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forTX
作:高居空


『とおっ!!』
  赤い全身タイツを纏ったヒーローの放った一撃が、カメレオンと人間とを掛け合わせたような体をした怪人を吹き飛ばす。
『ゲコゥ〜!?』
  カメレオン型なのになぜかカエルのような鳴き声を発しながら、体をくの字に折り曲げ吹っ飛ばされた怪人は、そのまま後ろの壁に激突すると、ゴム鞠のように跳ね返って今度は床へと叩きつけられる。
  その度に俺の座る席は上下左右に振動し、スクリーン前には砂埃をイメージさせる粉が舞い上がった。
  最先端の技術により、まるで映画の中に入り込んだかのような圧倒的な臨場感を体験できるという話題の体感型シネマ“forTheater−X”、略して“forTX”。話の種にでもなればと、特にリサーチもせずに半ば暇つぶしに近くの劇場へとやってきた俺が通されたのは、ある意味昔懐かしい男3人体制の戦隊物映画を放映するスクリーンだった。
  今、この劇場ではこれしかforTX対応の映画は放映していないと聞いたときには、この歳で今さら戦隊物なんて見るのもどうかとも思ったが、ちょっと視点を変えて考えてみれば、派手な戦闘アクションが見せ場の戦隊物と体感型シネマは相性が良さそうなのも事実。そう思い直した俺は、チケットを購入し、スクリーンの真ん前へと陣取ったのだった。
  既に封切りからかなり経っているのか、それともこんな作品に割高の特別料金を払うことはないということなのか、劇場の中には俺以外の客の姿はなかった。貸し切り状態の中、どっかりと椅子に腰掛けた俺は、今こうしてforTXを全身で体感中というわけだ。
  さすがに話題になるだけのことはあって、forTXの臨場感は俺の想像していた以上のものだった。まるでスクリーンの中に入り込み、目の前で怪人と戦隊との戦いが繰り広げられているかのような大迫力。これならば通常の映画よりも割り増し料金なのも納得だ。だが、肝心の映画の出来は、正直失笑するしかないといったレベルのものだった。
  映画の舞台は現代日本の架空の地方都市。様々な特殊能力を持った怪人を率いて世界征服をもくろむ秘密結社と、それを阻止しようと正体を隠して戦う3人の戦士との戦いを描く特撮戦隊物のテレビシリーズのスペシャル映画版である。元のテレビシリーズについては、映画の放映前の暇な時間に携帯で検索してみたが、どうやら一昔前の戦隊物のノリがテーマの作品らしく、なぜ世界征服を狙う組織が主人公達の住む地方都市ばかり狙い、他の場所では活動しないのか、なぜ配下の怪人を総動員せずに小出しにするのかなど、今の戦隊物が気にするような部分にはあえて触れずに、一話完結の単純明快なストーリーが展開される作品とのことだった。もう一つの特徴としては、視聴者のメインターゲットを“かつて戦隊物を見ていた大人の男性”としており、放送は深夜帯、そして朝の時間帯には放送できないような際どいお色気シーンが毎回盛り込まれているとのことだったが……。
『キヒャー!?』
  青色タイツの蹴り、黄色タイツの体当たりに、為す術もなく吹き飛ばされ続けるカメレオン怪人。目の前で展開されるそれは、もはや戦いではなくいじめといっても過言ではないような一方的な暴力と化していた。
  なんでも、この戦隊物の怪人は、特殊能力が強大であればあるほど、直接の戦闘力は低くなるという性質を持っているらしい。そして、カメレオン怪人は、明らかに特殊能力特化型の怪人だった。
  カメレオン怪人の特殊能力、それは、自分のいる場所を自分の思い通りの場所へと変質させ、そこにいる人間をその場にいるのにふさわしい存在へと変えてしまうというものだった。
  言葉で言うと分かりづらいが、カメレオン怪人はその能力で、乗り込んだ幼稚園を『秘密結社の基地』へと変質させ、そこにいる先生や園児達をその場にいるのにふさわしい存在……『秘密結社の戦闘員』に変えてしまったのだ。
  その過程で幼女達が体をくねらせながら妖艶なボンテージ姿の美女戦闘員へと変貌していく様は実に扇情的かつ蠱惑的で、思わず自分も「戦闘員として総統に忠誠を誓います!」と口にしてしまうくらいのインパクトがあったのだが……。
  そんな、ある意味パラダイスな空間をぶち壊したのが、今目の前で大暴れしている三人組だった。
  カメレオン怪人を追い、この場所へと乗り込んできた3人は……ちなみにカメレオン怪人が能力を発動したときこの3人も幼稚園の敷地内にいたが、“秘密結社の基地を潰しに乗り込んできた存在”としてその場にいてもおかしくないと判断され、変質はしなかったらしい……、戦闘員と化した園児達を『悪に堕ちた存在に一切の憐れみ無し!』と躊躇うことなく全滅させ、残った怪人をこうしてタコ殴りにしているのだった。こうなると、正直もうどちらが悪か分かったもんじゃない。いや、この戦隊の冷酷非情っぷりを見せられると、秘密結社の方がまだましに思えてくる。頑張れ、我らがカメレオン怪人!
