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ヒーロー誕生!?
〜Jは嵐のごとく〜
作:高居空


「おお、待っておったぞ脇田君!」
  その日、学校が終わってからバイト先へと直行した俺を待ち受けていたのは、喜色満面の笑みを浮かべた白衣姿のオーナーだった。
「なんっすかオーナー。また何か新しい試作品でも完成したんすか?」
  見るからに興奮状態のオーナーを尻目に部屋に上がり込んだ俺は鞄を片隅に置かれたソファーの上へと放り投げる。通常の労使関係では絶対に許されないであろう言動だが、俺とオーナーの間ではそのあたりのところはだいぶルーズになっていた。元々オーナーは自分の発明以外には無頓着なタチだし、俺もこの研究所……町外れの廃工場の一室を勝手に改造したとしか思えないここを研究所と呼んで良いのかははなはだ疑問だが……に出入りするようになってからかなり経つ。つまりはこの程度のことで目くじらを立てられるような関係ではなくなっているということだ。
「オーナーではなく博士と呼んでくれと言っておるじゃろ、脇田君」
「でも、オーナー確か博士号持ってなかったっすよね」
「そこはほれ、雰囲気というものがあるじゃろ、雰囲気というものが」
  脱いだ制服の上着をパイプハンガーに掛けながらオーナーといつものやりとりを交わす俺。
  オーナーはこの廃工場内に作られた研究所で日夜発明の名の下に怪しげな品物を作り続けている“自称博士”だった。確かに所々黄ばんだヨレヨレの白衣を身に纏い、寝癖も直さずに笑い声を上げながら作業机へと向かうその姿はある意味博士のように見えなくもない。もちろん、真っ当な博士ではなく漫画等に出てくるマッドサイエンティストのような、だが。
  そして俺は、そんなオーナーが作り上げた発明品の被験者としてこの研究所に雇われている。早い話が人体実験用のモルモットだ。その事を話すと大抵の人は眉をひそめるが、俺自身はこの仕事にかなり満足していた。報酬が良いから? 確かにそれもある。いかにも怪しげなこのバイトを始めるきっかけになったのはそれだったしな。だが、今はそれだけではない。手に入る報酬の額以上に、俺はオーナーの作り出す常識を超えた発明品の数々に心を奪われていたのだ。
  オーナーの作り出す品は厳密にいえばオリジナルと言える物がほとんどない。その大部分はテレビのアニメや特撮番組等に出てくるメカを参考にして作り上げられた物だ。それだけ聞くと大したことはないと感じる人もいるかもしれないが、よく考えてみてほしい。理論も何も不明な空想上にしか存在しないはずの機械を、実際に使える物として完成させてしまう……それがどれだけ常識外れな事なのかを。そんなオーナーの才能に魅せられ、俺はこうしてバイトを続けているのだった。
  ただ、オーナーの作り上げる品は全てが原作のままの機能を持っているというわけではない。どこかしらに改良と称して変な機能が付いていたり、あるいはオリジナルのままのようで致命的な欠陥が存在したり……ともかく、元になったメカそのものだと思いこんでいると実験の時に痛い目をみることになるのだ。まあ、そのうち半分くらいはオーナーが俺の反応を楽しむためにわざと仕込んでいるような気がしないでもないのだが……。もちろん、それと分かった時にはこちらもそれなりの“お仕置き”をさせてもらっているが、最近のオーナーはそれも含めて楽しみにしているような節がある。そうした悪ふざけはなるべくなら勘弁してほしいところだが、さて、今回の発明品はどうなのか…………。
「さて、準備が出来たんじゃったら早速こいつの実証試験に取りかかってもらおうかの」
  そう言ってオーナーが手渡してきたのは、やはりどこかで見たことのある手のひらサイズよりやや大きめな赤く塗装された機械だった。見方によってはベルトのバックルのようにも見えるその機械には、USBメモリ状の物を挿入するためのスロットが2つ備え付けられている。
「なるほど……今回はWってことっすね……」
