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ヒーロー誕生!?
〜蛇年SP〜
作:高居空


「おおおおっ、待っとったぞい脇田君! 何だかずいぶん久しぶりなような気がするのう」
「いきなり正月ボケっすか、オーナー。ついこの間会ったばかりじゃないっすか……っとと、まずはとりあえず、明けましておめでとうございます」
  年末年始のテレビ特番にも飽き、退屈しのぎだとばかりにバイト先である廃校場内の研究室に年始の挨拶にやってきた俺。そんな俺を出迎えたのは、正月だというのにまったくいつもと変わらない格好をしたオーナーだった。
  いつから洗濯してないのかもはや判別不可能なヨレヨレの白衣にぼさぼさ頭。せっかくの新年なのだから、もう少しシャキッとした格好をしても良いのにとも思うのだが、いきなりそんな姿で登場されたらそれはそれで不気味である。むしろ見方を変えれば、この色々な意味でブレない姿勢はオーナーの良さの一つと言うことができるかもしれない。いつも安定、安心印。まあ、実際やっていることについては決して安心印というわけではないんだが……特に俺にとっては。
「で、この正月休み、オーナーはなにをしてたんすか?」
「ん? 決まっておろう。休みの日にはやっぱり趣味の発明じゃよ!」
「……まあ、考えてみればオーナーは毎日が正月休みみたいなもんですもんね」
「うむ、いわゆる『常在戦場』という奴じゃな! ということで、さっそく新たな発明品の実証試験をしてもらおうかの」
  そう言ってオーナーが差し出してきたのは、つい最近試験をした発明品と同じサイズのデッキケースだった。色もやはり見覚えのある白色。ただ、ケースの中央に描かれた金色の紋章がこの前とは異なっている。
「こいつは……蛇?」
「うむ、何と言っても今年は12年に1度しか回ってこない蛇年! ならば、今年最初の発明品はそれにちなんだ物にするのが道理じゃろう? ……それに正直、12年後に同じ発明をしたとしても、さすがにその時には『その筋』の人以外にはまったく意味不明な発明品になっとるじゃろうからのう……」
「いや、今でも間違いなくその筋の人しか分からない代物でしょうが……。ともかく、今回のモチーフは『王蛇』ってことっすね」
  そう、そのデッキケースは仮面のヒーローが登場する特撮番組シリーズの一つ、“龍騎”に登場するヒーロー“王蛇”のケースを模した物だった。
  この王蛇というヒーロー、ある意味“龍騎”という作品を象徴する存在で、その正体は衝動的に傷害、殺人を繰り返した挙げ句刑務所から脱獄した犯罪者、ヒーロー同士のバトルの最終勝利者に与えられる“何でも望みを叶えられる権利”などには興味がなく、ただ戦いの中にある快楽だけを欲するというまさに性格破綻者だった。ただ、その強烈すぎる個性とシリーズでも屈指の悪役ヒーローである点、そして何より作中での圧倒的な強さから、龍騎に登場するヒーローの中ではかなりの人気を誇っている。そのヒーローのデッキを模した発明品……今回も変身用のアイテムでまず間違いないだろう……となると、ただでさえ怪しさ満点なのだが、それに輪をかけて気になるのは……
「で、オーナー、何か前も同じ事聞いたような気がするっすけど、なんでそのデッキケース、色が白いんすか?」
  そう、オーナーの持つそのデッキケースは前の発明品と同じくどこをどう見ても色が白かった。そして、龍騎の作品内で白色のデッキケースの使い手は仮面のヒーローシリーズ初となる女性ヒーローなのである。
  さらに付け加えるなら、オーナーは俺を『女の子に変身させる』ことに何よりも情熱を注いでいる。それはもはやライフワークと言っても過言ではないだろう。
  ただ、オーナーは俺を女の子に変身させる際に、「女の子にしたいから女の子にした」というのではなく、必ず何かしらの理由付けをしてくる。おそらくそれがオーナーなりのこだわりなんだろう。とりあえず、今回も俺が女の子に変身するのは確定なので……何かそれを納得してる時点で色々と問題があるような気がしないでもないが……今回はどんな理由でくるかを予想すると……
「まさか、王蛇だけに蛇型モンスター以外にもモンスターと契約してるとか、『ユナイトベント』を使ってモンスター同士を融合してる、なんてことはないっすよね? 例えば白鳥型モンスターとか、シャチ頭のモンスターとか、銀色のコウモリ型モンスターとか」
「いいや、そんなことはしとらんぞ脇田君。今回は間違いなく蛇型モンスターと契約をしておるし、他のモンスターとは一切関わりは持っとらんわい。まあ、契約の過程でデッキが白く染まってしまったのは確かじゃがのう」
  ……なるほど、さすがはオーナー。こっちがちょっと考えれば思いつくようなオチは持ってこないか。さて、そうすると今回はどんな屁理屈的なオチが待っているのやら……。
  そんな事を考えながらも俺はオーナーからデッキケースを受け取り、鏡の前に立つ。ケースをかざすと、鏡に映る俺の腰にはいつの間にか金属製のベルトが装着されていた。
「変身」
  片腕を蛇が鎌首をもたげ獲物に襲いかかるようなイメージで動かしながら、掛け声と共にもう片方の腕でデッキケースをベルトのバックル部分に装填する俺。同時に鏡に映る俺の左右には前の実験の時と同じように人の輪郭のような物が現れ、それが俺のシルエットへと重なっていく。
  次の瞬間、俺の姿は新たなる容姿へと変貌を遂げていた。
「…………」
  鏡に映るその姿に、しばし言葉を失う俺。
