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お花畑の妖精:検証編?
作:高居空



「なあ姉貴、明日の休みちょっと付き合ってくれよ」
  そう言いながら弟の幹孝が私の部屋にやってきたのは、ちょうど夕食も終わり、ネットサーフィンでもしようかと私がパソコンの電源を立ち上げた時の事だった。
「幹孝、部屋に入るときのノックは?」
「んなもんいいじゃんかよ。見られて困る物なんてないんだろ?」
  私の冷たい視線もどこ吹く風で幹孝はどっかりとベッドの上に腰掛ける。その態度に私はわざと見せつけるように大きくため息をついた。
  まったく、この弟は姉に対するデリカシーというものをまるで持っていないんだから困っちゃう。たしかに幹孝が言うように人様に見られて困る物なんてこの部屋にはないけど、プライベートな空間にいきなり土足で踏み込まれて気分が良いわけがないじゃない。そこら辺の配慮ができないと女の子にモテないぞ……と言ってやっても、こいつはいつも馬耳東風だ。まあ、小学5年生というやんちゃ盛りのガキンチョに年頃の女の子の心情を理解しろといっても難しいのかもしれないけど。
「……で、今度はどこへ付き合えっていうの? 廃工場もトンネルも行ったし、もうあらかたここら辺の心霊スポットは回り終わったんじゃないの?」
  私はわざとらしくジトっとした目を幹孝に向けてやる。
  今、幹孝達のクラスでは何故だか知らないけど妖怪やら幽霊やらの超常現象が大ブームらしい。それで街にある、いわゆる“出る”というスポットを回る事が男子の中ではステータスになってるというのだ。おそらく、一種の度胸試し的なものなんだろう。
  で、幹孝も休みの度に心霊スポットへ行っては、学校でクラスの子に自慢しているらしいのだが、実はこいつはめちゃくちゃ臆病で怖がりなのだ。いつも人前ではガサツな言動をしているのだが、これはいわゆるかっこつけ。自分を強く見せることで相手より優位に立とうとしてるに過ぎなかったりする。まあ、それでクラスメイトはごまかせても、幹孝の事を赤ん坊の頃から見ている私には全てお見通しなんだけどね。
  と、そんなわけで、私は最近休みのたびに幹孝に頼まれて一緒に心霊スポット巡りをしていたのだ。幹孝は“姉貴もそういうの興味あるだろ? だから一緒にいこうぜ”とか口実を作ってたけど、本当の理由が“怖いから”なのはバレバレだ。そこらへん、向こうも私が勘づいていると気付いているのか、私がわざとらしく目を合わそうとすると慌てて視線を逸らそうとする。まったく、本当度胸がないんだから。
  ちなみに、幹孝は私が心霊現象に興味があるとか思ってるみたいだけど、実際の所私はそういったのは否定派だ。物話としての怪談は好きだけど、それが実在しているかと聞かれたら答えはノー。あくまでフィクションの話としてそうしたジャンルが好きなのであって、実際にそういう現象があるとは思ってない。
  ただ、何だかんだいっていつも幹孝に付き合ってるのは、心のどこかでそうしたものを見てみたいと思ってるのもしれないけど。
  それにしても、私が知る限りではこの前行ったところでここら辺界隈のそうしたスポットは全て回り終えたはずなんだけど……。
「それが今度新しいのが見つかったんだって! まずはこれを見てくれよ」
  そう言って幹孝は立ち上がると、机の上のパソコンを私の後ろからパチポチと操作する。
「……これ、一応私のパソコンなんだけど……?」
  そんな私の注意などまったく無視して幹孝はブラウザを立ち上げると、手にしたメモを見ながらアドレスを入力する。
  エンターキーを押した後、画面に表示されたのは、私がこれまで見た事のないサイトだった。
「……これって、小説かなんかのサイト?」
  画面をスクロールした先に出てくるタイトルらしき名前の羅列を見て私は幹孝に尋ねる。
「ああ、そうみたいだぜ。もっとも、大分偏ったジャンルの小説みたいだけど」
  タイトルの中から目当ての作品を探しているのか画面に顔を向けたまま幹孝が答える。大分偏ったジャンルって、まさか18歳未満が覗いちゃいけないサイトじゃないでしょうね!? 私がそう問いただそうとした矢先、幹孝が大きな声を上げる。
「おお、あったあった! これこれ!」
  これ……? 私が覗き込んだ画面に表示されたカーソルは、リストの中にある一つの作品を指している。タイトル名は……“お花畑の妖精”?