  手の中にある機械を見下ろしながら、その元になった物が登場する特撮番組を思い浮かべる俺。作中でこの機械は2人で1人の探偵が仮面のヒーローに変身するときに用いられていた。つまりは特撮番組の伝統とでもいうべき変身ベルトの一種である。それをモチーフにしているということは、おそらくこれも装着者を超人へと変身させる装置なのだろう。しかし、あの作品が元になっているということならば……
「まさか今回の発明品はこれだけってことはないっすよね、オーナー?」
「もちろんじゃ。ほれ、こうしてちゃんと『メモリ』も用意しておる」
  俺の声に頷きながらポケットから何かを取り出すオーナー。それは先端に端子の付いた直方体をしたスティック状の物体だった。USBメモリによく似た緑と黒の2本のスティック。それぞれのボディには緑の方に“C”、黒の方に“J”というアルファベットが刻印されている。
  これらの機械の元となった番組では、主人公達は変身ベルトにこのメモリ状の物体を挿入することで変身を行っていた。また、敵となる怪人も同じようなメモリを主に人体に直接挿入することで人間体から怪人体へと変化している。主人公側と敵側が使うメモリは根本的には同じ物であり、それぞれのメモリには地球上の物体や現象等のデータが1つ記録され、メモリに刻まれたアルファベットが“C”ならサイクロン=疾風、“J”ならジョーカー=切り札と、それぞれ何のデータが入っているのかを表す記号となっていた。そのメモリを人体やベルトに挿入し、メモリに記録されたデータを肉体に具現化させ超人へと変化する……それがこの作品内の変身方法であり、またメモリの中に封じられた記録は変身後の外見や能力を決める重要な要素になっていた。ちなみに“C”と“J”のメモリは主人公達が最も愛用していた物語の代名詞的なメモリである。ただ、作品内で主人公達が変身するには2人でそれぞれ1個ずつのメモリを使用する必要があったはずだが……。
「となると、メモリの片方はオーナーが使うんっすか?」
  そんな俺の問いに対しやれやれとばかりに肩をすくませるオーナー。
「いいや、それではリスクが大きすぎるわい。仮にワシが脇田君と一緒に機械を使ったとして、そこで何かしらのトラブルが起き、しかもその影響でワシが動けなくなったとしたら誰が暴走した機械を止められるんじゃ? 心配せんでもちゃんと1人で変身できるように改造してあるわい」
「なるほど……」
  確かにオーナーの言うことももっともだ。納得した俺は機械を自分のベルトのバックルに重ねる。機械から左右に金属製のベルトが伸び腰にしっかりとホールドされたのを確認した俺は、次に手渡された2本のメモリに付いている起動スイッチを押した。
『サイクロン!』
『ジェーケー!』
  起動に合わせてメモリから音声が発せられる。この作品ではメモリの起動時及び変身時にメモリが自らのメモリ名を呼号するようになっているのだ。しかし、今のはなんか作中で使われていた音声とは少々違うイントネーションだったような気がするが………。
  その事に少しだけ違和感を感じつつも、俺は緑のメモリを右のスロットに、黒のメモリを左のそれへと挿入する。
「変身!」
  景気付けに変身ヒーロー物のお約束の台詞を発した俺は……本物はもうちょっと前のタイミングで口にするのだが……機械の左右に挿入したメモリの上部を外側へと傾ける。ちょうど機械とメモリがWの文字を形作ったそのとき、メモリから再び音声が響く。
『サイクロン! ジェーケー!!』
  同時に体に巻き付くような風を感じた俺は、物語の主人公よろしく何かを迎え入れるかのように両手を軽く広げた。
  そして風が体を吹き抜けたとき、俺は肉体から湧き上がるこれまで味わったことのないような強大な力を感じていた。
「おおおおっ! 成功じゃ!!」
  目の前ではオーナーが手を叩きながら喜びの声を上げている。どうやら俺の変身は上手くいったようだ。となると、これが仮面のヒーローがいつも感じている体の感覚ってことになるのか……。
  そんな事を思いながら変身後の肉体を確認すべく視線を落とした俺は、次の瞬間目に飛び込んできた物体に思わず頭の中が真っ白になった。

