパラメータの親愛度を高めるのに利用する。
  まず俺は、ホムンクルスの10歳から11歳までの最初の2年間を荷運びのバイトに費やした。荷運びのバイトは筋力と体力が上昇するが、知力が下がる。このバイトを2年間続けることで、男の子はおバカだが健康そのものの少年へと成長した。
  続いて12歳になり、最初の上位バイトが解放されてからは、その中の一つである酒場のバイトに専念させる。酒場といっても、この歳からできるのは16歳から選べる『怪しい酒場』のホストとは違い、健全な下街酒場でのウェイターだ。だが、それでもこのバイトを続けることにより、能力値のうち魅力を少しずつ上昇させていくことができる。反面、下町酒場ということもあってか気品のパラメーターが下がるか、そこは致し方のないところだろう。そもそも、俺の計画では親愛度を高めるためのバカンスが必須だし、誕生日プレゼントや後々ある品物を錬成するための資金も貯めておかなければならない。これらを考えると、気品を上げるための学業を行う金銭的余裕はないのだ。一応気品が上がる執事のバイトもあるが、代わりに魅力が下がってしまうので選ぶわけにはいかない。
  やがて少年が14歳になると、魅力系の上位職であるカジノが解放される。だが、俺はあえて14歳になってからも少年に酒場のバイトを継続させていた。カジノは魅力と知力の能力値が上がるが、モラルが大幅に下がるという特徴を持っている。少年の素が素なだけに、モラルの低下はなるべく避けたい。反面、モラルが高すぎても俺の計画には邪魔になるんで、実際には初期能力値を維持しているような感じなんだが。それに知力が上がるのもいただけない。それでは俺が最初の2年で少年の知力を『下げた』意味が無くなってしまうではないか。
  そう、俺の計画を実現するためには、少年の知力が高くてはいけなかった。そのために、俺は計画に直接的には関与しない筋力と体力の上がる荷運びのバイトを、知力を下げるという目的でやらせていたのだ。もちろん、12歳から魅力を上げ続けているのも、バカンスや誕生日プレゼントで親愛度を上げ続けているのにも意味がある。全ては俺の計画、理想のエンディングとそのルートに入るために必要なことなのだ。
  そんなこんなで16歳の最初の日を迎えた今、少年は概ね俺の計画通りに成長していた。
  魅力に特化されたステータス。他の能力値は筋力と体力がやや高く、知力と気品が最低レベルな他はほぼ初期能力値のままだ。もう一つ、隠しステータスである親愛度は上限値にまで達している。
  そして、その能力の値は少年の外見にも反映されていた。気品が低いためホスト系のイケメンといった感じではないが、おバカな失敗もむしろ愛嬌として捉えてもらえるような下町酒場のアイドル。それが今の少年の姿だった。
  さてと、それじゃあこちらも計画の最後の詰めに入るとするか。
  少年を酒場のバイトへと送り出した後、俺は自らの研究室に入り、錬成作業に取りかかる。
  忘れているかもしれないが、俺のこの世界での役割は『錬金術師』だ。それもホムンクルスを生成することができるレベルの凄腕である。そんな俺が本気になれば、大抵の物を錬成することができる。まあ実際には何を錬成するにしても元手となる資金が必要となるのだが、ともかく資金さえあれば俺はゲーム内で使用する様々なアイテムを作成することができるのだ。そして今俺が錬成しようとしているのは、少年の16歳の誕生日プレゼントだった。
  ちなみにこの世界では、16歳をもって俺達の世界での成人相当の権利が与えられる。具体的に言えば、飲酒がOKとなり、アルバイトで『怪しい酒場』とモラルが低い者限定で『アブない宿屋』が解放される。本物のゲームは全年齢向けのためオブラートに包んではいるが、つまりは性行為も許されるようになるということだ。
  そんな大人の入口に立った少年へのプレゼントに俺が作ったのは、虹色に輝くリキュールだった。
  同時にお祝いのごちそうもテーブルの上に用意し、少年の帰りを待つ俺。
  やがてバイトから戻った少年は、部屋に入るなり予想通り大きく目を見開いて喜びの声を上げる。
「ありがとう! 誕生日、覚えていてくれたんだ!」
  誕生日って、それってお前の本当の誕生日じゃないだろ?
