レバーブレーキ、大物に対した時でも即座に糸を送り出すことが出き、
巨大な魚も獲りやすくなる。

9月8日土曜日、県外に嫁に出た妹が旦那と共に帰省してきた。
義理の弟、聞けば最近本格的に釣りを始めたらしい。
今だチヌを釣ったことはないとのことで、
私が毎週のように釣りに行ってることを話すと、是非同行して釣りを教えて
欲しいとのこと。

ふむ、そうか。
だがしかし弟よ。すまぬが、私が教えることは何も無い。


自らで見て、感じて、学んで欲しいと思う。

教科書はそこら中に広がっている。

青い空、白い雲、そしてどこまでも続く果てしない海。

目の前に広がっている自然の全てが、教科書なのだから。



とは言え、せっかく義弟が遠路遥々釣りに来たんだから、
1枚は釣らせてやりたいと思うのが先輩チヌ師の親心。

普段の自分の釣りではもったいなくて絶対使わない高価な集魚エキスを
麦に吸わせ、義弟の撒き餌に混ぜてやる。

今日の釣り、例え自分はボーズでも義弟が釣ってくれればそれでいい。
そんなさりげない優しさが、私の魅力のひとつなのであろう。


して弟よ、君はどんな道具を使っているのかねと、さりげなくタックルをチェック。

ふむ。竿はがまかつの磯竿1,5号で、リールはダイワのレバーブレーキ付き
トライソLBか。

知り合いの釣り師に勧められ購入したそうであり、
「初心者が、がまかつの竿にレバーブレーキとは百年早いわ!」と
突っ込みを入れてやりたかったのだが、身分不相応にさりげなくテクニウム
使ってる私も、実は彼と大して変わらない五十歩百歩の初心者であることに
気付いたのでやめておいた。

しかし、ドラグ機能無しのスプールとは、お主もなかなかチャレンジャーよのう。
レバーブレーキのみでやり取りしようとすると、最初は必ず私や永田の
ように失敗するんだからと、心の中で密かに思いながら刈屋漁港へ車を
走らせた。


1番船で一文字へあがり、適当に釣り座を構える。
彼に撒き餌を練らせ、その間に私は仕掛け作り。

義弟用には、アタリ優先の細仕掛けか、取り込み重視の太仕掛けかを悩むが、
とりあえず取り込みを優先し、1,5号のハリスを使うこととした。

チヌは棚が命ということを伝え、こまめに棚を取るように指示を出し、
実釣スタート。

午前7時、ファーストヒットは私。
前アタリがあったので弟を呼び、合わせのタイミングである本アタリを待つ。

「今の、浮きが少し入ってモゾモゾしてる状態が前アタリ。
 これが一気に海中へと入ったら、それが合わせのタイミングじゃ。」

そう言い終えたと同時に、海中へと潜る棒浮き。
合わせを入れ、上がってきたのは35cmのチヌ。
とりあえずチヌという魚を弟に見せることができ、まずは一安心。

今のやりとりの一連の流れが、彼に少しでも伝わっているといいのだが・・・。


次のアタリは義弟。

「棚はズレてない?」とアドバイスしに行った私の目の前で、紛れも無く
チヌの前アタリが彼の浮きに出る。

私「これが前アタリ。ここで合わせても針は掛かりにくいから、チヌがもう少し
  浮きを引き込むまで待って!」


二人の間に、しばし緊張した空気が流れた後、浮きは無常にも上がってきた・・・

義弟「なんか兄貴の言うこと聞いたら、浮きが浮いてきたぞ!」

私「いやぁ、そういうこともある。
  そういうときには、ただひたすらにやり直しじゃ。」


そして午前8時。その時は突然やってきた。


義弟「兄貴、来た!
   さっきは兄貴の言うこと聞いて失敗したんで、
   今度は最初のアタリで合わせたら来た!」


「兄貴の言うこと聞いて失敗した」の部分は非常に不愉快だが、見ると本当に
彼の1,5号のがま竿が、満月のような弧を描いていた。

尋常じゃない竿の曲がりを見て、30cmやそこらのチヌじゃないことを直感的に
感じる。

こやつ・・・、やらかしやがった!



   「助け船」



大間のマグロ漁師の間では、掛けたマグロがデカそうなことを無線で
聞きつけると、仲間が自分の漁を放棄して助けに入るらしい。

年末に放送されたテレビのマグロ特番で、ナレーションが言っていた言葉が
頭に浮かぶ。


私「竿立てて、竿の弾力で耐えて!」

とりあえずやり取りのアドバイスしてみるものの、こればっかりは理論よりも
経験。

初めてのチヌを掛け、ましてや推定かなりの大物を相手にしている義弟に
説明しても、分かれと言うのが無理な話。

チヌの強烈な引きに圧倒され、あっという間に竿と魚が一直線。
いつ糸を切られてもおかしくない状況となる。
慌てて私が叫ぶ。


私「レバーブレーキ使って糸を出して!」

弟「お、おおおー」


恐らく私が叫ぶまで、その存在すら忘れていたであろうレバーブレーキ。
私の一言で、はっとそれを思い出した彼は、今まで使ったことのないレバー
ブレーキを生まれて初めて、ついつい思わず切り替えてしまった。


「ギュルギュルギュルーン  ズバズバーン!」


案の定、勢い良く逆回転するダイワトライソLB。
あまりに勢い良く糸が出過ぎたため、痛恨のリールトラブル!
スピニングリールにも関わらず、糸がモジャモジャのバックラッシュ状態に!

