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ハイパークールビズ
作:高居空


「という事で、今夏予想される電力不足に対応するため、大口事業者である我が社も15%の消費電力削減義務が課される旨正式に通達があった」
  私の会社の中でも局長クラスの者達が集められた会議室に、創業者である会長の声が響く。
  私が勤めるこの会社は、一般社会には少々受け入れられ難いような才能や性格を持った天才、異能者その他訳ありの者を寄り集め、様々な分野において普通の者から見たら理論的にも製品の開発意義的にも理解できないような品を作り上げることで一部筋には知られている開発メーカーだった。社内にはいくつもの開発局があり、年齢や性癖等に関わらず才能ある者達から選ばれた各々の局長が掲げるテーマに沿って研究開発が進められているが、当然、研究を行うための機材の運用や試作品の作成、稼働実験等それらの部署で消費される電力は半端な量ではない。そして、全国的な電力不足が懸念される中で国や電力会社がこれを見過ごすはずがなかった。
  しかしながら、開発局側にとっては消費電力の使用制約というのは死活問題である。新製品の開発研究に電力は必要不可欠。私、社内唯一の女性局長である世島が指揮をとっている『科学技術による対象存在変容魔術の再現及びその有効活用』という研究も、自由に電気を使う事ができなければ停滞を余儀なくされてしまうことだろう。とはいえ、電力が足らずに予告も無しに緊急停電するような事態になられても困るのも確か。停電によって稼働実験中の試作品が暴走しては目も当てられないし、そもそも普通のオフィスワークでも今はパソコンが動かなければ仕事にならないような世の中だ。となると、結論としては極力私達の研究に支障が生じないように節電する方法を考えなくてはならないということになる。おそらく私達局長クラスがこの会議に招集されたのもその為だろう。幸い、閃きと一般常識無視の斬新な発想力には定評のある面々である。私的には守備範囲外だが、これだけの頭脳が集まればきっと良い案も浮かぶに違いない。
「そこで、諸君には具体的な消費電力の削減案を考えて貰いたい」
  会長の口からこちらの予想通りの言葉が発せられると同時に待ってましたとばかりに瞳をギラッと光らせる局長達。ここで自らの案が採用されれば次の予算編成時に自身の開発局への予算配分が優遇されることは明らか。基本的に我が道を往くタイプばかりの局長達だが、目の前の好機をみすみす見逃すほどお人好しでもない。
  その中で最初に発言権を得たのは、人間の超能力開発の研究を行っているという超能力開発局長だった。
「それでは、我が部局が能力開発した電気能力者のクローンを2万体ほど量産し、電力会社から供給される電力の代わりとするというのはいかがでしょう?」
  だがその案は、会長の隣に座ったおそらくこの会議室の中で一番常識をわきまえているであろう人事部長によって即座に却下される。
「いや、さすがに社員がいきなり2万人も増えたんじゃ人件費だけで会社がパンクしますって」
「他に案はないか」
  会長の声に今度は新エネルギー開発局長が手を上げる。
「では、これを機に社内のエネルギーを私の局で開発した縮退炉によって全て賄ってしまうというのはいかがでしょうか?」
「確かに合理的な案だが、今夏は電力削減の取り組みに対する国や電力会社による事業者への査察が行われる可能性がある。その際の説明はどうするつもりだ? 我々の技術はこの世界の大半の者にとってはオーバーテクノロジー。そう易々と披露できる物ではないということを忘れるな」
「は、申し訳ありませんでした……」
  その後も局長達からは様々な案が提示されるものの、なかなか会長が納得するようなものは現れない。
「いや、そんな奇をてらわずに地道にエアコンの温度を調節したりとかの方が良いんじゃないですか」
  人事部長もそう意見を述べるが、会長は苦虫を噛み潰したような表情で静かに首を横に振る。
「確かに世間一般からみればそれが正論なのだろうが、我が社は昨年も国の提唱するクールビズ運動に協力してきた。それと同じ事をしたのでは今夏は節電したとは見なされんのだ。これまで節電に協力してこなかった企業とは違ってな」
  そう、会長の言うとおり、今回の節電目標はこれまで国の節電政策に積極的に協力してきた企業ほど不利なものとなっている。“消費電力の15%削減”と国は謳っているが、どの時点の数値から15%削減するのかというと、各々の会社で昨年の7月から9月までの間に最も電力を消費した所をベースにするとなっている。つまり、昨年クールビズ運動を行って節電に協力していた企業は“節電の結果得られた昨年7月から9月間の電力消費量から更に15%使用電力を削減”しなくてはならないのだ。国が「今年はスーパークールビズ。服装は無地のTシャツやジーンズでも可」という指針を打ち出したのも、「国の方針では去年は冷房28度設定だったけど、同じ温度では電力削減にならないので去年協力してくれた企業はさらに設定温度を上げるように」ということを暗に言いたいのだろう。
「それならいっそ、接客室や研究開発で温度管理が必要な部署以外は冷房を止めてしまうというのはいかがでしょう」
  会長の言葉を受けてそう発言したのは、いつも様々な意味で規制ギリギリの製品を作り上げる事でコアなファンを獲得しているというアダルトゲーム開発局長だった。
「ほう、しかしそれでは暑くて社員が仕事にならんだろう。その点はどうするつもりだ?」
  その会長の問いに対しアダルトゲーム開発局長は怪しく瞳を輝かせる。
「そこで私は“スーパークールビズ”を超えた“ハイパークールビズ”を提唱します!  勤務時間中社員は基本的に全裸! ただし人前に出るときは失礼にならぬようコートを着用する! いかがでしょうか、会長!!」
「…………普段から夜間路上で露出にいそしんでいる君らしい意見だが、残念ながら認めるわけにはいかんな。個人的には面白いとは思うが、クールビズの服装は節度をわきまえた物、つまりは相手に不快感を与えないような物でなければならない。局部露出はさすがに容認できん」
「では百歩譲ってビキニパンツ着用では?」
「それも厳しいな。ビキニは体を鍛えている者もしくは女性で美しい体のラインを保っている者が着用するのならば美しいが、中年太り等で体のたるんだ者が使用した場合は実に見苦しいものとなる。今の我が社で着用条件に見合う者は全社員の1割にも満たんだろう」
  アダルトゲーム開発局長の意見に否定的な見方をする会長。だが、私はその会長の言葉を聞いて頭にピンと閃くものがあった。
「では会長、その点についてはこうしてみてはいかがでしょうか……」