  完全にこの世界へ来る前の自分を忘れてしまっている少年に内心苦笑しつつも、俺は錬成したリキュールを少年に勧める。
「ほら、こいつが大人の仲間入りのお祝いだ」
「へへっ、そういや今日からおいらはこいつも飲めるんだったな。う〜ん、それにしてもこれは凄く不思議な色をしたお酒だな。こんなの、おいらが働いてる酒場でも見たことないよ」
  そんな事を言いながら、興味津々といった表情でグラスに口をつける少年。最初は口の中で転がすようにしながら、だが次第にもどかしくなったのか、グラスの中の液体を一気に喉へと流し込む。
  ……おそらく、これがゲーム開始時のあいつだったら、俺の酒など決して口にしようとはしなかっただろう。また、知力が高ければ、その液体の色が不自然なことに不審を抱いたに違いない。だが、今の少年の知力は最低ランク、そして俺への親愛度はマックスの状態だ。これで俺のことを疑うなんて事は天地がひっくり返ってもありえない。
「く〜、なんかアルコールってスゴいな〜。なんか頭がほわっとして、体が熱くなってくる……」
  俺の酒を飲み干した少年は、まだグラス一杯しか飲んでいないにも関わらず、その目はとろんとし、焦点が合わなくなってきていた。酩酊状態になったのか、ぼうっとした顔で体をぐらぐらと揺らしはじめる少年。
  その姿に、俺は自分の錬成が成功であったことを確信した。
  目の前の少年が体を揺らすたび、その姿が徐々に変わっていく。
  体が揺れるたびに髪が伸び、背中にまでかかる長髪になっていく。体が縮み、顔つきや体のラインが丸みを帯びてくる。服の胸の部分が膨らんでいき、やがてそれは服の上からでも二つの膨らみが体の動きに合わせて揺れていることが分かるくらいに大きくなる。元々きれいだった肌がさらにきめ細かくなり、目がぱっちりとし、唇に艶が出る。
  俺の目の前で、少年は少女へと変化していっていた。それもただの少女ではない。その自らの高い魅力値に裏付けされた、男の視線を釘付けにする大きな胸を持った美少女だ。
  やがてその肉体が完全に変化し終わると、今度は少女が身に着けた服がその形を変えはじめる。
  俺が錬成した酒はただの酒ではなく、飲んだ者の存在そのものを異性へと反転させる秘薬だった。そんな物を作れるはずがないと思うかもしれないが、そもそもゲーム自体にその秘薬は存在し、プレイヤーが錬成することができるようになっているのだ。なんといってもホムンクルスを魔獣に変えてしまうことができるようなゲームである。性転換ぐらいどうってことないってことなんだろう。
  少女の着ていた服は、男物から女の色気を際だたせる衣装へとその姿を変えはじめていた。ズボンは膝上の長さのスカートとなり、腰部には腰の細さと胸の大きさとのコントラストを強調するようなリボン状のベルトが現れる。シャツは所々フリルを使って愛らしさを演出しつつも、胸元が大きく開き胸の谷間が大胆に露出した白いブラウスへと姿を変える。長く伸びた髪はうなじのあたりでリボンで束ねられ、可愛らしさとともに快活さを醸し出す。   少年は、今やすっかり酒場の看板娘風の美少女と化していた。
  ほわっとした表情のまま、顔を赤く染め、口から熱い吐息を漏らす元少年。
  やがて『彼女』は俺に向かってその潤んだ瞳を向けると、艶やかな唇から言葉を紡ぎ出した。
「今日は素敵なプレゼントありがと♪ でもね、実は今日はあたしからもプレゼントがあるの。そのプレゼントはね……大人になったあ、た、し♪」
  その言葉に驚いた表情を作りつつも、内心してやったりの笑みを浮かべる俺。
  全ては俺の計画通りだ。このゲームでは特殊エンドとして、『錬金術師の嫁』というものが存在する。エンディングを迎えるための条件は3つ。ホムンクルスが女性体であること、能力値のうちモラルの値が、ある意味親ともいえるプレイヤーへの恋愛感情を否定しないくらい低いこと、そして最後が、16歳の誕生日までにホムンクルスのプレイヤーへの親愛度がマックスになっていることだ。その条件を満たしていれば、16歳の誕生日のとき、ホムンクルスから錬金術師に『プレゼント』があり、そのままいちゃいちゃを続けて18歳を迎えれば……というのが特殊エンドに向かうルートの流れだった。当然、ゲームではお子様に見せられないような部分は全てぼやかされてはいるけれども、つまりはそういうことである。
  その点、俺のホムンクルスは16歳の誕生日の時点で性別以外の特殊エンドの条件を満たしていた。当然そのままでは最後の条件をクリアしていないため特殊エンドルートには入れないわけだが、そこで性転換の秘薬を使えばどうなるか……。
  そんなことを考えている間にも、目の前の美少女は自ら服をはだけさせ、形の良い大きな乳房をさらけ出すと俺へと抱きついてくる。
  そんな彼女を抱き止めながら俺は思う。
