4月12日  後を継ぎし者


会長「今度の釣り、会社の後輩も連れて行っていい?
   我が釣りクラブに、体験入部させたいんやけど。」

会長からそんな電話があったのは、週の始めのことだった。

私「釣りクラブって言ってもいつもテキトーで、特に活動してるわけもないし、体験入部も何もあったもんじゃない
  んだけど、別にいいよ。で、その子、釣りは上手いん?」

会長「いや、上手いも何も釣り自体が初めて。道具も何も持ってない。
  会社のみんなからは、王子って呼ばれてるんだけど、休みの日は家でゴロゴロしたりゲームしたりして、
  実生活は王子様とはかけ離れた半ニート生活を送っているみたいだから、もっと健康的な遊びを教えて
  やろうと思って。本人も少しは釣りに興味があるみたいだし。」

私「それなら俺が竿をやろうか?もう使わん竿があるから。」


そう。その竿の名は、「きんろう」 
私がその昔、散々修行を積んだ竿。定価は19800円だが、9割引きセールで1980円。

チヌ釣りを始めたばかりで、本当はダイワの銀狼が欲しかったんだけど、
「釣り竿に何万円もかけるなんて・・・」って思ってた当時、とりあえず気分だけでもと銀狼をもじって勝手に
「きんろう」と命名。 おまけに手書きで竿にロゴまで入れて、「イェーイ、きんろうだぜ!」と、会長や名人に
見せびらかしていたのだが、あるとき釣り場で釣りの上手そうなおじさんが私のきんろうを見て、
とても訝しげな顔をされたことで、「ひょっとしたら自分は、とてもアホな事をやっているんじゃないか?」って
客観的に自分を見つめなおすことができ、「今まで、なんて恥ずかしいことをやっていたんだろう」と、
自分の醜態に気付くことができた。

丁度そんな頃、「きんろう」の穂先が折れた。

ある日釣りを終え、道具を片付けるのが面倒臭かった私は、仕掛けをセットしたままたたんだ竿を
穂先カバーもつけず、リールのドラグも緩めないままロッドケースにしまったら、家に帰ったら折れていた。

初心者にありがちな、初歩的なミスであるが、最近永田が同じミスで竿を折った。しかも、BB-X。
ま、まぁ、ドンマイだ。

その後は見栄張って本物の銀狼やアートレータなんかも買ってしまうんだが、
チヌ釣りなんて、1980円の竿だって十分に楽しめると思う。


で、その折れたまま倉庫に放置されていた「きんろう」が、2年の歳月を経てここに蘇った。
眠っていたままの竿が、再び日の目を見る。

「王子君とやら、私の血と汗のにじんだ竿を君に託そう。
チヌ釣りの入門に最適な、「きんろう」   定価は19800円だから、10000円でいいよ!」

かくして、我が愛竿「きんろう」は、私の手を離れ、後を継ぐ者の手へと渡った。
ここに、一人のチヌ師が誕生した。

「さぁ王子君、君もこの竿を手にした瞬間から、周囲の釣り人の冷ややかな視線を独り占めだ!」




彼に関する事前情報は、あらかじめ会長から聞いていた。特徴としては、とにかく真面目で、とにかく
細いらしい。予習として、会長の貸したチヌ釣りの本を細部まで一言一句読み込み、同じく会長が貸した
チヌ釣りのDVDは、3回も見直して頭に叩き込んだとの事。


そして午前6時、彼はやって来た。私が先に1便で渡った後の2便で、小野田一文字沖波止へと。
齢、23歳。まだまだあどけなさが残る、真面目そうで、それでいてちょっと頼りなさそうな青年。
いや、青年というより、むしろ少年であるかのようにあどけない。  しかし、ほんとに細い・・・


王子「おはようございます!」

私「おはよう王子君。噂には聞いていたが、君、ほんとに細いな。  体重は何キロ?」

王子「48キロです。」

私「よ、48キロ?  うちの嫁より軽いじゃないか。 ちゃんと毎日、飯は食っているのか?」

王子「は、はぁ。一応。」

私「ちなみに、我がクラブ員にはそれぞれ源氏名があってな、彼は会長、私は副会長だ。
  君にも何か名前を・・・。
  そういえば、君のあだ名は確か王子だったよな? 
  よし。それなら君は細いので、ガリガリ王子とか、ヒョロヒョロ王子とかはどうだ?
  ガリガリ王子とヒョロヒョロ王子、 とっちがいい?」

