悪夢の写し身

悪夢の写し身
作：高居空

「俺のターン！　ドロー！」
　気合いの声と共に俺は自分の山札の一番上に置かれたカードを引き抜いた。
　対戦相手、そしてギャラリーの視線がカードを持つ俺の右手へと集中するなか、カードを確認した俺は戦いの勝利を確信する。
「俺はフィールドの『バトルメイド・タイム』、『バトルメイド・ライム』、『バトルメイド・ミリム』を生贄に！　このカード、『メイド長シャーリー』を召喚！！」
　俺の宣言とともに、目の前に立つ３人のメイドが足下に現れた魔法陣へと飲み込まれていく。やがてその姿が完全に消え去ると、新たな魔法陣が出現し、その中から金髪の楚々としたメイド姿の女性が地面からせり出すように現れる。
『おおぉぉぉっ！』
　その姿に俺達の周りを取り囲む観戦者からどよめきが起こる。
　俺の召喚した『メイド長シャーリー』は、世界に数枚しか存在しないと噂されているる幻の激レアカードだった。ギャラリーの中でもこのカードを実際に見た事のある者は恐らく皆無だろう。四方から浴びせられる携帯のフラッシュの中、俺は優越感に浸りながら高らかに宣言する。
「ここで『メイド長シャーリー』の特殊効果発動！　『メイド長シャーリー』の召喚に際し『バトルメイド』と名の付くカードを生贄に使用した場合、生贄１体につき『メイド長シャーリー』の攻撃力が１０００アップする！！」
「なにぃっ！？」
　再び場内がどよめきに包まれる中、対戦相手の顔がみるみる青くなる。まあ、それもしかたのないところだろう。ただでさえ最強レベルのシャーリーの攻撃力がさらに３０００もアップしたのだ。今の相手のフィールドに召喚されているモンスターなどシャーリーの前では壁にもならない。
「いくぞ！　『メイド長シャーリー』、相手モンスターを攻撃！　そして相手プレイヤーに貫通ダメージ！！」
『かしこまりました、ご主人様』
　俺の指示にシャーリーは優雅に一礼すると、相手モンスターに必殺の一撃を繰り出した――――

「ようし、まずは１勝っと…………」
　圧倒的な勝利から数分後。俺は通路でカードデッキを眺めながら一人ほくそ笑んでいた。
　今俺は全国で爆発的な人気を誇るカードゲーム「サモンデュエル」の「デュエルセンター」にいる。
　デュエルセンターというのはサモンデュエルの専用対戦場のことで、ここにある機械に自分の持つサモンデュエルのカードを登録することで、プレイヤーは専用のフィールド上にモンスターの立体映像を呼び出して戦わせることができる。昔一世を風靡したアニメ「遊○王」を知っている人なら、そのデュエルシステムと同じような物だと言えば分かりやすいと思う。そもそも、この「サモン・デュエル」というゲーム自体がアニメ「遊○王」の世界を実際に再現するべく作られたゲームなのだ。
　簡単にこのゲームのルールを説明すると、プレイヤーは最初に５枚の手札を持っていて、自分の順番が来たとき１枚山札からカードを手札に加える。そして手札の中にモンスターカードがあった場合、プレイヤーはモンスターを召喚して相手のプレイヤーを攻撃することができる。その時に相手の場にモンスターがいた場合はそのモンスターと戦い、攻撃力の低い方のモンスターを破壊する。勝敗が決まった後、勝った方のモンスターの攻撃力から負けた方の攻撃力を引いた残りの数値をダメージとして負けたモンスターを召喚したプレイヤーに与える。これを交互に繰り返し、最初４０００あるＨＰを先に０にした方が勝ち……となっている。