「まあ、これを読んでみてくれよ」
  そう幹孝に促されてタイトルをクリックする私。即座に画面が切り替わり、小説の本文が表示される。
  ……………………。
「どう?」
「…………まあ、変わった小説よね。何とも表現がしづらいんだけど」
  幹孝の問いに私は思ったとおりの事を口にした。一応ジャンル的にはファンタジーになるんだろうか。内容は“お花畑の妖精”が女性物の商品を売りつけるために男性を女性に変えてしまうというもの。ただ、男性を女性に変えるというのがオチではなく、別のモノがオチとして使われているというのが何だか奇妙に感じられる。ひょっとしたら、ここの小説サイトは“男性が女性に変えられる”というのが大前提になってるのかもしれない。それなら作者が男性が女性に変わるというインパクト以外にオチを入れようと考えるのも納得がいく。まあ、いずれにせよ私がよく読むような恋愛小説なんかに比べると大分変わっているのは確かだ。
「 で、この小説に何かがあるの?」
  私の問いに幹孝は口元にニヤリとした笑みを浮かべて大きく頷いた。
「ああ! ほら、この小説の一番最後で男の格好のまま出て行こうとする“女”に妖精が隣のコーナーにある女物の洋服を薦める場面があるだろ?」
  確かにこの小説の最後の場面は幹孝の言うとおりになっている。でも、これが心霊スポットに繋がるとはとても思えないんだけど……。
「実は町外れのあのあんまり流行ってないデパート、最近あそこの女物の売場で、この小説に書かれてるみたいに男装した女が女物の服を買ってるのがよく目撃されてるんだよ!」
  ……………………。
「つまり、この小説は本当に起こっている出来事なんだ!!」
  ……………………
「なっ、なんだってー!!」
  私があげた驚きの声に幹孝の顔が一気に不機嫌になる。
「……なんだよそのリアクション」
「いや、なんとなくそう返した方が良いような気がして」
  不服そうな幹孝に向かって生暖かい視線を送ってやる私。
  幹孝が言っていたデパートには私も何回か行った事がある。その時女性物の下着を売ってるフロアにも入った事があるけど、別にどこもおかしな所なんて見あたらなかった。売場自体は有名なメーカーの定番商品を中心にした、良く言えば安定した、悪く言えば個性のない品揃えだったはずだ。
「まったく、そんなヨタ話、いったいどこから広まったの?」
  私は小さくため息をついて幹孝に尋ねる。一体どこをどうしたらこの画面に表示されている小説とあそこのデパートが結びつくのやら。
「え〜とな、最初はウチの学校の奴らがよく利用してる携帯サイトに、この小説のモデルになった場所があそこだって書き込みがあったことから話題になったんだよ。まあ、俺は携帯持ってないから実際には見てないけどな」
  そう言いながらどこか恨めしそうな目で私を見る幹孝。私の家は携帯電話は中学生になってからという考えなので、幹孝は携帯を持っていない。こいつはそれをひがんでいるのだ。そんな顔したって親の方針なんだからしょうがないでしょ。私だって中学に上がるまでは持てなかったんだから我慢しなさい!
