トップページに戻る

小説ページに戻る
 


フィールド変換器
作:高居空


  窓の外では激しい雨が降っていた。
  いつもなら昼休みは外に遊びに行くような連中も、今日は教室の中で談笑している。
  フフ……こいつはおあつらえ向きの状況だな……。
  騒がしい教室内を見渡しながら、黒板から一番後ろの席に腰掛けた俺はこっそりと秘密の機械を操作し始めた……



「ひゃはははははっ! ついに、ついに完成したぞ祐太! これぞまさしく世紀の大発明じゃ!!」
  そんな事を叫びながら俺の爺さんが部屋にやってきたのは、俺がまだベッドで惰眠を貪っていたときのことだった。
「なんだよ爺さん。今日は俺の高校、開校記念日で休みなんだからもう少し寝かせてくれよ……」
  不機嫌な声で答える俺。次の日が休みということで昨晩夜更かししたこともあり、時計は九時を回っていたがまだまだ寝たりない気がする。もう少し寝ようかと二度寝の体勢に入ったところで叩き起こされては誰だって機嫌が悪くなるだろう。
  だが爺さんはそんな俺の声などまったく耳に届いていないのか、唾を撒き散らしながら一方的に喋り続ける。
「ひゃはは! こいつは凄いぞ祐太! この機械一つで世界は大きく変わる! そう、文字通り“世界を書き換える”のじゃからな! 超天才の儂だからこそできた、まさに大、大、大発明じゃ!!」
「はいはい、わかったよ……」
  俺は軽くため息をつくと、ベッドから体を起こした。ここで無視したとしても爺さんが俺が話を聞こうとするまで延々と叫び続けるということは、経験上いやというほど理解している。それならば爺さんの奇妙奇天烈な発明品の説明を聞き流して、それから二度寝した方が賢明というものだ。
  爺さんは俺が話を聞く体勢に入ったのを見ると、高笑いを続けながら工具箱の中から一見電子手帳のように見える機械を取り出した。おそらくこれが今回の“大発明”なのだろう。
  俺の爺さんは自称“発明家”で、日々常人には理解できない品々を作り続けているいわゆる変人だ。さらに困った事に爺さんはある意味本当の天才で、未来から来た猫型ロボットが出すような機械をいとも簡単に作りだしてしまう。それがまったく評価されないのは、爺さんが機械の設計図からそこに使われている科学理論まで全てを“秘密”にしてしまっているためで、何でも他の人が爺さんの機械を一度バラしてから同じように組み上げても、その機械はうんともすんともいわないらしい。爺さんが言うには“自分の超天才的な発明を凡人が理解しようなど百万年早い”とのことだが……発明品に使われている理論も不明、しかも模倣する事すらできないのでは正直発明としての価値は無いに等しい。しかも爺さんは1つ発明品を完成させるとすぐに次の発明に取りかかってしまうため、同じ物は二度と作らないときてる。おそらく未来の人間が爺さんの発明品をみたらこう評するだろう。『21世紀のオーパーツ』……と。
「で、今回はどんな発明なんだよ、爺さん」
「ひょっひょっひょっ、よくぞ聞いた祐太よ! これこそが我が叡智の結晶! その名も『フィールド変換器』じゃ!!」
「いや、名前だけじゃ何をするもんだかさっぱり分からないんだが……」
「ふむ、察しが悪いのう」
  俺の呟きに爺さんはやれやれと言った感じで機械を机の上に置くと、よれよれの白衣のポケットから小さなバッジを取りだした。
「ほれ、まずはこれを付けるんじゃ」
「こいつを……?」
  爺さんから手渡されたバッジは。一見するとただの缶バッジのように見えた。表面に怪しげなスマイルマークが描かれている以外は、どこにもおかしな所は見あたらない。だが、爺さんも白衣の胸の所に同じデザインのバッジをしている所から見ると、このバッジが爺さんの発明に何らかの関わりを持っているのは確かのようだ。
  爺さんは俺が寝間着にバッジを付けたのを確認すると、今度は窓の方へと視線を移す。
「さて祐太よ、この窓の向こうには何があると思う?」
「何って、小学校の校庭に決まってるじゃないか」
  確認するまでもない問いに、俺は少し戸惑いながらも答える。
  俺の家は小学校のグラウンドのちょうど道を挟んだ向かいに建っている。そして二階にある俺の部屋の窓からはグラウンドの様子を一望する事ができるのだ。
  爺さんの脇を通り窓のカーテンを開けると、そこにはやはりというか当たり前というか、俺が思った通りの光景が広がっていた。おそらくは体育の授業なのだろう、小学校の中でも低学年の子供達が列を作ってわいわい騒ぎながら校庭のトラックを走っている。
「で、それがどうしたっていうんだよ」
  振り返って尋ねる俺に爺さんは怪しげな笑みを浮かべる。
「ひゃっひゃっひゃっ! まあ、見ておれ!」
  そう言うと爺さんは手に持った電子手帳モドキの機械を窓へと向けた。よく見ると機械の先には携帯電話の赤外線端末に似た部品が取り付けられており、爺さんが機械のボタンを押すのと同時にそこから鈍い光が発せられる。
「さあ、まずはこの機械のディスプレイに注目じゃ!」
「……? 何だよ、何にも表示されてないじゃないか」
  灰色のディスプレイを前に首を捻る俺に、爺さんは高笑いで答える。
「ひょっひょっひょっ! そりゃこれから入力するんじゃから当たり前じゃろ!」
「…………」
