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即売会の秘策
作:高居空


「う〜、あ〜、もうどうしようかなぁ…………」
  普段ならとっくに明日に備えて横になっている時間帯、僕は自室で小学校の頃から使っている学習机に向かいながら一人途方に暮れていた。
  机の上にはゲームやネットサーフィンでいつも使っているパソコンの他に、今は大きな水色の封筒が置かれている。今日届いたその封筒の中に入っていたもの、それが僕をほとんど食事が喉を通らなくなるほどに悩ませているのだった。
「う〜、まさかホントに受かるとは思わなかったしなあ……」
  問題の封筒を片手で掲げながら僕は大きくため息をつく。その封筒には様々な諸注意の書かれた冊子とともに、偽造されないよう特殊な加工の施された横長の券が何枚か入っている。それは都内にある有名な展示場への特別入場券……夏と冬とに行われる超巨大同人誌イベントにおいて、売り手であるサークルとして入場するための特殊チケットだった。
「あ〜どうしよう、これまで本なんて作ったことないからなあ……」
  頭を掻きむしりながら僕はネット上で情報を集めようとパソコンの電源を入れる。イベントに申し込んだはいいものの、僕はこれまで同人誌を作った事なんて一度もない。一応アイデアはあるのだけれど、それをどのように本の形にするのかとか、当日全く売れなかったらどうしようとか、考えれば考えるほど不安になってくる。ああ、誰か相談に乗ってくれる人とかいないかなあ……。
『ドウヤラ、オコマリノヨウデスネ』
「!! なに!?」
  その時突如耳に飛び込んできた声に、僕の意識は一気に現実へと引き戻された。
『コチラデス、マスター』
  一昔前のアニメに出てくるロボットが発するような人工的な音声が室内に響く。それは目の前にあるパソコンのスピーカーから聞こえてきていた。見るとパソコンのモニターにはいつものデスクトップの画像ではなく真っ黒な画面が表示され、そこを0と1という二つの数字が滝のように上から下へと流れ落ちている。
「ばっ、バグ!? それともウイルス!?」
『ソノヨウナコト、ドウデモイイデショウ』
  パニくる僕に抑揚のない声で語りかけてくるパソコン。というか、このパソコンの声ってどうやってるのかは分からないけど全て僕の状態を確認した上で発せられているみたいだ。いったい全体どうなってるの!?
『ワタシハ、マスターノソウダンニノルベク、コウシテアラワレマシタ』
「相談?」
『エエ。シンパイナノデショウ? イベントデホンガウレルノカドウカ』
「うっ……」
  今まさに悩んでいる事柄をずばりと指摘されて思わず声を漏らす僕に対し、パソコンは淡々と言葉を続けてくる。
『ナラバ、ワタシガマスターニ、チカラヲオカシシマショウ』
  う、た、確かにそれは助かるけれど……でも、本当にいいんだろうか。僕は今、どう考えても常識では説明の付かないような状況の中にいる。ここで目の前にあるこの“パソコン”を信頼してしまってもいいものなのかどうか。ここは一目散に部屋の外へと逃げ出してしまった方が賢明なのではないだろうか…………。う〜ん、でも僕の知り合いにこの手のことを相談できる人って誰もいないのも確かだし…………。
「ほ、本当に力になってくれるの……?」
『エエ、モチロンデス』
  迷いながら発した僕の問いに対し、一際大きな音声で即答してくる“パソコン”。そ、それじゃあ、話だけでも聞いてみようかな……。
『ソレデハサイショニ、マスターガイベントニモウシコマレタジャンルヲ、オシエテクダサイ』
「えっと、創作小説系だけど……」
  “パソコン”の発した問いに正直に答える僕。創作小説系とは、漫画やアニメなど原作のある物を題材にしたいわゆる二次創作の作品ではなく、一から話を作り出す本当の意味でのオリジナル小説を指すジャンルだ。これまで僕は個人的な趣味の一環として小説を何本も書きためてきた。ただそれらは全て自分のために書いたような物。人に見せるために作った作品ではない。だが、初めて一般客として参加した前回の同人誌即売会で自分の作った本を楽しそうに売っている人達の姿を見て、僕は自分の小説も他の人に読んで貰いたいという衝動に駆られてしまったのだ。もっとも、そのまま勢いでサークル参加の申し込みまでしてしまったものの、しばらくして冷静に考えてみれば、自分には本作りの知識も何もない。それに当落が決まる前に動いて落選して努力が無駄になるのも嫌だ……とか理由をつけて結局はこれまで全く準備をしてこなかったんだけど……。
『ナルホド、ソレハスコシ、キビシイデスネ』
「えっ?」
  “パソコン”の発したいきなりの厳しい言葉に思わず声をあげる僕。
『ザンネンナガラ、ソノヒノジャンルノメインハ、セイジンムケマンガ、デス。キホンテキニ、オナジジャンルノサークルハオナジブースニカタマルヨウニハイチサレマスカラ、メインカラハズレタソウサクショウセツブースヘハ、ヒトノナガレガ、ホトンドムカワナイカノウセイガ、タカイデス』
「そ、それじゃどうすれば……」
『マズハ、マスターノカカレテイルショウセツ、ソノジャンルガ、ジュウヨウニナリマス』
「えっと、主にTS物なんだけど……」
『ナルホド。カナリ、マイノリティーナジャンル、デスネ』
