レバーブレーキ、大物に対した時でも即座に糸を送り出すことが出き、
巨大な魚も獲りやすくなる。

同じように糸を出すドラグとの違いは、ドラグはある程度の負荷がリールに
かかると自動で糸が出るのに対し、レバーブレーキは自分の意思で糸を送り
出せる。

「やばい、引きが強い!」と感じ、レバーを切り替えることで初めて糸が出る。

魚とのやりとりはよりスリリングで楽しいものとなるが、逆にそれだけ技術が
要求される、上級者向けの武器。

今日は、そんなレバーブレーキ付きの高価なリールを、思わず勢いで
購入してしまった私のレバーブレーキデビュー戦。


毎晩のようにロッドにリールをセットし、レバーをオン、オフ、オン、オフ。
嫁の、何してるの?って感じの冷たい視線もなんのそので、
年無しとのやりとりを頭に描き、イメージトレーニングもバッチリだ。



本日は中野会長と私2人での釣行。
ちなみに永田名人は家庭内で紛争が勃発し、緊迫したにらみ合いが続いて
いるとの事でお休みである。

朝4時半に漁港に集合し、一番船で一文字に上陸。


まずは広い海を見渡し、大きく深呼吸。
おもむろにロッドケースを開け、これから私と数々のドラマを演じていくであろう
頼もしき相棒に語りかける。

「目を覚ませテクニウムよ。 さぁ、戦いの始まりだ!」




記念すべきテクニウムのファーストヒットは、開始から一時間後の午前6時。


棒浮きのトップを、数センチ押さえ込む前アタリ。

頭の中で毎日のイメージトレーニングを思い出す。

ええと、とりあえずレバーを引いて、ブレーキをオフにすれば糸が出る。
で、オフのままでもレバーを一杯まで引いてればロックがかかって糸は出ない。
指を離せば糸が出る。
オン、オフ、オン、オフ  ワン、ツー、ワン、ツー。

もう、迷いは無い・・・



「さぁ、チヌよ。そのまま餌をくわ込み、海中深くに浮きを引きずり込むがいい!」

そう思った次の瞬間、私の宣戦布告に応じるかのように、浮きが海中に
引っ手繰られた。


竿を起こし、合わせを入れる。

竿は弓なりに曲がり、小気味良いシルバーダンスが伝わってくる。

時折、鋭い突込みで潜ろうとするチヌをイメージどおりのレバー捌きで
難なく浮かす。



「会長よ。見るがいい。
これが私のレバー捌きだ。
そして、永遠に胸に刻んでおいて欲しい。
私が演出する、この凝縮された一瞬を。」


最後は自らタモ入れを完了し、フィニッシュ!

私の流れるような一連の動作は、例えるならば山から流れ出る岩清水の如し。


山頂から湧き出た水が、大地に潤いをもたらしながら下流へと向かう。
時に緩やかに、時に激しく、静と動を織り交ぜながら海へ海へ。

自然の摂理。


今の私、しなやかであり、大胆であり。

そしてその後も、シルクのように滑らかなレバーブレーキ捌きで2枚を追加。


私「会長よ、ダイレクトな魚の引き、スリリングなやりとり、レバーブレーキって
  最高だぜ!」


会長「そ、そうか。ええのー。
    なんか俺も、レバーブレーキ付きリールが欲しくなってきたのー。」



そしてまた、私の浮きが海中へと消し込む。
しかしながら、今度は何となく違和感。
浮かせてみると案の定ボラ。


私「丁度いい。会長よ、このボラでレバーブレーキの使い方を教えてやろう。」

会長「いや、別にいい。」

私「いいか、仕組みは普通のスピニングリールのオンとオフとおんなじだ。
  レバーを引くことでオフに切り替わり糸が出る。
  しかし、オフのままでもレバーを一杯まで引いてればロックがかかって
  糸は出ない。  わかる?」