  思わず顔をしかめた俺の事など目に入らないかのように、爺さんは高笑いを続けたまま手帳のキーボードを操作する。爺さんが文字を打ち込むのに合わせてモノクロの液晶ディスプレイには『高等学校』の文字が浮かび上がってきた。
「さて、ここでこいつをターゲットに向けて……ほいっと!」
  そう言いながら爺さんがキーボードの一番右に配置された赤いボタンを叩くと、再び機械の先から光が放たれる。
「ひょひょひょっ! さあ、よく窓の外を見ておくんじゃぞ?」
  高笑いをしながら俺に窓の外を見るよう促す爺さん。だが、既に俺の目は窓から飛び込んでくる映像に釘付けになっていた。
  そこでは、先ほどまでグラウンドを走っていた子供達がまったく別の姿へと変化していくという、あまりにも現実離れした光景が広がっていたのだ。
  まだ1メートルちょっとしかなさそうな子供達の背がみるみるうちに伸びていく。それに合わせて肩幅も広がり、男子はがっちりとした、女子はやわらかな体格へと変わっていく。顔の造りも児童から少年少女のものとなり、少女達の着る体育着の胸の部分が盛りあがってくる。子供達の変化に合わせるように体育着もその体にフィットしたサイズへと大きさを変えていく。
  やがて変化が収まったとき、学校のグラウンドに立っていたのは元の姿の面影をかろうじて残した俺と同じくらいの歳の少年少女達だった。
  少年達は少しの間棒立ち状態となっていたが、その後何事もなかったかのように列を作ってトラックを走り始める。掛け声を上げながら整列して走るその姿は、どうみても高校生が体育の授業の最初に準備運動をしているようにしか見えない。
「ひゃひゃひゃ! どうじゃ祐太、素晴らしいじゃろう!!」
  唖然とする俺の後ろで、けたたましい笑い声を上げる爺さん。
「どうなってるんだ、爺さん!?」
  そう言いながら振り返った俺に、爺さんは手にした機械を有名時代劇の印籠のごとく得意げに見せつけてくる。
「ひょひょひょ! 全てはこの『フィールド変換器』の力じゃよ! 詳しい理論は秘密じゃがの、要はこいつで場所を指定して、後はどんな場所に変えるかを入力すれば、たちまちそこはこの機械に入力した通りの場所に変換されるのじゃ!」
「じゃあ、あのガキ達が急にでかくなったのは……?」
「察しが悪いのう祐太。小学生が高校の授業を受けるなんてことがありえるかの? 高校で学問を学ぶのは高校生に決まっておるじゃろうが。つまり、あの場所が『高等学校』になった時点で、あの場所にいる者達もその場にふさわしい存在へと変化したというわけじゃ」
「でも、あいつらは誰も自分の姿が変わった事に気付いていないみたいだぜ」
「ふむ、それはあの場所が最初から高等学校であそこにいる者が高校生であるように世界そのものが“改変”されたからじゃな。つまり、儂ら以外の者にとってはあの姿こそが“元々の物”なんじゃ。儂らはこの世紀の大発明、『絶対観測者バッジ』をつけとるから世界が書き換えられた事を観測できるがの」
  そう言って爺さんは白衣に付けたバッジを叩く。
「どうじゃ、理解できたかの?」
「……つまり、その機械で場所の名称を入力すると、指定された場所が入力された場所であったように世界が書き換えられるって事で良いのか? どうしたらそんな事ができるのかはさっぱり分からんけど」
「ひょひょ、上出来じゃ。だが、この機械も万能という訳ではないぞ。あまりに同じ場所ばかりを書き換え続けていると世界の方が異常を感知して儂らの存在を消そうとしてくるでな。同じ場所を変えられるのは三回までと決まっておる」
  そう言いながら機械に『小学校』と入力する爺さん。
  再び機械が光を発すると、先ほどの光景を逆回しするかように、グラウンドの高校生の姿がみるみる小学生へと戻っていく。
  数十秒後、校庭は再び子供達のあげる賑やかな声で満ちあふれていた。
  その様子を爺さんは窓から確認すると、何を思ったのか問題の機械を俺に手渡してきた。
「さてと祐太、突然じゃがお主にはこいつの実証試験をやってもらおうと思う」
「な、なんだって!?」
  思わず声をあげる俺に爺さんは高笑いしながら言葉を続ける。
「ひゃっひゃっひゃっ! な〜に、そんなに驚く物でもないじゃろうに。“この場所をこう変えたら面白そうだな”という所ぐらいあるじゃろ? そこでこいつを使えばええだけのことじゃ。バッジを付けてない奴らは自分は元からその姿だったということになるから問題はなし、もしもそれで良心の呵責を感じるというんじゃったらもう一度この機械で場所を元に戻せばええじゃろう。それにこの試験、ただでやってくれという訳じゃないぞ。もし引き受けてくれるならこいつを一回使用するたびにこれだけ報酬をやろう」
  そう言って爺さんが手で示した値は、慢性財政難の俺にとっては非常に魅力的な額だった。
「……一応聞いておくけど、十とか百の単位じゃないよな?」
「あたりまえじゃ。万じゃよ万。悪い話じゃなかろう?」
  ふむ……確かに爺さんの言うとおり悪い話ではない。報酬が魅力的なのは当然として、実は一連の非常識な変身劇を見た俺の頭の中には、ある場所をこいつで変換したらどうなるのだろうかという純粋な……いや、ある意味悪意に満ちた興味が沸いていたのだ。
「分かった。報酬の事、あとで知らないとか言うなよな」
  そう言って、俺は爺さんの依頼を受ける事にしたのだった。



