トップページに戻る

小説ページに戻る
 


だるまさんが…
作:高居空


「ねえ、あそぼ?」
  双子とおぼしき姉妹がそう声をかけてきたのは、ちょうど俺が新年会に飽き飽きしていたころだった。
  父の家系は古くから続く地方の名家らしく、年の初めに本家に親戚一同が集まり新年会を開く習わしとなっている。
 分家のそのまた分家にあたる俺の家は、これまで親父が一家の長として毎年帰省して新年会に顔を出していたのだが、「そろそろ親戚にお前の顔を覚えてもらわにゃあかん」と、今年から俺も強制的に参加させられることになったのだ。
  もしもこの場に小さい頃よく遊んだ従兄弟でも来てれば、昔話やら近況報告やらで盛り上がれたんだろうが、あいにく従兄弟の家は伯父が代表として来ていて、俺と同年代で見知った顔はどこにも見あたらなかった。
  中には子連れで参加してる若い親戚らしきのも何人かいたが、これまで一度も会ったことのない遠縁の人間にいきなり話しかけられるほど、俺はフランクな性格じゃあない。
  そんなわけで、最初の親族紹介が終わった後、型通り酒を注いで回った俺は、伯父と話し込んでいる父とは距離を置き、本家のだだっぴろい大広間の片隅で、「これだけの親族の顔と名前を覚えとかなきゃいかんとは、本家も大変だなあ」とか思いつつ、一人グラスを傾けていたというわけだ。
  そんな俺に声をかけてきた姉妹は、ちょうど小学校に入るか入らないかくらいの年頃の子供達だった。ただ、このくらいの年齢に多い、大人の言うことを聞かず、むしろ大人を困らせるようなことばかりするやんちゃし放題のガキとは違い、姉妹にはなんというか、年不相応なくらいの落ち着いた雰囲気が漂っている。この子達は確か……そうだ、親族紹介のとき、観劇にはまって幾年月とか自己紹介してた親戚の女が連れてた子供達だったか。
  名前は覚えちゃいないが、あいさつが終わった後、母親と一緒にちょこんと頭を下げていたのを思い出す俺。
  うん、今時の子にしちゃ珍しく、ちゃんとしつけがされている感じの子達だったな。まあ、おそらくは母親が劇場に子連れで行っても周りに迷惑をかけないように、しっかり教え込んでるってところなんだろうが。
  そんなことを考えながら、俺は口元に笑みを作りあげると姉妹に返事をする。
「いいよ、なにして遊ぶ?」
  言っておくが、俺は特段子供好きというわけじゃあないし、当然ロリコンでもない。ただ、こうして一人でちびちび飲んでるよりも、子供とじゃれあってた方がまだ暇を潰せると判断したまでのことだ。
  そんな俺の内心など知らずに、姉妹は顔を見合わせると、双子ならではの以心伝心ということか、二人同時にまったく同じ言葉を口にした。
「だるまさんがいい」
  なるほど、だるまさんがころんだ、か。懐かしいな。ガキの頃やって以来か。ルールは……まあ、大体は覚えてるな。
  だが、あれをやるとすると、問題は場所だな。さすがに宴真っ盛りのこの大広間でやるわけにゃあいかんだろう。
「よし、それじゃ廊下に出ようか」   幸い、本家の家はだだっぴろく、廊下の幅もそこらの家の倍以上はある。大人がやるには狭いが、小さい子供相手ならこれくらいの広さがあれば十分だろう。
  俺は姉妹を引き連れ広間から出ると、邪魔にならないようにトイレのルートとは別の廊下へと向かう。ちょうどおあつらえ向きの太い柱が見えてきたところで、再び姉妹が同時に口を開いた。
「だるまさん、だれがやるの?」
「ああ、それはお兄さんがやるからね」
  おそらく姉妹にはおっさんに見えてるんだろうが、あえてお兄さんと強調する俺。
  まあそれはそれとして、だるまさんがころんだだが、さすがに最初から鬼を子供にやらせるのは文字通り大人げないだろう。ここは鬼を買って出て、ちょっと手加減して子供達を楽しませてやるのが良い大人っていうものだ。少し飲み過ぎて正直あんまり体を動かしたくないっていうのが理由じゃあないぞ。
