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ボーイ……
作:高居空


  世界は変わった。
  これまで当然と思われていたものが、新たな様式によって塗り替えられていく。
  その変革は、決して変わることはないだろうというところにまで及んでいた……。


  騙された!
  オールスタンディングのライブハウスで、俺は苦虫を噛みつぶしていた。
“なあ、今度一緒にライブにいかないか?”
  隣で開演前からテンション上がりまくっているクラスメイトから学校で声をかけられたのは数日前。
  何でも、少し離れた街にあるライブハウスで、プロ志向のガールズバンドだけを集めたライブイベントが開催されるらしい。
  そこに彼が一押しのバンドも出演するとのことで、一緒に行ってくれる人を探しているとのことだった。そんなの一人で行けばいいじゃないかと思うが、何でも会場のライブハウスでは出演者にチケット販売数のノルマがあり、それを達成できないと出演者の持ち出しになることもあるらしい。そこで彼はファンとして推しのバンドのために、自分以外にもチケットを購入してくれる者を募っていたというわけだ。そして、彼が提示したチケット代は、俺の今の財布の中身でも手の届く良心的な価格となっていた。
  絶対損はさせないし、人助けだと思ってというクラスメイトを前に考えこむ俺。
  正直、俺はこれまでライブイベントに行ったことがない。だが、昨今のアニメでガールズバンドやアイドルを題材にした作品が多かったこともあり、ガールズバンドに興味があったのも事実だ。
  それに、そうした未知の場所に足を踏み出すことによって、これまでの日常に変化を与える何か新しい出会いがあるかもしれないという淡い期待もあった。そう、主に女の子関係とか女の子関係とか女の子関係とか。
  だが、問題は今のこのご時世だ。ライブハウスといったら、ニュースで“密閉”“密集”“密接”のいわゆる三密の代名詞的に取り上げられていた場所の一つだ。果たして対策は万全なのか……。
  そんな俺の表情から何を考えているのかを察したのか、クラスメイトは“大丈夫大丈夫”と手をパタパタさせる。
“ちゃんと入場時には検温もしてるし、アルコール消毒も徹底してるって話だぜ”
  それならいいか。そう思いOKしたのだが……。
  確かにライブハウスでは入場時に検温を実施していたし、アルコールによる手の消毒も呼びかけられていた。だが、階段を下りた先にある会場の中は、明らかに「密」の状態だった。オールスタンディングということもあり、明らかに人と人との距離が取れていない。人数もほぼ満員に近いんじゃないだろうか。とても入場人数の制限をしているようには思えない。それに、客の多くは……クラスメイトも含めて……会場入りした時点でマスクを外してしまっていた。それでもその大半が女の子だったらまだ我慢もできたんだが……。
  無人のステージから目を離し、周囲の観客へと視線を向ける俺。
  残念ながら今日この会場に集まったのは若い男ばかりだった。女の子の姿はどこにも見あたらない。同好の士みたいな感じでバンド少女なんかが見に来てるんじゃないかとも期待してたんだが、これじゃ女の子との出会いなんて夢のまた夢だ。可能性としては出演者と知り合いになるっていうのもあるにはあるが……まあ、それは奇跡に近いだろう。
  小さくため息をつく俺の横で、クラスメイトが歓声をあげる。
  視線を戻すと、ステージにはオープニングを務めるガールズバンドの面々が姿を現していた。



  凄かった……。
  最後のバンドの演奏が終わったとき、俺の中にあった開演前の不安や不満は綺麗さっぱり消え去っていた。
  初めて見るライブ。映像で見るのとはまったく違うその迫力に、俺は圧倒されていた。演劇やコンサートはライブじゃないとという人の気持ちも今なら分からなくもない。こればかりは実際に会場に足を運んで体感してみなければ実感できない類のモノだ。
「なあ、凄かっただろ!」
  隣のクラスメイトが興奮冷めやらぬといった感じで、顔を上気させ感想を求めてくる。
  ああ、凄い迫力だったよ。そう素直に答えたところで、俺はクラスメイトの姿に違和感を覚えた。
  あれ、確か……。
  そう、クラスメイトの会場入りの時の服装は、推しのバンドが自主制作したグッズだというバンド名の入ったTシャツにジーンズだったはずだ。だが、今の格好はそのTシャツにデニム地のホットパンツになっている。着替える間なんてどこにもなかったはずだが……。
  その不自然さに俺はクラスメイトの姿をしげしげと眺めてしまう。
  ……それに、こいつって前からピアスなんてしていたっけ? 髪の毛もこんなに長かったか? それにそもそも、こんな見るからに“女”っていうような顔立ちだっただろうか。それにその大きな胸。少なくとも会場入りするまでは、こいつの胸に意識がいくようなことは無かったんだが……。
  そう思っていると、目の前のクラスメートも怪訝な表情を浮かべながら、濃い赤の口紅で彩られた唇を開く。
「なあ、お前……、この中に入るとき、そんな格好だったっけ?」
  言われて俺は自分の体を見下ろしてみる。
  俺は、スカートを履いていた。
  ここに来るとき、俺はズボンを履いていたはずだ。だが、今俺が身に付けているのは、臙脂と黒のチェック柄のミニスカートだった。上に着ている黒いTシャツはそのままだったが、その胸の部分は下の大きな膨らみによりピチピチに張りつめている。
  バカな……俺はスカートなんて履いて来なかったぞ。それに胸。俺の胸がこんなに大きなはずが……。いや、そもそも、オレに胸の膨らみなんてあったっけ……?
  頭がクラクラするのを感じながら、その膨らみへと手を伸ばすオレ。揉み上げたその感触と下着の締め付け具合から、それが人工物でも無理矢理作り出したものでもなく、オレ自身の天然物であることが分かる。
  それを確認するのと同時に、オレの耳に聞こえてくる女の子達のざわめき声。
  視線を戻すと、周囲では観客の少女達が、一様に戸惑いの表情を浮かべながら自分の体をまさぐっているのが見えた…………。


【これまでの小説】ボーイ・ミーツ・ガール
【新様式の小説】 ボーイ+ミツ=ガール



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