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ヒーロー誕生!? 午年SP
〜アイ・デア・ロスト〜
作:高居空
「おおおおっ、待っとったぞい脇田君! 何だかずいぶん久しぶりなような気がするのう」
「明けましておめでとうございます、オーナー。しっかし新年早々なんですが、なんか今の台詞、昨年も同じ事言ってなかったっすか? まあ、確かに久しぶりな気はするっすけど……。というか、なんだか1年ぶりのような気が!?」
「いや、それはないじゃろ。第一、脇田君は昨年もここでバイトしてたわけだし」
「はは、そうっすよね。まあ、ちょっとした正月ボケってやつっす」
新年を迎え、初詣の帰り道にいつもの廃校場内の研究室へと足を伸ばした俺。そんな俺を出迎えたのは、昨年の正月と全く同じ格好をした白衣にボサボサ頭のオーナーだった。まあ、正月に限らずオーナーがこの格好以外の姿をしてることなんてほとんどないのだが。
「うむ、休みが長いからといってダラダラしとると変なボケが口をつくようになるから気をつけた方が良いぞい」
「確かにそうっすね。でも、そういう事を言うってことは、この正月休み、オーナーはダラダラせずになにかをしてたって事っすよね?」
俺の問いにフフフと含み笑いをしながら首肯するオーナー。
「当たり前じゃ。いついかなる時もコンコンと湧き水のように発明のアイデアが湧き出ているワシに、本当の意味での休日など無いに等しいのじゃからな!」
そう言いながらオーナーがヨレヨレの白衣のポケットから取り出したのは、今ではやや時代遅れの感のあるいわゆるガラケー型の携帯電話だった。
だが、良い意味でも悪い意味でもマッドサイエンティストなあのオーナーが、ただの携帯電話などを新たな発明品として作成するはずがない。オーナーの発明品はこれまでも特撮やアニメ等に登場するメカを実際に現実の世界で使えるように再現した物となっていた。よく見ると、今回の携帯電話もどこか見覚えのあるような形状をしている。ボディーの中心に黄色い線で円に×印という意匠が施されたこの携帯電話は……。
「こいつは…………ひょっとして『カイザ』?」
そう、その携帯電話はいつもの仮面のバイク乗りが登場する特撮番組シリーズのうちの一つ、“555”に登場するヒーロー“カイザ”に変身するために用いられる変身アイテムだった。
「そのとおりじゃ脇田君。何と言っても今年は12年に1度しか回ってこない午年! ならば今年最初の発明品はそれにちなんだ物にするのが道理じゃろう? って、何か去年も新年早々同じような事を言ったような気がするんじゃが……」
「…………まあ、確かに劇中で馬怪人に変身する人が最後に使った変身システムですから、間違いってわけではないっすけど…………。しかし今回の発明、安全面の方は大丈夫なんっすか? まさか、使ったらオダブツなんて事はないっすよね?」
いつもなら何だかんだ言いつつもオーナーの発明品の安全性については信頼している俺だったが、さすがに今回の発明品については念を押さざるを得ない。何と言ってもこの発明の元であるカイザの変身システムは、劇中で使用した者が次々と落命するという呪われた死のシステムなのだ。
まず、そもそも原作でこのシステムはシステムに完全に適合した者でなければ使いこなす事ができないことになっている。体にある特別な要素を持った者でないと、このシステムは起動すらしないのだ。要素を少しでも持っている者であればシステムは起動するが、その者の持つ要素がシステムに完全に適合していない場合、システムを起動した者には確実に死が訪れることとなる。変身自体は可能なものの、変身が解除された瞬間、使用した者の体は灰と化して崩壊してしまうのだ。
変身しても落命しない適合者は原作で先程の馬怪人に変身するキャラクターを含め主要キャラで2名が登場するが、その両名ともが戦いの中で命を落とし、さらにシステムそのものも最終的に破壊されてしまう。そうした末路も含め、カイザの変身システムはまさに呪われているという言葉が相応しい危険なシステムなのである。
そんな俺の懸念に対し、オーナーは心配無用とばかりにどんと自分の胸を叩く。
「うむ、その点については抜かりはないぞい。システムを忠実に再現するのがワシのポリシーとはいえ、さすがにその部分を再現するのはまずいからのう。それに、ワシとしても脇田君という理解ある貴重な実験台がいなくなってしまうのは痛いしの」
そう言いながらホレホレと俺に発明品を手渡そうとしてくるオーナー。
「いや、分かってた事っすけど、さすがに面頭向かって実験台っていうのはどうかと思うっすよ、オーナー……」
そんなオーナーに対しぼやきながらも、俺はその携帯電話型ツールを受け取り、続いて作業机の上に置かれたアタッシュケースの中からメタリックなベルトを取り出すと腰に装着する。
バイトとしての俺の仕事は、オーナーの発明品のモニターテスト役である。つまり、オーナーに言われるまでもなく、俺は実験台となる事を承諾した上でこの仕事をしてるってことだ。俺はオーナーの発明の才能に惚れ込んでいる。だから、別に実験台となる事に何ら不満はない。例えオーナーが悪ふざけで毎度の如く発明品に俺の事を可愛い女の子にする機構を組み込んでいたとしても……だ。まあ、正直なところ最初はパニクったし抵抗感も大きかったのだが、今ではすっかり慣れてしまい、俺を女の子にした理由をオーナーが屁理屈混じりで説明するのを聞くのが楽しみになってしまっている。ついでにいえばその後のオーナーに蹴りをたたき込むお仕置きタイムもだ。
