トップページに戻る

小説ページに戻る

  皆様、本日は当社の新製品のモニターにご協力いただきありがとうございます』
  会場に若い女性社員の声が響く。普段は講堂か何かで利用されているのだろうその部屋は、今は若い男性……それも独特のオーラを放つ人達で埋め尽くされていた。
『それでは、お手元に用意いたしました製品をご覧下さい』
  目の前の机には、黒いフルフェイスヘルメットのような物体が置かれている。これが今回僕達が試すことになる新製品なのだろう。ヘルメットの側頭部には赤・黄・白のAV端子が取り付けられ、そこから伸びるケーブルは横に置かれたゲーム機へと繋がっている。
『これが我が社の開発した新製品、ゲーム世界体験装置・ゲームダイバーです』
 


ゲームダイバー
(前編)
作:高居空


『それではこの製品について簡単な説明をさせていただきます』
  そう言ってスーツにタイトスカート姿の女性社員は壇上に置かれたヘルメット状の機械を手に取った。
『この製品は、ゲーム機と接続した状態で頭部に装着することにより、ゲーム機に入れられたゲームソフトの世界に……正確にはゲームの世界設定に酷似した平行世界なのですが……その世界のキャラクターに装着者の意識を憑依させるという機械です』
  はっきりとした口調で説明する女性社員。だが、その内容はどう聞いても現実離れしているとしか言いようのないものだった。
『装着者は憑依したキャラクターの肉体はもちろんのこと、そのキャラクターが保有するスキルも自在に操ることができます。また、キャラクターの記憶についても自由に引き出すことができるため、装着者はキャラクターになりきってゲーム世界を楽しむことができます』
  室内の参加者達はみんな無言で女性社員の説明を聞いている。恐らくその誰もが内心では困惑していることだろう。それでも席を立つどころかヤジ一つ飛ばないのは、怖い物見たさともう一つ、モニター終了後に支払われる謝礼金、福沢諭吉×5の魅力に他ならない。
『なお、今回のモニター参加者は、当社の製品の素晴らしさがよく分かるようにとゲームに関する造詣の深い方に限らせて頂きました。
  それではさっそく皆様に製品を体験して頂く訳ですが、その前に皆様が体験するゲームソフトを決めなければなりません。こちらにつきましては私どもでソフトの方を用意いたしましたので、その中から選んで頂ければと思います』
  そう言って女性社員は扉の向こうの小部屋を示す。開け放たれたドアから見えるゲームソフトの入った棚は、遠目で見ただけでも様々なゲーム機のソフトが大量に納められているのが分かった。
『ちなみにゲーム世界からの帰還方法については、ゲーム上でエンディングもしくはクリア画面が表示される場面まで行けば自動的に戻ってこられる仕組みになっております。
  それでは、我が社の自信作ゲームダイバー。存分にお楽しみ下さい』