会長「んっ? あー、はいはい、わかったわかった。」

私「いやダメじゃ。お前は全然わかってねー。もう一回最初からじゃ。」


覚えの悪い会長に繰り返し使い方を教え、終わった頃には正午過ぎ。

チヌも3枚釣ったし、レバーブレーキも炸裂した。
いやぁ、よかったよかった。
ぼちぼち撤収の準備でもしますかね。


仕掛けを投入し、ほったらかしの置き竿で道具を片付ける。

ふと浮きをみると、トップまでシモったまま動かない。

私「あっちゃー、最後の最後で地球を釣っちまったい。
  まぁいいか。どうせ撤収じゃ。」

とりあえず、竿をびゅんびゅんシャクってみる。



「んっ?あれっ?  なんか一瞬動いたような・・・」


念のため竿を立て、反応を確認してみると・・・


なんと、動かないはずの地球がいきなり走り出した


しかもこの地球、今までの3枚とは比べ物にならない強烈な引きで、
穂先をゴンゴンと叩きながら抵抗する。

「う、うわっち、ちょっと待て! まだ心の準備が・・・」

竿は根元から曲がり、今にも折れそう・・・


「お、おいおいこらこら、そうやってあまり走るんじゃない。
 糸が切れちゃうだろーが。

 お、そ、そうだ。糸を出さなきゃ。

 糸、糸、  い、糸を出すにはどうすれば・・・」


 半ばパニックになりながら無い知恵振り絞って糸を出す方法を考える。

 竿先は海面まで突っ込み、のされる寸前。


 「そ、そうだ。俺にはレバーブレーキがあった。」

不意打ちを喰らってパニック状態の中で導き出した一つの答え、
レバーブレーキ。


極限まで追い詰められた精神状態の中で私は、使い慣れない
レバーブレーキをついつい思わず、豪快に切り替えてしまった。



    グルグルギュルーン   ギュルルルーン



案の定、勢い良く逆回転するテクニウム。
あまりに勢い良く糸が出過ぎたため、痛恨のリールトラブル!
スピニングリールにも関わらず、糸がモジャモジャのバックラッシュ状態に!

私「ひ、ひぃ〜」

何が何やら状況が理解できない私は、錯乱状態!


「あー、もー、やべーやべー」 とか言いながらトラブルを直し、
竿を立てた次の瞬間、



  ぷちっ


「あ〜っ!」


私がリールのトラブルを直している隙に、どうやら巨大魚はケーソンの中に
入ったらしく、ここでまさかのラインブレイク。

時間が止まったかのように呆然とその場に立ちすくむ私。


「こ、心の準備・・・」


ふと視線を感じ我に帰り、恐る恐る気配の先を見てみると・・・


案の定、今までに見たことがないような満面の笑顔でこちらを見ている
会長がいた。


会長「タコ! 巧みなレバー捌きやったわ。 ブラボーブラボー!」


私「え、ええっと・・・ あのー
  と、とりあえず今のは見なかったことにしてくれませんかね?
  レバーブレーキの使い方、ちょっと失敗しちゃったもんで。
  今のはチヌの卑劣な不意打ちにつき、ノーカウントってことで!」


会長「ダメダメ。しっかり見届けさせてもらったわ。 タコの演出する無様な姿。
   凝縮された情けない一瞬を、永遠にこの胸に刻ませてもらうわ。
   いやぁ、ブラボーブラボー!

私「む、むぅ・・・」


会長「しかし下手くそじゃのー。
   レバーブレーキなんか使わずに、いつものようにドラグを調整してたら
   普通に獲れてたんじゃない?」

私「と、獲れてたかも・・・」

会長「やろ?バカじゃのー。
   見栄張って高いリール買って、肝心なときに糸出せんにゃ意味無いが。

   俺さぁ、さっきまでレバーブレーキ付きのリールを羨ましいと思ってたけど、
   永田やタコが次々と大物バラすの見てたら、別に欲しくなくなってきたわ。」



私「く、くっそー・・・

  と、とりあえず、今食ってきてくれた巨大な推定チヌさん、
  あんな生意気なこと言ってる会長の鼻をあかす意味でも、
  申し訳ないんですがもう一回食ってきてはくれませんかね?
  今度はちゃんと、心の準備しておきますんで。」
  
そんな私の問いかけに、魚が答えてくれるはずも無く、二度と私の浮きが
海の中に消えることは無かった。


かくして私のレバーブレーキデビュー戦は甘酸っぱくて、それでいて少し
ほろ苦い、初恋のような体験となった。


12時過ぎて、最後にあの巨大魚さえ食ってこなかったら、気持ちよく
レバーブレーキデビューを飾れたものを・・・

何か腑に落ちず、少しへこみ気味に道具を片付ける私の肩を、会長が
ポンッと叩きこうつぶやく。


会長「ぷぷっ  タコ!

私「んっ?」

会長「ぷぷぷっ  また来ようぜ! 

   この海に置いてきちまった、大きな忘れ物を取り返しにさ!  

   ぶわーっはっは。」


私「ぬ、ぬぅ・・・」


会長がレバーブレーキ付きリールを購入し、やりとりを失敗した暁には、
絶対3倍にして返してやろうと固く誓う私であった。



こいつの時には
巧みにレバーを捌けたのだが・・・





8月18日  レバーブレーキ2