「で、その書き込みを見たクラスの女子の一人が、そういえばあそこで男装をした女を見かけた事があるって言い始めてな」
  パソコンの前から再びベッドへと移動し、幹孝はどっかりと腰を下ろす。
「それで何回かうちの女子連が怖い物見たさであそこのデパートにいったらしいんだけど、その度に男の格好をした女が洋服を買ってたんだってさ」
「ふ〜ん……」
  私は幹孝の言葉を聞きながら、私は椅子の上で腕組みをする。
「……その見に行ったときに見かけた女の人って、毎回違う人だったかどうか聞いてる?」
「ん〜、直接聞いた訳じゃねえけど“昨日の人は格好良かった”“この前の人は何か変だったよね”とか言って盛りあがってたから、多分毎回違う奴だったんじゃねえの?」
「それで、その人達の年齢っていくつ位だとか言ってた?」
「そうだなあ、話の感じからすると、俺と同じか少し上ってところみたいだけど。少なくとも大人じゃなかったみたいだ」
「そう、それじゃああともう一つ。その女の人が買ってた洋服って、どんな物だったかって分かる?」
「へ、そんなの分かる訳ねーじゃん。デパートに行った奴らも観察している事がバレないように遠目で見てたみたいだし、第一俺は女物の服なんて言われてもさっぱりだからな。そんな興味のない物なんて、たとえ話に出てきても覚えてらんねえよ」
「そ、まあそれなら仕方ないけど……」
  幹孝の答えに多少がっかりしながらも、私は頭を回転させる。
  今回の件、幹孝はネットの掲示板に載ってたという話を鵜呑みにしてるみたいだけど、私の見解はちょっと違う。というか、普通に考えるならば男性が女性に変えられてるなんてこと誰も信じないでしょ。
  私が考えるに、一番可能性が高いと思われるのは、あのデパートに男装趣味の女性が好むような何かが売られているというものだ。
  当然の事ながら男装趣味の女性というのは世の中ではかなりの少数派。となると、これはあくまで想像だけど、そうした人達を対象にした商品を取り扱う店というのはごくごく限られてくるのではないだろうか。これは逆に言えば、取り扱う店が少ない分、取扱店には貴重なアイテムを求めてそうした趣味の人が自然と集まってくるということでもある。
  今回の件も、噂のフロアのどこかにそのようなマニアックな商品が売られていて、それを手に入れるために男装の女性が集まっている……と考えるのが一番妥当だろう。本当ならそうした人達が購入した商品が何なのか確認できればより確実だったんだけど、幹孝が知らない以上はどうしようもない。
  ただ、一つだけ疑問点……というか、ひっかかる所があるとすれば、それは本当にあのデパートにそんな商品が売られているのかということ。実は私は2〜3ヶ月前にあそこのデパートに洋服を見に行っているのだが、その時にあった品は全て普通の女性向けだったはずだ。それに、下着売場もそうだけどあそこのデパートは基本的に定番と呼ばれる商品だけを並べておくというスタンスの店。それが突然、ごく限られた顧客しかいないマニアックな商品を取り扱うように方針を転換するなんてことが果たしてありえるんだろうか。
  ……まあ、そうした点を差し引いても、男が女に変えられているなんて話よりはよっぽど現実的なんだけど。
  だって、私が考えただけでも、そこにはいくつもおかしな点が出てくる。
  まず、男から女に変えられた本人が騒がないのがおかしい。いきなり自分が性転換されて、それでも平然としているような人なんて考えられない。しかも被害者はそのまま洋服まで買ってたりするのだ。さすがにそれは無茶がすぎるだろう。
  仮に、被害者が性転換された際に精神も女に洗脳されていたとしても、それはそれでおかしな部分が出てくる。被害者は身も心も女性になっているから女物の服を買うというのはクリアできるけど、問題はその後。本人的には女になっていても、その周囲の人間、家族とかの記憶では、被害者はれっきとした男のはず。それに、住民台帳とかの公的記録も男性のままだろう。そんな被害者が、女装ではなく完全な“女性”になって家に戻ってきたら……騒ぎにならない方がおかしい。だけど私の知る限り、そんな話はネットも含めてこれまでどこにも出ていなかったはずだ。
  となると、可能性として考えられるのが、被害者が女性に変えられた際に世界そのものも被害者が元から女性だったように書き換えられているというもの。SF物なんかで時たま出てくる設定だけど、これもやっぱり厳しい気がする。
  こうした設定でまず問題になる世界の矛盾……例えば、妻子のいる男性が元から女性だったとなった場合、その子供は“生まれてくるはずのない存在”になってしまう……とかについては、世界にまだ大きな関わりを持っていない子供をターゲットにすることで極力矛盾が起きないようにしていると考えられないこともない。