　こう説明すると、攻撃力の高いモンスターだけを自分の山札に入れておけば有利なようにみえるが、実際にはそう単純なものではない。攻撃力の高いモンスターを場に出すには、他のモンスターの生贄が必要なのだ。生贄とは、場に出ている生存した状態のモンスターカードを自ら撃破扱いにして捨てる事であり、強力なモンスターほど呼び出すのに多くの生贄が必要となる。例えば、俺の切り札『メイド長シャーリー』は攻撃力３０００という非常に強力なモンスターだが、３体の生贄がなければ呼び出す事はできない。つまり、場に３体のモンスターが存在しなければ手札にあったとしても宝の持ち腐れになってしまうのだ。
　さらにゲームにはモンスターカードの他に魔法カードや罠カードといった戦闘を有利に進めるための特殊なカードが存在し、また、モンスターの中にも限定された条件の元で発動する強力な特殊効果を持った者がいる。要は強いモンスターを召喚できてもそれで勝てるとは限らないのだ。
「ま、相手のカードがどんな効果を持ってるかなんて、一度戦ってみなけりゃ分かんないけどな……」
　俺は手札の中の『メイド長シャーリー』のカードを眺めながら独りごちる。
　このゲーム、サモンデュエルで使用されるカードは全て非公開とされている。カードの能力はもちろんのこと、どんなカードが存在しているのかさえ一切不明なのだ。もちろん、手に入りやすいカードなんかはネットでデータが集まっているが、存在しているかどうかさえ定かでない激レアカードなんかは実際に目にしてみるまでその能力は分からない。その点でもこのゲームはモチーフとなったアニメを忠実に再現していると言えるだろう。さっきの対戦相手もシャーリーの特殊効果に大層面食らったにちがいない。この調子で相手の意表を突いていけば、ひょっとしたら全国レベルのランカーになれるかも……
　そんな俺の妄想を中断したのは、突然背後からかけられた少女の声だった。
「へえ、なかなか良いカードが手に入ったじゃない、寺内君」
「！？」
　振り向くと、そこには俺の通う高校の制服を着た女子が、デッキケースを片手に不敵な笑みを湛えて仁王立ちしていた。
　ん？　この顔、どっかで見た事があるような……
「お前……高崎佐恵か？」
　記憶の中にあったその名前を口にした俺に、少女はいかにも残念といった感じで肩をすくめる。
「なんだ、私の事知ってるんだ。てっきり違うクラスだから知らないもんだと思ってたのに」
　そう言ってカードの入った箱をくるくると回す少女。見た目は線の細いなかなかの美少女なのだが、その傲岸不遜な態度が全てをぶち壊している。
　この少女、高崎佐恵は、サモンデュエル界ではそこそこ名の知られている存在だった。全国大会などの公式試合にはまったく興味を示さず、ひたすら野試合……それも裏デュエルと呼ばれるアンティルールのノーピープルマッチを繰り返している猛者。表の舞台には出てこないため全国ランキングには無縁だが、その実力はトップランカーに勝るとも劣らないとさえ噂されている。
　ちなみに、アンティルールというのはゲームの勝者が敗者の持っているカードの中から好きなカードを１枚もらうことができるという一種の賭けルールである。レアカードを持つ者なら誰もが躊躇するだろうハイリスクハイリターンなゲーム。しかも裏デュエルはノーピープルマッチ……つまりは第三者が観戦できないようになっている。これは結構でかい。
　レアカードには能力が不明な物が多い。とは言っても、表の場で対戦すればその能力は対戦相手だけでなく観客にも知られる事になる。それを目撃した者がネットに書き込めば、その情報は一夜にして世界を駆けめぐることとなる。
　だがしかし、目の前の少女、高崎佐恵はこれまで裏デュエルしか行っていない。つまりは彼女がデッキで使用しているカードやその効果についての情報は皆無に近い状態なのだ。
