週の半ば、週末の釣りの予定を立てる為に、永田名人に連絡を取る。

私「あ、もしもし永田?今週末の釣り、どうする?」

永田「俺は・・・、  小野田一文字に行きたい・・・」

私「いやぁ、でも最近、小野田一文字はあんまり芳しくないような感が・・・」

永田「俺、あそこに大きな忘れ物をしてる。それを取りに行きたいんだ・・・」

私「あれっ?そういえば前に日本海に釣りに行った時はレバーブレーキの
 操作ミスによる大物のバラシで大きな忘れ物してきたけど、小野田一文字にも
 何か忘れ物してたっけ?」

永田「いや、実は誰にも気付かれないように、しれーっとしらばっくれてたけど、
  俺今年は、まだあそこでチヌを釣ってないんだよね。
  このまま誰にも気付かれずにバックレようかと思ってたんだけど、
  船長はそのことをと覚えてたみたいで、
  「永田君は今年、一文字でチヌを  釣ってないねぇ・・・」って指摘され
  ちゃってさぁ、そうなりゃ、あそこにチヌという名の忘れ物を取りに
  行かなきゃならないでしょ!


いやはや、さすがは船長である。小野田一文字のことなら何でもご存知だ。
あれだけボラ釣ってるから、永田はいつも爆釣のイメージがあったけど、
一文字のチヌはまだ今年、釣ってないのか。
それはどえらい忘れ物してるじゃん。是非取りに行かなければ。


でも永田、君はいろんなところに忘れ物をしてるねぇ・・・

何はともあれ、そんな感じで決定した小野田一文字釣行。
最近、ここでフカセやっても釣果が芳しくないので、思い切って紀州釣りを
試してみることにした。


しばらくは足元の際に団子を落として探っていたんだけど、どうやら底には
捨石が敷き詰めらおり、団子が石と石の間に入ってタナが安定しない。

際狙いでは、チヌが集まってきて団子を突付いて割り、その中の挿し餌を
口にするといった本来の紀州釣りの意味をなさないと判断した私は、
10m沖の砂地へポイントを変更。時間は11時前。

11時半頃からなんとなくチヌの気配を感じ、1度はアタリがあったんだけど、
合わせで乗った直後に痛恨のハリス切れ。
その後もチヌの気配は続き、あと1時間もあれば釣れそうな気もしてたん
だけど、12時に永田がやめるって言うので、それに合わせて私もヘタレやめ。

総括として結果はボーズ喰らったんだけど、手前の際をあきらめて、
最初から沖にポイントを絞って攻めてれば結果もまた変わっていたかなと。
その辺りの判断ミスも敗因の一つ。

大漁の後、勝利の美酒に酔いしれながら、余韻に浸るも釣りであれば、
ボーズ喰らって自分を見つめなおして、初めて気付くこともある。 
それもまた釣り。

とりあえずまぁ、感触は掴んだんで、次回は必ず釣れるはずと、
負け惜しみを言っておこう。

数日前は、一人で20数枚のチヌを上げた方もおられるようですが、
この日は一文字にあがった4人共がボーズ。

腕の差はもちろんあると思いますが、日によっても釣果にムラが
あるのではという感想。

女心と秋の空とは言いますが、秋の海もまた、一日一日でその日の気分を
変える、きまぐれ屋さんのようにございました。

手を変え品をを変え、移り気なその日のハートをガッチリ掴んで初めて、
たくさんのチヌを口説き落とせるのかなと。

チヌ釣りもまた、深いですなぁ・・・。



さて、対するはこちら、色んな釣り場に色んな忘れ物をしている忘れ物名人。
一文字沖波止にて、大量の撒き餌を打ち、さっそく忘れ物を探し始める。

開始から3時間、今日は餌取りの活性が高く、チヌは釣れないながらも
挿し餌は一瞬にして針先からかすめ盗られる。
アジにチャリコにベラにフグ。
忘れ物はなかなか見つからない。

しかしながら今日の永田名人、いつにない集中力で手返し良く攻めていく。
小野田一文字での彼の忘れ物、彼の中では相当なプレッシャーのようである。
その真剣な眼差しに、言葉は要らない。
しばし二人の間に、空虚な沈黙が流れた。

そして午前9時、ついに沈黙が破られる時がきた!

永田名人「タコ、きた!!!」

大きな掛け声とともに、遂に彼が忘れ物を発見!


「ぴよよ〜ん!」と上がってきたのは、手の平にも満たない15cmくらいのチヌ。

私「お、おめでとう・・・  遂に忘れ物を見つけたじゃん・・・
  すっげーちっちゃい忘れ物で、俺には30cmのチヌ釣るよりも、
  そのサイズ釣る方がよっぽど難しそうな位ちっちゃい忘れ物やけど、
  とりあえずおめでとう!」
  

永田「ち、違う。俺が探してるのはこれじゃねぇ・・・」


小ちゃい小ちゃい、メイタにも満たないちっちゃい魚をリリースし、再び忘れ物を
探し始める忘れ物名人。

同サイズをもう一匹追加した後、また大きな叫び声!


