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脱出と誤算
作:高居空
…………夢か。
真夜中に寝床から飛び起きた俺は、これまでのことが夢と分かり大きく一つ息を吐いた。
夢の中で、俺は異形の殺人鬼と化していた。
悪夢。
俺はどこか外国の山中にある湖に面したキャンプ場で、鉈を手に若い男女を惨殺して歩いていた。
最初にセックス真っ最中の男女を殺した。次にコテージの浴室でシャワーを浴びている女を殺した。浴室から女が出てくるのを待っていた男を殺した。無謀にもタイマンで俺に挑んできたガタイの良い男を返り討ちにした。ついでに男の脇にいた挑発的な格好をした女も殺した。小賢しい策を弄してきたオタクチックな小男を殺した。そしてコテージの物置に潜んでいた清純そうな女を殺そうとしたとき、その彼氏と思われる男に不意打ちを食らったところで、俺は目を覚ましたのだった。
どこかのホラー映画に入り込んだかのような夢。だが、殺人鬼の視点でそれを見るなんてことはそうそうあることではない。
気になった俺は、スマホのスイッチを入れる。時刻は2時。草木も眠る丑三つ時というやつだ。そのことに少し薄気味悪さを感じながらも、俺はネットで夢診断のサイトを検索し、その中の一つにアクセスする。
自分の見た夢の内容を入力して送信すると、AIがそれを分析し結果が表示されるというそのサイトで、俺はさっそく先ほどの夢を書き込み分析を依頼する。
だが、返ってきた答えは、俺の想像の斜め上をいくものだった。
“あなたの見た夢は逆夢でしょう”
……………………寝るか。
その結果に、俺は今一度大きく息を吐くと寝床に潜り込んだのだった。
気が付くと、俺は別の場所にいた。丸太を積み重ねて作られたような壁に、板張りの床。どうやら俺はどこかのコテージの中にいるようだった。そして、その内装に俺は見覚えがあった。
そこは、先ほどの夢で惨劇の主な舞台となったコテージの中だった。
なんだ、夢の続きか?
そう思いながら体を動かそうとした俺は、胸からこれまで感じたことのない感覚が伝わってくるのを感じる。
胸が、重い……?
その感覚に視線を下ろす俺。
そこには、大きく膨らんだ二つの胸と、その胸が作り出す谷間があった。
俺の寝間着はいつの間にか白いタンクトップに変わっていた。その胸の部分がこれでもかというくらい大胆に自己主張を行っている。ズボンは下腹部にぴったりと張り付くデニム地のホットパンツとなり、その股間にはあるべき膨らみがまったく見あたらない。露出した長い手足にはむだ毛は一本も存在しなかった。
な、俺が女に……!?
夢とはいえ先ほどに続く破天荒な展開に二の句が継げない俺の脳裏に、先ほどの夢診断の結果がよぎる。
“逆夢でしょう”
……まさか。まさかとは思うが、あの俺が殺人鬼になった夢が逆夢だったとしたなら、今の俺は「殺人鬼に殺される側」ってことか!?
その可能性に思い至った瞬間、俺の頭にどこからか膨大な情報が押し寄せてくる。
『キャシー 女 チアリーディング部に所属する大学生。夏休み、同じゼミの学生総勢9人による野外合宿でキャンプ場を訪れる。しかし、その本当の目的は、ゼミ仲間でありアメフト部のエースでもあるスコットとその仲間2人が秘密裏に企画している乱交パーティーに、チア仲間のアンナとメリッサとともに参加することだった』
これって、「俺」の情報か!? マジか。それって、ホラー映画じゃまず死亡確定キャラじゃないか!
ホラー物では、ビッチな女キャラはまず助からない。ヒロインだったらあるいはということもあるかもしれないが、少なくとも乱交パーティーが目的な女(俺)がヒロインであるわけがない!