  窓の外では相変わらず激しい雨が降っている。
  この昼休み、図書室へと出かけた数名を除いたほとんどのクラスメートが、教室内でそれぞれ仲の良いグループごとに分かれて騒いでいる。男女比率はちょうど五割といったところだろうか。
  さて、お楽しみタイムの始まりだ……。
  俺は机の引き出しに隠しておいた爺さんの機械を起動させる。一瞬、機械の先から光が発せられるが、机の影に隠していたこともあって、誰も俺が機械を操作している事に気付いた様子はない。
  さて、まずは……
  俺は機械にある言葉を入力する。
  そして機械が光を発した次の瞬間、教室の中は少女達の驚きと戸惑いの声に包まれていた。
「え?」
「なに!?」
「うそ……」
  クラスの中にいた女子生徒達の体が少しずつ大きくなっていく。肩が張り出し、胴が太くなるのに反比例して胸の膨らみが消失していく。髪がどんどん短くなり、手が大きく角張ったものに変わっていく。スカートが脚に巻き付くようにねじれると二つの筒に分かれ、制服のズボンを形成していく。ブレザーも一回り大きくなり、襟元のリボンはネクタイへとその姿を変える。
  やがて変化が終わったとき、教室内から女子生徒の姿は完全に消え失せていた。
  クラスメイト達はしばらくぼうっと立ちつくしていたが、やがて我に返ったかのように再び談笑し始める。だが、そこには先刻までの女子生徒のかしましい声はなく、代わりに野太い男子生徒の声と馬鹿笑いが男性特有の暑苦しさと共に教室内に充満していた。
  へえ、あいつ男になるとあんな感じになるんだ。お、あいつらが見てるのはエロ本だな。自分達がつい先ほどまでその写真と同じ女だったとも知らずにねえ。しかし、あれだな、エロ本を公然と広げられるとは、さすが『男子校』といったところだな。
  俺は変わり果てたクラスメイトを眺めながら湧き出る笑みをかみ殺していた。そう、俺はフィールド変換器に『男子校』と打ち込んだのだ。男子校の中には当然ながら女子生徒は存在しない。そのため、この学校の女子生徒は全て男子生徒へと変身してしまったのだ。
  さあて、それじゃ次、いってみるか。
  俺は再び機械にキーワードを入力する。
「うっ!?」
「何だ!?」
「うっ、うわあ!!」
  たちまち悲鳴をあげ始めるクラスメート達。その姿が縮み、細くなっていく。髪が伸び、胴がくびれ、ズボンが一つの筒へと変わっていく。
  だが、俺が他人を観察できたのはそこまでだった。なぜなら、変化は俺自身にも及んでいたからだ。
  俺の目の前で、平らだった胸がゆっくりと膨らんでいく。ブレザーから見える指はほっそりとし、耳の上を髪の毛が覆っていくのを感じる。
  立派に成長した二つの膨らみを何かが形を整えつつ締め付け、同時に一つの筒となったズボンの下で、下着が股間にみっちりと張り付いてくる。
「あっ、ああ」
  声もこれまでの自分の物ではなく、可愛らしい少女の物になっていた。ネクタイが赤く染まるとするすると縮んでいき可愛らしいリボンになる。
  私は男から女に……女子高生の姿へと変わってしまっていた。
  クラスを見渡すと、先ほどまでの男臭さが消え、一気に教室内が華やいだような感じがする。そう、この学校は『男子校』から『女子校』……女の園へとその姿を変えたのだ。
  しばしの静寂の後、きゃんきゃんとした女の子の声で満たされる室内。そんな中、私はポケットから自分の学生手帳を取り出した。手帳に入れられた学生証には私の名前である“天野優花”の文字とともに、小さく微笑む長髪の女の子の写真が載っている。
  へえ、私、女の子になると結構かわいいんだ。それにクラスの中でも胸は大きな方みたいだし。
  私は片手を膨らんだ胸にあてながらクラスの女の子の様子を観察する。そのスタイルは千差万別だけど、年頃の女の子らしく、みんなおしゃれに気を使っているのが感じられる。これがつい数分前まではみんな男だったなんて、どう見ても考えられない。まあ、そのうちの半分は元々女の子だったんだけど。
  と、私は教室にかけられた時計の針が、今まさに昼休みの終了を告げようとしているのに気付いた。
  ふう、どうやらここまでのようね。どうせならもうちょっと楽しみたかったのだけど。
  私はみんなの変身した姿を目に焼き付けるように教室内の様子をもう一度見渡すと、機械に『共学校』の文字を打ち込んだのだった……。





