トップページに戻る

小説ページに戻る
 


影響力
作:高居空


「ふ〜ん、“今年のあなたは最初に読んだ本に多大な影響を受けるでしょう”、ねえ……」
  俺は煎餅をかじりながらネットで見つけた「今年のあなたを大予想!」という占いサイトの判定結果メッセージを眺めていた。

  普段は占いとかおみくじとかに全く興味のない俺だが、やはり正月には運試しに一つやってみたくなる。
  本当なら可愛い彼女と一緒に初詣にいった時にというのが理想なのだが、残念なことに今の俺にはそうした相手は存在しなかった。さらにいうなら俺以外の家族も田舎に帰省中で今この家にはいなかったりする。
  俺は年末にあった某巨大同人イベントのために色々理由を付けて家に残ったのだが、さすがに一人で初詣にという気分にはなれないでいた。ほら、崇高な目的があるってのならともかく、ただお参りに行くだけで外に出るってのはなんかかったるいし、寒いじゃん。

  とまあ、そんな訳でネットサーフィンの最中引っかかったサイトでお手軽に運試しをしてみたのだが、その結果はなんともまあ、俺にはそぐわないものだった。
  自慢するわけではないが、俺はまったく読書をしない派だ。家ではネットとゲーム三昧だし、教科書も全て学校の机の中に放置プレイ中。さすがに新聞のテレビ欄くらいは読むけれど、あれは本とは言わんだろう。
  でもまあ、こんな結果が出たんならたまには読書をしてみるのも良いかもしれないな。よく偉い人なんかが“この本が私の人生を変えた!”とか大げさにコメントしてるけど、そんな出会いがもしたしたら待っているのかも知れない。そうだな、明日にでも本屋に行ってアニメの原作ラノベでも買ってくるか。

  と、そろそろ毎日巡回してるサイトもチェックし終わったし、そろそろ昨日の同人ゲームの続きでもやるとするかな。

  俺はブラウザを閉じると大晦日にインストールしたゲームを起動した。モニターの中央に同人サークルのロゴが表示されると、続けて重厚なBGMと共に戦場で戦う女騎士の姿が描かれたタイトル画面が浮かびあがる。
  このゲームは俺がひいきにしている同人サークルが先の某巨大イベントで発表したもので、戦乱の中にある中世諸国のうちの1国の王となって大陸の統一を目指すという戦略シミュレーションシリーズの最新作だった。
  もっとも、このソフトは18歳未満の人は買っちゃいけないことになっていて、システムもそれを主眼に置いたものになってたりする。
  具体的にいうと、主人公以外の武将は敵味方含めて全て可愛い女の子で、相手部隊を全滅させるとその部隊を指揮していた武将を捕らえることができる。そうして捕らえた武将の扱いについては、プレイヤーの判断で、自軍の武将に引き入れる、解放する、ハーレムに入れるの3つから選ぶことができるのだ。
  とにかくHなCGを見たいのなら捕虜を全てハーレムに入れれば良いのだが、それだと一向に自軍が強くならず他国に攻め込むどころか逆に攻め込まれて滅亡してしまう可能性が非常に高い。このHと戦略とのバランスが実に絶妙で、俺みたいなやりこみ系ゲーマーにとっては実にたまらないのだ。
  本来なら18歳未満の俺が買えるソフトではないのだが、そこは蛇の道は蛇。そういったイベントに精通していれば、手に入れられる手段はいくらでもある。まあ、大っぴらには言えないけど。


  そんなこんなをしているうちに、モニターでは自軍と敵軍との激突が始まっていた。ゲームはまだ序盤ということもあって、敵軍の思考ルーチンは実に単純。シリーズに精通している俺からすれば攻略するのは朝飯前だ。囮の部隊は目の前の敵を一度だけ攻撃して後退。敵が後を追って突出してきたところを両側面に配置した伏兵部隊が攻撃っと……はい、撃破。
  モニターに“敵将捕獲”の文字が躍る。
  さあ、ここからお楽しみタイムの始まりっと。
  舞台がフィールドマップから本陣へと切り替わり、そこに水色の下着一枚で後ろ手に縛られた女の子が涙目でこちらを見上げているCGが表示される。
  へえ、なかなか可愛い子だな。黒髪の三つ編みっていうのはちょっと幼っぽさが目立つけど、大きな目を涙でうるうるさせてるのはポイント高い。胸の方は巨乳とまではいかないけれど顔の印象からするとえらく大きいし、ハーレム要員としてはまず合格だな。
  能力値の方はっと……おっ、レベルの割にはそこそこ高いぞ。育てれば超一流とはいかないまでも第一線を張れるくらいにはなりそうだ。さてどうするか……。
  迷った俺は、ちょうど手元に転がっていたマニュアルを開いてみた。このゲームを作ったサークルはマニュアルも凝っていて、ゲームの操作方法以外に、登場する武将を紹介した武将辞典なるものが付いているのだ。
  もちろんシナリオのキモとなる部分は伏せられていてあたりさわりのない紹介だけだけど、それでも充分参考にはなる。何せこのゲームに登場する武将は全部で200人。これだけいれば脇役に取れる紹介スペースなんて限られてくる。つまり、紹介記事が大きければ大きいほど、ゲーム内では強キャラであると当りを付けられるということだ。
  さて、肝心のこの子はっと……おっ、半ページ以上紹介に当てられている。しかも全身図とバストアップのイラスト付きだ。メインヒロインの紹介が1ページ、雑魚武将が4分の1ページというところを考えると、この子はやっぱり一流の武将に育つみたいだな。ふ〜む、やっぱり配下として迎えるべきか……。