  今回の俺の姿は、オーナーの発明にしては珍しく原作のヒーローに近い格好に変わっていた。本来は紫色をしている装甲の類が白になっている以外は、ほぼ元になったヒーローの通りのようにも見える。ただし、それは下半身……それも太ももから下の部分だけに限定されるが。
  問題の上半身はというと、こちらは予想通りというか何というか、いつもながらの可愛らしい女の子の姿になっていた。目の大きなどこか良家のお嬢さんといった雰囲気の顔立ちに、2本の青いリボンでツインテールに結わかれた髪。服はキャミソールドレスとでもいうのか、肩紐で吊り下げられた袖のない白いワンピースで、肩や腕は外気にさらされ、胸の部分はなだらかに盛り上がっている。スカート部分はちょうど太ももの付け根くらいまでを隠すミニ丈サイズで、本来ヒーローの履いている正調の黒タイツもこれだと何だかレギンスのように見えなくもない。
「おお! やったぞ脇田君。今回も実験は大成功じゃ! こいつは新年早々幸先良いわい!」
「……まあ、新年も何も、いつものお約束なんだからここで失敗なんてありえないでしょうけどね。で、結局、今回のオチは何なんすか?」
「むう……、脇田君、やっぱり最近ちょっとリアクションが落ち着きすぎなんじゃないかのう。こう、もっと派手に感情を爆発してもらわんとこちらとしては面白くないんじゃが……」
「じゃあ、お言葉に甘えてイライラを爆発させながら元が廃工場だけに床に転がっているそこらの鉄パイプでも拾ってみましょうか?」
「……いや、それは実際に鉄パイプを手にしながら口にするセリフじゃないと思うぞ、脇田君……。まあ良い、実はじゃな」
「実は?」
「脇田君も知っての通り、『龍騎』の変身システムで完全な力を持ったヒーローとして変身するには契約モンスターが必要不可欠。じゃが、前にも話したと思うが、ワシらの住むこの世界にはミラーモンスターが存在しないんじゃ。そこで今回は、元になったヒーローの契約モンスターである蛇型モンスターの代役として、この世界に土着している蛇型モンスター、『ラミア』と契約したんじゃよ」
「ラミア?」
  そのモンスターの名には心当たりがある。ファンタジー系のロールプレイングゲームなんかで敵役として登場する、上半身が人間、下半身が蛇という亜人間系の怪物だ。さらに言えば、人間部分はどのゲームでも大体が女性体だったような……。
「……なるほど、それで今回は完全に蛇の部分である下半身だけまともな変身になってるんすね。で、人間体である上半身はいつも通りと」
「何だかトゲのあるような言い方じゃが、まあその通りじゃな」
  俺の言葉にやけにあっさりと首肯するオーナー。
  ……だが、何かおかしい。これまでのオーナーのオチは、屁理屈だらけではあるがそれなりにインパクトのあるものが多かった。しかし、今回は理屈は通っているものの、少々パンチが弱いというか何というか……って、何を期待してるんだ、俺は?
  そんな俺の内心を知ってか知らずか、オーナーは得意げな表情をしながら言葉を続ける。
「いや〜、しかし今回の契約はホント大変だったんじゃぞ? 何と言っても今回契約した“リボンちゃん”はラミア界で人気沸騰中の現役アイドル! ヒロインとして出演しているテレビ番組じゃ主人公のハブとその親友のアオダイショウ君とのドロドロの三角関係がウけにウけて、視聴率60%オーバーを叩き出してるというまさに超売れっ子じゃからのう!」
  ……“リボンちゃん”? “ハブ”? その単語に何か引っかかる物を感じる俺。確か似たような言葉をどっかヒーローシリーズとはまったく別の所で聞いた事があるような…………って、そうか、そういうことか!
「……オーナー、そのリボンちゃんとかいう子が出演しているテレビ番組ってまさか、『とっとこハブ太郎』っていうんじゃないでしょうね……」
  ジト目で口にしたそのセリフに、オーナーは心底驚いたような表情を浮かべる。
「な! なぜそのオチが分かるんじゃ脇田君! ま、まさか、事前に占いの的中率自称100%の男にオチを占ってもらっておったのか!?」
  ……やれやれ。俺は手にした鉄パイプで肩をトントンと叩きながら、わざとらしく息を吐く。
「いや、そのオチ、オーナーは“超良いね、サイコー!”とか思ったのかもしれないっすけど、同人界じゃかなり前からそのネタで二次創作やってる人がいますから。ネットで『とっとこハブ太郎』をキーワードにして検索すれば、結構ヒットするっすよ」
「なんじゃと! ま、まさか、この天才のワシと同じヒラメキを持つ者がこの世界に存在しているとでもいうのか!? お、おのれディ○イド、これも全て貴様のせいじゃ!」
「……その責任転嫁の仕方、知らない人が聞いたらまったく意味不明っすよ……。まあ、それはそれとして、もう一つ」
「うん? どうしたんじゃ脇田君、いきなり鉄パイプをまるでバットのように構えて?」
「オーナー、その『とっとこハブ太郎』に出てるっていう主人公のハブと親友のアオダイショウって、当然、男っすよねえ」
「当たり前じゃろ? そうでなければ何とかセブンやプラスばりのヒロインを巡る三角関係なんて成立せんわい」
「なるほど。それなら…………あえて女の蛇型モンスターなんかと契約せずに、男の蛇型モンスターと契約せんかい!!」
  次の瞬間、ツッコミとともにフルスイングされた鉄パイプによって、オーナーは天井を突き抜け、大空高くすっ飛んでいく。
「へけぇぇぇぇ……」
  そのまま謎の擬音を発しながら空に輝く一つの星となったオーナーを見上げながら、俺はやれやれとばかりに一つ溜息をつく。
  結局、今年もオーナーとの関係はこんな感じで続いてくんだろうなあ……。



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