  だけど、この考えにはもう一つ難問が残っている。SF風にいうと、“被害者が男性から女性に変わったのを誰が観測しているのか”という問題だ。
  もしも、被害者が男性から女性に変わったときに世界も書き換えられているとするならば、その時点で被害者は最初から女性だった事になり、当然被害者が男性であるとする以前の記録や記憶はどこにも存在しない事になる。であるならば、“被害者がかつて男性だった”と認識できる者はこの世界には誰もいないはずなのだ。
  なのに幹孝が見せてくれた小説には、ほのめかす形にはなっているけど男性が女性に変えられているという内容が書かれ、そして携帯サイトにあったという書き込みではそのモデルになった場所が示されている。つまり、この小説の作者と携帯サイトに書き込みを行った人物は、存在しないはずの“被害者が男性である”という記憶を持っており、さらに男性が女性に変わっていく様を観測しているということだ。当然の事ながらこれは矛盾している。まあ、異世界の人間や世界を超越した人外の存在が観測してることにすれば説明できないこともないけど、それだと幹孝の話に輪をかけたトンデモ話に発展してしまう。
  他にもおかしな点はいっぱいあるけど、ともかく言えるのは幹孝の言うような話が本当に起こってるなんて事はありえないってことだ。
  しかし、それを理由に幹孝に付き合ってあげないというのも何だか可愛そう……というか問題のような気もする。どうせ幹孝の事だ。おそらく学校で今度の休みに俺が様子を見に行ってくるぜとかかっこつけてきたに違いない。それで休み明けに結局行けませんでしたでは、幹孝の信頼とポジションがガタ落ちだ。それに、万一こいつが勇気を振り絞って一人で行くことにしたとしても、目的の場所は女性の下着売場。例え遠くから盗み見るような形でも、そんなところを誰かに目撃されたら……想像するだけでイタ過ぎる。
  ……しかたない、ここはお姉ちゃんが一肌脱ぐしかないか。
「しょうがないわね。どうせ明日は暇だったから、買い物ついでに付き合ってあげるわよ」
「へへっ、悪いな姉貴」
  私の言葉にニヤリと笑みを浮かべる幹孝。む、こいつどうせ私が断るはずがないとか思ってたな? なら、こちらも少し釘を刺しておくか。
「ただし、あくまでメインは買い物だからね。ホントに悪いと思ってるんなら、荷物持ちぐらいはしなさいよ」
「え〜、なんでだよ〜!?」
  とたんに心底嫌そうな顔へと変わる幹孝に、再び私はジト目で答えてやる。まったく、せっかく付き合ってあげるんだからそれぐらいはしなさいって。
  ブーたれる幹孝を背に、私は再びパソコンのモニターへと視線を戻す。ブラウザには先ほど読んだ小説、“お花畑の妖精”が表示されたままになっていた。
  “お花畑の妖精”、ね。こんなのが本当の出来事だって噂になるなんて、まだまだ幹孝達の年齢はお子様だってことかな。
  そんなことを考えながら私はマウスをクリックしてブックマークを呼び出し、怪しげな小説サイトからお気に入りのホームページへとジャンプしたのだった……。










「へえ、なるほどねぇ。ここが“お花畑”かあ」
  色とりどりの下着を前に幹孝が感心したような声を上げる。
  私は間髪入れずそんな幹孝の脇腹目がけて思い切りヒジを突き入れた。
  まったく、開口一番何を言ってんのよコイツは! 悶絶する幹孝を尻目に今の発言を聞いた人がいなかったか慌てて私は左右を確認する。
  ここはデパートの3階にある女性物の衣服類を取り扱っているフロア。
  昨日の約束通り幹孝と噂のデパートへとやってきた私は、最初に別のフロアで買い物をちょこちょこっとした後で、問題の売場があるフロアへとやってきたのだった。
  私はなにげないフリをしてフロア内を見渡してみる。
  フロア自体の造りはごく単純で、昇りと下りのエスカレーターが端にあり、その昇降口を角とした通路がフロア内を口の字を描くように走っている。昇りのエスカレーターから降りたちょうど壁側が問題の女性用下着売場。真ん中の島には洋服が売られていて、その他の壁側には女性物の小物なんかが売られている。
  う〜ん、ざっと見たところでは、以前私が来た時と売場の雰囲気は変わっていないみたいだけど……。
  私は下着売場から洋服売場、そしてフロアの奥へと視線を移していく。
  む〜、やっぱり品物も特別変わった物を取り扱ってるようにはみえない。それに、幹孝の言ってた男装をした女性っていうのもどこにもいなさそうなんですけど。これは幹孝が聞いたという男装女性の話そのものが作り話だったのか、それとも、ここから見えない通路の向こう側にそうした人向けの品物が並んでたりするのか……。とりあえず、確認のためにも最初はフロアを一周してみるべきね。