　もし彼女が俺との裏デュエルを希望しているのなら、相手の使用カードが分からない俺は対策の立てようがない。一方、高崎の方は先ほどの俺の戦いを観戦していたに違いない。つまり、向こうはこちらのシャーリーに対して何らかの対策を行っている可能性が高いということだ。これでは戦う前から俺の方が不利であるのは明らかだ。
「……最初に言っておくが、裏デュエルなら受けないからな」
「なんだ、用件も分かってるんじゃない。なら話は早いわ。私と裏デュエルで勝負しなさい。痛い目に遭いたくなかったら……ね」
　そう言われて初めて、俺は周囲をヤバげな奴らが取り囲んでいる事に気が付いた。髪を派手に染め上げたりタトゥを入れたりしている、いかにも「ワル」といった感じの男達。そいつらが獲物を前にし猟師の命令を待つ猟犬のように、不穏な気を発しながら俺に向かってガンを飛ばしてきている。
「なるほど、噂は本当だったってことか……」
　俺は冷や汗を垂らしながら独りごちた。
　高崎理恵にはサモンデュエルとは別に、俺の学校内で囁かれている良くない噂があった。デュエルセンターの周りにたむろし、小学生などからレアカードをカツアゲしていた不良グループ、そいつらと高崎が最近付き合っているらしいというものだ。しかも話によると、高崎はそいつらと一緒に悪さをしているというよりも、まるで男達を犬かそれ以下の扱いでこき使っているらしい。さすがに華奢な女がそこまでできるはずはないだろと話を聞いた当時は思っていたのだが……。
「……裏デュエルを受けたとして、俺が勝ったら無事に帰してもらえるんだろうな」
「もちろん。私にだってデュエリストの誇りはあるわ。もし寺内君が私に勝ったら、アンティルールに従って好きなカードを１枚あげるし、この下衆供を使って後で変な因縁をつけたりもしない。何ならこの中から１匹つけてやっても良いわよ」
　彼女のその言葉に周りの男達はピクリと眉を動かしたが、それでも奴らは無言のまま俺の事を取り囲んでいた。どうみてもキレやすそうなこいつらをここまで服従させるなんて、高崎の奴どんな手を使ったんだ……？
「ああ、そうそう、もう一つ寺内君に言っとくけど、もし私が勝っても『メイド長シャーリー』のカードはいらないから」
　なに？　シャーリーはいらないだって？
　俺は思わず自分の耳を疑った。俺の持っているカードの中で激レアカードはこのシャーリー１枚だけだ。それが目当てじゃないとすると、こいつの目的は一体何なんだ？
　疑問が顔に出たのか、俺の事を見ていた高崎の顔に小悪魔的な笑みが浮かぶ。
「別にいいでしょ、私が要らないって言ってるんだから。私が欲しいのはもっと面白いカードなの。それがどれかは私が勝つまで教えてあげないけどね」
　その言葉に俺の頭は更に混乱する。シャーリー以上に面白いカード……そんな物が俺のデッキの中に入ってるのか？
　高崎の言葉の真意に頭を悩ませながら、俺は裏デュエル専用のデュエルスペースへと歩を進めた……。

『デュエルセットアップ・ＯＫ』
　フィールドに電子音声が鳴り響くと同時に登録されたデッキから自動的に５枚のカードが俺の手札に送りこまれる。
　既に俺も高崎も対戦の準備は整っていた。俺達以外誰もいないフィールドで、静かに配られたカードを確認する。
　おお、こいつはかなり良い引きだな……。
　期待以上のその内容に、俺は内心ガッツポーズを作る。
　俺の手元に配られたカードは切り札の『メイド長シャーリー』と『バトルメイド・リリエム』『バトルメイド・ミリム』『バトルメイド・ライム』のバトルメイドシリーズ、それに罠カードの『身代わりの盾』。このうち『バトルメイド・ライム』は召喚に１体の生贄が必要な高攻撃力モンスターのためいきなりシャーリーの召喚はできないが、『バトルメイド・リリエム』の特殊能力と『身代わりの盾』のコンボが決まれば一気に勝負を終わらせる事ができる。