「う〜ん…………」
「あら、まだソフトでお悩みですか?」
  あれから十数分後。ゲームソフトの納められた棚の前で考え込んでいた僕は、後ろからかけられた声によって現実に引き戻された。
「あ……すいません……」
  振り返ると、そこには先程まで壇上で説明を行っていた女性社員が立っていた。見た目20歳代前半くらいで、ショートカットがよく似合ってる。遠目では事務的でクールな印象が強かったけど、こうして近くで微笑んでいるのを見ると、柔らかさというか、なんだか茶目っ気みたいなものも感じられる。胸に付けられた名札には顔写真付きで「世島」と書かれていた。
「じっくり考えるのも良いですが、もう貴方以外の皆さんはソフトを選んで待ってますよ?」
「え? あ……本当だ……」
  そう言われると、あれだけ小部屋の中にいた他のモニターの姿がいつの間にかいなくなっている。確かにちょっと考えすぎたみたいだ。
「そんなに難しく考えなくても、貴方がこれまで面白いと思ったゲームを選べば良いんじゃないですか? ほら、子供の頃なんかシューティングとかアクションゲームに熱中しませんでした?」
  そう言いながら棚からゲームを取り出して笑顔で薦めてくる世島さん。
「いや、それは確かに面白かったんですけど……」
「あら? 何か選べない理由でもあるんですか?」
  ばつの悪さをごまかすように頭をかきながら答える僕に、世島さんは口元に笑みを浮かべたまま首を傾げる。あ、なんか可愛い。
  ただ、そんな表情にも関わらず世島さんの目は何だか笑っているようには見えなかった。どちらかというと、こちらのことを観察しているような……う〜ん、これって正直に答えて良いのかな……。
「え〜と、僕の理由って半分世島さんの説明のあらを突いてるような感じなんですけど……」
「あ、別に良いですよ。怒りませんから。というか、私の説明に不備があったのなら今後もためにも教えてもらえれば」
「それじゃあ……」
  そう言って僕は一つ咳払いをする。
「世島さんの説明ではゲームダイバーというのはゲームの世界設定に酷似した平行世界のキャラクターに装着者の意識を憑依させる機械だってことでしたよね」
「ええ」
「そして、使用者はゲーム上でエンディングもしくはクリア画面が表示される場面まで行けば自動的にこちらの世界に戻ってこられると。これって逆に言えば、その場面までたどり着けないと使用者は自分の意志では帰れないとも取れるんですけど」
「……まあ、そうとも言えます」
「だとすると、ちょっと僕には難しいですね。こういったゲームはコンティニューしないとクリアできないんで」
「……なるほどですね〜」
  苦笑いを浮かべながら頭をかく僕に納得したような声を出す世島さん。ただ、その目は相変わらず値踏みをするように僕のことを観察し続けているように見える。
  その態度に僕は背中に冷たい物が走るのを感じていた。きっと世島さんは僕の言葉を正直にそのまま捉えてなんかいない。恐らくはその裏にあるものに気付いて、その上で納得してるのだ。となると、僕はとんでもない物に参加してしまったことになる。
  この機械は装着者の意識をゲームの世界に酷似した平行世界に飛ばすという。この“平行世界”というのがくせ者だ。
  ゲームの中ならゲームオーバーになってもコンティニューで再チャレンジができる。でも、この機械で飛ばされるのはゲームの中ではなく、その世界観によく似た平行世界。いわばこちらと世界観が違うだけのれっきとした現実世界だ。果たしてその世界でコンティニューなんてできるのだろうか? そもそも「残り何機」という残機設定があるのかも怪しい。自分が死んでも他の自分が出てきて続きをしたりするんだろうか?
  同じ事は棚にいっぱい並んでいるRPGにも言える。もしもモンスターに殺されてしまったとして、時間が経てばレベルダウンはするけど復活できるのか? それとも「しんでしまうとはなさけない」と持ち金が半分になって城から再スタートなのか? 少なくともゲームの中ならともかく現実の世界ではそんなことはありえない。
  ……もちろんこの考え方は世島さんの壇上での説明が全て本当だということが前提となる。そうした点で見ると、あの話を信じて色々考えてる僕の方がおかしいのかも知れない。平行世界だ憑依だとか、正直現実離れもはなはだしい話だというのは自分でも分かっている。
  ただ、僕が気になったのは、説明者の世島さんがオフシャルの人間であるということだ。これが匿名によるネット上での発言なら僕も全く気にしなかっただろう。だけど世島さんは制作者側の人間、つまりはその発言に責任が発生する立場の人だ。もしもそんな人が公式の場で電波なことを口走ったとしたら……僕が同じ会社の社員ならすぐにでも止めに入る。
  それが無かったということは、この会社全体がグルになって悪ふざけをしている可能性は非常に高いけど、この話が真実であるという線も捨てきれない。
  しばしの沈黙。その間じっと僕のことを見つめていた世島さんはやがて小さく息を吐いた。
「……ふう、私の説明でそういう風に考える人がいるとは思わなかったです」
  そう言って再び笑みを浮かべる世島さん。
「恐らく貴方は向こうの世界でやられた場合にこちらに戻ってこれないんじゃないかということを心配してるんだと思うんですけど」
  ……やっぱり僕の思っていることに世島さんも気付いてたみたいだ。
「では逆に質問しますが、そうなった場合、こちらに残されたゲームダイバー使用者の体はどうなると思います?」
「えっ?」
  そういえばどうなるんだろう。やっぱり意識が抜けてしまっているんだから……
「えっと廃人とか……ですか?」
「ふふっ、じゃあ仮にそうだとしますね。では、この機械を使用した人が廃人になった……その事が世間に知られたら私達の会社はどうなると思います?」
「あっ……!」
  そういえばそうだ。使用者がどうにかなってしまうような製品を、会社が自信を持って公表する訳がない。
「ふふっ、そういうことです。廃人になったり死亡したりするような危険性がある物を公募でモニターするなんて事、普通は絶対にしませんよ。それで問題でも起こったらマスコミに叩かれて私たちの会社は完全に終わりですから」
  人差し指を立てながらニッコリと微笑む世島さん。……でも、やっぱり完全には納得できない。それならさっきのエンディングに辿り着けないと戻れないっていう話は何だったんだってなる。つまり、コンティニューはできるから頑張ってエンディングまで辿り着けってことなんだろうか。
「……もしそれでも不安が残るんでしたら、そうですねえ、こういうソフトはどうですか?」
  そんな僕の様子を見ていた世島さんは、これならどうだとばかりに棚の後ろに回ると一本のソフトを持ちだしてきた。
「これって……」
  そのパッケージは僕にも見覚えのある物だった。少し昔にそこそこヒットした恋愛シミュレーションゲーム。ファンタジー世界の魔法学院に入学した主人公が1年かけて様々な種族のヒロイン達の中の一人と仲良くなるという、王道的な内容のゲームだ。
「こうした恋愛シミュレーション物やビジュアルノベルって、ジャンルがジャンルだけに全年齢対象の物でもシナリオの行間で色々匂わせてるのってあるじゃないですか? 私たちは健全な会社ですから、そういった可能性のあるジャンルは棚から外しておいたんですけど、このソフトの内容なら問題ないですから」
  そう言って微笑む世島さん。
  確かに世島さんの言うとおり、このゲームのエンディングはヒロインからの告白という形になっていて、それ以前はちょっとしたデートイベント等はあるけどそれ以上の行為を匂わす描写はなかったと思う。それに、こちらが心配しているデットエンドやエンディングに辿り着けないといった事態もこのゲームなら起こらないだろう。魔法学院と言ってもモンスターと戦うようなイベントはないし、エンディング場面で誰にも告白されなくても一応それ用のエンディングが用意されてる。つまり、どんな形でもエンディングまでは辿り着けるということだ。このソフトなら確かに大丈夫かな……。
「分かりました。それじゃあこのソフトにしてみます」
  そうして僕はにこやかな笑みを浮かべる世島さんからソフトを受け取ったのだった。












