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雨男の憂鬱
作:高居空


「げっ、雨降りそうじゃんかよ」
  地下鉄の出口の階段を一足先に登りきったダチが、まじかよといった顔で俺を見る。
  遅れて外に出た俺が空を見上げると、そこにはどんよりとした灰色の雲が横たわっていた。
「ったく、ホントお前は“雨男”だよなあ」
「…………」
  ダチの言葉に少しカチンときた俺だったが、あえて反論せずに黙っておく。
  俺は確かに雨男だ。物心付いた頃からそう自覚があるのだから、もはや筋金入りと言っていい。だが、小さな頃からそれを意識していたからこそ、俺は自分の雨男体質がどういった性質のものなのか分かってるし、今の状況が俺のせいじゃないことも言い切ろうと思えば言い切ることができた。
  俺の雨男体質、それは『外が曇りの時に外出すると、必ず雨を呼び寄せる』というものだ。空が灰色の時に外に出れば、俺が建物の中へと入る前に必ず雨が降ってくる。逆に、外に出たときに太陽が出ていれば、建物に入るまでの間に雨が降ることはまずない。さらに言えば、雨男と聞いて誰もが最初に思い浮かべるような『イベントの当日必ず雨が降る』といったこともない。俺の雨男体質は、あくまで曇りの日にのみ作用するものなのだ。
  今日でいうなら、俺がダチと地下鉄の駅に入ったときには外は晴れていた。つまり、今、空に灰色の雲が広がっているのは、俺の体質のせいではないということだ。
  だが、現実としてこうして空が曇っている以上、この後、確実に雨は降る。もし、ここであえてダチに反論したところで、結局雨が降ってしまえば、「やっぱり雨男じゃないか」となるだけだ。なら、ここで無駄な労力を使う必要もないだろう。
  しかし、参ったな。
  空を睨みながら俺は頭の中で今後のプランの再検討を始める。
  そもそも、今日俺はダチと二人でゲームに関する店舗限定のグッズを買いにこの街へとやって来ていた。もし、家を出た時点で外が曇っていたなら、理由を付けて買い物を延期していたか、代替プランを考えていたところだ。しかし、向こうでは白い雲もほとんどない晴天だったことから、特に代替プランを用意せずにここまで来てしまったのだ。
  まったく、ついてないな。
  店に向かって歩きながら、小さくため息をつく俺。
  俺の雨男体質は、雨を呼び寄せるもの。だが俺の頭を悩ませているのはそれではない。俺の体質が呼び寄せる雨、そこに大きな問題があるのだ。
  そうこうしているうちに、空からぽつりぽつりと雫がしたたり落ちてくる。
「あっ、降ってきた!」
  隣で空を見上げていたダチから声が上がる。
「ほんっと、あなたって雨男よね」
  わざとらしくジト目を作りながら悪戯っぽく語りかけてくる“彼女”。
  その唇には口紅が塗られ、顔には薄く化粧が施されている。
  そう、俺が呼び寄せる雨はただの雨ではない。雨に濡れた者の存在を異性へと変える特殊な雨なのだ。
  俺がTS雨と呼んでいるその雨は、傘を差さずに雨に濡れた者の体を異性に変え、さらに存在も元から変化後の性であったように改変してしまう雨だった。相手が改変されたことを認識できるのは俺のみ。周囲どころか、改変された本人も、自分が逆の性であったことを覚えてはいない。例外として、改変が大規模になるからなのか、既婚者は雨を浴びても変化はないほか、俺自身は改変を含めまったく影響を受けないのだが……その点で見ると、原因は雨ではなく俺にあるようにも思えるが……、ともかく常識外の雨であるのは間違いないだろう。
  ちなみに、雨で変化した者は、その後別の日にもう一度雨に濡れると、元の性に戻る。つまり、俺のダチ達は、雨に濡れるたびに男と女を行ったり来たりしているのだ。
  だが、実際の所、俺はそこまでこの雨を異様なものとは感じてはいない。なにせ、物心付く前からこの雨を見てるのだ。普通の人から見たら異常な出来事でも、最初から異常な物ばかりに接し続けてきた者からしたら、それは日常の出来事でしかない。
  正直、俺は小学校低学年くらいまでは、TS雨が異常な雨であることに気付いていなかった。雨で変化した者がそのまま普通に生活していたのもあるだろう。その時は本当に「雨ってそういうものなんだ」と認識していたのだ。それが異常なことだと気づいたのは、同世代が男女を意識し始めた頃、色々あってネットを調べていたときに、TSというジャンルの性転換要素の一つにTS雨というのがあると知ったときだった。
  だからといって、それを知った後も、俺はこのTS雨のことを他人に話そうとは思わなかった。そもそも、相手が改変されたことを認識できるのは俺しかいないのだ。改変を認識できない他人にこの雨の事を話したとしても、頭のおかしい奴と思われるのが関の山だというのは、当時の俺でも理解できた。
  そんなこんなで俺は独自に自身の経験と調べた各種TS物の知識から、この体質とTS雨について考察し、今に至っているというわけだ。
「ねえ、私、今日傘持ってきてないんだ♪」
  そんな俺に“彼女”は屈託のない笑みを浮かべながら体を寄せてくる。
  ダチの存在が女に変わったことにより、ダチの身に付けていた服も女物へと姿を変えていた。ズボンはスカートへと変わり、胸の部分には男にはない膨らみが見て取れる。
「……しかたないな」
  俺はカバンの中に常備している折りたたみ傘を取り出すと、“彼女”も傘の下に入れるように差してやる。
  ああ、面倒くさい。
  俺の頭を悩ませているのはこれだ。俺は今日、ダチと二人で買い物に街に繰り出したはずだった。だが、ダチは女になった。つまり、俺とダチは男と女の二人連れで街に出てきたことになる。要は、“彼女”にとってこれは“デート”なのだ。
  まったく、降ると分かってれば、ちゃんとプランも考えてきたのにな。とりあえず、性が変わってもこいつのゲーム好きという基本的趣向が変わらないのは分かってるから、今回の本来の目的であるゲームの限定グッズを買いに行くのは良いだろう。問題はその後だ。この街で女が喜ぶ場所となると……。
  頭をフル回転させながら、デートプランを猛スピードで組み立てていく俺。
  隣の“彼女”はそんな俺とのデートがよほど楽しみなのか、口元に浮かぶ笑みを隠そうともしない。
  そんな“彼女”の表情に、思わずドキッとする俺。
  俺のダチ達は異性になると、みんな俺好みの女へと姿を変える。俺と付き合っていると存在が改変されるからなのだろうか、ともかく、彼女達は時折俺がぐっとくる仕草を見せるのだ。
  しゃあない。面倒だが“彼女”のために一日使うとするか。
「じゃあ行こうか」
  一つ心の中で息を吐き、俺は“彼女”が雨に濡れないよう気を付けながら、ゆっくりと歩を進めるのだった。



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