「へえ、なかなか良いカードが回ってきたみたいじゃない」
　対する高崎は相変わらず勝気な態度のままだ。正直、デュエルではこうしたタイプの人間が一番戦いにくい。常に態度が変わらないというのはある意味これも一種のポーカーフェイスだ。本当に手札が良いのか、それともワザと強気な態度を装っているのかこれでは判別できない。ちなみに俺は心の中で思っている事がすぐ顔に出るタイプと言われている。自分では気を付けているつもりなんだが……ひょっとして今も顔が緩んでたか？
「そういうお前はどうなんだ？」
　俺は高崎の質問に答えぬまま質問で返す。
　その問いに高崎は相変わらず不敵な笑みを浮かべたままあっさりと言い放った。
「ああ、結構良いわよ。私が後攻なら１ターンキルできるくらい」
「！？」
　１ターンキル、それは１ターンで相手をゲームオーバーにするということだ。つまり、最初の１手で高崎は俺の事を倒せると言っていることになる。後攻ならという条件付きなのは、最初のターンに先攻はモンスターによる攻撃ができないからだろう。さて、はたしてこれははったりか、それとも真実なのか？
『抽選結果発表、１Ｐ側の先攻です』
　再びフィールドに機械的な音声が鳴り響く。１Ｐ側というのは俺のサイド。つまり俺が先攻という事だ。となると、やはり先ほどの１ターンキルというのが気になるが……。
「ええい、ままよ！」
　迷いを吹っ切るように俺は叫ぶと、山札から１枚カードをドローする。引いたカードは罠カード『絶対防壁』。１回だけ相手モンスターの攻撃を無効にする防御のカードだ。よし、これなら行ける！
「俺は手札から『バトルメイド・リリエム』を召喚！」
　俺がカードを場に置くとともに、フィールドに魔法陣が描かれ、中から紺色のメイド服を纏ったショートボブの美少女が現れる。
『り、リリエムで、ございますっ！』
　どこかおろおろしながら頼りなさげな声をあげるリリエム。それもそのはず、リリエムの攻撃力はたったの１００しかない。生贄無しで召喚できるモンスターの攻撃力上限は１３００だから、リリエムの攻撃力は全カードの中でも最低ランクに位置しているのだ。
「さらにカードを２枚伏せてターンエンド！」
　俺は手札にある２枚の罠カードをセットしターンを終了する。罠カードは手札から発動できる魔法カードとは違い、このようにセットしておかないと働かない。場に設置し、相手の行動をトリガーに発動する特殊効果、それが罠カードなのだ。
　このうち、最初から手札にあった罠カード『身代わりの盾』は罠の中でも特殊な効果を持っている。その中身は１ターンの間、指定した１体の味方モンスターに向けられた敵の攻撃をプレイヤーが代わりに受けるというもの。当然ダメージは味方モンスターの攻撃力で減少することなくプレイヤーが受ける事になる。つまり、基本的にデメリットトラップなのだ。ただし、この罠の効果により標的とされたモンスターは１ターンの間攻撃による破壊を免れる。これが俺のコンボでは非常に重要になってくる。
　俺の場にいるリリエムはシャーリーと同じく特殊効果を持っている。その力は「相手のターンで戦闘により破壊されなかった場合、次の自分のターンにその戦闘回数分だけ手札にある『バトルメイド』と名の付くモンスターを特殊召喚できる」というもの。つまり、リリエムを囮にして攻撃を受ければ、生贄の必要なく『バトルメイド・ライム』を召喚できるのだ。更に通常召喚で『バトルメイド・ミリム』を呼び出し、揃った３体のバトルメイドを生贄にシャーリーを召喚。その特殊効果により攻撃力が６０００に上がったシャーリーで相手の場にいる攻撃力２０００以下のモンスターを攻撃して一気に勝利というのが俺の立てた作戦だ。すぐに手札から出せる状態の『バトルメイド・ミリム』を温存したのもそれが理由。もしもこのターンで場に出したミリムが撃破されてしまった場合、モンスターの数が足りなくてシャーリーが召喚できなくなってしまう。こうした戦術の見極めこそがこのゲームで勝利するための鍵なのだ。