『それでは皆さん、選んだソフトをゲーム機に入れて下さい』
  壇上からスピーカーを通して世島さんの声が響く。
  結局一番最後までソフト選びに難航した僕は、他のモニターの刺々しい視線を浴びながら席へと戻っていた。
  その途中、彼らがどのようなソフトを選んだのかチラチラと覗き見をしていたのだが、大多数の人は今流行しているファンタジーRPG系のオンラインゲームを選択したようだった。その様子に僕の中で再び不安が鎌首をもたげてくる。この人達は世島さんの説明をちゃんと聞いていたのだろうか。というか、なんでこのソフトが棚に置かれていたのか。エンディングに辿り着けなければ自動的にこちらに戻れないというなら、基本的にエンディングのないこのゲームでは二度と戻ってこれないということになる。世島さんは大丈夫みたいなことを言っていたけど、やっぱり何か嫌な感じがする。
  だが、僕はあえてそれを口にはしなかった。他の人を大分待たせているのは冷たい視線で痛いほど分かったし、それによく考えたらここは世島さん達の会社の中だ。もし僕の不安が的中していたとするなら、この会社は故意にそれをやっていることになる。もしそうなら、ここで騒ぎ立てた場合無事に外へ出られるかも分からない。ここは自分が助かる事だけを考えた方が賢明だろう。言い方は悪いけど、危険なソフトを選んだ人達は自業自得と思うしかない。
『それでは机の上の装置を装着して下さい』
  世島さんの声に従いヘルメット状の機械を装着する。AV端子が繋がっているのでてっきりバイザーの部分にゲーム画面が映っているのかと思ったけど、黒塗りのそこには何も映し出されていなかった。
『そのまま背もたれを倒してリクライニング状態になって下さい』
  言われる通りに背もたれを倒し横になる。しばらくすると機械の効果なのか凄い勢いで眠気が襲ってきた。
『これから皆さんは睡眠状態に入ります。そして次に目を覚ます時にはゲームの中のキャラクターとして目覚めることになります。ふふっ、それでは皆さん、無事に戻ることができたらまたお会いしましょう……』
  あれ……今世島さんが何か変なことを言っていたような……。まあいいか、難しいことは次に起きてから考えよう…………。











