8月28日火曜日、巷の小学生が、あと数日では絶対に終わるはずも無い膨大な
量の夏休みの宿題を抱え、途方に暮れている頃である。

そんな中、実は私も明日が最後の夏休み。
しかも大潮で潮は最高、平日の一文字釣行とくれば、仕事など手につくはずも
ない。

巷の小学生が、とりあえず40日分の絵日記を、殴り書きで半分程度終わらせた
頃合の昼下がり、いつものおっさんから電話がかかってきた。

会長「たこ、明日行くんだっけ?」

私「うん。行くよ! 週末は仕事やから、とりあえず明日。
  たった一人の平日モンジを、心置きなく堪能してくるわ。」

会長「ええのー、俺も行きたいんやけど、大量に仕事が溜まっててのー。」

私「そんなもん、どーでもええが。仕事と釣り、どっちが大事な訳?
  明日は大潮で、満潮は9時半、最高のシチュエーションだぜい!」

会長「まじっ?  やっぱ行く。行く行く。絶対行く。
   まだ使っていない、盆キュー(盆休み)使うわ。
   盆キュー、ボーンって奴じゃ!」

ギャグは全然面白くないが、急遽会長も小野田一文字へ釣行となった。

会長「よし、そうと決まったらめっちゃ集中して仕事する。
   俺との連絡は、今後途絶えると思ってくれ。
   恐らくこれが最後の連絡じゃ。健闘を祈る!」   ぷちっ

音信不通は大袈裟だし、検討を祈るの意味もわからないんだけど、
その後は宣言どおりに彼とは連絡が取れなくなった。


つい最近、山陽小野田チヌクラブの皆さんは、そんなに仕事休んで釣り行って
大丈夫なんですか?という内容のメールを頂きました。


うむ。大変いい質問だと思う。  正直、怪しいかもしれん。


ただまぁ、私も会長も盆に仕事をしているし、付け加えるならば私も会長も
身分相応には、仕事をこなしていると思う。
事実、音信不通となった会長はこの日、深夜まで仕事をしたそうな。

小学生がよく遊び、よく学ぶように、我々もよく遊び、よく働く。
気持ちはまだまだ、近所の小学生に負けてはいない!

釣りは、仕事への鋭気を養う栄養ドリンクみたいなもの。
ガンガン根詰めて働いたって、良い仕事はできないんだって!と、
さりげなく自分を正当化してみるんだけど、そんな呑気な事言ってるうちに
職を失ってしまった暁には・・・

こんな私ですが、どなたかよろしくお願いします!


さて、私も会長も無事に仕事を片付け、万全の体制で臨んだ釣行当日の朝。
確かに、朝から嫌な予感みたいなものは感じていた。

朝起きて車に乗り込む段階から、遠くの山々の上空を1分に1回の頻度で
稲光が走っているのだ。

5時前に刈屋漁港に着くと、船長が出港を見合わせていた。
上空3ヶ所に雷雲があり、ちょっと様子を見ようとのこと。

ボーっと、あちらこちらで光る雷を見ているうちに1時間が経過。
幾分か、雷も収まってきたように思えた。
今日一日曇りとの予報だし、雷がどこかへ行ってしまえばこっちのもの。


船長「ぼちぼち行ってみるか?」

ついに船長のGOサインが出、いつもより1時間遅れの出港となる。

しかしながら、いざ一文字へ上がると船長の顔が曇る。

船長「漁港で見る雲と、ここで見る雲が違う。
    こりゃダメじゃ。危ない。戻ろう!」


現段階では雨も降っておらず、雷も遠のいた気がして、大丈夫な気も
するんだけど、我々よりもはるかに長い経験を持たれる船長が出された、
危険との判断。 従うが賢明。


漁港に戻った途端、バケツをひっくり返したかのような激しい雨が降り出し、
やっぱり船長の判断は正しかったと胸を撫で下ろす。

ここでの釣りは中止となったが、とりあえず気分が釣りモードになっている
私と会長、悪あがきで興産沖の山へ移動。
小野田に比べ、宇部は雨も小降りだなと思っていたのも束の間、
釣り場に着くなり、ここでも大雨が降り出す。
すぐにUターン。

時刻は丁度出勤ラッシュと重なり、皆が慌しく仕事場へ車を走らせる中、
そそくさと負け犬のように来た道を引き返すバカ二人。


会長「副会長のおっさんよー」

私「何かいのー?」

会長「貧乏人がたまに一生懸命仕事終わらせて休み取ってく釣りに来りゃー
   このザマでのー、どねーもこねーもありゃせんのー。

私「自然が相手の遊びとはいえ、何だかのー」


どしゃぶりの雨の中、どうにも納得がいかないまま家路につく二人。
家に着く頃には通勤ラッシュも幾分か収まっていた。

家に着き、車から道具を降ろしながら、白紙となってしまった今日の予定を
再考する。時刻は8時半。今更仕事って気分じゃないし、こんな気分の時に
パチンコ行っても間違いなく負けるパターン。