　だが、俺のこの必勝プランにも実はいくつかの穴がある。
　まず１つ目の懸念材料は、相手ターンで召喚されるモンスターの数。生贄無しで召喚できるモンスターの攻撃力は最大でも１３００のため、３体までの攻撃ならば『身代わりの盾』でも耐える事ができる。更にもう１体の攻撃も『絶対防壁』で防ぐ事が可能だ。しかし、もしも高崎の手札が５枚とも攻撃力１３００以下のモンスターだった場合、俺の負けはほぼ確定だ。まあ、実際にはそのようにワラワラと低コストモンスターばかりを入れたデッキというのは極めて稀なのだが。
　そしてもう一つの懸念材料、それは罠を破壊したりモンスターを排除したりする事のできる魔法や特殊効果の存在だ。こればかりは運を天に任せるしかない。幸い、このコンボは先ほどの対戦の中でも見せてないから高崎もノーマークなはずだ。さあ、どう出てくるか……。
　そんな俺の探るような視線と目のあった高崎は、余裕を漂わせたまま片手を腰にあて、口元に肉食獣を思わせるような笑みを浮かべる。
「へえ、攻撃力１００のモンスター１体のみ、か。ということは能力値の低さからしてそのモンスターは何らかの特殊効果持ちね。効果の発動条件は、他にモンスターがいない事から見ても、そのカードが撃破されたときか、もしくは戦闘で生き残ったとき。ご丁寧に２つも罠を設置してあるところから見ると恐らくは後者ね。そして罠は『絶対防壁』なんかの防御系……といったところかしら」
　うっ、完全に見透かされてる……。
　どうよとばかりの視線を送ってくる高崎に俺はただ押し黙るしかない。さすがはトップランカーと同等の力を持つと噂されるだけの事はある。読みが半端じゃない……！
「じゃ、私のターンね。もう必要なカードは全部揃ってるからカードを引く必要はないんだけど、とりあえずドローっと」
　そう言って山札から１枚カードを引く高崎。その宣言通り、彼女は引いたカードを中身を確認することなく自分のポケットへとしまってしまう。
「さあ、これからお楽しみタイムの始まりよ。私の力、じっくりと堪能してね♪」
　嗜虐的な笑みを浮かべる彼女を前に、俺の背中がゾクリとする。まさか、本当に１ターンキルをしかけてくるのか……！？
「私は手札から『夢魔インキュバス』（攻撃力１０００）と『夢魔サキュバス』（攻撃力１０００）を召喚！」
　彼女の声に合わせて、フィールド上に蝙蝠の羽を持った美男子と美少女のペアが現れる。フィールド全体にフェロモンを振りまくような薄着のモンスター。その姿に、俺は自分の目論見ががらがらと音を立てて崩れさっていくのを感じた。
　高崎の出した２枚のカード。それは、直接対戦した事はないものの、ネットで情報を見た事があるそこそこ有名なカードだった。その特殊効果は、「夢魔の性別と相手プレイヤーの性別が異なる場合、その夢魔が場に存在している限り相手プレイヤーは魔法及び罠カードを使う事ができない」というもの。ちなみにインキュバスが男夢魔、サキュバスが女夢魔だ。つまり、サキュバスが場に存在している限り、俺は設置した罠を発動できないという事になる。
「どう？　これで色々と計算が狂ったでしょ？　さて、あとは１枚カードを出せば勝負が決まっちゃうんだけど……こんなに手札にコンボ用カードがくるなんて滅多にないから、寺内君にはフルコンボをお見舞いしてあげるね♪」