「う……まあ確かにそうなんだけど」
  “パソコン”に指摘されるまでもなく、TSというジャンルがかなりマイナーなジャンルだというのは僕も十分理解している。中にはTSという言葉を聞いただけで顔をしかめるような人もいるだろう。だから僕も、これまで書き上げた小説を他人に見せたことはなかったのだ。
『デスガ、コレハアドバンテージニモ、ナリマス』
「そうなの?」
『ジャンルナイノサークルノカズガスクナイブン、コウバイソウノシュシャセンタクノキジュンハ、ニンキジャンルニクラベテカナリアマクナリマス。ソレニ、マイナーナブン、ジャンルノホンヲスベテカオウトスルヒトモイマスカラ、アルテイドノウリアゲハ、ケイサンデキルデショウ』
「なるほど……」
『アトハ、マワリノサークルモ、ジュウヨウデス』
「人気があるところなら流れで隣のこちらも見てくれるかもしれないから?」
『ソウデスガ、ギョウレツガデキルヨウナトコロダト、ギャクニソレガカベニナッテ、ツウロノヒトノナガレガスンダンサレルコトモアリマス。マスターノハイチハ、ドコニナリマスカ?』
「“へ”の25番だけど」
『スルトトナリハ“高居通信直販部”トイウサークルデスネ。アチラモハツサンカノヨウデスカラ、ヨクモワルクモエイキョウハスクナイデショウ』
「そう……」
『アト、ウリアゲヲノバスニハ、ジャンルニキョウミノナイ、トオリガカリノフドウソウヲトリコムコトガ、カギニナリマス。マズ、ハンバイスルホンノカタチデスガ、コンカイノホンハオフセットインサツノヨテイデスカ?』
「いや、それはちょっと……」
  僕は小説を書いていることも含めて今回のイベント参加については家族をはじめ誰にも知らせていない。TS系に理解のある人でなければ人間関係に障害が出るかもしれないと考えたからだけど、ここで印刷所に頼んだりしたら事務連絡やら何やらで家族にばれてしまう可能性がある。それに、本が売れなかったときの在庫管理……要は売れ残りを部屋のどこに隠すか等を考えると、とてもじゃないけど印刷所には頼めない。
『スルトコピーボン、デスカ。デハ、ホンニイラストハ、ハイリマスカ?』
「絵もちょっとね……絵心がないから……」
『ナルホド、コピーボンデ、モジダケトイウコトデスネ。ソウナルト、ホンダケデフドウソウヲトリコムコトハ、ホボフカノウデスネ。フドウソウハ、メニシタホンノカタチヤヒョウシノイラストニ、キョウミヲヒカレルケイコウニアリマスカラ』
「そっか…………」
『トナルト、ジュウヨウニナルノハ、ウリコ、デス。コエガデテ、アイソノイイ、キレイドコロノコガイレバ、イイノデスガ』
  ……残念だけど僕にはそのような知り合いはいない。そもそも、秘密でやっているのに人に売り子を頼める訳がないじゃないか。
『ソウデスカ。ジツハソコデ、ワタシニカンガエガアリマス』
「考え?」
『エエ。ヒトニタノメナイノナラバ、マスターガウリコニナレバ、イイノデス』
「へ……?」
  思わず間の抜けた声を漏らしてしまった次の瞬間、パソコンのモニターが目が眩むほどの輝きを放つ!
「うわっ! なに!?」
  腕で目を覆いながら反射的に声をあげる僕。体の中を何か電流のような物が走るような感覚があったかと思うと、急に足下がスースーとしてくる。な、何が起こってるんだ!?
  数秒後モニターの光が弱まってきたのを感じた僕は、視線を落として足下の違和感を確認しようとし、そこで目に入ってきた物に思わず固まってしまう。
  こ、これって……スカート!?
  視線の先にあったもの、それは先ほどまで履いていたはずのいつものズボンではなく、襞の入った紺色のミニスカートだった。スカートの裾の先からはむだ毛一つ無い柔らかそうな太股が露わになっている。そ、それに何となく胸の辺りも少し膨らんでいるような……!?
『カワイクナラレマシタネ、マスター。キャッカンテキニミテモ、ヘイキンレベルヲカルクウワマワルビショウジョ、デス』
「なっ、なななななっ…………!?」
  口から漏れた声も可愛らしい女の子のものだ。
『コレデ、イベントトウジツノウリアゲモ、バッチリデス』
「ば、ばっちりって…………!?」
『イマノマスターガカワイイフクヲキテウリコニナレバ、ツウコウニンモオモワズフリカエルコトマチガイナシ、デス。ソレニ……』
「それに?」
『TSジャンルノサクシャガホンモノノTSッコトイウノハ、ジツニリニカナッテイルデハナイデスカ。ソレヲウリニシテタイケンキデモカケバ、ウリアゲアップマチガイナシデス。ソレデハトウジツモガンバッテクダサイ』
「って、なんだよそれぇー!?」
  あまりにもな“パソコン”の理屈に思わず声をあげる僕だったが、当のパソコンはいつの間にか何事もなかったかのように普段のデスクトップ画面が表示され、結局その後、僕の声に応えることは一度もなかったのだった……。





※この作品はフィクションです。平成22年8月15日に開催予定のコミックマーケット78の3日目において、へ−25aブースに“高居通信直販部”という謎のサークルが参加するのは事実なのですが、作品内に登場する人物と実際のお隣のサークルとはまったく関係はありませんのでご了承下さい。



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