12月08日  招かざる客


いやぁ、やばい。もうやばい。
何がやばいって、ほんとに寒い。
ほんとに寒いんだけど、何故か釣りに行ってしまう私。

これまでであれば冬は釣りはお休みしてのんびり雪山にスノボでもしに行くところなのであるが、
どういった訳か今年はまだまだ釣りのテンションが下がらない。

12月8日(土) 寒チヌは釣りたいが、とりあえず今の時期の波止の状況がわからない私は、
まぁ、磯ならなんとかなるでしょ!ってな感じで、防府市の地磯へ単独釣行。
寒さ対策に雪山用のスノボウェアを着込んで、レッツフィッシング! うん。大丈夫。寒くない。

もう餌取りはいないだろうとタカを括って、久々に撒き餌フカセで臨んではみたんだけど、何のことなくここは
まだまだ餌取り天国。恐ろしい速さで針から挿し餌がかすめ取られる。


はて、どうしたものか・・・。 とか思いながら撒き餌を打ってると、何やら背中に違和感。
何者かが私を見ているような視線を感じる。

なんだ?と思って振り向くと、すぐ後ろの磯の岩から2つの光る目。
訝しげに目を凝らすと、そこには違和感無く岩と同化した体色でこちらを見据える、うずくまった物体が1匹。
招かざる珍客である。とりあえず話しかけてみる。



私「何だちみは?」

珍客「んっ? 我輩?   我輩は、猫である。」

私「名前は?」

珍客「名前はまだ無い。」

私「ふむ。そうか。
  それで、名無しの権兵衛である所の君が、こんな人里離れた地磯で私に何の用かね?

  ははん、わかった。さてはお前、私の釣り上げるチヌが目当てだな?
  私を高名なチヌ師と見込んでのおねだり観戦か。
  お前、猫のくせに、なかなか人を見る目があるじゃねぇかよ・・・。
  よしよし、今日は私がお前の為に、たくさんのチヌを釣り上げてやるとしよう。」


私の元、女性はあまり集まっては来ないが、何故か子供だとか動物なんかは結構集まってきたりする。
私の持っているピュアなハートが、純真無垢な子供や動物達のそれと、シンクロしているとでも言うのだろうか。
はっきりとした真相は分からないが、何故だかちびっこや動物には人気がある私。

今日もすぐ後ろに名無しの猫を従えての釣りとなった。


私「しかしお前、気をつけろよ。
  音もたてずに人の背後に回り込んだりして、もしも俺がゴルゴ13だったら、お前今頃確実に撃たれてるぞ。
  よかったなぁ。俺が一流のスナイパーではなく、三流のチヌ釣り師で。」


で、まずはそんな三流釣り師の撒き餌ワークでは、大量に沸いた餌取りなどかわしきれるはずもなく、
とりあえず撒き餌団子に挿し餌をくるんで、元祖副会長法を試してみる。

しかし、やはり紀州釣り用に練る団子とは使い勝手が違い、どうも思うようにならない。
団子に粘りが出過ぎていて割れるまでの時間が長すぎるし、割れも安定しない。
握り込むと割れないし、握りを軽くすると遠投が効かない。
割れの調整用の材料は持ってきておらず、仕方なく不安定な団子で粘ることに。

時折り、チヌのアタリとは程遠いマッハの速さで浮きが消えこむが、上がってくるのは木っ端グロ。
持って帰る気も起こらないスモールサイズで、即リリース。


「今日の餌取りの主役はクロか。」などと思いながら団子を打ち続けていると、ここで今日唯一の見せ場が
訪れる。

例によって団子が割れた次の瞬間、一瞬にして視界から浮きが消える。

「また木っ端グロか・・・」

とか思いながらとりあえず合わせると、いやいやこれがかつて味わったことの無い位の強烈な引き。
乗った!と、思った次の瞬間には、交換したばかりの1,5号ハリスがぶち切られていた。
竿を起こそうとしてもその強引を止められず、気がつけば竿と魚が一直線。
時間にしたら1秒位の出来事であろうか。とにかく一瞬。
レバーブレーキに手をかけることもできないくらいの、まさに一瞬の刹那であった。


「何だ?今の強烈な引きは・・・」

動きの早さ、走りっぷりと言いチヌではないだろうし、底物とも違うはず。


ひょっとしたら・・・

ここに沸いてる木っ端グロの親玉?