  と、そこまで考えたときだった。突然体にゾクリとする寒気が走り、俺は手にしたマニュアルを取り落とした。
「なっ、なんだ!?」
  思わず声を上げた次の瞬間、今度は全身に震えが走るとともに急速に力が抜けていく。

  何だっていうんだ、一体!? そのまま床に崩れ落ちそうになる体を何とか四つんばいの体勢で支えた俺の頭の中は危険信号と疑問符で一杯になる。まさか、これが世に言う発作ってやつなのか? 確かに全身に力が入らない上に声も出せない。でも、その割には心臓や頭、胸もお腹もどこも痛くないぞ。どうなってるんだ!?

  混乱する俺に、間髪入れずに次の異変が襲いかかる。
  胸のあたりがチリチリと痺れ出す。四つんばいの体勢のまま何とか首を動かし体を覗き見た俺は、そこに信じられないものを見た。
  胸が……膨らんできてる!?
  ヒリヒリとした痛みが走る乳首のあたりを中心に徐々に重みを増していくそれは、体勢のせいもあるだろうが厚手のトレーナーの上からでもはっきりと分かるくらい大きな2つのふくらみを形成していく。

  そんな、馬鹿な……!?
  目の前で進んでいく信じられない事態に俺は、まさかと思いつつも両足の太ももをすり合わせる。

  なっ? ……うそだろ、おい……

  だが、太ももをすり合わせるのに邪魔になる障害物はいつの間にか消え去っており、そこからは素肌同士がすれあう何とも言えない感触が伝わってくる……ってズボンはどうしたんだ!?

  慌ててのぞき込む俺の視線の先には、いつのまにか露になっていた太ももがあった。それもいつも見慣れたそれではない。いかにも柔らかそうで手でふにふにしたくなるようなぁっ!?
  次の瞬間、俺は声にならない叫びを上げた。突然、股間を包み込むように何かがみっちりと張り付いてきたのだ。股間に密着する柔らかい感触に、そこに何もないことを嫌が応にも認識させられる。
「……っ、あっ、ああっ!」
  次に襲ってきた刺激に、今度は喉からはっきりとした声が漏れる。それはまるでアニメのヒロインのような、可愛らしさの中に色気を漂わせる声だった。でも、今はそんな事なんてどうでもいい。それよりも、この急に胸を押さえつけてきた感触って、もしかして……

「ブラジャー?」

  声に出してみてわたしは恥ずかしさで耳まで真っ赤になるのを感じた。そんな……男のわたしに女物の下着だなんて……。

  その時、わたしは頭の後ろから視界の左右にころんと落ちてきた黒い物体に気付いた。これって、三つ編みおさげ……。って、もしかして……?

「……ああっ、ふくが……」
  着ていたトレーナーがサァ〜っと細かい粒子になって蒸発していく。下に着ていたシャツも一緒だ。四つんばいのままのぞき込むわたしの目の前に2つの丘とその間にある谷間が徐々にその姿を現わしていく。柔らかそうな白い肌で覆われた丘は、その一部を布で包み隠されていた。ああ、これがブラジャーをした女の子の胸…………。そして、それを包みこむ布地は、わたしが思った通り水色をしていた。
「ああ、わたし……この……娘に……」
  わたしは顔を上げ、テーブルの上に置かれたパソコンのモニターを見る。そこには今も水色の下着を着けた三つ編みお下げの女の子が映っていた。
  ああ、やっぱり……
  鏡がないので確認はできないけれど、わたしは画面の中のこの娘になってしまったことを感覚的に理解していた。……でも、なんでこんな事に……?
  その時、まるで電流のようにわたしの脳裏にひらめくものがあった。そういえばさっきパソコンモニターに映っていた映像……今のこの娘じゃなくて、もっと前、ゲームを始める前に見た……そう、アレは確か占いのサイトの……“今年のあなたは最初に読んだ本に多大な影響を受けるでしょう”って……、それでわたしが最初に読んだ本って……このマニュアルの……武将紹介のところ……
「ああ、そういうことなんだ……」
  わたしはようやく自分に何が起こったのかを理解した。要はあの占いの言うとおりだったのだ。最初に読んだこの娘の紹介に大きな影響を受けたわたしは、この娘にそっくりの姿になっちゃったのだ。うん、それなら納得納得……
「できる訳ないよ〜!!」
  誰もいない家の中、わたしは一人大声で叫んでいた……。












  ……だけど、その時のわたしはまだ分かっていなかったんだ。本当の不条理はこれからなんだってことを……。










「ふえ〜んっ!」
  あれから2時間。わたしはまだ女の子の、それも下着姿のままで身動き取れずにいた。
  考えてみればすぐ分かることだった。画面上のこの娘は下手な動きができないよう厳重に縄で縛られている。ということは、わたしも……。
「ああ〜ん! だれか助けて〜!!」
  誰もいない家の中、くねくねと身じろぎしながらわたしは大声で叫び続けていた……。
 

トップページに戻る

小説ページに戻る