「じゃあ、まずはあっちの奥の方から見ていくからね」
「え〜! まだ姉貴の荷物運びしなくちゃなんないのかよ〜!?」
  私の言葉にブーたれる幹孝。どうやら目的地の前に着いたからしばらくは移動しないものだと思ってたらしい。まったく、たかがCD数枚と参考書が数冊、それに靴が一足入った袋を持たせているだけじゃないの。
  だが、幹孝の顔にはもう一歩も動きません……動“け”ませんではなく……という言葉がはっきりと書かれている。どうやらコイツの頭の中は今私への不満で一杯で、ここも一応“恐怖の心霊スポット”であるということは完全に抜け落ちてしまっているらしい。もう、しょうがないなあ。
「じゃあ私はちょっとあっちを見てくるから、アンタはここで待ってなさい」
  私はわざと周りに聞こえるような大きめの声で幹孝に言ってやる。
  ……一応断っておくけど、私は別に嫌がらせの意味で大声を発したわけではない。今私達がいるのは女性物のフロア、それも下着売場の前だ。そこに幹孝のようなTシャツにハーフパンツという格好の悪ガキがいるなんていうのはどう見ても不自然。そこをフォローするため、“この子は私の付き合いでここにいるんですよ”と売場の周りの人達にアピールしたのだ。
  ちなみに幹孝に荷物を持たせているのもその一環だったりする。手ぶらよりも荷物を持っていた方が付き合いでこのフロアに来てるんだなと受け取られやすいだろうと考えてのことだ。まあ、幹孝は“姉貴が楽をしたいだけだ”としか思ってないだろうけどね。
  私は下着売場の前で床に荷物を下ろして突っ立っている幹孝を残し、奥のフロアへと進んでいく。
  下着売場を過ぎてしばらく進むと壁側の売場はおしゃれな小物類を売るブースに変わり、真ん中の島の品揃えもティーンズ向けの商品が目立ってくる。しかし、私が探している男装の女性向けみたいな物は売場を見渡しても一向に出てこない。
  う〜ん、これも完全に女性物だし、あれもそう…………やっぱり男装趣味の人が好きそうな商品なんて売られてないみたいなんだけど…………。それとも、そういう趣味のない私が分からないだけで、そうした趣向の人垂涎の品がこの中に売られてるのかな…………。
  そんな事を考えながら売場を見渡していたとき、私の目が洋服売場にいる一人の女の子の姿を捉えた。
  …………?
  私はその姿に少し違和感を覚えた。あまりファッションに関心がないのか、やけにヨレヨレのチェックのシャツとジーンズを身につけた眼鏡の女の子。歳は私と同じか少し上ぐらいだろうか。格好からして少々オタクっぽい感じがするけど、それ以外にもどこかおかしな感じがする。なんだろう…………。
  その子に興味を持った私は、洋服を物色しているふりをしながら彼女の側へと移動する。
  近寄ってみると眼鏡の少女はスカートの置かれた棚を前に何やら悩んでいるようだった。可愛らしいプリーツのものから、セクシーなミニスカートまで、色々と手にとっては再び棚へと戻している。優柔不断なのか、それともどういう種類のスカートを買いたいのか事前にイメージをしてこなかったのか、とにかくどのスカートを買ったら良いのか迷っているのは間違いなさそうだ。
  私は隣の棚の商品を眺めるふりをしながら横目で少女の事を観察する。とにかく、何かがおかしいんだよね、何かが…………。
  そうして彼女の胸元に目がいったとき、私はその違和感の正体に気がついた。
  この子の着てるシャツって、私が着てるのとボタンの位置が逆になってる……ってことは、この服ってもしかして男物!?
  その瞬間、私はあまりの脱力感に思わず目まいをおぼえた。いや、だって、普通男装の女性って言ったらやっぱりタカラ○カとかを連想するじゃない。これだって一応男装には変わりないけど、あまりにもイメージの落差が…………。
  ってちょっと待って。となると、この子はどうしてスカートなんか選んでるんだろう。私の周りには男装趣味の子はいないからあくまでイメージ的なものだけど、そうした趣味の人ってパンツ系の方を好むような気がする。それに服装も服装だ。男物の服だったらもっと格好良い物がたくさんある。それをなぜ、あえてアキバ系を連想させるようなチェックのシャツ、しかもヨレヨレのみっともないやつをチョイスしてるのか……。
  その時、私の脳裏に昨日見た小説と幹孝の言葉が蘇る。
『つまり、この小説は本当に起こっている出来事なんだ!!』
  って、まさかそんなことはない……とは思うけど、でも、この状況を説明するには…………。
  我ながら突拍子もない思いつきに混乱する私の頭に、今度は幹孝の顔が浮かんでくる。
  そうだ、あの子は今、あの下着売場の前で私の事を待ってるんだった……!