しかもあの初速の速さ・・・   もしや尾長か?
それにあのパワー、だとしたら並みの尾長じゃないはず。    
まさか70cmを超える幻の・・・  


あぁ、やべー、どえらい大物をバラしちまった・・・。

油断してたなぁ。まさか70cmの尾長が食ってくるとはなぁ。
いや、でも待て待て。もし獲物が70cmの尾長だったとしたら、仮にあそこで竿を立てれたにしても、
1,5号のハリスなんか簡単に切って行っただろうな。
どっちにしろバラしてたか。  いやぁ、まいった。完敗だ。
まさかこんな地磯で、あんな巨大な尾長が食ってくるとはね。悔いはねぇや。まいったまいった。

「よーし、次いってみよう!」と、ポジティブシンキングで後ろを向くと、そこには何か言いたげな目でこちらを
見ている猫がいる。



私「なんだよ・・・。 何か文句あるか?」

猫「・・・・・・」       

猫は黙して語らない。


私、自分より強き権力に対しては態度小さく弱気であるが、これが自分より立場が弱い小動物が相手となると
態度は一転、獅子の如く強気だ。


私「なんだ? 猫のくせにそんな目で俺を見やがって。 あんまり人間様をなめんなよ?」

猫「・・・・・・」       

猫は黙して語らない。




「あっ、そう言えば、なめんなよで思い出した。
 折角だからお前、命名してやるわ。 
 お前今から、なめんなよの、なめ猫な。
 一昔前に一世を風靡したなめ猫、ここに再来って感じだ。  いやぁ、いい名前!」


えっ?なめ猫って何かって?
そうさなぁ、なめ猫を知らないヤングメンの為に簡単に説明すると、要はなめ猫とは、猫のヤンキー集団の
ことである。猫を二本足で立たせて特攻服を着せて、頭に日の丸の鉢巻をしている姿を想像して欲しい。
それがなめ猫だ。
一時は日本中で大ブームになったんだけど、猫達に無理矢理服を着せて、見せ者にしているとの抗議が
相次いだみたいで結局は闇に消えていった、昭和と言う激動の時代に翻弄された猫達。

別にここにいる無名の猫とは何の関係もないのだが、ふと思いついたので勝手に命名してみた。
別に意味は無い。単なる思い付き。
よし、なめ猫のためにがんばるべと、気合を入れなおした丁度その時、私の釣果を気にした永田名人から
電話がかかってきた。

永田「タコ、釣れた?」

私「いやぁ、餌取りばっかりで苦しい展開やけど、たった今離島クラスの尾長をバラした。70cmはあったと思う。」

永田「は? 尾長? 70cm? そんな訳なかろーがや。 
    どうせボラっちゃ。メーターオーバーのボラっちゃ。
    寒のボラはよう引くそうですけーのー。」


彼の一言に、一気に現実へ連れ戻される私。
その言葉にごもっともな説得力があるのは、彼がボラ神様であるからだと思う。


私「でもまーいいじゃん。離島の尾長ってことにしておこうや。そっちのが夢があるやん。
  うんうん。そうしようそうしよう。」


電話を切った後、針を「合わせちゃダメジナ」に変え、再び離島の尾長を狙ってみるも、結局はチヌも尾長も
釣れず、撤収するハメとなる私であった。


道具を片付けようと振り返る私、何か言いたげな表情のなめ猫と再び目が合う。


私「すまんのぉ、なめ猫よ。お前の為にチヌ、釣ってやることができなかったわ・・・。」


なめ猫がここでニャーとひと鳴き


なめ猫「どうせ餌取りに翻弄されてチヌなんか釣れんこと位、最初からお見通しっちゃ。
  餌取りしか釣れないだろうと踏んでいたからこそお前の後ろにいたのに。
  なんで木っ端グロ、全部海に帰すわけ?」


私「何? 最初から目当ては木っ端グロだったって?
  私のお粗末な撒き餌ワーク見て、ハナからチヌ釣るなんて思っちゃいなかったって?」



ふむ、そうか・・・。  なめ猫よ、お前猫のくせに、なかなか人を見る目があるじゃねぇかよ・・・。





謹賀新年!
1,5号のハリスをぶっちぎって逃げた奴。
サイズ的には、この10倍位あったに違いない。
なめ猫「へったくそやな〜」


私「うるさい!」