  と、そこで俺はあることに気が付いた。
  うん? そういえば、だるまさんがころんだって、鬼のことを“だるま”って呼んでたか?
  その時だった。
  俺の体にぶるりと震えが走ると、突然、俺の視線がぐぐっと下がり始める!
「なっ!」
  前触れもなく襲いかかってきた異常事態に驚く間もなく、今度は胸がむくむくと冬物の服の上からでもわかるくらいに盛り上がっていく。
「なんじゃこりゃー!」
  そう叫んだところで、俺は自分の声が女のような高いソプラノ声になっていることに気が付いた。
「あ、あっ!」   着ていた服の首元の布地がぐぐっと下がり、膨らんだ胸が作りだす谷間が徐々に露わになっていく。
  同時に服の袖とズボンの裾がすすっと短くなり、白く細い腕と自分の物とは思えないむっちりとした色気のある足のラインが白昼の元に晒される。
「こいつは……!」
  やがて袖は完全に姿を消し、肌の大きく露出した服の上部は、肩に掛かる細い紐2本でなんとか支えられているような状態となる。
  下のズボンはいつの間にか上部と一体化し、まるで女の水着のような形へと変化していた。裾の完全に消失したズボンの股間部分は、ハイレグとまではいかないまでも、鋭角な三角形を形作っている。
  そしてその三角形の頂点部分には、やはりというか、男の象徴はどこにも見あたらなかった。
「な、なにが起こって……」
  残った布地は原色を用いた派手な色彩へと変わっていき、その上にはスパンコールのような装飾が浮かび上がってくる。それはまるで、色気と華やかさを両立させた女のステージ衣装のようでもあった。
「お、女……。俺が……女……に……?」
  訳の分からぬまま、ただつぶやいて自分の体を見下ろすしかできない俺。
  だが、その時、俺は自分に向けてどこからか視線のような物が飛んできていることに気が付いた。
  気配の方向に顔を向けると、そこには俺のことを見上げて目をキラキラさせている姉妹がいた。
「わあ、だるまさんだあ」
  俺の方を見ながらうっとりした表情で声を漏らす姉妹。
  だるま? ちょっと待て、どこにだるまなんているんだ? いや、それとも、俺のこの女のような……というか、女そのものの格好を見て、だるまって言ってるのか?
  その言葉にさらに混乱する俺に対し、どこかあこがれのような視線を向けてくる子供達。
「ねえ、おどって」
  さらに意味不明なお願いをしてくる姉妹に、何が起こっているのかと聞き返そうとした俺だったが、行動に移すより前に、突然口と体が勝手に動き出す。
「ヤー! ハイ! ハイ!」
  口から女の声音で威勢の良い掛け声を発しながら、ポーズを取り、片足を頭に届こうかというくらいに何回も振り上げ始める俺。自分からは見えないが、感触からして、おそらく今の俺の顔には満面の笑みが浮かんでいることだろう。
「わあ、かんかんだあ!」
  その俺の様子に、姉妹は意味不明な単語を発しながら歓声を上げる。
  いったい何がどうなってるんだ!?
  もはやまっとうな思考ができないくらい頭がクラクラするのを感じながら、俺は姉妹の前で、剥き出しとなった女の足をリズミカルに振り上げ、胸を弾ませ笑顔で踊り続けるのだった……。




「ダルマ」…兵○県に本拠を置く劇団の関係者の間で使用されている用語。ワンピース水着のような形状の、袖や裾のない娘役用の衣装のことを指す。品格を重視する劇団の中では、非常に露出度の高い衣装の部類に入る。舞台のうちショーパートでは、この衣装を身に着けた複数の娘役が列をなし歓声を上げながら足を振り上げ踊るライ○ダ○スの(フレ○チ)カ○カ○が組み込まれることが多い。


※検索サイトの文字検索による無用なトラブルを避けるため、一部伏せ字表記とさせていただいております。ご了承下さい。



トップページに戻る

小説ページに戻る