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インターミッション ♯2
〜MISSING K編〜
作:高居空


「あたたたっ、今のはさすがに死ぬかと思ったぞ、脇田君」
「まったく、生命力はアンデッド並ですねオーナー。少しは反省して下さいよ?」
  俺がオーナーに必殺技を直撃させた少し後。濛々と立ち上る土煙の中、まるでホラー映画のゾンビのようにゆらりと立ち上がってくる人影に向かって、俺は半ば呆れながら声をかけた。まったく、オーナーってばホントに体の頑丈さは人間どころか並の怪人を遙かに凌駕してるんだから……。
  だが、そんな俺の声に続いたのは、これまで俺が一度も耳にしたことのない太い男の声だった。
「確かに反省して貰わなくては困るな。このような茶番の為に我々の重要機密を奪っていかれてはたまったものではない」
「!?」
  驚いて振り返った俺が目にしたのは、研究室の出入口に立つ身長2メートルをゆうに超えているであろう巨漢の男だった。サングラスをかけ黒いスーツを着こんだその男は、大口径の拳銃をその手に構え……それが『本物』であるのは男の放つただならぬ雰囲気が証明している……土煙の向こうの人影へと狙いをつけている。
  だが、そんな危険な侵入者を前にして、土煙の中からゆっくりと姿を現したオーナーが見せたのは不敵と表現するのが最も適当と思われるような挑発的な笑みだった。
「なんじゃ、お主達にしてはやけに嗅ぎつけるのが早かったのう。感心関心。じゃが、ここに来たのはお主だけかの? ふうむ、つまりそれは、自分が保管する重要機密を奪われたのが組織にバレて処分されるより前に、何とか機密を秘密裏に取り返して流出が無かったことにするための単独行動といったところかの?」
「答える義理はない」
「そうかそうか。まあ、お主がそのつもりなら別に構わんわい。しかしお主、その『娘』が近くにいても何も思うところはないのかの?」
  オーナーにそう言われ男はチラリと俺の事を一瞥するが、すぐにその視線をオーナーの元へと戻す。
「所詮は『模造品』だ。姿が似ているだけなら何も恐れる事はない」
「ほう、そうかそうか。ならば脇田君。ワシの発明の真の力、この男に見せつけてやるがよい!」
「!」
  オーナーがその言葉を発した次の瞬間、俺は何かに操られるように“K”のカードの一枚をいつの間にか手にしていたステッキ状の物体のカードリーダー部分へとスラッシュしていた。
『テイピアリモート』
  カードを読み取ったステッキが機械的な音声を発すると同時に、突如悶え苦しみ始めるスーツの男。
「!?」
  俺の目の前でその男の姿が猛烈なスピードで変化していく。背が縮み、胸が張り出し、腰はくびれ、腕や足が細くなる。それに合わせるかのように男の黒いスーツは白く染まっていき、形を変えて男の女性的な体のラインを露わにしていく。
「あっ、いやっ、いやぁっ」
  男が発するその声も段々艶めかしい女の声音へと変わっていく。
  その非現実的な光景を前にして、身じろぎ一つすることもできずにただ見つめるしかない俺の耳にオーナーの楽しげな声が響く。
「どうじゃね脇田君、『テイピアリモート』の力は? 原作のテイピアリモートはヒーローに封印されたアンデッドを解放するという能力じゃったが、同じようにこのカードは“組織”のエージェントによって封じられた『対象を自分の思った通りに変容させる』という呪いにも似た“K”の特殊能力の効果を再び解き放つ力があるんじゃよ」
「? ということは……」
「そう、その男は元々“K”の特殊能力によって『女』に姿を変えられた事のある“K”の被害者なんじゃ。というか、実際の所、こやつの属する“組織”そのものが一種の“K被害者の会”みたいなもんなんじゃがの」
  オーナーがそう語る間にも、目の前の男の変身は着々と進んでいた。既にその服は大きく胸元の開いた純白のドレスとなり、いつの間にかサングラスの消え去った美しい顔には化粧が施され、頭上からはヴェールが垂れ下がってくる。手に持っていた拳銃はブーケへとその姿を変えていた。そう、男は今や妙齢の美しいウエディングドレス姿の花嫁へとその姿を変貌させてしまったのだ。
「あ、ああっ、お、お前、こんな事をしてただで済むと思っているのか!?」
  鈴の鳴るような声で何とか懸命に凄もうとする花嫁。だが、当然の事ながらそこには何の迫力もありはしない。
「なんじゃ? 当然ワシはただで済むと思っておるぞい? さっも聞いたが、お主、“上”にはこの事を報告しておらんのじゃろ? ならば、お主さえ“姿を消して”しまえば、お主が機密を持ち逃げしたということで全て丸く収まるではないか。まあ、ワシとしても鬼ではないから言う事さえ聞いてくれれば身の安全は保証させてもらうつもりじゃがのう。というか、ワシの言う事を何でも聞くように色々とこれからその身に刻ませてもらうんじゃが……。
  さてと脇田君、すまんがこれから1時間ほど席を外してもらえんかの? ちとここからは学生に見せるには刺激が強すぎるからのう」
  そう言うやいなや俺の襟元を掴むと、どこにそんな力があったのかひょいと俺の事を研究室の外へと放り出すオーナー。そのままバタンと閉められたドアの向こうから、しばらくすると女性の悲鳴のようなものが聞こえてくる。
「う〜ん……」
  部屋の中で行われているであろう事を想像しながら、俺は腕組みをしつつ考える。
  やっぱりオーナーにはもうちょっと優しくしておいた方が身のためかなあ……。


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