その情報に、背筋にぞっとした物が走るのを感じる俺。
が、同時に、俺の体は異なる反応も示していた。
乱交パーティーの情報が入ってきたあたりで、俺の腹の奥で何かがキュンキュンと反応しだしたのだ。
……どうやら俺は、相当なビッチ女のようだ。それを自覚した俺は、自分の体を確認したいという欲求を理性で抑え込む。もしも今それを確認したなら、そのままイタしてしまって戻って来れない気がしたからだ。そして直感する。おそらく男にヤラないかと誘われたら、俺は今の意識を保てていたとしても、決して断れないだろうと。だがそれは、死亡ルートへの直行を意味している。ホラー物において、セックスに耽る男女から優先的にぶっ殺すというのは、基本中の基本だからだ。
「な、なんとかしないと……」
口から本来の自分の物とはかけ離れた年頃の女の声を吐きながら、俺は何か逃れる手段はないかと右往左往する。
すでに合宿の参加メンバーは全てこのキャンプ場に揃っている。どこからか脳に送り込まれてきた情報により、俺はそのことを知っていた。コテージは3棟を借り上げており、俺達チア部所属の3人、アメフト部所属の3人、その他のゼミ生3人の3チームに分かれて宿泊することになっている。今、このコテージに泊まることになっている他の2人、アンナとメリッサは、俺より一足早く水着に着替え、湖に遊びにいっているはずだ。
窓から外を覗くと、湖では、降り注ぐ夏の日差しの下、アンナとメリッサ、アメフト部エースのスコットと仲間のコーディとライアン、そしてその他ゼミ生チームのジョンとサラが水着姿ではしゃいでいるのが見える。
そこで俺が気が付いた。時刻はまだ昼下がり。そして、前見た夢で殺人鬼(俺)が動き出したのは夕刻からだった。つまり、今ならまだ、キャンプ場を抜け出して惨劇を回避できるチャンスはあるということだ! ホラー物では、惨劇の場から逃げ出そうとする者は確実に殺される。だが、最初の惨劇が起こる前ならばその縛りはないだろう。
名案を閃き、“よし!”とその場で小さくガッツポーズをした俺は、早速行動に移そうとする。が、次の瞬間、再び情報が脳裏に走り、その内容に俺は思わずその場で立ちつくしてしまった。
俺は、車を持っていなかった。
そう、山の中から外に出る唯一の移動手段である車を俺は持っていなかったのだ! それどころか、キャシー(俺)は免許すら持っていない。“そんなの持ってなくたって、オトコに送ってもらえばイイじゃない♪”……それが、キャシー(俺)とアンナとメリッサの見解だった。まさに、海外スクールカーストの上位階級に位置づけられるチア部ならではの発想。だが、今重要なのはその考えの是非ではなく、俺が車を運転できないという事実だ。
となると、俺がここを出るには、誰かに車を運転してもらい、外に連れ出してもらわなければならない。
ゼミの面々が水面で楽しんでいるのを眺めながら、俺はその顔を思い浮かべ、おそらくそこまで良くはないであろうキャシーの脳をフル回転させる。
俺を外に連れ出してくれる可能性がある人間……。まず、アンナとメリッサは除外。あの娘達は俺と同じく車も免許も持ってない。次にアメフト部のスコットだが、彼は今回のキャンプの真のイベント、乱交パーティーの発起人であり主催者だ。俺が今さら山から出たいといっても聞き届けてくれる可能性は0に近いだろう。なので除外。次にスコットのアメフト仲間、コーディとライアンだが、おそらく彼らは今夜の乱交パーティーに向け今頃昂ってきてるところだろう。そんな中、彼らのどちらに頼んだとしても、二人っきりというシチュエーションやこれまでの彼らの言動からして、少し離れたところにある駐車場へと向かう山道か、もしくは車の中で襲われてしまうに違いない。そして、俺はそうなった場合、たいして拒みもせずに受け入れてしまうだろうという妙な確信があった。正直これはまずい。もしも行為が夕刻まで続いた場合、第一の犠牲者は俺で確定だ。
となると、残るはその他ゼミ生チームか。まず、サラはダメだ。キャシー(俺)とサラは普段から性格的不一致が原因で反目しあっている。サラは俺のことを“誰とでも寝るビッチ女”と蔑んでいるし、俺はサラのことを“オトコ遊びの楽しみも知らない頭カチコチの優等生”と馬鹿にしている。そんな彼女が俺の頼みを聞いてくれるわけがない。次にジョンだが、彼は今サラと付き合っている。彼自身はとてもいい奴なんだが、声をかけたらサラが黙っちゃいないだろう。更に2人で車でちょっとそこまでなんていったら、殺人鬼の前にサラに殺されそうだ。むむ、そうなると……
これで今窓から見える湖で遊んでいるメンバーは全員が候補から消えたことになる。となると残りは……そうだ、マックス! あいつがいた!