　にこっと笑う高崎を前に、身動きすらできない俺。
「私は手札からフィールド魔法『夢魔の領域』を発動！」
　その言葉と同時に、デュエルスペース全体がピンク色をした空間へと置き換わる。
「この空間の中では、夢魔族のモンスターの攻撃力が全て５００アップする！」
「！」
　これでフィールドに存在する夢魔２体の攻撃力は１５００。しかし、プレイヤーのＨＰは４０００だ。これだけならまだ耐えられるが……
「さあて、ここからがメインイベントよ！　続けて私は手札から永続魔法『悪夢の写し身』を発動！」
　彼女がカードを場に置くと同時に、フィールド上には大きな三面鏡が出現する。
　何だ、この魔法カードは？　ネットでも『悪夢の写し身』なんていうカードの情報はどこにも載ってなかったはずだ。つまりは激レアカードってことなんだろうが、その能力は一体……。
「この『悪夢の写し身』の効果は、相手プレイヤーを現在場に出ている相手モンスター１体の姿に強制的に変身させるというもの！　その際、相手プレイヤーのＨＰは対象となったモンスターの攻撃力と同じ数値となる！！」
「なっ、何ぃ！」
　今、俺の場に出ているモンスターは攻撃力１００の『バトルメイド・リリエム』のみ。ということは……。
　気が付くとフィールドの鏡には、三枚ともリリエムの姿が写し出されている。
「さあ寺内君、この魔法の効果でそこのモンスターと同じかわい～いメイドさんになっちゃいなさい！」
「うっ、うわあぁ！？」
　次の瞬間、俺の全身に大勢の人間の手で強引に抑えつけられているような感覚が走る。まったく身動きが取れなくなった俺の体を、不可視の手は粘土細工でもするように押さえつけ、盛り上げてまったく別の物に作り替えていく。
　視点が徐々に低くなっていく。胸にきれいな形をした２つの膨らみが形作られる。ズボンが一本の筒にまとまり、裾が短くなるとともに紺色のスカートへと変わっていく。同時に上へと伸びた生地が白いブラウスの上に覆い被さり、さらにその上に清潔感溢れるエプロンが装着される。
「あっ、あ、あ……」
　たまらず上げた声も、本来の自分の物とは全く異なる可愛らしい少女の物だった。
「う～ん、なかなか可愛くなったわね寺内君♪　じゃ、ここで『夢魔インキュバス』の特殊効果発動っと」
　彼女の声と同時にインキュバスが腰を淫らに動かす怪しげなダンスを踊りだす。その動きに俺は思わず見入ってしまう。体がこんな風になってしまっているというのに、そんな事をすっかり忘れさせてしまうような魅惑的なダンス。なんだか見ている内に体が熱く火照ってきているような気さえする。
「どう？　やっぱり見入っちゃうわよねえ。何と言っても寺内君は立派な女の子なんだから♪」
　そんな少女の声がどこか遠くから聞こえてくる。
「あらら、もう私の声は耳に入ってないってやつ？　じゃあ、そろそろこのカードで終わりにしましょうか。手札から特殊魔法『ハイパーエクスタシー』を発動！　このカードは『夢魔インキュバス』と『夢魔サキュバス』が場に出ているのみ使用できる合体攻撃カード！　２体の攻撃力を足した数に更に６００を加えた数値を攻撃力として相手モンスターにダメージを与えることができる！　さあ、そこのモンスター共々まとめてイッちゃいなさい、寺内君！！」
「き、きゃぁぁぁぁっ！」
　次の瞬間、頭の中を突然埋め尽くした白い輝きに俺は抗う事すらできずにそのまま気を失っていた……。

「さあ、勝負は私の勝ちね寺内君。アンティルールに則って１枚カードを貰うわよ」
「…………」