  翌週。私が提唱した節電案は会長に試行を認められ、いくつかの部署でさっそくデータ取りのための実証試験が行われることとなった。そのうちの部署のひとつに会長が人事部長を伴い視察に訪れる。
「どうだね、実証試験の方は?」
「はい。ご覧の通り、室温を夏期を想定し33度に設定した状態でもハイパークールビズのお陰で職員の仕事のスピードはほとんど落ちておりません。作業中のミスも特に増えてはおりませんし、今のところ順調といえるでしょう」
「ふむ、確かにこの暑さの中でも皆楽しそうに仕事に取り組んでいるな。それにフロアの雰囲気も一気に華やいだようだ」
「それはそうでしょう。何といっても今このフロアには会長達の他には妙齢の女性社員しかおりませんから」
  言いながら私は会長の視線に合わせるように実証試験を行っているフロアをぐるりと見渡す。
  そこで働いていたのは全員が20代前半ぐらいに見えるモデルと言われても違和感を抱かないほどの美しさを持った若い女性達だった。彼女達はそれぞれ色とりどりのビキニ水着を身につけ、自らの艶やかな肢体を惜しげもなく晒しながら仕事に励んでいる。これでフロアが華やかにならないはずはないだろう。
「しかし、“彼女達”はこんな格好で恥ずかしくないんですかね。それに他人の姿を見て興奮したりとかは……」
  目のやり場に困ったような表情でそんなことをつぶやく人事部長に対し、私は微笑みを浮かべながら答える。
「それならば問題ございません。私が彼女達を“モデル並みの肉体を持つ妙齢の女性”へと“変容”させた際に、彼女達の精神の方もそれに合わせて“自分の体に絶対の自信を持つ女性”へと作り替えておりますから。今の“彼女達”にとって、自らの肉体を誇示することは喜びなのです。そして、そんな彼女達にとって他の女性達は“自分より容姿の劣った同性”でしかありません。“元”が異性であれどうであれ、今の彼女達がそのような者を見て興奮するなどということはまずありえないでしょう」
  そう、今このフロアで働いている女性社員達は元からこのような姿であったわけではない。私の開発局の研究テーマである『存在の変容』、その技術を応用し、私がこのフロアの社員達を全て妙齢の美しい女性へと作り替えたのである。体のラインが崩れた者のビキニ姿が見苦しいのなら、ビキニを着て映えるような肉体の持ち主へと変えてしまえばいい。実に簡単かつ単純な解決法である。
「ふむ、確かに見たところ君の言うとおりのようだが、しかしその分、“彼女達”は異性に対して通常の女性よりも敏感になっているのではないかね?」
  その美女ばかりのフロアを再度見渡しながら、私に向かってそう指摘してくる会長。確かにその通りだ。会長達がフロアへとやってきてからというもの、フロアの社員達のほとんどは仕事をしつつもチラチラと横目で会長と人事部長の事を窺っていた。会社の重役で気になるというのもあるだろうが、中にはあからさまに色目を使ったり科を作ったりしている者までいる。だがそれはある意味仕方のないことだ。自分の身体に自信を持つ女性がビキニ姿になって、誰に向かってその肉体を見せつけたいのか……その答えは言うまでもないだろう。
「その点については会長のご指摘の通りです。ですが、それについてはハイパークールビズを実施する際に同一の階で仕事する全ての社員を女性社員へと変容させれば問題ありません。それに、我々開発局や会長達とは別に、外部と接触する社員については女性擁護団体等に変な騒ぎを起こされぬよう変容させずに一般的なクールビズの格好で冷房無しのところを我慢してもらう必要がありますが、その穴埋めとして彼女達の“欲求”をうまく利用すれば、お互いの士気も下がらずにまさに一石二鳥となることでしょう」
  その言葉の裏に潜む彼女達の活用法を察したであろう会長は、しかし隣で顔を赤らめている人事部長とは対照的に一切表情を変えることなく私に向かって小さく頷いた。
「よかろう。今年の節電対策は君に任せる事にする。良い成果を期待しているぞ、世島君」
「はい、お任せ下さい」
  会長のお墨付きを貰った私はそう言って深々と会長達に一礼すると、早速頭の中でハイパークールビズの全社実施に向けての具体的なプランを練り始める。まずは最初に社内で私の手から逃れられる幸運な……もとい不幸な社員をリストアップする事から始めようか。ふふっ、今年の夏は暑そうだけど楽しくなりそう……。


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