「…………おい…………いい加減に起きろ…………」
「…………にゃ?」
  あれからどれくらい眠っていたのか。僕は体を揺すりながら呼びかけてくる声にようやく目を覚ました。
  なんだかまだ頭がぼんやりする。僕の前では見慣れない制服を着た少年がやれやれといった感じでため息をついていた。
「まったく、入学初日からよくそんなに居眠りできるもんだな。さすがに俺でも真似できないぞ」
  あきれたような顔をする少年。その顔、そしてその仕草はどこかで見たような気がする。確か……そう、パルスだ! プレイヤーの分身にしてこのゲームの主人公……って、あれ?
  感じた違和感に、寝ぼけていた僕の頭が段々と回転し始める。確か僕はあの時、ゲームの世界を体験できるというゲームダイバーと言う機械を使って……ということは、僕は今いるのはゲーム世界に酷似した平行世界というわけで……でも、こうして目の前に主人公がいるっていることは…………一体僕は誰に憑依しているんだ!?
  一気に眠気が覚めた僕は慌てて立ち上がる。その動きに虚をつかれたのかパルスは盛大に後ろにずっこけていた。でも、そんなの今の僕には関係ない。とにかくまずは自分の姿を確認しないと。
  と、僕はそこで、ちょうど僕の座っていた机が窓際であることに気がついた。よし、これなら鏡を探さなくても窓のガラスで自分を見ることができる……。
「って、何にゃのこれ!?」
  だが次の瞬間、そこに映った姿に僕は思わず叫び声を上げてしまっていた。そこにあったのは本来の僕とはまったくかけ離れた姿、茶色い髪をしたショートボブの活発そうな美少女の姿だった。しかも頭の上には虎縞の三角形をした獣耳が乗っかっている。まさか、これが僕……なのか!?
  唖然としながらもガラスから自分の体へと視線を移す。そこにあったのはブレザーとシャツを押し上げる二つのふくらみと、襞のあるミニスカートから覗く健康的な素足。しかも、おしりの上の部分からは得体の知れない何かが伸びているのを感じる。何なんだ、これ!?
  そう思った時、突然僕の頭の中に何か電流のようなものが走った。その痛みに顔をしかめると同時に、今度は僕の知らない知識と記憶が洪水のように押し寄せてくる。まさかこれって、この娘の記憶!? それはまるで濁流のように僕の自我という堤防を易々と打ち破り、僕の記憶と混ざり合っていく。
  ……あれ? ボクは何を慌ててたんだろう。何か自分の格好に違和感を感じてた気もするけど、別にどこもおかしくなんてないじゃにゃい。どこからどう見てもネコマタ族のターニャさんにゃ。ちゃんとミミも立ってるし、尻尾の毛繕いもカンペキにゃ……って、尻尾? なんで僕にそんな物が生えてるんだ? 僕は人間だっていうのに……いやネコマタ族かにゃ……ああっ、違う、違う! 僕は違う世界の人間で、ゲームダイバーという機械でなぜかこの娘に憑依して……。
「いてて……、起きたと思ったらまったく落ち着きがないなお前。猫の血が混ざってるからか?」
「うっさいにゃ!」
  頭が混乱していた僕は、頭をさすりながら起きあがってきたパルスに向かって反射的に怒鳴ってしまう。
  ……というか、パルスは口さえ開かにゃければ結構好みの顔なんだけどにゃ。まったく、もったいないにゃ〜……って、そうじゃない! 何を考えてるんだ僕は!? これじゃまるで僕が主人公に興味がある女の子みたいじゃないか……って、ああああ!
  この時になって、ようやく僕はターニャという娘がこのゲームのヒロインの一人であることを思い出した。元気印+ギャグ担当の猫耳少女で、いつも主人公に突っ込まれるというポジションの娘。……ということは、本来主人公に憑依しなければならない所を僕はヒロインの方に憑依してしまったということなのか? でも、どうして……。
  その時、僕の脳裏に意識が落ちる間際に聞いた世島さんの声が蘇った。
『次に目を覚ます時にはゲームの中のキャラクターとして目覚めることになります』
  ……これってまさか、ゲーム内のどのキャラクターに憑依するかは選べないって事なんじゃ……!? そういえばその前の説明の時も、世島さんは憑依する対象がゲームの主人公だとは一言も話していない。
「そんにゃあ……」
  思わずため息をつく僕。両肩の力ががくっと抜ける。ああ、やっぱりこれは世島さんにはめられたのだろうか。でも分からない。はめるにしてもどうして世島さんはこのソフトを選んだのだろう。それに僕をはめて何の得があるのか。そもそも、僕達の意識をこうして異世界に憑依させることであの人達は何をしようとしているのか。
  ……でも、それが分かるにはまだ時間がかかる。、このゲームのエンディングは1年後。つまり、それまでの間、僕はこの世界で生きていかなければならないのだ……ええと、それも女の子として? ああ、胃が痛くなってきた……。
「ったく、怒鳴ったりしょぼくれたりホント落ち着きがない奴だなお前……」
  目の前ではパルスが呆れた顔をして僕の事を眺めている。……う〜ん、でもこの顔もなかなかイケルにゃ。ホント、性格さえ良ければ言うこと無しなんだけどにゃ〜……って“にゃ〜”じゃない! ああ、こんなんで一年間、僕は僕のままでい続けることができるんだろうか…………。

(続く)



トップページに戻る

小説ページに戻る