  が、そんな俺の応援も空しく、全身タイツの三人組は一カ所に集結してとどめの体制に入る。
『いくぞ、みんな! “フォトンクラッシュ”だ!』
  フォトンクラッシュ。それは、レッド、ブルー、イエローが3人一斉に放つ跳び蹴り系のフィニッシュ技である。なんでもこのシリーズの怪人は基本的に不死身という設定で、いくらダメージを与えてもこの技でなければ完全に倒しきることができないらしい。逆に言えば、この技を封じてしまえば怪人の勝ち目も見えてくるのだが……。
『ケケェ〜、そ、そうはいかないゲコ〜!!』
  戦隊がポーズを決めるその前で、ふらつきながらも立ち上がるカメレオン怪人。だが、その体は満身創痍で、とても戦隊の攻撃を防ぐことも避けることもできそうにない。
  が、カメレオン怪人はその場でふんと気合いを入れると、両の指をこめかみに立て、大きく目を見開いた。これは、カメレオン怪人が特殊能力を発動するポーズ!
『ケケケッ、今からこの場所は別の物へと変わるゲコっ! そう、ここは女子高! それも清楚な乙女だけが通うお嬢様学校ゲコっ!』
  怪人が高らかにそう宣言すると、周りの風景がぐにゃりと歪む。次の瞬間には、そこは怪しげな光の灯る結社の秘密基地から、窓から夕日の光が差し込む教室へと入れ替わっていた。整然と並べられた机。染み一つ無いカーテン。いかにもお嬢様学校といった雰囲気の整理整頓された教室だ。こちらにも香水のような甘い香りが漂ってくる。
『うっ!?』
  その教室の真ん中で、苦しみ始める3人の戦士。
『ケケケッ、この場所は既に女子高になったゲコ! そして、この場にいる者は全て、この場所にいるのにふさわしい存在へと変わるゲコっ!』
『あっ、ああっ!!』
  カメレオン怪人の勝ち誇ったような声とともに、戦士達が苦しげな叫びをあげる。だが、その声は男があげたとは思えない、若い女のような高いトーンのものだった。
  目の前で戦士達のシルエットが変わっていく。体型の浮き出る全身タイツ、その胸が膨らみ、腰がくびれ、臀部が張り出してくる。瞬く間に女性特有の体のラインへと変化する戦士達。
  続いて、今度は戦士達の身に着けた全身タイツが変わり始める。上半身は白く染まり、清潔感のある白いシャツへと変化する。下半身は太ももの部分がふわりと膨らむと一つの筒となり、チェックのプリーツスカートを形作る。今時の高校の制服のような太もも剥き出しのミニ丈ではなく、膝丈の周りに見せつけるような感じのまったくしない落ち着いたスカート。その下から覗く足には、黒いストッキングが履かされている。
  マスクが外れ、そこから黒髪が印象的な清楚さと気品を感じさせる美少女顔が現れる。
  あっという間に、3人の戦士は楚々とした女子高生へとその存在を変えられてしまっていた。
  その姿に以前の面影はまったくなく、首に付けられたリボンの赤、青、黄の色が、少女達の前身が何であったかをかろうじて示している。
『ああっ、私、女の子になってしまったの……?』
『いやっ! む、胸、スカート、恥ずかしい……』
『私……私達は……この高校に通う、女子高生…………』
  戸惑いながらも、すでに口調まで女のものへと変わっている少女達。
『ケッケッケッ! これはまた、みんな美味しそうな美少女になったゲコね〜』
  そんな少女達をイヤらしげな目で眺めるカメレオン怪人。
  が、元戦士達の意志は、まだくじけてはいないようだった。
『まだ、まだよ! みんなも感じるでしょ、まだ私達の中に、正義の力は残ってる! 一気に倒すわ。みんな、“フォトンクラッシュ”よ!』
