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赤い蛇
作:高居空


「赤いヘビ〜、カモン!」
  俺の掛け声と共に、手にしたシルクハットの模造品からにょろりと赤い色をしたヘビのおもちゃが顔を出す。
  だが、俺の渾身の芸にも関わらず、同僚達の反応は実に冷ややかなものだった。ちらりとこちらを一瞥しただけで、すぐに各々の歓談へと戻っていく。
  うっ、外したか……。
  会社の新年会、その余興として俺が特訓してきた芸は、どうやら滑ってしまったようだ。
  むう、これこそ蛇年の新年会にやる芸として最適かと思って練習してきたが、ちょっとネタが古すぎたか? 何せ元ネタは、今でも動画で残ってるくらい有名なやつとはいえ、昭和だからな……。いや、それとも、謎のアラブ人をマジシャン風にアレンジしたのがまずかったか? これで俺の芸が昭和のあのネタだと結びつかなくなったとか?
  内心気落ちする俺だったが、次の瞬間、思いもよらぬ事が起こる。
「シャー! 受けなかったのはむしろ、醸し出す昭和感が中途半端だからだと思うシャー!」
  シルクハットから顔を覗かせている赤蛇、それが突然口を開いたのだ。
  唖然とする俺に向かって鎌首をもたげ、チョロチョロと舌を覗かせる赤蛇。
「やるならやっぱり、このくらい振り切らないとダメだシャー!」
  その声と同時に、突然俺の着ている服が変化しはじめる。
  ジャケットが豪奢さを増し、まるで燕尾服のそれのようになる。
  スラックスが足にピッチリと張り付き、生地が薄く荒くなっていく。ほどなくしてそれは、まるで網タイツのような外見になっていった。
  ……網タイツ?
  そう、網タイツだ。男が履けば見苦しいにも程があるであろうそれは、なぜか俺の足にぴっちりとフィットしていた。そもそもの俺の足自体が、いつの間にか自分の物だとは思えないほどすらっと細く変化していたのだ。
「!」
  突然、かかとがグイッと持ち上がる。
  足先には、黒いハイヒールが現れていた。
  網タイツにならなかったスラックスの上部は、股間を頂点にすすっと切れ上がり、濃い黒に染まっていく。
  その形は、まるでバニースーツの下半身のように見えた。股間の中心に本来あるはずの膨らみはどこにも見あたらない。
「な、なんじゃこりゃ〜!?」
  思わず出た声。だが、それは本来の俺のキーではなく、高い女の声音だった。
  首筋に何かが当たる感覚がある。もしかしたら、髪が伸びているのかもしれない。
  胸がむくむくと膨らみ、服の上からでもはっきりと分かる大きさとなる。
  首元には真っ赤な蝶ネクタイが結ばれていた。
「シャー! やっぱりやるからには格好もこのくらい昭和に寄せなきゃだめだシャー! ちなみに、ホントは完全バニースーツもできるけど、今年は卯年じゃないのでやめました」
  耳に聞こえてくるどこか満足げな赤蛇の声。だが、今の俺はそれどころではなかった。
  な、なぜ俺が女に!? いや、服装自体は昭和の女マジシャンといったら女児向けレトロアニメの恋は不思議色なやつでもそうだったけど、かなり際どい物って印象が強いけど!
  訳が分からず困惑するしかない俺の耳に、再び赤蛇の声が響く。
「さあ、これでもう一回ネタをやってみるシャー!」
  次の瞬間、俺の体は俺の意志とは関係なく動き始める。
「そうれ、赤いヘビ〜、カモン♪」
  気が付くと集まっていた同僚達の視線に向かってウインクを飛ばし、俺はいつの間にかシルクハットの中に戻っていた赤蛇を呼び出すのだった……。



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