  次の瞬間、私は弾かれるように幹孝が待っている場所へと走り始めていた。
  そんな馬鹿な事ありえるはずないじゃないと私の中の冷静な部分が告げる。だが、それでも私は走るのをやめなかった。理屈じゃないけど何だか嫌な予感がする。
  幸い、このデパートはそれほど大きな造りをしていない。ほんの数秒で私はエスカレーターへと続くメイン通路へと飛び出していた。ここからエスカレーターまでは一直線。幹孝がおとなしく待っているならここから姿が確認できるはず。
  だけどそこにあったのは、期待に反して通路を歩く女の人の姿だけ。このフロアなら男の子ということで確実に目立つはずの幹孝はどこにも見あたらない。
  さらに嫌な感じの増した私は幹孝が立っていたはずの場所へと急ぐ。
  まったく、どこいっちゃったのよ、あいつは!
  内心焦りを覚えつつ文句を言う私の斜め前方に下着売場が見えてくる。
  …………!
  思わず息を呑む私。売場のちょうど中央付近、そこに幹孝が若い女性店員らしき人と一緒に立っている……!
  幹孝は女性店員に誘われるようにしてフラフラと試着室へと入っていくところだった。その様はどうみても尋常じゃない。
「幹孝!」
  私は思わず声を上げながら下着売場へと駆けこんでいく。既に幹孝は試着室の中に靴を脱いで入ってしまっていた。一緒に中へと入り込んだ女性店員がその出入口であるカーテンを閉めたその数秒後に試着室の前に到着した私は、急いでカーテンを引き開ける。
「きゃぁぁぁぁぁ!」
  次の瞬間、私の耳に飛び込んできたのは可愛らしい女の子の叫び声だった。





「もう、いきなり何するのよお姉ちゃん!」
  私が開けた試着室、その中にいたのは顔を真っ赤に染めた半裸の少女だった。ちょうど試着をしていた所なのか、露出した上半身の胸の部分に可愛らしいブラがちょこんと乗っかっている。
「ここは試着室なんだから、いきなり開けるなんておかしいよ!」
  そうだ、確かにおかしい。私は何で着替え中のこの子の試着室のカーテンをいきなり開けるような真似をしたんだろう。でもまあ…………
「別にいいじゃない。あんただっていつも私の部屋ノックしないで入ってくるでしょ?」
「それとこれとは話が別!」
  両手で胸を隠しながら抗議する少女に、私は口元ににやけた笑みを浮かべる。
「ごめんごめん♪ でも、初めてブラをつけたあんたの姿、私どうしても見てみたかったもんだから♪」
「まったくもう……」
  ふくれっ面の妹を前に、私は自分の顔だけを試着室の中に突っ込むような形でカーテンを閉めてやる。
  そう、私は今日、妹のこずえにブラを買ってやるためにこのデパートへとやってきたのだ。一応、こずえのクラスで話題になっているという男装の女性とやらを見てみたいというのもあるのだけれど、それはあくまでオマケ。あくまでメインはこずえの初ブラをこの目で拝見することなのだ。
「で、どう? 初めてブラを着けた感想は?」
  私はブラを着けたこずえの胸を上下左右から確かめながら問いかけた。
「ん〜、イメージだとむりやりぎゅーって締め付けられる感じで怖かったけど、実際着けてみたらそんなでもないね。これだったらもっと早く着けとけば良かったかな」
「でしょ?」
  こずえの答えに相づちを打つ私。こずえときたら、小学5年生になって大分胸が成長してきているにも関わらず、クラスメートに何を吹き込まれたのか、やたら怖がってこれまでブラをつけようとはしなかったのだ。しかし、こずえの肉体は小学生のくせになぜだかやたら発育が良く、たちまちノーブラだとまずいくらいの大きさまで達してしまった。そこでやむなく私がこの売場へとこずえを無理矢理連れてきたのだった。
「どうですかお姉さん、このブラ、妹さんによく似合ってますよね♪」
  妹の隣で試着を手伝っていたらしい若い女性店員さんが私に笑いかける。うん、確かによく似合ってる。これはこずえのセンスというよりも店員さんの目利きが良いんだろう。デザインだけでなくカップのサイズもぴったりとフィットしている。
「ところで、このブラを買われるのならば一緒にこの商品もいかがですか? 色もデザインもブラと統一感がありますし、きっと似合うと思いますよ♪」