王子「べ、別にどっちでも良いです・・・。」

私「そうか? それなら、君は今日からガリガリ君だ!」



無事に彼の名前も決まったところで、本題の釣りへと入る。

私の愛竿「きんろう」をぎこちなく操り、釣りを始めるガリガリ王子。
指導にあたるのは、3月に誕生日を迎えたばかり、若干32歳の中野のおっさんである。

今日は珍しく、王子のための撒き餌も全部自腹で用意していてくれている。
普段は極悪非道で、血も涙もない冷血人間の彼も、たまにはこういった優しい一面を見せてくれる。

「会長よ、どうせなら、優しさついでに私の撒き餌も準備してはくれまいか?
 今後一生涯、私の撒き餌の面倒もみておくれ。
 更に、渡船代なんかも面倒みてくれたら嬉しいな。
 更に更に、車も毎回出してくれて、ガソリン代も全部面倒みてくれたら言うこと無いな。
 お返しはそうだな、 俺の120%、ありったけのスマイルでどうだ? ダメか?


本日の朝一の水温は、14.6度。 
ぼちぼちチヌの活性が上がってきても良さそうなもんだが、予想に反して今日も生命反応は無い。
他の釣り座で、時折竿が曲がっているのは、きっと気のせいだと思う。
挙句会長がメバルやアラカブに次いで、執念のチヌを釣り上げたのも、恐らくきっと気のせいだ。

こうして今日も時計の針が12時を回る頃には、すっかり釣りに飽きてしまった私は
菓子パンモグモグ、会長と王子の釣り座に行ってみる。

私「王子よ〜、何か釣れたか?」

王子「いえ、まだです。」

私「魚釣りもな〜、魚が釣れんにゃおもしろくないよの〜。」

王子「いやいや、満潮は12時半でしょ? まだまだこれからですよ!」

私「・・・・・     

  お、おー・・・・」



初めての釣り、それもこんなに渋い状況にも関わらず、初心者の君からそんな前向きな発言が
飛び出すとは・・・

王子の頼もしい言葉に、最近忘れかけていた何かを思い出す。


ただ、そこで初心者王子の言葉に奮い立ち、「俺も絶対釣ってやるぜ!」といったファイティングスピリッツを
仮に私が持ち合わせていたならば、私の人生はもう少し違ったものになっていたはずだ。

菓子パンを頬張りながら思う。 王子よ、どうか私の分まで頑張ってくれたまえ。



結局、今日もアートレータは曲がらずじまい。

いや、正確に言うと、何回かは曲がったんですけどね。
団子の重みでぼよよんぼよよんと。

ふと気がつけば、これで通算8回連続のボーズ。
しかも、8回中6回は、餌取りすら釣れていない、完封負け。
気がつけば、俺、ひどいことになってるな・・・。



いやぁ、実はですね、自分でもなんとなく気付いてるんですわ。 チヌが釣れない理由。

餌取りが全くおらず、チヌもオキアミたっぷりの撒き餌に反応する今の時期に、敢えて団子をに挿し餌をくるんで
紀州釣りをする私。
この釣り方が、最近の不調の原因なんじゃないかなって、薄々自分でも分かってるんですわ。


ただ、それでも私には、どうしても団子釣りにこだわり続けたいひとつの理由があるんです。

「どんな状況下であれ、自分の得意な釣りのスタイルを崩したくないから・・・」
 って言えばかっこよく聞こえるかもしれないんでしょうが、本当の理由は、調子に乗って買い溜めし過ぎた
 倉庫の中に眠るダンボール9箱分の団子材料を、早く使い切ってしまわないと嫁がうるさいんですわ。





穂先が折れたまま、およそ2年間眠っていた、
愛竿「きんろう」

王子よ、私の魂を君に託そう。
立派なチヌ師になるがいい。

あ、ちなみに竿はちゃんと無料で差し上げましたよ。
私もそこまでワルじゃないです。
会長と釣り座を並べる、ガリガリ君ことガリガリ王子。

生命反応の無い海に飽きて、菓子パン片手に波止をプラプラしている私を
尻目に、終日素晴らしい集中を見せていた。

「君、見かけによらず凄いガッツの持ち主だな。きっと釣り、上手くなると思うぞ!」
と励ましてあげるが、初心者に毛が生えたような私に言われても、まぁ別に
嬉しくないんだろうけど。


ど、どうもどうも!
会長が釣った、チヌとメバルとアラカブ。

基本、なんでもお持ち帰りの会長が、
珍しく獲物を「全部王子にあげるわ!」と、プレゼントしていた。

「いやいや、そんな、いいですよ」と、王子が恐縮していたので、
「それなら俺が貰おうか?」と会長に提案したら却下された。

「まぁ、王子よ、遠慮するな。
新鮮な魚が食べられるのも、釣り人の特権だ。」