一通り道具を片付けた後、インターネットを開き未練がましく今日の天気を
もう一度見てみる。
相変わらず予報は一日中曇りのまま。

「朝、あれだけの雨が降るって知ってたら、釣りなんか行かなかったのに。」

窓を開け、恨めしそうに空を見上げる。
雷雲はどこかへ行き、雨はいつの間にかあがっていた。
それどころか、雲の切れ間からはところどころ青空。
雨はもう降りそうも無い。

朝からこの天気だったら最高だったなぁ・・・。

ふと、一つの思いが頭に浮かぶ。
今日の満潮は9時半。今は9時前。まだ、満潮からの下げ潮を釣れる。

「はて、中野のおっさんは今、何をしよるかのー。」

何気に携帯に手をやり、会長に電話をかける。

Truuu・・・  Truuu・・・     


かちゃ


会長「フッ、やっぱりかかって来やがったか。
   そろそろあんたから電話がある頃だと思っていたわい!
   似たもの同士、考えてることは同じよのう。
   とりあえず釣り行くか?」

どうやら会長も、雨が上がった空を見ながら同じ事を考えていた模様。
そうと決まれば、一度片付けた道具を再び車に積み込み、遅ればせながら
リスタート!

今日はもう一文字には上がれないけれど、こんな時こそ新たな釣り場を
開拓しよう!ってことで近くの漁港へと向かう。

この漁港、以前から気にはなっており釣り人もほとんどなく、もし仮にチヌが
釣れたならば、皆が知らない穴場中の穴場となること間違いなしであるが、
水深がちょっと浅そう。
まぁ、丁度今は大潮の満潮であるからして、時間潰しのちょい釣りには
持って来いではないかと考えた。

意気揚々と仕掛けを作り、水深を測る。
大潮の満潮にも関わらず、タナは1ヒロ。

私「会長さんよー、これはちょっと浅過ぎやーせんかいのー?」

会長「ちょっと浅いのー。
   まぁ、とりあえず撒き餌をドカ撒きして様子見ようぜ!」


で、開始から30分、早々に様子を見終えた我々は早くも撤収。

ツケ餌は1回も針先から無くならないどころか、餌取りの姿すらない。
付け加えるならば、ここには生命反応が感じられない。

粘れば釣れないこともないかもしれないが、この状況で粘ってみる余裕を
残念ながら我々は持ち合わせていなかった。

この釣り場に釣り人がいないのは、皆が漁港の存在を知らないからではなく、
魚が釣れないからであることを思い知らされながら、今度は下関方面に
車を走らせる。

車を走らせること15分、下関では結構有名なチヌ釣りスポットである、旧マリン
ランド裏へと到着。今は、旧マリンランドの部分が工事中となっており、
中に入れないようにフェンスが張られていたが、その脇に小道を発見!
重たい道具一式を担いで小道に近づいてみると・・・

なんと、朝の大雨により小道は水没し、辺りは田植えが終わった後の
水田のようになっている。


怯むことなく、前進しようとする会長。


私「ちょっとおっさん、これは無理やろ?」

会長「大丈夫っちゃ。これを抜けたら魅惑の海は目の前じゃ。さぁ、行くぞ!」

私「いやいや、これはやばいって。絶対埋まる。
  しかも埋まったら抜け出せないって。絶対やばい。」

会長「そうかのー?大丈夫と思うんやが。」


無鉄砲な会長を引き止め、次に向かった先はカモンワーフ周辺。

目の前の関門橋と、対岸の門司を見ながらのんびり釣りが出来そう。

会長「釣れるの?」

私「さぁ・・・。 でもまぁ、釣れるって聞いたことある。
  関門海峡で流れは速そうだけど、大丈夫じゃない?」

カモンワーフに遊びに来ている、幸せそうなヤングカップル達の痛い視線を全身で
受け止めながら、釣りを始めるムサいおっさんが二人。

予想通り、流れはめっちゃ早い。
一文字用のフカセ撒き餌では、挿し餌との同調が難しいと考えた我々は、
紀州釣りに作戦を変更。

会長は車に積んでいた砂浜の砂を撒き餌に混ぜ、団子の割れ具合を調整。
浮きが流されて、団子の割れ具合の確認を取りづらい中、穂先で巧みに
割れ具合を確認して、見事3枚+バラシ3回。
バラシのうち、2回は1,2号のハリスをブチ切られ、もう1回は2号のチヌ針を
伸ばされていた。これだけ綺麗に伸びた針を見るのは初めて。
関門海峡のチヌ恐るべし。

対する私、団子の調整材料を持ち合わせておらず、固めに仕上げた撒き餌に
挿し餌をくるむだけの、無理矢理団子釣法。
団子の割れ具合といった細かいところを調整できず、敢え無く撃沈。