  赤いリボンをした美少女が号令をかけると、青いリボンと黄色いリボンの美少女の顔がキッと引き締まる。
  が、ボロボロのカメレオン怪人は、そんな状態にもかかわらず彼女達に対しどこか余裕のポーズをとる。
『おやあ、いいんでゲコか〜? フォトンクラッシュなんて撃ったりして〜』
『! どういうこと!?』
『フォトンクラッシュって、確か空に飛び上がって凄い勢いで突っ込む跳び蹴りだったゲコな〜。でも、そんな制服で撃ったら、“スカートの中が丸見え”ゲコよ〜?』
『〜〜〜〜〜〜!!』
  その一言に動きを止め、顔を赤らめてモジモジしはじめる少女達。その仕草に、カメレオン怪人は勝利を確信したような声をあげる。
『ケケケッ! そうでゲコなあ! 下着を自分から見せつけるようなスカートを履いた尻軽な娘ならともかく、お嬢様学校に通うような年頃の乙女が、下着丸出しになるような蹴りなんて、撃てるわけないゲコなあ!』
『…………くっ』
  悔しさに唇を噛みしめながらも、羞恥心から蹴りを放つことのできない少女達。そんな彼女達に、カメレオン怪人は長い舌をレロレロさせながら近づいていく。
『わっ、私達をどうする気ですか……!?』
  思わず後ずさる少女達に対し、カメレオン怪人が指をワキワキしながら答える。
『そんなもの、美味しくいただくに決まってるゲコー! まずはこの、人体にダメージは与えないが着ている衣服を解かす能力を持った唾液を塗りたくった舌で全身をくまなく愛撫して〜、その後で、このオタマジャクシ満載のバズーカランチャーをぶち込んで発射するゲコー! ヒャーっ!』
  どう考えても実際にやらかしたら成人指定確定なことを口走るカメレオン怪人。が、それを口にした瞬間、教室内の空気が明らかに一変した。
『……やるわよ、みんな! “フォトンクラッシュ”よ!』
『へ……何でゲコ? 何でそうなるゲコ!?』
  いきなりの急展開に、訳が分からずうろたえるカメレオン怪人。
『お、お前達、下着丸出しの蹴りなんてやって、恥ずかしくないゲコか!?』
  その問いに、足元から赤、青、黄色の光を放ち、必殺技の準備態勢に入った少女達を代表して赤リボンの少女が答える。
『それは恥ずかしいわ。恥ずかしいけど……』
  トンと床を蹴り、舞い上がる少女達。
『それでも、“犯されるよりかはマシ”よ!』
『……………ですよね〜』
  次の瞬間、赤、青、黄の光を纏い、スカートを翻しながら放たれた少女達の跳び蹴りがカメレオン怪人を直撃し、怪人は赤い炎をまき散らしながら爆散したのだった。



  ふう、まあ、そこそこ面白かったかな。
  上映が終わり、劇場に灯りが点る。
  いや、まさか怪人を倒したのに主人公達は女子高生のままで、元の姿に戻るための戦いはテレビの新シリーズでって展開になるとはね。これはもう、テレビシリーズも観るしかないかな。
  そんなことを考えながら、forTXの座席の振動で乱れた衣服を整える。
  それにしても、forTXの臨場感は本当に凄かったな。最後の戦いも、まるで同じ教室の中に一緒にいるみたいだったし。
  でもまあ、さすがにスカートがめくり上がるほどの爆風なんかはこなかったけどねと、立ち上がった私は大きく一つ伸びをする。
  さてと、あとはシアターを出るときにちょっと気をつけないとね。出ていくところを目撃されて、「あのお嬢様学校の生徒が、放課後に制服のまま戦隊物の映画を観てた!」なんて噂されたら、さすがに恥ずかしいからね♪



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