永田「タコ、今度は来た!」

見ると今度は彼の竿が、それなりに曲がっていた。


今度こそ永田も忘れ物発見か? と期待するが、予想に反して上がってきたのは
シマシマ模様が美しい、そこそこサイズのコショウ鯛。

私「永田、こりゃまた珍しい魚釣ったね・・・。
  この釣り場でチヌ釣るよりも、はるかに難しいであろうコショウ鯛を巧みに
  釣ってくる辺り、さすがは五目釣り名人といったところか。」

永田「こ、これも違う!」

シマシマ君を海に返し、再び釣り糸を垂れる永田名人。
忘れ物はなかなか見つからない。


しかし、午前10時15分、今日一番の大きな声で彼が叫ぶ!

永田「今度こそ来た! これは間違いない!」

見ると彼の1.5号BB-Xが、根元から曲がっている!

私「ここに来て、遂にやってくれたか!?」


慌ててタモ持って彼の元へ駆けつける!

永田「やべー、やべー、ぶち引く!」


竿だけではその強烈なパワーを吸収できず、魚について波止を走り始める、
永田忘れ物名人。

しかしこの忘れ物、強烈な引きを伴いながら走る走る。
忘れ物名人を引き連れ、かれこれ50メートルは走っている。


私「絶対これ、チヌじゃねぇ・・・
 むしろこの走りっぷり、永田が得意とするいつもの魚では・・・?
 それにしても、一緒について走る永田の走り方も、かなり大袈裟じゃねぇ?」

永田「嘘じゃないっちゃ!嘘じゃないっちゃ!」

大声で叫びながら楽しそうに波止中を走り回る、マラソン名人。
少年のようにはしゃぎまくる彼は今、心から釣りを楽しんでいる。

「この人も、相手がどんな魚であれ、本当に釣りが好きなんだなぁ・・・」

そんなことを思いながら、タモ持って永田について行ってたら、
なんと、急に彼の仕掛けが海面に浮上してきた。


ブラックバスやスズキを釣った事がある人なら分かると思うが、彼らが
エラ洗い(水面をジャンプして針を外そうとする仕草)をする直前、
魚がラインを伴って水面に上がってくるのであるが、
今まさに目の前の魚も、海面を割りそうな勢いで浮上してきたのである。

私「何?この魚。 今にも飛びそうじゃん。・・・ 何だこれ? 」

そう永田に話しかけた瞬間だった。海面が真っ二つに割れ、その魚が宙に舞う。



  「ぬぽ〜ん!」


そんな擬音がぴったりだった。

私の予想はずばり的中!
正体は彼が最も得意とする、いつものボラだった。

しかし、ボラがやりとりの最中にジャンプするとこ、初めて見た・・・

しかも、強烈な引きの割にはサイズはあんまり大きくない・・・

目を凝らして良く見ると、美しいまでに胸ヒレにスレ掛かりしていて、
ボラらしからぬ強烈な引きを見せているのだ。

海面を割るボラも奇跡だが、芸術的なまでに胸ヒレに刺さった針はもっと奇跡。

「すげー、これが選び抜かれた巧みが見せる、神がかり的な名人芸か。」


永田「うぉー、やべーやべー、こりゃたまらんわ。 
    おっとっと、うぉー、モーレツぅー!」



やっぱり・・・    永田の忘れ物はこいつだったか・・・

心の中で、そっと呟く私であった。



しかしあれだ。手の平にも満たないチヌの幼魚を2枚も釣ってみたり、
魚影では、圧倒的にチヌの方が多いはずのここ小野田一文字で、
コショウ鯛まで釣り上げて。

更には美しいまでに胸ヒレに針をフッキングさせ、巧みな竿捌きで
ボラのジャンプまで見せてくれるあたり、50cmのチヌ釣るよりもはるかに
難しいと思うのだが。 
忘れ物であるチヌ釣るよりも、よっぽど良い物見させてもらったわ。


例えるならば、子供が公園の砂場にビー玉を忘れたんで探しに行ったら、
なぜか偶然そこでダイヤモンドを発掘してしまった、みたいな。

今日もしっかり笑わせてもらった。

12日には、地球を釣った会長が華麗に竿を胴から折ったみたいだし、
どうして私の周りの釣り師は、こんな信じられない奇跡ばかり起こして
くれるのだろう。

彼らが、生まれながらに持ち合わせている奇跡を生むための不思議な能力。

またその奇跡の質も、会長と名人では微妙に異なっているのだから、
なお不思議。

例えるならば、会長が天然の奇跡人ならば、名人は天性の奇跡人。
その両者に微妙な質の違いこそあれ、私を大笑いさせてくれるという本質に
変わりはない。

私は立会人として、これからも彼らが起こしてくれるであろう奇跡の数々を
暖かく見守ってやりながら、大笑いしてやるという役目。

それぞれの役目はみんな違えど、それぞれが職責を全うしてこそ
初めて一つとなる集団。


永田と会長、それから私、
  


みんな違って・・・      みんな良い。



ち、ちっちぇー・・・

シマシマ模様がかっこいい、
コショウ鯛。

名人、ここでの通算2枚目。
彼がもっとも得意とするいつもの魚。

どうやったらこんな所に針が掛かるのですか?

しかし、結局今日もチヌ釣れなかったねぇ・・・





9月15日  大きな忘れ物を・・・