「ひょっひょっひょっ! それで『共学校』に場所を戻したというのに、姿が元に戻らなかった……という訳じゃな!」
「そうよ! どういう事、お爺ちゃん!」
  数時間後。私はお爺ちゃんの研究室に駆け込むと、これまであった事を早口でまくしたてた。そう、私の姿は学校を『共学校』に戻したにも関わらず、女の子のままだった。それだけではない。クラス全員どころか、学校にいた生徒みんなが女の子のままだったのだ。
「もう、どうなってるの? 私はちゃんと『共学校』って入力したはずなのに……!」
  訳が分からず涙まで出そうになる私に、お爺ちゃんはいつもどおりの高笑いをあげる。
「ひゃっひゃっひゃっ! そんなの当然じゃろうて」
「どうして!?」
  食ってかかる私にお爺ちゃんはニヤニヤと笑みを浮かべる。
「だってそうじゃろ? 『男子校』は男子しか入学できん。『女子校』に入学できるのは女子だけじゃ。じゃが、“共学校に入学する生徒の男女比は5割でなければならぬ”とはどこにも決まっておらんではないか」
「あ……」
  思わず声を上げる私に向かってお爺ちゃんは楽しそうに言葉を続ける。
「儂の知っている例では、共学校で名前にも“女子”と入っていないにも関わらず、元が女子校だったからか男子の入学者がおらずに事実上“女子校”という学校もあるそうじゃ。儂の機械……というか、つじつまを合わせようとする世界の方も、恐らくそれと同じ状況だと都合良く判断したんじゃろう。何せつじつま合わせで変更する事項が一番少なくて済むからのう」
  そう言って高笑いをするお爺ちゃんを前に、私はただ呆然と立ちつくすしかない。
「さて、それでこれから“優花”はどうするんじゃ? 既に機械をを三回使ってしまった以上、あの学校をどうこうすることはできんぞ? 元の姿に戻りたいというんじゃったら、それこそ女子トイレの中に入ってその場所を『男子トイレ』に変えれば簡単に戻る事は可能じゃが……。さてさて、“女の園の黒一点”として肩身の狭い思いをしながら学校に通うのと、“女子高生”として学校生活をエンジョイするのと……お主はどちらの方が幸せじゃと思う?」
「うう〜っ」
  意地の悪いお爺ちゃんの質問に、私は唸り声をあげることしかできないのだった……。



トップページに戻る

小説ページに戻る