俺は、湖に姿を見せていない合宿メンバーの最後の1人であるマックスのことを思い浮かべる。
マックスは見るからにオタクチックなチビで、“リアルよりバーチャルの女の子の方が好きなんでしょ”“そもそもリアルであんな奴に振り向く女なんていないし”と、チア部女子の間で馬鹿にされている奴だった。おそらく、今回湖に顔を見せていないのも、ネットに夢中になっているか、体にコンプレックスがあって皆に見られたくないかのどちらかだろう。
が、これは俺にとってはチャンスだ。奴にはリアルな女に対する耐性はほぼないはず。ここで男性経験豊富なこの俺(キャシー)が本気で誘惑すれば、容易く落ちるに違いない♪
脱出への算段が付いた俺は、早速計画を実行すべく、体に香水を吹き付け、マックスのいるコテージへと向かったのだった……。
誤算だった…………。
広い教室、その後方の席で一限目の講義が始まるのを待ちながら、俺は内心ぼやいていた。
前の方の机には、ジョンとサラが仲良く並んで座っているのが見える。あの後、ジョンとサラはキャンプ場で起こった惨劇を生き残り、こうして学生生活に復帰していた。もちろん、この場にいることから分かるとおり、俺も惨劇を回避することに成功している。マックスも一緒だ。その他の奴らは……まあ、いわずもがなだろう。
一見すると、一応ハッピーエンド的な状況。だが、ここに至るまで俺には数々の誤算があった。
まず、一つめにして最大の誤算は、俺がまだ夢から覚めていないことだ。俺は今でもキャシーとしての生活を余儀なくされていた。少なくとも、夢から覚めるような予兆や何かを感じたことは一度もない。ひょっとしたら、あの場で殺人鬼に殺される、もしくは対峙して生き残ることが夢から覚める条件だったのかもしれない。まあ、殺されてたらそれまでよだった可能性も高いから、あの時の選択自体は今でも後悔はしていないが。
そして、二つめの誤算は……
と、そこで物思いに耽っていた俺の意識を現実へと引き戻す声が後ろのドアから聞こえてくる。
「ごめんキャシー! 寝坊した〜!」
そう叫びながら教室にダイブしてくるオタク風の外見の小男。そう、マックスだ。彼はゼーハー肩で息をしながら、俺がとっておいた隣の席へと腰を下ろす。何回繰り返されたか分からないその光景に肩をすくめる俺。
二つめの誤算、それはこのマックスだった。
“私、本当は昔からマックスの事が好きだったの。この合宿もみんなの目のないところで貴方にこの気持ちを伝えたくて参加したのよ。でも、私のことをスコットが気になってるみたい。このことをスコットが知ったら、2人とも彼に何をされるか分からないわ。ねえマックス、私のことを考えてくれるなら、2人で今すぐ山を下りましょ?”
あの日、俺の演技にマックスはあっさりと騙された。
が、誤算だったのはその後だ。
俺を連れたマックスが山を下り車で向かった先、そこはネオンきらめくラブホテルだったのである。
彼に気がある風に誘ったのは確かに俺だったが、彼にそうした意欲と行動力があるというのは正直想定外だった。女にうぶなことから、てっきりすぐには手を出してこないものと俺は考えていたのである。
だが、俺は山を下りるという目的を達成したからといって、彼を拒絶することはなかった。この体になったときに感じた予感通り、ラブホテルの看板が目に入っただけで、ビッチな俺の体は勝手に欲情し始めてしまっていたのだ。
そして誤算の三つめ。
マックスのモノは、その小さな体からは想像できないくらい立派で逞しいモノだった。元の俺のモノよりも、一回り以上は大きいだろう。
その立派なモノの前では、俺が体だけでなく心まで牝に染め上げられるのに、たいして時間はかからなかった。
これまで、何人ものオトコを受け入れてきた……ことになっている……俺は、しかし、彼のモノに完全に夢中になってしまった。そしてその後紆余曲折ありつつも今に至る……というわけだ。
そして、最後の誤算。
最初は彼のモノにしか興味が無かったはずの俺。だが最近、俺は彼という人間自体に魅力を感じるようになってきていた。今では目が覚めないなら覚めなくてもいいかと考えることもしばしばだ。彼の前では、オンナを演じるのも苦ではない。むしろ、意識しなくとも自然とオンナの振る舞いになっていた。
「もうマックス、しっかりしてよね♪ そんなんじゃこの後、私を支えていけないわよ♪」
いまだ肩で息をしているマックスに、俺は悪戯っぽく笑いかけると、彼の腕に自分の大きな胸を押しつけるような形でしなだれかかるのだった。
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