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ヒーロー誕生!?
〜FOREVER〜
作:高居空


「久しぶりだな……」
  街の再開発計画により整地されようとしている一区画。重機の運び込まれた先にある廃工場を、俺は感慨深く眺めていた。
  まさか、再開発プロジェクトの一員として、このような形でこの場所に戻ってくるとは学生時代には思ってもみなかった。
  ここでバイトに明け暮れていた日々を思い出し、笑みを浮かべる俺。
  雇い主であるオーナーの発明品の被験者として様々なモニターテストに臨んでいたあの時。その発明品は毎回トンデモナイ物で、ヒドイ目にもさんざん遭ったが……今なら言える。あの日々は間違いなく楽しかったと。
  だが、今、この廃工場には誰もいない。研究室だった部屋も機材も含めて全てもぬけの殻となっていた。事情を知らぬ人なら、ここで日夜怪しげな研究が行われていたことなど想像できないに違いない。
  俺の脳裏には、オーナーと最後に会った日のことが蘇っていた。



「おお〜っ、待っとったぞ脇田君!」
  その日、オーナーはいつものごとく満面の笑みで俺を出迎えた。
“?”
  だが、俺はそのオーナーの姿に違和感を覚える。
  寝癖がそのままのボサボサ頭は相変わらず。だが、それと同じくオーナーのトレードマークだった黄ばんだよれよれの白衣、それが今は皺ひとつないまっさらな白衣となっている。
  俺が違いに気付いたのを察したのか、オーナーは口元に悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「うむ、今日は脇田君に、ある重要事項を伝えなければならなくてな。こうして正装して待っていたといわけじゃ」
  重要事項? その言葉に、理由もなく不安を感じる俺。いや、今思えばそれは、長年の付き合いだからこそ分かる場に漂う空気感から来たものだったのかもしれない。オーナーはこれから、俺達の関係を一変させうるような何かを口にしようとしている……。
「実はの、今日でワシはこの場所を引き払おうと思っとるんじゃ」
「…………急っすね」
  なぜ、とは聞かなかった。おそらく、尋ねてもオーナーは答えようとはしなかっただろう。そもそも、前々からオーナーには謎が多かった。これほどの科学力を持ちながら、なぜ国や大企業ではなくこのような場所で身を隠すように研究を続けているのか。研究費用をはじめとするオーナーの資金源はどうなっているのか。博士号は取得していないとのことだったが、もしそれが大学に通っていなかったからだとすると、その科学力は一体どこで身に付けたものなのか。
  だが、俺はそれをこれまでオーナーに尋ねようとはしなかった。気付かなかったのではなく、あえて聞こうとはしなかったのだ。
  そんな俺に、オーナーはすっと肩の力を抜くと、ふうと一つ息を吐く。
「………さすが、我が莫逆の友じゃ」
  そして、オーナーはこれまで見たことのないような優しい目で語りかけてくる。
「脇田君、君は今後最低でも3年はこの場所に足を踏み入れてはいかん。ここでの痕跡は完全にカモフラージュしておるから“奴ら”でも君を追うことはできないじゃろうが、“奴ら”が監視している中で君がこの場所に来てしまった場合、“奴ら”がワシと君との関係に勘づくおそれがあるからの」
「……分かったっす」
「残りのバイト代は、ワシからのちょっとしたお礼代わりの発明品とともに、今日宅配便で送っておいた。本当は現金は宅配便で送っちゃいかんのじゃがの。明日には届くじゃろうて」
「はい」
「……さて、名残惜しいがもう時間がないようじゃ。“奴ら”が20q圏内に入ってきた反応があるからの。じゃが最後に……」
  そこでオーナーは少し後ろへと下がり、俺と距離を取る。
「最後に脇田君にだけは、ワシの本当の姿を見せてやろう」
  そう言うと、オーナーは両手を脇腹へと添える。
  次の瞬間、研究室は眩い光で包まれた。



「……………………」
  光が収まったとき、そこにオーナーの姿はなかった。
  代わりにそこに立っていたのは、十代半ばぐらいに見える、一人の小柄な少女だった。
  白い三角形をした帽子のようなものを被り、ノースリーブの白いワンピースを身に着けた美少女。だが、その髪の毛は水色で、彼女がただの人間ではないことを物語っている。背中まで伸びたその髪の毛の先は十本に束ねられ……って、これは……!
「いっ、イカム○メじゃないっすかー!」
  そう、彼女はアニメ化もしたかつての人気漫画の主人公にそっくりの風貌をしていたのだ。これって、もしかして……
「ふっふっふっ……。“博士”の正体が“イカ怪人”なのはお約束じゃなイカー!!」
  腕を組んで仁王立ちしつつそう言い放つイカ少女。
  その光景に、思わず笑いがこみ上げてくる俺。
「ふ、ふふっ、そうっすね。お約束っすね、それは」
  俺は笑っていた。目から何かがこぼれているようにも感じたが、確かに笑っていた。
「うん♪ そうじゃろそうじゃろ♪」
  少女もまた笑みを浮かべていた。満面の笑みのはずなのに、どこか寂しさを感じさせるような笑みだった。
  そして少女は右手を差し出してくる。
「大丈夫じゃ、我が友よ。例え道は分かれても、この空はいつでも繋がっている……ってありきたりじゃの、これは」
  こほんと一つ咳払いをすると、少女の顔にオーナーらしいからっとした笑みが浮かぶ。
「さみしくなったら、ニチアサにチャンネルを合わせるんじゃ。まず間違いなくワシも同じ物を観ておるからの♪」
「ははっ、確かにそれはそうっすね!」
  そして俺と少女は握手をする。
  それが、俺とオーナーとの別れだった。



  その後、オーナーの行方はようとして知れない。
  俺ごときが後を追えるような痕跡を残すような人じゃないのは分かっている。もしかしたら、本当にあの姿が真の姿で、今は海の底にいるのかもしれない。
  だが、俺は確信していた。
  オーナーは、今でも毎週ニチアサを観てニヤニヤしながら、少年を少女にする何かを作り続けているに違いないと。



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