弟「ひ、ひぃ〜」

何が何やら状況が理解できない義弟は、錯乱状態でトラブルを直す。


そして私は見てしまう。
見てはいけない、決定的瞬間を・・・。


なんとまだ見ぬ巨大魚が、スルスルとケーソンの奥深くに逃げ込んで
行ったのだ・・・

ハリスがケーソンに擦れ、軋むような嫌な音が聞こえてくるような錯覚。

事態は最悪。糸はいつ切られてもおかしくない状況。


せめて・・・、1枚だけでも義弟に、チヌという魚を釣らせてやりたかった。


もう・・・  ダメなのか・・・?


ようやく義弟がトラぶったリールを直し、体勢を立て直す。


すると、なんとここで奇跡が起こる!

ケーソンの奥深くに逃げ込んだはずのチヌが、何故かクルッとUターンし、
再び外に出てきたのである。

リールのトラブルで、ハリスにテンションがかかってなかったのが良かったのか?

何はともあれ、やりとり再会。


とりあえず最悪の事態を免れたとはいえ、ケーソンと言う名の修羅場を乗り越えて
きたハリス、ダメージは計り知れない。

竿を立てて、竿全体でやりとりして!と言いたいところだが、今はなるべくハリスに
負荷をかけないようにしなければならない。


ここからが助け船の、舵取りの腕の見せ所!


私「ハリスがやばいことになってるから、魚を力で寄せるんじゃなく、誘導するような
 イメージでやりとりして!
 少しでも糸にテンションがかかりそうになったら、すぐにレバーブレーキで糸を
 出す!手前のケーソンの中に逃げられるとやばいけど、沖に逃げる分には
 問題ないから。」

多めに糸を出しながら、出来るだけスローなやりとりを心がける。

それでも時折、竿と魚が一直線になる場面があり、何度も「糸出せ〜」と叫ぶ私、
見てるこっちの方が心臓止まりそう。


ゆっくりと、嫌味な位ゆっくりと時間をかけてやり取りし、遂にその魚が
海面に姿を現す時がやってきた。

陽の光を全身に浴び、神々しい銀色の光を放ちながら上がってきた魚影は、
紛れも無くチヌ。しかもデカい!

最後は私が丁寧にタモを捌いてフィニッシュ!
初めてのチヌにしては十分すぎる、威風堂々の46,2cmだった。

あがってきたチヌは早合わせの恩恵を受け、唇一枚紙一重での針掛かり。
義弟が魚体を手にした瞬間、今までの頑張りが嘘であるかのようにあっさりと、
あたかも全ての役目を終え、力尽きたかのように唇から抜ける。
案の定、ハリスも広範囲に渡ってザラザラであった。

「針よ、ハリスよ、痛みに耐えて良くがんばった!」

朝一番で、太仕掛けを選択したのも勝因の一つ。
知力、体力、時の運、全てがうまく噛み合っての限界ギリギリの勝利であった。


ぐっと差し出す私の手を、義弟が力強く握り返す。


義弟「兄貴、やべー、チヌって最高に楽しいわ。」


今日の彼のチヌは、彼の記憶の中に生涯忘れられることなく刻まれることであろう。

その栄光の手助けができたということで、私も自分のことのように嬉しい。


帰り際スカリを上げ、二人で釣ったチヌを見ながら義弟が言う。

義弟「兄貴よう、兄貴の釣った魚は、なんという名前の魚かのう?
   おっと、失礼、兄貴の魚もチヌか。いや、正確にいうとメイタか。はっはっは。」


ふっ、ナマ言ってくれるぜ。

俺の方が冷や冷やしながら見てたっていうのに・・・。
親の心子知らずって言うか。
まぁいい。今日のヒーローはお前だからな。

タモですくったチヌを見たときのお前、
最高に良い顔してた。


世界中の誰よりも・・・     キラキラしてたぜ!





この割れ目の奥深くから、
奇跡的に生還を果たしたハリス。

50cmのタモ枠スレスレのチヌ。
体高もあり、かなりの引きであったと
容易に推測できる。

針よ、ハリスよ、痛みに耐えて
良くがんばった! 感動した!
「兄貴のは、何ちゅー名前の魚かのぉ?
これはメイタか?」とか、大口を叩く義弟。

親の心子知らずであるが、今日のところは
許してやろう。





9月08日  レバーブレーキ3