  アレ、ナンダコレ?

  俺の目にまず入ってきたもの、それは首に巻かれた白いマフラーだった。いや、それはまだ良い。問題はその下に見えるもの……真っ白いシャツの布地と紺色のブレザーと思われる上着、そして服の下から胸元を押し上げる何か……これは一体!? しかもその下はす、スカートになってるし!?
「お、オーナーどうなってるんすか、これ?」
  予想外の事態に目の前のオーナーを問いただそうとした俺は、自分の声音がいつもよりも遙かに高いことに気が付いた。可愛い女の子のような……というには少しハスキーだが、男の声にしては音程が高すぎる。
「なんだね脇田君。実験は無事成功しとるよ。ちゃんと想定どおりの姿に変身しとる」
「そ、想定通りって、どこがですか!?」
  どこからどう見ても今の俺は作品内に出てくる変身ヒーローの姿をしていない。これじゃまるで冬場の女子学生の格好じゃないか。
「ふむ。しかし『サイクロン』のメモリと『ジェーケー』のメモリを使ったのだから別に間違ってないじゃろ? 何でもネット用語では『JK(ジェーケー)』というのは『女子高生』や『実は巨乳』の略だとか言う話ではないか」
「…………!!」
  オーナーのその言葉に反射的にベルトの左に刺さったメモリを抜き取り確認する俺。
  …………ああ、確かに。
  その黒塗りのボディには紫色で大きく刻まれた“J”という文字の脇に、肉眼でギリギリ見える位の小ささで“K”の文字が刻印されていた。
「うむ、『サイクロン』と『ジェーケー』のメモリで変身した今の君はまさしく『嵐を呼ぶ女子高生』! 闇に蠢く悪党の前に風と共に颯爽と現れる口元をマフラーで隠した謎の女子高生……。実に熱い展開ではないかね脇田君!」
「……………………」
「さて、上手くいったところを悪いがまだ実験は終わったわけではないぞ脇田君。このシステムのもう一つのウリ、フォームチェンジの試験が残っているからの」
  そう言って懐から“H”と書かれた赤色のメモリと“L”と書かれた黄色のメモリを取り出すオーナー。物語では戦闘中にメモリを換装することで肉体を瞬時に異なる特性の物へと変えることができた。今オーナーが手にしているのは作中に出てきた右側スロットの換装用のメモリ、『ヒート』と『ルナ』のように見えるが……。
「…………念のため、それが何のメモリでどんな効果があるのか教えて貰っていいっすか? オーナー」
「何って、『ヒート』と『ルナ』のメモリに決まっとるじゃろ? 参考にした作品のメモリと同じじゃよ。それぞれ右のスロットに挿入することによって、『ヒートジェーケー』、『ルナジェーケー』にボディ特性をチェンジすることができるんじゃ。ちなみに『ヒートジェーケー』は『エッチで燃え萌えの女子高生』に、『ルナジェーケー』は『月経中で情緒不安定な女子高生』になることができるぞ。考えただけでもゾクゾクするじゃろ。さあ、早速試してみたまえ」
「……………………」
  満面の笑みを浮かべて2つのメモリを差し出してくるオーナー。その手を眺めながら、俺は表情を口元を覆うマフラー等で隠しつつ先ほど抜いた『ジェーケー』のメモリを右腰の辺りに現れたメモリスロットへと挿入した。その手でスロットの外側を叩くとメモリから音声が発せられる。
『ジェーケー・マキシマムドライブ!』
「へ? わ、脇田君?」
  その音声に笑みを浮かべていたオーナーのこめかみから一筋の汗が垂れる。マキシマムドライブというのはメモリの力を一時的に限界値まで増幅し、肉体に力をため込んだ状態のことだ。分かりやすく言うなら『今から必殺技ぶち込むからよろしくね♪』という合図である。
「誰が…………試すかあああああっ!!」
  俺の叫びと共に竜巻の如く体を回転させ放たれた必殺の上段回し蹴りは見事にオーナーの側頭部を捉え、そのまま壁をぶち抜き屋外へと吹き飛ばしたのだった。





「あたた……まったく、酷い目にあったわい」
  数十分後。まるでミイラのように顔を包帯でぐるぐる巻きにした上に何故かサングラスをかけて戻ってきたオーナーを俺は冷ややかな目で出迎えた。
「少しは反省したっすかオーナー? さすがにこれは悪ふざけが過ぎますって」
  なるべく胸の膨らみに触れないように腕を組みながらオーナーをジト目で睨みつける俺。あれから数十分が経ったにも関わらず俺は未だ変身を解いてはいなかった。もちろんこの体が気に入ったという訳ではなく、どうしたら変身が解除できるのか分からなかったのだ。お陰で色々な意味でモヤモヤしながら吹っ飛んでいったオーナーを待つ羽目になってしまったのだが……。
「ふむ、さすがにちょっとワシも調子に乗りすぎたかのう。今日の所はこれで実験を終了することにしよう。今回の件で改善しなければならん点も見つかったしの」
「改善すべき点?」
  俺の発したオウム返しの問いにオーナーはまるで気落ちしたかのように大きく息を吐く。
「ああそうじゃ。まさに想定外の出来事と言うべきなんじゃろうが……。さっき、脇田君がワシに必殺技を放ったじゃろ? そのときにちょうどスカートの中が見えたんじゃが、これが何と右側のメモリと同じ色の緑色のパンティだったんじゃ……」
「……………………」
「せっかくのパンチラシーンだというのに緑はないじゃろ緑は……。水着ならともかくパンティが緑なんてまずありえんじゃろうに。やはりパンティといったら白じゃ白! いや、百歩譲ったとしても左側のメモリ色である黒かWだけに2色の縞模様でなければ……っと、どうした脇田君。急にメモリーをバックルから外したりして。うん? また右腰のスロットに入れるのか? 『サイクロンジェーケー』の必殺技ならもう試さないで良いぞ? それには改善しなくてはならん点があると今話していた最中ではないか」
「いいから…………もう一度空を飛んでこい!!」
  次の瞬間、俺の魂の叫びと共に放たれた今日2発目の必殺キックによってオーナーは再び壁を突き破り遙か彼方へと吹き飛んでいったのだった……。


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