唯一あったアタリも、合わせで乗せた瞬間に痛恨のラインブレイク!
1.8号の道糸をあっさり切られる。

2人の共通の感想としては、ここは流れが速く、魚の引きも流れに乗って
強くなるので、仕掛けは太めが良いような感。
次回来るときは、道糸2,5号、ハリス1,5号くらいで臨もうかなと。


さて、釣りもそろそろ終盤にさしかかった午後3時。
本日一番の見せ場が訪れる。

集中して釣りをする我々、ふと気付くと何やら背後に物凄いオーラを感じる。
ここは観光地が近くにあり、先程からも仕事サボりのサボリーマンや、
カップルなど、たくさんのギャラリーが我々の釣りを眺めては去っていったが、
それとは違う物凄いオーラ・・・。

恐る恐る振り返るとそこには、
観光でここ下関を訪れている、たくさんの中国人観光客の方々が・・・

真横に並んで釣り座を構えている我々2人を、半円状に取り囲むように
十数人。大きな声で話をしながら見ておられる。

しかもめっちゃ近い・・・      



中国人観光客「○※△□×○※△□×○※△□×・・・    ワッハッハ!」



会長がこっそり私に話しかけてくる。

会長「タコ、何か笑われたぞ。 俺達、笑われるような事したかのー?
   何だか非常にやり辛いの〜。」

私「いやぁ、ようわからんが、
  マジですごい状況じゃ。 これは。」

会長「とりあえず、何を喋りよるんか、おっさんちょっと通訳してくれーや。
   大学で中国語を選択しちょったろーがや。」

私「そんなこと言ったって、もう10年も前の話じゃーや。
  もー忘れとるわ。でもまぁ、ちょっとだけやってみる。
  んー、何々?
  
  ふむ。  「日本の〜、  中野という男の〜、  顔は不細工じゃのー!」

  おっ、何かあんたの顔を見て不細工って言いよるぞ!

  わかった!みんな、あんたの顔見て笑いよるんじゃ!!」

会長「そんな訳なかろーがや。」


私「んー、口調が早すぎてよくわからんが、でもなんとなく何が釣れる
  んかねぇ・・・。  みたいな話をしてるんだと思う。
  ちょっとスカリを上げてみて、魚を見せてあげーや。」

会長「そ、そうか?」  

とか言いながら、さりげなくスカリを上げ、チヌを見せびらかす会長。

「おおー!!」

という歓声とともに、中国人ギャラリーが会長の周りを取り囲む。

スカリを高く掲げ、ご満悦な表情でうんうんと頷く会長。


すかさず私。

私「諸位、初次見面。
  他的名字是中野。
  山陽小野田黒鯛倶楽部的会長。
  他是日本代表的有名釣師。
  以後很好!」

「おおおー!!!」

中国人ギャラリーからどよめきが上がる。

会長「タコ、なんて言ったの?」

私「んっ?この人は、釣りが上手い人だよって言ったの。」

会長「そ、そうか?」

より満足気な表情で、終始笑顔の会長。
心の中で大笑いしながら密かに思う。

「いやぁ、ほんとにこの中野のおっさんはおもろい人やわ。」


さて、一通り我々の釣りを見学された中国人の方々、集合時間が来たようで、
バスに乗って帰って行かれた。

撒き餌も無くなったし、それに合わせるかのように我々も撤収。


とりあえず今日一日、最初はどうなるかと思ったけど、何とか楽しく
過ごすことが出来た。

雷に脅かされ、豪雨に打たれ、天気にもてあそばれた一日だったけど、
そのおかげで関門で新たな釣りを開拓した。

最後は会長が中国人観光客相手に笑わせてくれたし、ほんと良い一日だった。
色んな事があったけど、終わりよければ全てよしと。

釣りとは本当に面白い。
毎回違ったドラマがあって、釣れても釣れなくても面白い。
新たなドラマに期待を寄せて、疲れた体を床に沈める。
後は泥のように眠るのみ。  あぁ、至福。





一文字から漁港に帰ってきた瞬間に
降りだした大雨。
船長の判断は正し方っす!
宇部興産本社付近。
すさまじい稲光と、車線も見えないほどの
豪雨。

会長「これを抜けたら海は目の前じゃ。
    さぁ、行くぞ!」

この湿地帯を前にしても、
ひるむことなく、重たい道具担いで
前進しようとしている会長。

私「い、いやいや。これはダメだって。
  絶対埋まるって。」
関門橋のお膝元〜!
目の前にはヴォイジャー号!
中国人観光客をも唸らせた
会長のチヌ。

会長、今日のあんた、輝いてたぜ!
中野是日本代表的有名黒鯛釣師(自称)


  
 to be continued





8月29日  日本代表的有名黒鯛釣師