本来、雇い主に対してバイトが思いっきり蹴りをぶち込むなんて事はありえるはずもないのだが、長年のオーナーとの付き合いの中で俺は理解していた。オーナーには“可愛い女の子に蹴り飛ばされたい”という変態チックな性癖があることを。まあ、“女の子に踏まれたい”という性癖の発展系と考えればそこまで異常な性癖ではないのかもしれないが。ともかく、それらオーナーの所行や性癖の全てを分かった上で、それを許容し、実験に付き合う者など、そうそういるわけがない。だからこそ、オーナーはさっき俺の事を『理解がある』と評したのだろうし、何だかんだいって大事にしてくれているのだろう。これも一種の相思相愛と言えるのかもしれない。
そんな事を考えながら、俺は手にした携帯電話に変身システムを起動するためのキーコード、『9』『1』『3』を順番に入力する。
『スタンディング・バイ』
携帯電話から機械的な男性音声が流れたのを確認し、俺はメタリックなベルトのバックル部分へとその電話をセットした。
「変身!」
『コンプリート』
再び携帯電話から機械的な音声が発せられ、体に黄色い光の筋が走ったと思った次の瞬間、俺の身体は一瞬にして変貌を遂げていた。
「………………」
やはり予想通りと言えば予想通り、俺は女の子の体になっていた。服を押し上げている胸、スカートの下から見える柔らかそうな足、白く細くなった腕を見れば、自分がどのような姿になってるかなんて鏡が無くても理解できる。そして今回の衣装は……ゴスロリ風、とでも表現すれば良いのだろうか。黒いワンピースに同色のハイソックスという黒ずくめの格好。膝上というにはやや短めで白い太ももが見え隠れしているワンピースのスカートの裾の部分には黄色いバッテンのマークが横一列に縫い込まれ、それが服のアクセントとなっている。
「これは……」
呟いたその声も、やはり本来の自分の声とは明らかに異なる可愛らしい女の子の物だ。そんな俺の前で満面の笑みを浮かべ歓声を上げるオーナー。
「やったぞ脇田君! 今回も実験は大成功じゃ!!」
「まあ、確かに成功っすね。で、今回のオチは何っすか?」
「ぬう、脇田君、いくらこの辺の展開がほとんど毎回同じだからといって、台詞含めて色々と簡略化してしまうのはどうかとワシは思うぞ?」
「で?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……………………しかたないのう。脇田君、今回のオチはじゃな……」
根負けしたとばかりに語り出すオーナの声に耳を傾ける俺。さあ、今回は一体どんな理由を付けてくるのやら……。
「ほれ、染色体では女性の事をXXと表現するじゃろ?」
「そうっすね」
「で、カイザのシンボルマークはギリシャ文字のカイ、表記はΧじゃ」
「確かに」
「XとΧ、つまり、そういうことでじゃな…………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「…………………………………………少し強引じゃったかの?」
オーナーの額からたらりと一筋の汗が流れ落ちる。おそらく、自分でも厳しいと自覚してるんだろう。そんなオーナーの姿に俺はわざとらしく一つ大きな溜息をついた。
「…………オーナー、さすがに今回のは苦しいっすね。というか、全体的に見て今回の発明品、愛が足りてないような気がするんっすが。ほら、これまでの展開でもいつもならふんだんに組み込まれているはずの仮面のバイク乗りのパロディが全然入ってないじゃないっすか。ひょっとしてオーナー、“カイザ”の事好きじゃないんじゃないっすか?」
「…………まあ、今回の発明品は午年ってことで仕方なくやっつけで作ったのは確かじゃのう。それに“カイザ”は昨年の“王蛇”ほど魅力的なキャラでもなし、好きかどうかと聞かれれば好きではないのう」
「…………はあ、やっぱりそういうことっすか」
目に見えてテンションの下がったオーナー。そんなオーナーの姿に俺は今一度溜息をつくと、ベルトの背部にぶら下がっていたレーザーポインタ型のツールを右足のハイソックスに飾りのように付いていたハードポイントへと移動した。
「うん? どうしたんじゃ脇田君? そんな今にも跳び蹴りを放ちそうな体勢を取ったりして?」
突然の行動に訝しがるオーナーに対し俺は答える。
「いやオーナー、俺としては一応先程の言葉で納得はできたんっすけどね。何かさっきからこの腰のベルトがずっとうるさいんっすよ」
「うるさい? ワシにはなにも聞こえんのじゃが……?」
「聞こえないっすか? しかたないっすねえ。さっきからこのベルト、ずっとこう叫んでるんっすよ……」
『エクシードチャージ』
エネルギーの充填が完了したことを知らせる電子音声が響くとともに、研究室の天井すれすれの高さまでジャンプする俺。右足のポインターから放たれる黄色い光がオーナーの体をロックオンする。
「そう……『俺の事を好きにならない人間は邪魔なんだよ』ってね!!」
次の瞬間、スカートが捲り上がり下着が露わになるのにも構わず俺の放った急降下型ドロップキックは、周囲に黄色い円錐状のエフェクトを纏いながらオーナーの土手っ腹へと突き刺さった。
「くっ、やっ、やっぱり午年よりも9月13日繋がりで作った方が良かったかのおおおうぅっ……」
意味不明な台詞を残して吹っ飛んでいくオーナー……黄色い×印のエフェクトが出ていないという事は今回もさしてダメージは受けて無いんだろう……を眺めながら、床へと着地した俺は最後にもう一度溜息をつく。
来年は未年か。さすがに次回は厳しいな…………。
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