7月13日  それでもやっぱり海にいた



それでもやっぱり海にいた。

先日、私は医師から脳梗塞との診断を受けた。
発見が早かったから良かったようなものの、下手をすれば命を落としかねない恐ろしい病気。

にも関わらず私は、それでもやっぱり海にいた。

我ながら思う。自分は馬鹿、いや、大馬鹿なんだろうなと。

釣りなんかしてる場合じゃない。
それはわかっているんだけど、来週の精密検査の結果如何によっては次はいつ海に立てるかわからない。

それまでにどうしても釣っておきたかった。チヌの感触をこの手に焼き付けておきたかった。
そして私は海にいた。


前日、なぜか予感がしていた。
先週あれだけ釣れたけど、明日はあまり釣れないかも・・・。
満潮前後が本命のこの釣り場で、干潮の10時半へ向けて釣ることとなる。潮もあまり良くない。
普段は持ち歩かない0.6号のハリスを、今日に限って準備した。


いつものように、一番船にて一文字沖波止へ。

普段は1時2時まで粘る私であるが、今日は無理をしないためにも11時に上がることと決めていた。
(無理をしないためなら釣りに来るなって噂もあるが。)

片付けを始める10時半までは、正味5時間半。
果たして今日の釣りは・・・


案の定、食いは渋かった。
朝方、北側ではパタパタっと釣れたようであるが、私の入った南側の調子はイマイチ。
船長曰く、北側ではアジは釣れないが南側では釣れている。
水温とかの微妙な違いが、チヌの食いにも影響してるのかもとの事。

朝の時合は一瞬で終わり、時間の経過と共に北側でも食いが渋くなった模様。
南側で糸を垂らしている私に、当然のようにアタリはない。

今日の私の釣り座、潮は、真横に左に流れたり10時の方向に流れたり。 主に左流れ。
左横5mの所には底に何かあるようで、仕掛けをそこまで流すと毎回のように浮きがそれにモタれる。
本当はもっと早くに釣り座を変えるなりしてれば良かったんだろうけど、待ってりゃ流れも変わるでしょと、
ここでも私の不精な性格が出てしまった。
結果的には、最後まで左方向への流れが続く形に。

アタリの無い、無益な時間が過ぎていく。
浮きを変えたり仕掛けにガン玉打ったりと、いろいろやってはみるのだが相変わらず反応はない。
潮位は干潮に向かうに連れどんどん低くなり、状況は悪くなるばかり。
他の釣り座の方も、波止の表を攻めたり裏を攻めたり、色々と苦労されてらっしゃる様子が伺える。

私も何か策を練らねば・・・

時刻は10時を過ぎた。残り時間は30分。
潮は相変わらず左方向に真横の流れ。
仕掛けは同じ場所で引っかかっている。

「とりあえず・・・、仕掛けを障害物の向こうで流すか・・・」

左方向、仕掛けが引っかかっていた場所のちょい向こうにバッカンを移し、撒き餌用の団子を
潮の流れに沿うように横に何個か投入して、チヌをケーソンの中からおびきだす。
ハリスも最後の手段である、0,6号へ変えた。  まだまだあきらめてはいない。

丹念に、ケーソン際ギリギリを流す。
時にケーソンの割れ目の前で微妙に道糸を止めたりして、誘いを掛ける。

そして遂に本日初めて、浮きが海中の変化を私に伝える。  前アタリ
そして次の瞬間、浮きが割れ目の奥深くへと吸い込まれていった。

慌てて合わせる。
アートレータが、チヌらしき魚信を伝えてくれる。

しかしハリスは、0,6号の超細ハリス。
加えて魚は今、30cm程の幅の、ケーソンの奥へと潜り込もうとしている。

割れ目の真っ正面に立ち、必死で外への誘導を試みるが、恐らくハリスはケーソンに擦れている。
それでも力ではなく自然な形で竿を操作していたら、なんとか外へ出てきてくれた。

勝負はこれからであるが、ハリスは間違いなくダメージを受けているであろう。
魚は大きくないが無理はできない。

ゆっくりと体全体を使って、時にはレバーブレーキで糸を出しながら、じっくり弱らせる。

上がってきたのは30cm弱の小さなチヌ。
決して立派な型ではないが、偶然はなく、最後の最後に攻めて狙って食わせたチヌ。
これまでやってきたことの集大成のような1枚。
タモですくい上げた後で私の手が震えていたのは、きっと病気のせいだけではなかったはずだ。


その後何投かしてみるが、結局このチヌが本日唯一のチヌとなった。
たかが1枚、されど1枚。
この1枚を取るために、私はこれまでに色々なことをやってきたのだと思う。


撤収間際に、リリースしながら語りかける。

「いいか、私は必ずまたここに帰ってくる。
 それまで待っていて欲しい。
 50cmを超える、大きなチヌになって待っていて欲しい。
 他の釣り人には釣られるな。私の仕掛けに食って来い。
 その時にはまた、1対1、ガチンコの勝負をしよう。」

元気に泳いで行くチヌを見ながら、色んな事を思い出していた。

訳も分からない中で、初めてチヌを釣ったあの日の感動、
入れ食い状態の太公望に囲まれ、どん底の屈辱を味わったあの夏の日。
過去の釣りの、一日一日が鮮明に蘇ってくる。

屈辱を乗り越え、試行錯誤を繰り返し、ようやく最近チヌが釣れるようになってきた。
ようやく最近、磯釣りの楽しさがわかりはじめてきた。
競技会、決められた時間の中で行われる釣りの心地良い緊張感。私はまだ、予選突破すらしていない。
私の釣りは、まだまだ始まったばかり。

約束しよう。きっとまた私は帰ってくる。 
無垢な少年のように純粋に、本音で語り合うことのできるこの海へと。


私の知っている、ある人が言っていた。

「さよならは別れの言葉じゃなくて、再び逢うまでの遠い約束」と。  
セーラー服着て、機関銃ブッ放しながら言っていた。


この世に海がある限り、この世に釣りがある限り、きっとまたどこかの波止で団子をポイポイ、
どこかの磯で撒き餌をポイポイやっている私がいることだろう。


たった一つの海を隔てて地球上のあらゆる国が繋がっているように、そこに海がある限り
その地球上で暮らしている我々人間一人一人もまた、繋がっているのではないかと思う。

海に通っていれば、きっとまたどこかでお会いすることができることでしょう。
そんな日を心待ちにしながら、とりあえずはひとまずここで・・・

こんな私が言うのもなんですが、皆様くれぐれもお体には気をつけられて、安全第一をモットーに
釣りを楽しんでください。
病気をしたり怪我をしてしまったら、楽しいはずの釣りも楽しめなくなってしまいますから・・・。
                (事実、今日の釣りも途中で倒れやしないかと冷や冷やでしたし(笑))

それではみなさん、またどこかでお逢いするその日まで・・・





撤収間際で食ってきた、30cm弱のチヌ。
型は小さいけど、偶然食ってきたではなく攻めて狙って
食わせたチヌ。
最後の最後で、これまでやってきたことの集大成のような1枚。

いつか、きっとまたいつか元気になって帰って
来たいと思う。
たくさんの思い出をくれる、たくさんの夢を見させてくれる
この偉大なる海へと。
     to be・・・  continued・・・