  うん、やっぱりこれは魅力の能力値を上げておいて正解だったな。ゲーム的には同じ選択肢を繰り返すだけっていうのは退屈だけど、抱くって分かってるんなら普通の子よりも美少女の方が良いに決まってるからね。
  キスをねだってくる少女に応えながら、俺はホムンクルスの計画通りの育成結果に内心ほくそ笑むのだった…………。




「どう、面白かった?」
「いや、面白いも何も、全っ然ゲームの内容覚えてねえぞ……」
  ゲームの感想を求める俺に、狐につままれたような表情を浮かべる自称友人。
  俺達は二人ともゲームの世界から元の世界に戻ってきていた。
  ゲーム中の記憶がないという自称友人に対し、俺は彼に何が起こったのかを説明する。
「それは君がゲームの途中でやられちゃったからじゃないのかな。ウチのゲーム世界を体験させるやつは、難点としてやられた場面もリアルに体験させられちゃうんだ。だから、そうなった場合はこちら側に戻る時に精神にダメージが残らないように記憶が消去されるようになってるんだよ。まあ、それでも影響はあって、体に疲労感やらなんやらは残っちゃうんだけどね」
「そうなのか? そういや、確かに何だか体がだりい気はするけどよ……」
  そんな俺の説明に対し、半信半疑といった顔をする自称友人。まあそりゃそうだろう。何せ記憶がすっぽり抜け落ちているんだ。どんな説明をしたって完全に納得なんてできないだろうし、気持ちが悪いに違いない。
  ただ、俺としてもこいつに全部嘘をついているわけではない。先程のゲーム世界でのあんな体験の記憶を持ったままじゃ、その後の現実世界での生活に何らかの影響が出てきてしまうのは明白だ。俺に報復を仕掛けてくるか、それともケツ穴を差し出してくるかは分からないけれども、ともかくどちらにしても俺にとっては迷惑なことには変わらない。なので、ゲーム内でそうした行為に及んだ場合、俺は対象の記憶を操作する権限を持っているのだ。ちなみに、説明の中で出てきた「やられる」というのは、漢字で書くと当然「殺られる」ではなく「犯られる」の方である。
「それにほら、時間だってこんなに経ってるしね」
  そう言って今度は自称友人の目を時計に向けさせる俺。こいつが家にやってきたのは午後4時頃のこと。だが、既に部屋の時計の短針は5と6の中間地点を指している。これで何もしてなかったなんてことはさすがにこいつも言えないだろう。普通の奴なら納得できないながらもここで引き下がるところだが……。
「……いや、やっぱり納得いかないぞ! おい、もう1回やらせろよ!」
  だが、目の前の自称友人はそれでもまだ俺に絡んでくるつもりのようだった。
  しかたない。本当なら時間も遅いし断ってもいいところなんだけど、明日以降学校で絡まれても面倒だし、もう1回ゲームの世界に行くとするか。それに実際の所、俺ももう1ラウンドぐらいだったらやってもいいかなって思ってたしね。
「それじゃ、もう1回ゲームの世界へ行ってみようか」
  そう奴に告げながら、俺は後ろ手で再びスマホのアプリを起動する。
  もう一度最初からホムンクルスを育成する? いや、今度はそんな時間のかかるようなことはしない。なんといっても、今回はさっきの続きでホムンクルスが16歳の場面からゲームを再開できるのだから。
  そう、俺の手元にはさっきのゲームの16歳誕生日現在のデータが残されていた。なぜ俺がそんなデータを持っているのか? 答えは簡単だ。16歳の誕生日のあのイベントの後、俺はすぐにゲーム世界からログアウトしたのである。
  俺は目の前の自称友人に、ゲームをクリアすれば元の世界に戻れると言った。それは間違いではない。だが、ゲームを最初から始めてクリアするまでにどれだけの時間がかかるのかは、ゲームを少しでもかじったことがある人ならお分かりだろう。そもそも、今のゲームには一部のオンラインRPGのように明確なエンディングがないものも存在するのだ。そんな中で、エンディングを迎えないと元の世界に戻れないなんてのはあまりにも無茶がある。
  そこで、こうしたゲーム世界体験系のシステムは、メインプレイヤーが望めば任意のタイミングでログアウトができるようになっているのだ。その点は仮想現実化装置を使った場合でも同様である。
  そうしてログアウトした場合、プレイヤーの手元には再開用のデータが残されることになる。そこでもう一度同じメンバーでゲーム世界に行けば、中断部分からプレイを再開することができるのだ。もちろん、ゲームを再開すれば自称友人はすぐに俺に恋する16歳の美少女に戻ることになる。そしてその後は…………。
  これからゲーム世界で起こる様々なイベントに胸を高鳴らせながら、俺はアプリを起動すると、再びゲーム世界へと旅立つのだった。



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