  そう言いながら店員さんが取り出したのは、こずえが着けているブラと同じ色をしたショーツだった。
「ねえお姉ちゃん、これも一緒に買っていいでしょ?」
  その可愛らしさに一瞬にして心を奪われたのか、こずえが甘い声でおねだりしてくる。
「う〜ん、でも、この後こずえは洋服も買うでしょ? 予算内で何とかなれば買っても良いんだけど……」
  母さんから貰った軍資金を確認しながら私は首をひねる。母さんからは、“せっかくブラをするようになるんだったら、この際もっと女の子らしい服も買ってきなさい”と言われてそれなりの金額を貰っているけど、ここでショーツまで買ってしまうと、ひょっとしたら足が出てしまうかもしれない。
  何せこずえは臆病のくせに服装についてはこれまで男の子のようなのばかり着ていたのだ。今日もTシャツ一枚にハーフパンツというどこかの悪ガキみたいな格好をしている。女の子でこの格好、しかもノーブラなんてよっぽど勇気が要ると思うんだけど、そこら辺こずえは他の女の子と少し感覚が違うのかもしれない。ただ、この歳にもなって女の子っぽい服を一着も持っていないのはさすがにマズイだろう。ということで、今日はブラをかったついでに、こずえによく似合いそうな女の子の服を一式買って帰る事になっていたのだ。でも、これにショーツまで加わるとなると……。
「それでしたらご心配なく♪ 今日は特別にこれだけお安くしちゃいますよ♪」
「……えっ、本当にいいんですか、この金額で?」
  店員さんが見せてくれた電卓の数字、それは買う方の私から見ても引きすぎなんじゃないかと思うくらいの値引き額だった。はっきりいって半値以下。こんなに値引きしちゃってお店の方は問題ないのかな……?
「大丈夫ですよ〜♪ 今日は妹さんの初ブラ記念という事で特別サービスです♪ 妹さんがこれでここの常連さんになってくれれば私もうれしいですし♪」
  う〜む、そう言う事ならお言葉に甘えさせて貰おうかな。というか、こずえのキラキラとした期待のまなざしを見てしまったら、断るに断れないし。
「はい、ありがとうございます。それじゃこの子達、大切にして下さいね♪」
  そう言って微笑む店員さん。あれ、何かこの場面、どこか記憶にあるような…………。
  私がそう思うのと同時に、突然私の頭の中に断片的な言葉があふれ出してくる。お花畑……妖精……男を……に……え、なに、これ…………。
「ねえ店員さん、このブラとショーツ、このままここで着替えていっちゃっても良いですか?」
  私が頭の中を駆け巡る言葉に困惑しているその目の前で、こずえはブラとショーツがよっぽど気に入ったのか、店員さんに頼みこんでいる。
「ええ、どうぞ♪ その方が後でお洋服を選ぶのにも都合が良いでしょうし♪」
  その店員さんの言葉に私ははっと我に返った。
  そうだ。そうだった。
  私はこれから、こずえの洋服を見立ててやるという大仕事が待っていたんだ。
  そう思った瞬間、さっきまで頭の中でグルグルと回っていた言葉が一気に消えてなくなる。
「えへへ、どうかな、お姉ちゃん?」
  そう言いながら私の前に立つブラとショーツ姿のこずえは、何だか一気に女の子らしくなったように見える。
  よ〜し、それじゃ私がこずえにぴったりの可愛い服、しっかり選んであげるからね!








  私はお花畑の妖精。ここにいる色とりどりの可愛い子達を、やってきた皆さんにお配りして幸せになってもらうのが仕事なの。
  ほら、わたしの魔法の香りに誘われて、今日もみんながやってくる……なんだけど、最近初めてここにやってくる人がすごく増えたみたいなの。なんだか自分から魔法にかかりにやってきてるみたい。
  これってあれかな。わたしがこの前書いた小説、みんな興味をもってくれたのかな。それだけだと分かりづらいから、学校サイトの掲示板に舞台がここだよと書き込んだのが良かったのかな。だとしたらうれしいな。
  だって私はお花畑の妖精。この場所のことをみんなにお知らせするのも私の大切なお仕事だもの♪


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