　気が付くと、俺はデュエルセンターの医務室に寝かされていた。医者が言うには気を失った俺を高崎がここまで担いで運んできたらしい。何だ、結構良いとこもあるじゃないか……と思ったのもつかの間、ひょっこりベッドの脇へと顔を出したこいつは、開口一番偉そうな態度でそう言い放った。うん、やっぱりこいつはやな奴だ。
「ほら、どれでも好きなのを持ってけよ」
　俺はベッドの脇の机に置かれていたカードデッキを高崎に投げ渡す。勝負は俺の完敗だった。言い訳のしようがない。
　しかし、あの『悪夢の写し身』というカードは何だったんだ……。俺は自分の体を見下ろしてみる。そこにあるのは正真正銘俺の体だ。しかしあの時、俺の体は確かに女へと変わってしまっていた。あれも立体映像による特殊効果とでもいうのか……？
「それじゃ、わたしはこの『バトルメイド・リリエム』のカードを貰うわね」
「？　ホントにシャーリーじゃなくて良いのか？」
　内心戸惑いながら確認する俺に、高崎はニヤリと口元を歪める。
「良いのよ。こっちのカードの方が色々面白く使えるんだから。例えばね、ほ～ら、変身！」
「うっ！？」
　彼女の言葉とともに俺の体に先ほどの対戦で体験したのと同じ感覚が走る。
「あっ、あっ、ああっ！？」
　たちまちあの時と同じように少女の姿になってしまう俺。ど、どうなってるんだ！？
「なに、さっきの対戦の中で言ったでしょ、『悪夢の写し身』は永続魔法だって。だから寺内君の姿は私の一存で『バトルメイド・リリエム』の姿にも元の姿にも変える事ができるの。もしそれが嫌ならデュエルで私に勝つことね。もっとも、『悪夢の写し身』の効果で寺内君のＨＰはスタートから１００なんだけど」
「なっ、そんな滅茶苦茶な！？」
　可愛らしい声で抗議する俺に対し、高崎は勝ち誇った笑みを浮かべながら『バトルメイド・リリエム』のカードを俺の目の前にかざす。
「それともう１つ『悪夢の写し身』には面白い効果があってね。ほら、カードイラストのこの部分をこうやってこすると……」
「ひゃん！」
　次の瞬間、俺は思わずベッドの上で飛び上がっていた。何かが俺の「胸」を突然揉みしだいたのだ。初めての感覚に頭が真っ白になる中、高崎の楽しげな声が響く。
「どう、面白いでしょ？　『悪夢の写し身』はモンスターの姿にプレイヤーを変える魔法。その元になったモンスターカードに異変があれば、コピーであるプレイヤーの肉体にも同じような異変が現れるってわけ」
　と、そこまで言ったところで楽しげな表情を浮かべていた高崎の目がすうっと細くなる。
「これって、実は結構危ないと思わない？　私がもし“間違って”カードを破いちゃったり燃やしちゃったりしたとしたら……ふふっ、プレイヤーの体はどうなっちゃうのかしらね？」
「！！」
　そうか、そういうことか。俺は先ほど高崎に犬のようにつき従っていた不良達の姿を思い浮かべた。恐らくあいつらも裏デュエルで高崎に敗れ、彼女に“人質”をとられているんだろう。血気盛んな奴らの事だ。最初の内はそんなのお構いなしに高崎に噛みつくような者もいたに違いない。その時起こった“何か”を見て、奴らが彼女に絶対服従するようになったのだとしたら……。
「うん、その表情からして大体趣旨は伝わったみたいね。理解が早くて助かるわ。大丈夫、寺内君はこ～んなに可愛いんだから、他の犬やら豚やらのモンスターみたいにこきつかったりしないわよ。私、漫画やゲームみたいにメイドや執事にかしずかれるような生活、一度やってみたかったのよね～♪」
　そう楽しげに語る彼女の前で、俺はおそらく一生彼女から逃れられない事を予感していた……。

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